![]() | ヴィヨンの妻 (新潮文庫)太宰 治新潮社このアイテムの詳細を見る |
実はこの作品、未読だったのですが、
このたび映画を見る前に予習のつもりで読みました。
短編集で、「ヴィヨンの妻」は、その中の一篇なので、
すぐに読めてしまいます。
そして、始めからこの妻、佐知を松たか子が演じると知っていたので、
読みながら私の中では松たか子がセリフをしゃべっていました。
そのため実に明確なイメージがうかびまして、はまりました。
映画では、原作のセリフを極力そのまま生かしていることが良くわかります。
映画と同じく、冒頭、夜中に帰ってきた大谷を追って、
居酒屋の主人とおかみさんが、お金を返せと乗り込んでくるシーンから始まります。
さっさと逃げてしまう大谷。
取り残された3人。
佐知が事情を聞いて、思わず吹き出してしまうところがすごいですよね。
ショックで泣くとか、怒るとか、呆然とする・・・ではなくて、
笑うというところが、彼女の磊落な性格を現しています。
変に深刻にならない。
どうしようもない男を丸ごと受け入れてしまう懐の深さ。
しなやかな強さ。
この短篇の魅力は、佐知の魅力そのものといってよいのではないでしょうか。
このストーリーは映画ほど長くはなく、
あの映画の半分ほどのところまでで終わっています。
ここの最後のセリフが
「人でもいいじゃないの。
私たちは、生きていてさえいればいいのよ」
そうなんですよ。
どんなにみっともなくたって、生きてさえいればいいのに。
このセリフは、太宰があえて自分に言い聞かせたかったのかもしれませんね。
どんどんネガティブに落ち込んでゆく自分と対照的存在として、
こんな人物を登場させたのかも知れません。
この本の短篇は、昭和21年、太宰が疎開先から東京へ戻ってきてから
昭和23年に亡くなるまでの間に書かれた8編が収められています。
発表順に並べてみると、はじめのうちは明るいトーンなのですが、
次第に暗くなってきて、
やがて彼の死の予感を告げるかのような雰囲気になってくるのがわかります。
巻末の「桜桃」。
「生きるという事は、たいへんな事だ。
あちらこちらから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴き出す。」
・・・などとつぶやきつつ、
妻と三人の子をほったらかしに、ふらりと家を出て飲みに行ってしまう夫。
まさに、当時の太宰はそんな風だったのでしょうね。
なにしろ、まともな『文学』とはあまり縁のなかった私ですが、
もっと太宰を読んでみたくなりました。
当然、今度はあれでしょうか。
こちらも映画化され、まもなく公開の「パンドラの匣」。
満足度 ★★★★☆