映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「流れ行く者 守り人短編集」上橋菜穂子

2020年11月12日 | 本(SF・ファンタジー)

初々しい、少女バルサの日々

 

 

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王の陰謀に巻き込まれ父を殺された少女バルサ。
親友の娘である彼女を託され、用心棒に身をやつした男ジグロ。
故郷を捨て追っ手から逃れ、流れ行くふたりは、
定まった日常の中では生きられぬ様々な境遇の人々と出会う。
幼いタンダとの明るい日々、賭事師の老女との出会い、
そして、初めて己の命を短槍に託す死闘の一瞬
―孤独と哀切と温もりに彩られた、バルサ十代の日々を描く短編集。

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守り人シリーズの番外編、短編集です。
本編を読んだ後では、なんだかゆったりと安心して読むことができます。
本巻には4篇が収められていますが、最後のはまあ、おまけみたいなもの。
いずれにしても、バルサ10代、
まだジグロと共に修行しつつ各地を流れ歩いていた頃の話となります。

あとがきで、著者・上橋氏が元々番外編など書く気はなかったのに、
あるとき突然、本巻中の「ラフラ」のストーリーが浮かんできた、とおっしゃっています。
ですが、残念ながらわたしにはこの話がいちばんピンと来なかったかな・・・? 
サイコロを使う「ラフラ」というゲームが想像上のものということもあってか、
いまいち入り込めない。
ただ、ここに登場する賭事師である老女の心境については、しみじみと味わいました。

 

「流れ行く者」では、ジグロとバルサが用心棒の仕事をしています。
バルサはまだ13歳で、修行の途上。
そういえば、ジグロについてはこれまで話にだけは出てきましたが、
実際に登場したことはなかったのですよね。
ストーリー自体は、彼の没後から始まっているので。
(若干、生身ではないジグロの登場シーンはあったのですが。)
だから、ここで生身のジグロが登場して、ちゃんとバルサと会話をしているのを見るのは、
この上ない喜びでした。
そして、本編中では始めから自立した強い女性であったバルサの、
未完成なところ、ジグロに守られているところを垣間見るのも楽しいのです。

 

ジグロとバルサはときおり呪術師トロガイの家を訪ねてしばらく滞在していく。
それを心待ちにしていたのがタンダ。
ラストの小篇は、ホント、ほっこり来ます。

こんな風に子どもの頃から親しんで信頼で結ばれている2人の絆。
まさしく、ファンにはとーっても嬉しい一冊なのでした。

 

私、ふと思いましたが、グインサーガの続きは上橋菜穂子さんが描くべきだったのでは・・・?と。

 

<図書館蔵書にて>

「流れ行く者 守り人短編集」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★.5

 

 

 


ベル・カント とらわれのアリア

2020年11月11日 | 映画(は行)

テロリストと人質たちの穏やかな日々

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南米某国の副大統領邸。
実業家ホソカワ(渡辺謙)が経営する会社の工場誘致をもくろむ主催者が
企画したサロン・コンサートが行われようとしています。
招かれたのは世界的ソプラノ歌手ロクサーヌ・コス(ジュリアン・ムーア)。
ホソカワ、通訳のゲン(加瀬亮)、現地の名士や各国の大使らが集まる中、
コンサートが開始されます。
ところが、突如テロリストたちがなだれ込んできて、副大統領邸は占拠されてしまうのです。
そしてそのまま事態は進展を見せず、日々がすぎて、
貧困のために教育を受けていない若いテロリストたちと、
教養ある人質たちとの間に、静かな交流が生まれ始める・・・。

本作はいわゆる「ストックホルム症候群」、
つまり、被害者である人質が加害者である犯人に好意を抱くという事象を描いたドラマなのです。
でも、そうしたことの説明的なものではなく、
とても納得できる人と人の心の交流の物語。

あるものは英語を覚えるために、ゲンに教えを請います。
そしてあるものは、今までオペラなどろくに聞いたこともなかったのに、
ロクサーヌの歌声に魅せられ、自分も歌ってみたいと思い、学び始めます。
仕事ぶりが丁寧でしっかりしていると見える若者を、
この事態が終わったらぜひうちで働いてほしいという者も。

