映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

ドリーム

2017年10月13日 | 映画(た行)
自分の力で道を切り開く、人の力



* * * * * * * * * *

1962年、米国初、地球周回軌道を飛行した宇宙飛行士・ジョン・グレンの功績を
影で支えたNASAの3人の黒人系女性スタッフの実話の映画化作品。



アメリカ、バージニア州ハンプトン、NASAのラングレー研究所に
ロケットの打ち上げに必要不可欠な計算を行うチームがありました。
当時宇宙開発はソ連に先を越されていて、
アメリカもなんとかソ連を打ち負かそうと必死だったのです。
この時代、黒人は差別の対象とされ、
この研究所でも、この計算部署は白人チームと黒人チームが別々にあった。
そんな中、黒人チームの中でも特に天才的数学の才能を持つキャサリン(タラジ・P・ヘンソン)が、
宇宙特別研究本部の計算係に抜擢されるのです。
しかし白人男性ばかりのオフィスで、
コーヒーポットを別にされたり、
計算のためのデータを「秘密事項」だからと、黒塗りの分かりにくい資料を渡されたり・・・、
無言の嫌がらせが続きます。



そして、黒人の計算チームで管理職と同じ仕事をしているのに、
非正規雇用のままだと嘆くドロシー(オクタビア・スペンサー)、
エンジニア志望のメアリー(ジャネール・モネイ)、
彼女らがどのように自分の未来を勝ち取っていくのか、というドラマです。



一番ひどいと感じたのは、トイレが白人用と黒人用に別れていて、
キャサリンは毎日800メートルも離れた黒人専用トイレまで
一日何往復かを余儀なくされた・・・というところ。
彼女はその間も時間を無駄にしたくないので、書類を抱えたまま走ります。
ある時、上司アル(ケビン・コスナー)が、キャサリンに
「不在が多すぎる、何をしているんだ?」
と問い詰めるシーンがあります。
キャサリンは、感情を爆発させて思いをぶちまける。
このシーンが圧巻でした。
泣けます。
全く彼女の事情に思いが至らない
(至っていても知らないふりを続ける?)人々に対して、
この上司は発想が自由。
黒人だろうと女性だろうとこだわらなかったのはもともとこの人ですし。
キャサリンの話を聞いた後の彼の行動がまた、爽快です。



またこのころ、はじめてIBMのコンピュータが導入されるのです。
大きすぎてドアを壊さないと搬入できなかったり、
すぐに作動させることができなかったり・・・困難続き。
そんなときに計算室のドロシーは考える。
この機械が動き始めたら、計算室はいらなくなってしまう・・・。
そこで彼女はコンピュータのプログラミングを学び始めるのです。
計算室のメンバーにも声をかけ、全員で学習を始める。



またこの時代は公民権運動の盛んな時期で、
ストーリーの合間にも、黒人のデモのニュースなども流されます。
人類が宇宙を目指そうという時に、
まだ人種差別が横行していたということになんだか驚いてしまいますね。
でもこんな時に、キャサリンたちはデモでもストライキでもなしに、
自分の仕事をただひたすらにやり抜くということで自分のポジションを築いていくのです。
ここまで来るとこれはもう「差別」の物語ではありません。
夢を実現しようとする普遍的な人の力の物語。
だからこの作品は人種や男女の違いを超えた万人に爽快感を与えるのでしょう。
うん、いい作品でした~。

<シネマフロンティアにて>
「ドリーム」
2016年/アメリカ/127分
監督:セオドア・メルフィ
出演:タラジ・P・ヘンソン、オクタビア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケビン・コスナー、キルステン・ダンスト

