広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

青森市いろいろ

2015-06-09 22:40:03 | 津軽のいろいろ
4月末の津軽。前回に続き、青森市のいろいろ。
以前訪れた時、青森市の消火栓は、秋田市のものより細長いことを紹介した。
さらに、駅前の新町通りでは、赤でなくクリーム色(アーケードの柱と同色)に塗装して、ねぶた絵を描いたものもあったが、写真は撮り忘れていた。
 やっと撮影しました
赤でない消火栓はたまにあるが、目立たない色で絵がかいてあるのは、珍しいと思う。消火栓を使うのは消防関係者だけで、日頃から場所は知っているだろうから、困ることはないかもしれない。気付かずに前に駐車されてしまうかもしれないけど。
出っ張った青森市章や「消火栓」の文字はあるので、元々は赤かったものを後から塗って・描いたのか。

【16日追記】コメントで教えていただいた。
1997年に画家・沢田としき氏によって始まったもので、4~5年ごとに描き換えている。
作者も代替わりし、画家・木部一樹氏を経て、上で紹介したものは3代目のねぶた師・竹浪比呂央氏によるもの。2012年夏頃に描かれたようだ。


新町通りのすぐそばが海やアスパムで、そこが「青い海公園」。※青い“森”公園とは別。
海沿いの遊歩道的機能も持つ長い公園。荷物を持って急ぎ足で通り抜けた中での発見を少々。説明板などは未確認です。
海に向かって、すり鉢状の野外劇場のような空間があり、
石像があった
像は鰭脚類の動物であることは確実。
形態からして、セイウチやアザラシではなくアシカ類(アシカ科)だろう。アシカかオットセイかトドか?
大きさや場所(日本海にいる)からして、トド?


もう少し東側、公園の東端付近。
立派な石碑
「海の記念日発祥の地」「運輸大臣 大野明 書」とある。
大野明氏が運輸大臣だったのは、1990年2月から12月の第2次海部内閣。

現在はハッピーマンデーになったが、7月20日が「海の日」。祝日化されたのは1996年からで、それ以前は「海の記念日」と称していた。その発祥地がここらしい。
調べてみると、海の記念日は、1876年に明治天皇が軍艦ではない汽船に乗って航海し、横浜港に到着したのが7月20日だったことにちなむ。その時乗船した場所が、ここ青森港だった。
「ここから乗らなければ、7月20日に横浜に着いていない」ということで「発祥の地」ということか。
近くに「明治天皇御渡海記念碑」もある。


再び新町通り。
商店街に工藤パンの直営店があり親しまれてきたが、2013年春に閉店していた。
(再掲)閉店直後
跡にデイリーヤマザキ(青森新町店)ができたと聞いていたが、
やっぱりそうだった
新しい建物は、一般的なコンビニの構造なので、アーケードの屋根よりも低い。

青森駅から青森市役所にかけて、デイリーヤマザキが4店あることになる。
そのうちの1つ、ホテルセレクトイン1階の「青森古川店」は焼きたてパン「デイリーホット」を扱っているし、ホテル外壁に2フロア以上を使った「KUDOPAN」の看板が付いている。
一方、新町店にはどちらもなく、ただのデイリー。工藤パンの面影はほぼなくなった。

※このデイリーにはオリジナル商品があった。この記事中ほど。
【2021年1月26日追記】コメントの通り、新町店は2019年に閉店。


最後にバス。※2013年の記事
青森市営バスの行き先表示。
「回送 Out of Service」
営業運行時には日本語表示だけなのに、回送だけは英字が併記されるのだった。
営業運行では、経由地や行き先を示す記号・番号があるから、それを見ろということか。


青森とむつを結ぶ下北交通。
以前は大型車だったが、今回は
中型のエアロミディ
バンパーが白(エアロミディは塗装できるようで、秋田市営バスはグレーだった)、ドア上の屋根付近の赤が細い線。
(再掲)以前見た富士重工ボディ


弘南バスだけど「市民バス」と大きく書いてある
中央部に非常口が付いた、やや短尺のエアロミディ。※この車は2017年に弘前へ転属した。
「市民バス」のほか、「浪岡線(大釈迦経由)」「どなたでもご乗車できます」「市営バスカードは使えません」ともある。

旧・浪岡町は2005年に青森市と合併した時から、青森市営バス「浪岡線」が走るようになった。市営バスがある都市ならではの合併のメリット。
市営バス浪岡線は運行業務を弘南バスに委託していて「市営バスの車両を弘南バスの乗務員が運転する」形だった。
それがいつの間にか、このような形に変わっていた。

多くの地方都市で行われているような、郊外部の不採算路線の廃止・コミュニティバス化が青森市でも「市民バス」として行われ、大釈迦経由浪岡線は2014年10月から実施。
写真の通り、乗務員だけでなく車両も弘南バスのものを使うようになり、浪岡に市営バスが乗り入れることがなくなった。
※市営バスの一部の弘南バスへの委託は、別の路線で引き続き行われている。

秋田市でも、新屋発着ローカル路線などで、市営バス→中央交通移管(民営化)→コミュニティバス化・民間委託(再市営化)とわずかな期間でめまぐるしく変化したことがあった。
青森市ではせっかく自前の交通事業があるのに、こんな形では回りくどい気もするし、利用者は振り回されているようなもの。市営バスのバスカードが使えなくなり、別の回数券を持たないといけないのも、不便そう。以前のままでは将来的に成り立たなくなるのを見据えたものであり、地域の公共交通が存続するだけでも、喜ぶべきなのだろうけど。

※青森の話題の続きはこちら
コメント (8)
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