この事件がなければ決して交わることのなかった人々。
言語や生まれ育った国、環境が違っても、同じ人間には違いない・・・。

作中のテロリストの指導者は、実は以前教師だったというインテリで、
元々乱暴なことは好まない人物ということになっています。
貧しくろくな教育も受けられない民衆を顧みようともしない政府に、
反感を憶えての行動であるということ・・・。
残念ながら突発的な出来事で死者は出てしまったのですが、
平和的な日々が過ぎて行くのはこうしたことも大きい。

しかし、いつまでもそんな日々が続くわけもありません。
ついに政府軍が乗り込んでくる。
ここを占拠したテロリストよりも、政府軍の方がはるかに野蛮・・・
という、皮肉な状況になってしまいます。
何が正義なのか。
本当に考えさせられてしまいますね。

渡辺謙さんと加瀬亮さん、申し訳程度の出演かと思いきや、
しっかりと重要な役でした。
素晴らしい!!

<WOWOW視聴にて>

「ベル・カント とらわれのアリア」

2018年/アメリカ/101分

監督:ポール・ワイツ

原作:アン・パチェット

出演:ジュリアン・ムーア、渡辺謙、加瀬亮、クリストファー・ランバート、セバスチャン・コッホ

 

説得力★★★★☆

満足度★★★★☆


きみの瞳(め)が問いかけている

2020年11月10日 | 映画(か行)

真に相手を思いやる心が泣かせる

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不慮の事故で視力と家族を失った明香里(吉高由里子)。
それでもあかるく毎日を楽しみながら生きています。
あるとき、通り道にあるマンションのなじみの管理人と間違えて、
塁(横浜流星)という青年に話しかけてしまいます。
塁はかつてキックボクサーとして将来を有望視されていましたが、
ある事件をきっかけに心を閉ざし、今はバイトで食いつなぐ日々。
そんな塁が、時々やって来てはくったくなく話しかける明香里に、
次第に心を開いて行きます。
ところが、自分が過去に犯した過ちが
明香里の失明の原因の一端を担っていることを知り、塁は・・・。

チャールズ・チャップリン「街の灯」にインスパイアされて制作された
2011年韓国映画「ただ君だけ」のリメイクとのこと。
なるほど、だから大筋としてはなんだか既視感のあるストーリーなのですが、
実に良くできたストーリーでもあるのです。
そして何と言っても、今をときめく吉高由里子さんと横浜流星さんの起用。
いやあ、もう、感情移入します。
持って行かれます!

特にラストは、劇場の皆さん、すすり泣いてました・・・。
私もですが・・・。
マスクが湿ります。

視力を失った明香里ですが、手術で回復する可能性があるのです。
しかし、彼女は事故死した両親の死に責任を感じていて、あえて視力を取り戻す気にならない。
そしてまた多大な費用もかかる・・・。

そのことを知った塁は・・・、と、
つまり自己犠牲の話になっていくのですが、
こういうところが多分韓国でも受けたでしょうし、日本人好みでもありますよね。

とにかく、女子必見。
とやかく言わず、楽しむしかない、切なくも美しく強いラブスト-リー。
ちゃんとハッピーエンドになるのでご安心を。
そのシーンがまた涙、涙・・・。

うらぶれた格好をしても、カッコイイ人はやっぱりカッコイイのね♡

<シネマフロンティアにて>

「きみの瞳(め)が問いかけている」

2020年/日本/123分

監督:三木孝浩

原案:映画「ただ君だけ」

出演:吉高由里子、横浜流星、やべきょうすけ、田山涼成、野間口徹

お涙度★★★★☆

満足度★★★★★


12か月の未来図

2020年11月08日 | 映画(さ行)

自己有用感を高める教育を

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パリの名門高校のベテラン教諭であるフランソワ(ドゥニ・ポダリデス)。
パリ郊外の教育困難中学へ試験的に転任することになります。
移民など様々なルーツを持つ子どもたち。
フランソワは彼らの名前を読み上げるだけでも一苦労です。
生徒たちは実際問題だらけで、学力も劣っています。
他の教師は若くて経験不足のものばかりで、
こんな状況をどのようにしても無駄と思い、
はみ出したものはさっさと退学させればよいと考えています。

しかし、フランソワはさすがベテラン。
名門校から来たという意地もあったかもしれませんが、
なんとか生徒たちと心を通わせて学ぶ意欲を持たせようとします。
そしてあるとき、「レ・ミゼラブル」の本を教材として使うことを思いつきます。