歴史発掘度★★★★☆
爽快度★★★★★
満足度★★★★★

「太陽のパスタ、豆のスープ」宮下奈都

2017年10月11日 | 本(その他)
生きる指針を見つめ直す

太陽のパスタ、豆のスープ (集英社文庫)
宮下 奈都
集英社


* * * * * * * * * *

結婚式直前に突然婚約を解消されてしまった明日羽。
失意のどん底にいる彼女に、叔母のロッカさんが提案したのは
"ドリフターズ(やりたいこと)・リスト"の作成だった。
自分はこれまで悔いなく過ごしてきたか。
相手の意見やその場の空気に流されていなかっただろうか。
自分の心を見つめ直すことで明日羽は少しずつ成長してゆく。
自らの気持ちに正直に生きたいと願う全ての人々におくる感動の物語。


* * * * * * * * * *

太陽のパスタ、豆のスープ、なんだか題名を見ただけで元気が出そうです。
ある女子の成長物語。


まず、初っ端から主人公・明日羽(あすわ)が婚約者に結婚を解消されてしまいます。
式の日取りも決まっていて、勤め先にも話をしてあったのに・・・。
ひたすら落ち込む彼女が、
これまでただ流されるままに行きてきたことに気づき、
自身の足でしっかり歩み始めるまでを描きます。


そこで登場するのが"ドリフターズ・リスト"、直訳すれば漂流者のリスト。
指針もなくただ流される自分の
進むべき方向を指し示すためのリストということです。
よく、死ぬ前のやりたいことリストというのはありますが、
まあ、そこまで死が差し迫っているのでなければ、
今やりたいことを書き出してみるというのもいいでしょう。
小さなことでも抽象的なことでも、ほとんど夢想のようなことでも、
まずは書き出してみる。
次第に、すぐにできること、本当はどうでもいいことが見極められるようになっていく。
そして本当に今自分がやりたいこと、やるべきこと
・・・だんだんそれが見えてきますね。


本作、結局どうして婚約者が明日羽を見限ってしまったのか、
理由は書かれていませんが、
彼にしても生き生きと自分の考えを持って行動しようとしない明日羽に
チョッピリ失望したのかもしれない。
ただおとなしく家事と育児だけしてくれればいい・・・
なんて男性も中にはいるかもしれませんけどね・・・。


しかし作中にもありますが、
それは本当は「できないことリスト」になってしまう危険も・・・。


いやいや、例えば仕事の忙しい最中、
私はよく「やるべきことリスト」を作ってみたものです。
できることから片付ける。
仕事が山のようにあるように思えても、
整理すれば意外とそれほどでもなかったりします。
自分の心の中のもやもやを書き出してみるというのは、
効果的のような気がします。


・・・で、本作のように人生これからの若いお嬢さんでなくても、
仕事をリタイアして実は今後の指針に途方にくれている私も、
リストでも書き出してみようかしらね~
・・・なんて。


<図書館蔵書にて>(単行本)
「太陽のパスタ、豆のスープ」宮下奈都 集英社
満足度★★★☆☆

ミュージアム

2017年10月10日 | 映画(ま行)
血みどろ・どろどろ



* * * * * * * * * *

雨の日だけに起こる猟奇連続殺人事件。
常に謎のメモが残されていることと、
雨ガッパの不審な人物が目撃されていることから、
同一犯による連続殺人と思われます。
捜査にあたる沢村(小栗旬)は、
被害者は皆ある事件の裁判に関わった裁判官や裁判員であることを知り、愕然とします。
かつて沢村の妻(尾野真千子)も、その裁判の裁判員を務めたのです。
しかし妻は家庭不和により息子を連れて家出中。
所在もしれない妻と子供に猟奇殺人犯の危険が迫る・・・!!