そんな中で、次第にフランソワは生徒たちの信頼を得るようになっていくのです。
ところがあるとき、遠足で訪れたベルサイユ宮殿で、
お調子者のセドゥがトラブルを起こします・・・。

 

移民等であふれたパリ郊外の学校の荒れた状況は、
これまでも何度か映画化されていました。
本作もその一つ。
ただし、実話に基づくというわけでもないようなのですが、
いずれにしても、問題の鍵は、いかに真剣に教師が子どもたちと向き合うか、
どうやって子どもたちに学ぶ楽しさに気づいてもらえるか、
ということなのだろうと思います。

本作中では、ここの子どもたちは一冊の本さえ読み通したことがなさそうなのです・・・。
教育崩壊も甚だしいですね。

作中こんな言葉がありましたよ。
「子どもたちは何度も悪い点を付けられ、バカだと言われ続けると、
もう努力する気力を失ってしまう・・・」と。

最も大切なのは、自分もやればできるのだという自己有用感なのかもしれません。

フランソワはフランス語、つまり「国語」の教師なんですが、
初めのうちの文法の授業、これはさすがに退屈そうでした。
私でも居眠りするわ・・・。
でも、「レ・ミゼラブル」を教材にすると、皆食いついてきますね。
少なくとも学習の導入部は面白くなくちゃ!!

たしかによい話です。
でも、経済格差がもろに教育格差に結びついているという話・・・。
教師はそれでも頑張らなくちゃ、ということですか・・・。

<WOWOW視聴にて>

「12か月の未来図」

2017年/フランス/107分

監督・脚本:オリビエ・アヤシュ=ビダル

出演:ドゥニ・ポダリデス、アブドゥライエ・ディアロ、ポリーヌ・ユリュゲン、アレクシス・モンコルジェ

 

教育崩壊度★★★☆☆

満足度★★★★☆

 


「犬の笑顔が見たいから」穴澤賢

2020年11月07日 | 本(その他)

犬と劇的な人生

 

 

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小社刊『またね、富士丸』(2010年)、
『また、犬と暮らして』(2016年)に続くシリーズ第3弾。
愛犬“富士丸"の死から9年。ついに実現する、かつての愛犬との約束。
だが今度は、著者自身の身に生命の危機がふりかかり・・・。
愛犬の心の読み方、プライベート・ドッグランの作り方など実用に役立つ内容も。

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私が、愛犬・富士丸時代から、本やブログで応援し続けていた穴澤賢さんの新刊です。

いつも共にいた愛犬・富士丸の突然の死。
それを乗り越えて飼い始めた2匹の犬、大吉・福助のことを中心に、
著者の周辺のことが記されています。

ずっとブログを拝見しているので、私には特に目新しい話はなかったのですが、
改めて読むと、穴澤氏と犬の関わりを述べることは、
そのまま彼の人生を述べることなんだなあという気がしました。

全く予期せぬ愛犬・富士丸の死。
そして、著者自身の生死に関わるほどの大事故。
なーんて、劇的な人生なのでしょう。
ブログはそんな出来事をリアルタイムに伝えていたわけで、
これはなかなかすごいことではあります。
そして大吉・福助との出会い、山の家を持ったこと・・・、
ステキなこともたくさんです。

 

これはあれですね、「みをつくし料理帖」に出てきた「雲外蒼天」の相というヤツ。
苦労は多いけれど、それを乗り越えれば幸せな青い空がのぞく・・・。
今後もまた、楽しみにブログを拝見したいと思います。

興味のある方は、ブログ「Another Days」へ。

 

とにかく、犬好きの方なら、必見です。
写真も豊富で、特に、大吉・福助の子犬時代がなんともかわいらしくて、つい微笑んでしまいます。
そして懐かしい富士丸の写真も・・・。

 

「犬の笑顔が見たいから」穴澤賢 世界文化社

満足度★★★★☆


「カーテンコール!」加納朋子

2020年11月06日 | 本(その他)

問題だらけの女子たちだけど

 

 

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経営難で閉校が決まっていた萌木女学園。
とにかく全員卒業させようと、課題のハードルは限界まで下げられていたのに、
それすらクリアできなかった私達。
もう詰んだ。人生終わったと諦めかけた矢先、
温情で半年の猶予を与えられ、敷地の片隅で補習を受けることに―。
でも、集まった生徒達は、さすがの強者「ワケあり」揃い。
こんな状態で、本当にみんな卒業できるの?