なんとも陰惨ですな・・・。
サイコパスである連続殺人犯(カエル男)は、
殺人を自分の芸術作品のように思い、
その殺人現場の写真をミュージアムのように飾り立てているのです。
そこまでの殺人は一気なのに、
なぜ沢村一家にだけ監禁とか面倒な手間を掛けるのかが謎(?)ですが。
ま、警察相手だと余計に燃える、と、
そういうことにしておきましょう。



しかしこの、カエル男、妻夫木聡さんが凄かった。
カエルの仮面を取れば普通に妻夫木聡かと思いきや、
仮面を取ると余計に人相の悪い異常な男。
ちょっと見ただけでは妻夫木聡と気が付かないかも。
やたら惨忍な殺害方法・・・怖い怖い。
そして何と言っても、監禁状態にある沢村にハンバーガーを差し入れるのですが、
そのハンバーグは手作りのミンチだ・・・。
きゃ~・・・。
おぞましい予感が走り、いたたまれず、
正視しがたい感じでした・・・。



嫌悪感を誘い、心をざわつかせるというところでは一級品。
しかしあくまでもストーリーありきで、
細部の組み立てには若干不自然なところが目立つのではないかと・・・



ミュージアム [DVD]
小栗旬,尾野真千子,野村周平,丸山智己,田畑智子
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント


<WOWOW視聴にて>
「ミュージアム」
2016年/日本/132分
監督:大友啓史
原作:巴亮介
出演:小栗旬、尾野真千子、丸山智己、大森南朋、妻夫木聡
サイコスリラー度★★★★☆
満足度★★.5

ブルーム・オブ・イエスタディ

2017年10月09日 | 映画(は行)
祖父母の人生が重くのしかかる



* * * * * * * * * *

祖父がナチスの戦犯だった研究者のトト(ラース・アイディンガー)。
ホロコーストの研究に人生を捧げています。
一方、祖母がナチスの犠牲となったユダヤ人のザジ(アデル・エネル)は、
祖母の無念を晴らそうとして、ホロコースト研究に向かい、研修生となります。
この2人がコンビを組んでアウシュビッツ会議の企画推進に携わることに。
当然反発し合うわけですが、
次第に惹かれ合っても行く2人は・・・。



ふたりとも、祖父・祖母の人生が自分に重くのしかかっています。
そのことに囚われすぎて、双方神経衰弱気味。
いつも神経を尖らせていて、時には暴発したりします。
ほとんど「危ない」域に達している・・・。



この2人が180度違う立場の者と触れ合う。
互いの状況が飲み込めてくるにしたがって、
自分の傷も埋まっていくというような・・・なかなか納得のゆくストーリーです。



特に、ナチの戦犯の子孫というのは辛い立場ですね。
それは全く自分の罪ではないのだけれど、
トトは通常以上に罪悪感を持ち、
祖父のようにはなるまいと思う気持ちが強すぎて、
ホロコースト研究にのめり込むようになる。
それはほとんど自己否定にも等しいから、トトは体に変調があるのです。



自己否定も憎しみも・・・3代も続けばもう十分。
明らかに自分の責任の範囲外なのですから・・・。
と、思うのに、虐げられた方の恨みや憎しみは
そう簡単に消えないものですよね。
未だに日本に向けた韓国や中国の方の気持ちが痛い・・・。



少なくとも今生きる私たちは、
子孫に嫌な負の感情の遺産を残したくはないなあ・・・と思う次第。


 <ディノスシネマズにて>
「ブルーム・オブ・イエスタディ」
2016年/ドイツ・オーストリア/123分
監督:クリス・クラウス
出演:ラース・アイディンガー、アデル・エネル、ヤン・ヨーゼフ・リーファース、ハンナー・ベルツシュプルンク
満足度★★★☆☆

「カウンター・ポイント」サラ・パレツキー

2017年10月08日 | 本(ミステリ)
巨悪に立ち向かうウォーショースキー

カウンター・ポイント (ハヤカワ・ミステリ文庫)
山本 やよい
早川書房


* * * * * * * * * *

25年前に起こった殺人事件。
元恋人からその再調査を依頼された探偵ヴィクは、
事件関係者に渦巻くウォーショースキー家の人間への敵意を感じ取る。
どうやら彼女のいとこにして地元のヒーロー、
ブーム=ブームと何か関係があるようなのだが……。
生まれ育った街の暗部と過去の因縁に、ヴィクが毅然と立ち向かう!

* * * * * * * * * *

ようやく、V・I・ウォーショースキーシリーズの最新刊にたどり着きました。
と言っても発行されてから1年も経っているのですが・・・。


今回のヴィクへの依頼人は、
なんと昔ヴィクが付き合っていたことがあるという男性、フランク。
彼の母親ステラは自分の娘アニー(フランクの妹)を
虐待し殺してしまった罪で実刑を受け、
この度25年の刑期を終えて出所してきたところなのですが、
なんと自分は無実で犯人は他にいる、と言い出したというのです。
この事件を調べなおしてほしいというフランクの依頼ですが、
あの粗暴な母親が犯人に違いないとヴィクには思えたし、
第一、犯人が刑期を終えて出所、何もかも終わったはずのことで、気が進みません。
けれどフランクのたっての願いで、しぶしぶ仕事を引き受けたヴィク。
ところがそんな矢先、その母親ステラが娘の日記を発見し、
地元のアイスホッケーヒーローのブーム・ブームが犯人だと言い出したのです。
このブーム・ブームこそは、ヴィクのたった一人のいとこで、
ある事件で若くして亡くなっているのです。
大好きだったいとこの名誉を傷つけられ、ヴィクの心が燃え上がります!!


ヴィクの身近な事件が発端ではありますが、それは次第に巨悪とつながっていきます。
地元の名士と言われ、警察でさえ手出しはできない人物の暗部・・・。
相手がこういう人物であればあるほど、ヴィクは燃えますよねえ・・・。
しかしこれは大変に危険なことで、
案の定、ヴィクは一度ならず生命の危機に晒されます。
この何者にも立ち向かっていくヴィクがなんとも言えずカッコよい!!
これこそ、初代エイリアンと対峙したシガニー・ウィーバーのイメージ。
そういえば本作、映画化はされていないのですね。
面白いのになあ・・・。


相変わらず元気いっぱいのミスタ・コントレイラス、
音楽家であるヴィクの恋人ジェイク、
そして2匹のワンちゃん、みんな大好きです。


「カウンター・ポイント」サラ・パレツキー ハヤカワ文庫
満足度★★★★☆

TSUKIJI WONDERLAND 築地ワンダーランド

2017年10月07日 | 映画(た行)
世界唯一の巨大市場



* * * * * * * * * *

東京都中央卸売市場築地市場を1年以上に渡り密着したドキュメンタリー。
主に、仲卸の人々を中心に描かれています。



いやそもそも市場の流れをきちんと把握していない私でした。
仲卸とは---
卸売業者が仕入れた魚を競り落として、
主に町の魚屋や寿司屋、料理店に販売します。
一般客でもOK。
年末などにはこの一般客が多く訪れるので、
よく市場の賑わいがニュースになったりしますね。
ということで、仲卸の腕、信用度が寿司屋や料理店には重要になります。
そこで仲卸の人々と料理人は常に真剣勝負。
毎日が緊迫感に満ちています。
この市場の独特な雰囲気。
人々は自分の仕事に誇りを持っていて、皆かっこいいです!!



さて本作は、東京魚市場卸協同組合の協力を得て、
一部の資金はクラウドファウンディングでも集められたといいます。
2016年11月に豊洲市場への移転が予定されていて、
本来であれば、本作は築地の集大成、メモリアルとなるはずでした・・・。
ところが、未だに移転はできず、メドも立っていない。
皮肉ではありますが、それでも今なお、
本作と同様に毎日の緊張感ある営みが続いているのだなあ・・・という感慨に囚われます。



本作中、80年前の築地市場の盛大な竣工式等の貴重なフィルムも紹介されていて、
当時、この近代的な建物にいかに多くの人々の期待が込められていたのかが伝わります。
せっかくなのでこの歴史的建物を、
補修してやはりこのまま使うほうがいいのではないか・・・などと思えてしまいました。
どうなるんでしょうね・・・?