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経営難で閉校が決まっていた萌黄女学園。
そこをどうしても単位不足で卒業できない者が出てしまったのです。
しかしここの理事長の温情で、半年間彼女らに補講を受けさせるという取り組みが始まりました。
全員寮生活。
敷地内以外は外出禁止、面会も禁止というほとんど監禁状態。
彼女らは本当に卒業できるのか・・・?

 

・・・と、このように書くといかにも学業を怠けていただらしない女性たちばかり、のように思えてしまいますね。
ところが、彼女たちがまともに学校に通い学ぶことができなかったことには、
それぞれのどうにもならない事情というものがあるのです。

例えば、どうしても朝起きられない朝子。
そして、ところ構わず意識を失い倒れてしまう夕美。
同室となった朝夕コンビの眠り姫は決して「怠け者」ではなく、これはそういう病なのでした。
2人は互いを認め合い、助け合いながら、前へ進む力をつけていきます。

他にも、トランスジェンダー、拒食症、過食による肥満、などなど・・・。
そしてどこからどう見てもしっかりきちんとしている者もいて、この人はなぜここにいるの・・・?
という謎もあるのです。

 

一人一人の事情が、まるで現代の縮図。
言われてみれば、ここまで極端ではないにせよ、
私たちもいずれかのトラブルのもとに心当たりがあるかもしれません。
ここで、少しずつ生きる力をつけていく彼女らを見るのが何よりも嬉しい。

 

そして本作ステキなのは、彼女らのトラブルの事情を理解し、
一人一人に見合った解決策を探りつつ彼女らを卒業させようとする、この理事長の存在。
理事長といえばかっこいいのですが、見た目は単に人の良さそうなハゲたオジサン。
それが、理事長兼学長兼寮長件臨時講師・・・。
つまり彼一人でこの企画は成り立っているのです。
その上寮母は理事長の奥様だし、寮内の様々なことのお手伝いをしているのがその娘さん・・・。
この「学びの場」かつ「癒やしの場」は、角田理事長の家族経営委で成り立っていたというわけ。
なんか、いいですよね~。
こういうほとんど損得抜きの行為を家族でできるなんて、すごい!!

 

なんだか勇気付けられて、そして心が温かくなるステキな作品です。

「カーテンコール!」加納朋子 新潮文庫

満足度★★★★★

 

 


空に住む

2020年11月05日 | 映画(さ行)

確かに空っぽ

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郊外の小さな出版社で働く、直実(多部未華子)。
両親の急死により、叔父夫婦の計らいでタワーマンション高層階で暮らし始めます。
忌引きの休暇を終え仕事に戻っても、何やら喪失感に囚われている直実。
高層階に住む自分がなんだか空に住んでいるように感じます。
そんな時、彼女は同じマンションに住む人気俳優・時戸森則(岩田剛典)と出会い、
親しくなっていきますが・・・。

うーん、正直言って何が言いたいのかよくわからない作品でした。
現実感から浮遊した主人公が、ぃつか「現実の生活」に帰るために、
地上に戻っていく・・・と、そういう話ならまだ納得がいくのです。
でも本作、結局彼女が何を望んでいたのか、
何を失って何を得たのかが、全然みえてきません。

両親が死んでも全然泣けなかったという直実。
そして、長く飼っていた猫の死。

きっかけは何でもいいのです。
例えば気に入ったピアスの片方が見つからないとか・・・。
そんなことでもいいから、突然直実が号泣する、
そんなシーンが入っていてほしかった。
じゃなければ、見ているものの気持ちの落としどころがないのです。

時戸にしても、何やら独自の哲学を持っている、といっては いるのですが・・・、
なんだか単にかっこつけているだけにしか見えません。
彼自身の弱みや苦しみはどこにある???

私には、不倫のあげく妊娠してしまい、別の男をだまして結婚にこぎつける直実の後輩(岸井ゆきの)の方が、
遙かに人間的魅力を感じました。
彼女はいよいよ出産と言うときに、「まだ産めない、今はまだ産めない」と泣き叫ぶのです。

こんな風な感情の発露を、一度でも直実が見せてくれれば・・・。

 

ラストも、納得いきません。
直実と叔父夫婦との関係。
叔父夫婦は確かに直実に踏み込みすぎのようには思います。
でも彼女はそれを嫌そうには見えなかった。
嫌なら嫌といえばいいし、関わりたくなのなら、マンションを出た方がいい。
でも直実は住み続けながら居留守を使うのです。
こんなところでも、直実がどうしたいのかさっぱり見えてこない。

多部未華子さんが好きなので見ましたが、誠に残念なストーリーでした。

 

<シネマフロンティアにて>

「空に住む」

2020年/日本/118分

監督:青山真治

原作:小竹正人

出演:多部未華子、岸井ゆきの、美村里江、岩田剛典、鶴見辰吾

 

空っぽ度★★★★☆

満足度★★☆☆☆

 


凪待ち

2020年11月04日 | 映画(な行)

ダメ男の果て

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恋人・亜弓(西田尚美)と彼女の娘・美波(恒松祐里)と共に暮らしていた木野本(香取慎吾)。
亜弓の故郷、石巻に移り住むことになりました。
亜弓の父(吉澤健)は末期癌に冒されながらも漁師を続けており、
近所に住む小野寺(リリー・フランキー)が、世話をやいていたのです。
木野本は元来のギャンブル好きで、競輪でお金をすっては亜弓に無心していました。
この度の移住に伴い、木野本は亜弓に、もうギャンブルはしないと約束したのですが・・・。
そしてある夜、娘・美波のことで口論となった二人は別行動となりますが、
その後、亜弓は遺体となって発見され・・・。

亜弓は美容師で、この度この町で美容室を開く事になっていたのです。
つまり木野本は“髪結いの亭主”ということで、
まともに仕事もせず、競輪に浸っていた・・・。
ダメ男の代表みたいなヤツ。
籍も入れていないので、いつでも亜弓は彼を追い出せたと思うのですが、
そこが男女の機微というもの・・・。
木野本も気のいいところがあって、高校生の娘・美波とは妙に気があっていたのです。
この母子は東日本大震災で被害に遭い、川崎に移り住んでいたのですが、
美波はそのことでいじめに遭い不登校になっていた、という背景もあります。

木野本は自分自身の娘ではないことが逆に責任を負わない立場なので、
美波には説教めいたことは言わず、彼女の意思を尊重する形で接していた。
それがよかったのだろうと思えるのです。
だから美波にとっては実の母・亜弓の方がちょっと苦手な存在。

こんな風に登場人物の背景が詳しく造形されていることで、物語にとても深みが出ているのです。
そして、やめようと思いつつも、どうしてもギャンブルから抜けられない、情けない男の心境も・・・。
バカだなあ、いくらお金を失えば懲りるのだろう
・・・と、つい思ってしまうのですが、
現実に、同じ事を繰り返しギャンブルや薬物をやめられない人はいるものです・・・。

そして、亜弓の突然の死には私までショックを受けまして、
あ、ヤバい、これでは木野本が疑われてしまう・・・という心配は、
やはりその通りになってしまいました。

でも彼は犯人ではないのです。
そして犯人は、犯人の顔をしていない・・・。

でもこの物語はそうした犯人当てのドラマではなくて、
やはり「家族」の物語なのでしょう。
木野本と亜弓は正式に結婚していない。
だから、亜弓が亡くなった後は、もうこの家で木野本は赤の他人なのです。

行き場を失った木野本は、さらにまた大失敗を重ねていきますが・・・、
果たしてこんな事態を、木野本と美波、そして祖父はどう乗り越えていくのか・・・。

ぐいぐい引き込まれて行くドラマでした。

香取慎吾さん、マジでダメ男。
でも、いつか彼は気づいてやり直す。
そうした期待を持たせてくれるところもいいですよね。

 

<WOWOW視聴にて>

「凪待ち」

2019年/日本/124分

監督:白石和彌

脚本:加藤正人

出演:香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢磨、リリー・フランキー

 

ダメ男度★★★★★

家族の成長度★★★★★

満足度★★★★.5

 


罪の声

2020年11月02日 | 映画(た行)

運命を狂わされた人々

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実際にあった昭和最大の未解決事件(すなわちグリコ・森永事件)をモチーフにしています。

新聞記者阿久津(小栗旬)は、昭和最大の未解決事件を追う特別企画班に選ばれ、
30年以上前の事件の真相を求めて取材を始めます。
その事件では犯行グループが脅迫テープに3人の子どもの声を使用しており、
阿久津はその子どもたちは今どうしているのか・・・と、気になるのです。