東京都知事様、国政に顔を突っ込むのはほどほどにして、
一刻も早く市場問題に決着を、お願いします。




<WOWOW視聴にて>

「TUKIJI WONDERLAND築地ワンダーランド」
2016年/日本/110分
監督:遠藤尚太郎
出演:小野次郎、小野貞一、油井隆一、齋藤幸司、長山一夫
歴史発掘度★★★★★
満足度★★★★☆

祝 カズオ・イシグロ氏ノーベル文学賞受賞

2017年10月06日 | インターバル
納得の受賞

ノーベル文学賞、カズオ・イシグロ氏が受賞しました!
全く知らない作家なら、へ~、そうなの、というところですが
若干ですが、私にも馴染みのある作家なので、大変嬉しく思います。

多くの日本の方同様、村上春樹氏の受賞を期待していたところではありますが、
いやいや、焦ることはない。
毎年のこの時期の楽しみがこれからも続くと思えば・・・ね。

カズオ・イシグロ作品は、大変クオリティも高く(それだからこその受賞なのだからあたりまえか)
日本人の感性にもマッチする作品です。
私がブログ記事にした分だけですが、興味がありましたら、ご覧下さい。

→「わたしたちが孤児だったころ」

→「わたしを離さないで」

映画ですが
→「日の名残り」

カズオ・イシグロ脚本による映画というのもあります。
→「上海の伯爵夫人」

原作を読んでいない「日の名残り」をぜひ読んでみたくなりました。

「笹の舟で海をわたる」角田光代

2017年10月05日 | 本(その他)
過去から問い詰められる自分

笹の舟で海をわたる (新潮文庫)
角田 光代
新潮社


* * * * * * * * * *

朝鮮特需に国内が沸く日々、坂井左織は矢島風美子に出会った。
陰湿ないじめに苦しむ自分を、疎開先で守ってくれたと話す彼女を、
しかし左織はまるで思い出せない。
その後、左織は大学教師の春日温彦に嫁ぐが、
あとを追うように、風美子は温彦の弟潤司と結婚し、
人気料理研究家として、一躍高度成長期の寵児となっていく…。
平凡を望んだある主婦の半生に、壮大な戦後日本を映す感動の長篇。
「本の雑誌」2014年第1位。


* * * * * * * * * *

夫と死に別れ、子どもたちは独立。
住み慣れた家を処分して何処かへ移り住もうとする左織が、
ほとんど戦後日本史と共に歩んだに等しい自らの半生を振り返ります。
しかしそれは彼女一人の道ではありません。
友人であり義理の妹でもある風美子と歩んだ道であったと言ってもいい。
しかし、それは左織にとってなくてはならないけれど、
複雑で苦くもある関係・・・。


左織が風美子と会ったのはまだ独身の頃。
風美子が街かどで声をかけたのです。
あの疎開先で一緒にいた左織さんでしょう?と。
左織には全く覚えがなかったのですが、
風美子は陰湿ないじめを受けていた自分に左織だけが優しくしてくれた、というのです。
そのことにも全く覚えのない左織ですが、
風美子が非常に親しげに擦り寄ってくるので、いつの間にか実際親しい仲になっていった。
やがて、左織が結婚、
そして左織の夫の弟と風美子が結婚したことで2人は義理の姉妹となり、
ますます親しく、家族ぐるみの付き合いになっていきます。
ある時、風美子が疎開時の記憶を詳細に話したことによって、
左織の記憶も蘇っていきます。
あの時、自分の班にもいじめはあり、
左織自身も自分が標的になることを恐れて、いじめに加担したのだった・・・ということ。
思い出したくないから、忘れていたのかもしれません。
風美子とは別の班だったので、風美子をいじめていたわけではないはずだけれど・・・
しかし、左織は風美子が過去の仕返しをするために
自分に近づいたのではないか、との思いに駆られるのです・・・。


・・・というのが本筋ではありますが、
左織の夫のこと、娘や息子との関係のこと・・・、
それは、はたから見れば、幸せな家族なのかもしれないけれど、
そして実際そういう時期もあったのですが、
その実態は決して充足したものではない。
・・・いわば、大海に笹の舟で漕ぎ出すような
寄る辺なく頼りない自分自身を見出していくのです。


私、以前から角田光代さんを「怖い人」だと思っていました。
本作を見て、またその思いが強まってしまいました。
なんというか、この左織の人生の中に
どこか私自身のダメなところ、弱いところ、
見つめるのが嫌だからあえて深く考えないでいるようなところと
重なる部分があるのです。
そこを著者は、ズルズルと引き出して晒しだすので、
なんだかつらい気がしてしまう。
だから私はこの著者が怖い。
角田光代さんは、そういう心の奥底の暗がりを、
「物語」という形で浮き上がらせる・・・
そういった力が非常に強い方なのだろうと思う次第。


終盤、左織が風美子との関係で思い至る部分にこんな記述があります。

「この人が近くにいるかぎり、貧しく異様な過去は消えずに背中に覆いかぶさっている。
いつもこの人が思い出させる。
忘れることを許さない。
力を持っただれかに媚びて、考えることを放棄して言いなりになり、
事態を思考停止で傍観し、
もしかしたら力の弱いだれかを死に追いやったかもしれない。」

それは左織が疎開の地で「力を持った誰かに媚びた」話なのですが、
なんだか、自分では何も考えず政府の言いなりになっている
庶民の話でもあるように思えてなりませんでした。

※川本三郎「物語の向こうに時代が見える」掲載本

図書館蔵書(単行本)にて
「笹の舟で海をわたる」角田光代 毎日新聞社
満足度★★★★★

マイ・ベスト・フレンド

2017年10月04日 | 映画(ま行)
病の友に寄り添うこと



* * * * * * * * * *

子供の頃から十数年来の大親友、
ジェス(ドリュー・バリモア)と、ミリー(トニ・コレット)。
互いに恋愛の秘密までを共有する、無くてはならない存在です。
現在は共にパートナーを持ち、満たされている毎日。
ところが、ミリーに乳がんが見つかります。
つらい薬物治療が始まると髪は抜け落ち、乳房切除の手術を受け・・・、
しかしその後また・・・。



まだ幼い2人の子供がいて、治療を続けるのは肉体的にも精神的にもしんどい。
そんな時最も必要なのは夫の愛と協力。
しかし相手も人間だし、夫自身もまだこの事態を受け止めきれていない・・・
ということで、なかなかうまくは行きません。
そこで、ミリーが寄り添い励まし助力することがとても大切になるわけですが・・・。
ミリーは、長く不妊治療を続けていて、
なんとこのタイミングでついに妊娠します。
でも病に苦しむジェスに、なかなかそのことを打ち明けられない・・・。



ずっと仲良しで、なんでも打ち明けあってきた存在。
その片方の苦しみを見るのはつらいことですね。
でもミリーの寄り添い方はなかなかステキです。
深刻になりすぎず、過度に気を使いすぎない。
そっと愚痴を聞きます。
「嵐が丘」の小説に憧れ、舞台となった荒野を2人で訪れるシーンはステキでした。
確かに、ちょっと行ってみたい気のする場所です。
でもミリーの本当の目的は別のところにあって、
その常軌を逸したミリーの行動に猛烈に腹を立て、
ついに2人は決裂状態にいたったりもするのですが・・・。



まあ、ありがちなストーリーですが、
乳癌の女性のあからさまな「性」を描いたところが独特と言えば独特。



さて、トニ・コレットは45歳位ですか。
…なんだかもっとすご~く年取って見えてしまったのですが・・・。
西洋の美人は老いやすい・・・というか、
日本人が若く見えるのは本当かも。
病人の役だから・・・というのではなくて、
はじめからあの子どもたちの母と言うより祖母に見えてしまいました・・・(^_^;)



マイ・ベスト・フレンド [DVD]
トニ・コレット,ドリュー・バリモア,ドミニク・クーパー,パディ・コンシダイン
ポニーキャニオン


<WOWOW視聴にて>
「マイ・ベスト・フレンド」
2015年/アメリカ/116分
監督:キャサリン・ヘードウィック
出演:トニ・コレット、ドリュー・バリモア、ドミニク・クーパー、バディ・コンシダイン、ジャクリーン・ビセット
女の友情度★★★★☆
満足度★★★☆☆

僕のワンダフルライフ

2017年10月03日 | 映画(は行)
涙腺崩壊



* * * * * * * * * *

犬が出るから、ではなくて、
敬愛するラッセ・ハルストレム監督だから見たのです!!
そういうことにしておきます!



ゴールデンレトリバーの子犬ベイリーは、少年イーサンに命を救われ、
イーサンの家に飼われることになりました。
いたずら盛りの子犬時代を過ぎ、イーサンの高校時代。

父が出ていったり、イーサンに恋人ができたり、彼の将来の夢が駄目になったり・・・
色々なことが起きますが、それでもベイリーは幸せなときを過ごし、
やがて、寿命を全うします。
さてところが、気がつくとベイリーは他の犬になって生まれ変わっている。
シェパードだったりコーギーだったり。
それぞれの「犬生」を生き抜いて、そして4度目に・・・。



野生動物とは違って、人に飼われることが宿命の犬は、
つまり、常に人の人生に寄り添うということなのですね。
ベイリーにとってイーサンと共にいた日々は何にも替えがたい幸せな日々だった。
ベイリーはいまわの際に駆けつけたイーサンを見て思うのです。
「イーサンを幸せにできなかったのが心残り・・・」と。
自分が幸せだったかどうかではなくて、
イーサンのことを思うのが、やっぱり泣かせます。



さて人の人生に常に寄り添う、とは言え、
犬の「犬生」は人と比べるとかなり短い。
だからその次ベイリーがイーサンと巡り合うためには、
50年、3回の転生を要したということなのですよ・・・。
ただ単にカタログ的に「犬生」を並べたわけではなかった。



始めは1960年代。
ベイリーがその都度出会う人々の人生もまた、見過ごせない部分です。
時代の移り変わりにもまた、注目したいところ。


そしてまた犬の運命も、人と一蓮托生。
幸せな生もあれば、過酷なもの、そして不幸なものもあります。
何しろ犬の死の場面が何度も出てくるので、
それだけでその都度泣けるし。


最後に、あの懐かしい麦畑を疾走するベイリーにも涙・涙。
そして、全く見知らぬ犬が実はあの懐かしいベイリーだと
イーサンが気付くシーンには滂沱の涙・・・。
もう、ヤラレっぱなしです・・・。


泣ける映画が必ずしも良い映画とは限らないけれども・・・、
でもここまで感情を揺さぶるというのはやはり凄い・・・。


最後に出てくるワンちゃんは
セントバーナードとオーストラリアンシェパードのミックスとのこと。
モフモフしてて、いいなあ~。


<シネマフロンティアにて>
「僕のワンダフルライフ」
2017年/アメリカ/100分
監督:ラッセ・ハルストレム
原作:W・ブルース・キャメロン
出演:デニス・クエイド、ペギー・リプトン、ブライス・ゲイザー、K・J・アパ、ブリット・ロバートソン

犬好き泣かせ度★★★★★
満足度★★★★★

「台所のラジオ」吉田篤弘

2017年10月02日 | 本(その他)
一人台所で聞くラジオもいい

台所のラジオ (ハルキ文庫)
吉田 篤弘
角川春樹事務所


* * * * * * * * * *

それなりの時間を過ごしてくると、人生には妙なことが起きるものだ―。
昔なじみのミルク・コーヒー、
江戸の宵闇でいただくきつねうどん、
思い出のビフテキ、静かな夜のお茶漬け。
いつの間にか消えてしまったものと、変わらずそこにあるものとをつなぐ、
美味しい記憶。
台所のラジオから聴こえてくる声に耳を傾ける、十二人の物語。
滋味深くやさしい温もりを灯す短篇集。


* * * * * * * * * *


吉田篤弘さんの短編集です。
特には関連のない12の物語。
共通するのは、どの話にもラジオが登場するところ。
それも、静かな声で語りかける、聞いても聞かなくてもよさそうな、
いわばバックミュージック的に台所などで聞くラジオ。
登場人物たちはそういう習慣を身につけているのです。


私も昨今、ラジオを聞くことが多いのですが、
もう少しにぎやかなものが多いかなあ・・・。
しかもネットのタイムフリーで聞いていたりするのは、
本作で言う「ラジオ」とはちょっと違うのかもしれない。
吉田篤弘作品に似合うのはもう少しひなびた、
デジタルではなくアナログのラジオであり、レコードであったりします。


巻末で著者ご自身が述べていますが、
ここにあるストーリーは物語の「起承転結」を描くのではなく、
その始まりのところ、
「起承」か、時には「起承転」までで、
「結」には至らないものばかり、と。
物語の始まりの「束の間」の部分を描きたかったとのこと。


確かに、色々な物語が発展する予感がそこにあります。
が、そこは読み手が想像するしかありません。
若干、欲求不満はありながらも、余韻だらけのこの本。
やはりボソボソと静かなアナウンスが続くラジオを聞きながら
読むのがいいかもしれません。


12の物語、直接のつながりはありませんが
ほんの少し、重なっている部分もあるようですよ。
そこを楽しみに読むも良し。

「台所のラジオ」吉田篤弘 ハルキ文庫
満足度★★★☆☆

散歩する侵略者

2017年10月01日 | 映画(さ行)
愛の概念とは



* * * * * * * * * *

数日行方がわからなくなった夫・真治(松田龍平)が、
別人のようにぼんやりして戻って来て、何もせず、
けれども毎日散歩に出かける。
妻・鳴海(長澤まさみ)は戸惑いを隠せません。



同じ頃、町で一家惨殺事件が発生。
犯人と思われるその家の娘・あきら(恒松祐里)は逃走中。



その事件を追うジャーナリスト桜井(長谷川博己)は、
同じくあきらを探しているという少年・天野(高杉真宙)と出会います。

ここで、天野はあっさりと自らの正体を明かしてしまうのですが、
つまり「自分たちは地球を侵略に来た宇宙人」だというのです。


彼らは人の体に乗り移り、地球人の「概念」を吸収します。
「家族」とは・・・。
「仕事」とは・・・。
「所有する」こととは・・・。
そして「愛」とは・・・?



なんだろうこれは、近未来のSF? コメディ?
などと思いながら見ていきましたが、「寓話」というのに近いかもしれません。
あとで調べると舞台劇が原作と知り、なるほど、と納得しました。


通常のSF作品なら地球侵略を狙う「宇宙人」は排除すべき敵。
けれど桜井はなにやら天野に惹かれていき、友情らしきものが芽生えていきます。
鳴海も、もう離婚寸前の間柄だった夫が宇宙人であると知り、
逆に心配になって彼を守る立場となっていく。
「愛」の概念は複雑すぎて、宇宙人もそれを簡単には吸収しきれないのですが、
じわじわとそれは彼らの中に広がって行くようでもあります。



宇宙人たちが乗っているのが白いヴァン。
国防軍側が黒いヴァン。
どちらが敵なのか、いつの間にか立場が逆転しています。
とても興味深い作品でした。


松田龍平さんの宇宙人ぶりがナイス。
・・・というか、彼はいつものままだったような気もします。
もともと「宇宙人」だったのか!

<シネマフロンティアにて>
「散歩する侵略者」
2017年/日本/129分
監督:黒沢清
原作:前川知大
出演:長澤まさみ、松田龍平、高杉真宙、恒松祐里、長谷川博己

ユニーク度★★★★★
満足度★★★★☆