一方、京都でテーラーを営む曽根(星野源)は、
父の遺品の中にカセットテープを見つけます。
それを再生してみると、幼い頃の自分の声が録音されています。
そしてそれは35年前の事件で、
犯行グループの脅迫テープの声と同じものであることを知り、愕然とするのです。
それはまだ幼い頃のことなので、彼の記憶にはないことだったのですが、
曽根は彼の叔父が事件に関係しているとにらみ、
彼もまた、35年前の事件のことを調べ始めます。

互いに別方向からのアプローチで同じ事件を調べ始める。
どこかで二人が交差する場面があるはず・・・と、そんなところも興味深く見ました。

会社名などは変えられていますが、まさに、あの事件そのままの状況が語られています。
今さらながら、実に奇々怪々の事件です。
原作者はその謎に真っ正面から挑んでいて、その答えを出しているわけです。

事件とは直接関係のない、ただ利用された立場の「子ども」に焦点を当てて、
事件を追っていくというストーリー運びが、実に私たちの身に迫って感じられました。
阿久津と曽根が協力し合って事件を追っていくことになるのがまたいいのです。
ほんのひととき他愛ない会話を交わす2人の姿にほろりときました。

 

事件に関係があったかもしれない全共闘の戦士たちも、今や老人。
事件当時子どもだった人は立派な中年。
どうしようもない時の流れがまた、切なさを増幅させるような気がします。

欲望であれ、社会への復讐であれ、やってしまったことはもう取り返しがつかない。
そしてただそのことに巻き込まれてしまった人たち・・・。
誰もがそのために人生がすっかり変わってしまった。
圧倒的な力で、こうした様々な人々の「時」を描き出しているのです。

実に見応えがありました!!

そういえば、あの事件以前は、キャラメルなどは紙の箱だけで売られていたんですよね。
セロハンなどをかぶせて売るようになったのはあれ以降のはずです。
今では考えられないようなことですけれど・・・。
一つの事件が大きく社会を変えた一例。

 

<シネマフロンティアにて>

「罪の声」

2020年/日本/142分

監督:土井裕泰

原作:塩田武士

脚本:野木亜紀子

出演:小栗旬、星野源、松重豊、古舘寬治、宇野祥平、宇崎竜童、市川実日子、梶芽衣子

事件発掘度★★★★☆

満足度★★★★★

 


「光炎の人 上・下」木内昇 

2020年11月01日 | 本(その他)

ただただ、研究好きの男の運命

 

 

 

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時は日露戦争前夜―
明治の近代化が進む日本で、徳島の貧しき葉煙草農家に生まれた郷司音三郎。
爪に火をともすような暮らしを送る一家を助けるため、
池田の工場に働きに出た音三郎は、そこで電気を使用した技術に出合い、
その目に見えぬ力に魅了され、仕送りするのも忘れ新製品の開発に没頭するようになった。
やがて、開発の熱心さを認められ、大阪の工場に誘われた音三郎は、
技術者としての大きな一歩を踏み出した! (上)

大阪の工場で技術開発にすべてを捧げた郷司音三郎。
これからの世に必要なものは無線機と考え、会社に開発を懇願するが、
あと一歩で製品化というところで頓挫してしまう。
新たな環境を求め、学歴を詐称して東京の軍の機関に潜り込んだ音三郎だったが、
そこで待っていたのは日進月歩の技術革新と、
努力だけでは届かない己の無力な姿だった…。
戦争の足音が近づく中、満州に渡り軍のために無線開発を進める音三郎の運命は?(下)

* * * * * * * * * * * *

私、本作の意図を始めから読み違えていたといいますか・・・、
ある技術者が苦労を乗り越えて開発した技術が最後には世に認められる、
伝記的ストーリーなのだろうと思ったのです。

 

日露戦争前夜、徳島の貧しい家に生まれた音三郎が、池田の工場に働きに出ます。
そこで初めて電気を使用した技術に出会い、魅了され、のめり込んでいくのです。
小学校すらろくに出ていない彼が、全く独学で知識を身につけていきます。
そしてやがて、無線の開発に向かうことになる。

音三郎の原動力は、ただただ好奇心なのでしょう。
当時ようやく広まり始めた“電気”というもの。
その計り知れない可能性に心が釘付けになる。

ただ、それだけに夢中になれていたうちはまだいいのですが、
次第にそれが立身出世の材料になっていくあたりがどうも・・・。

つまり、どうにも私はこの人物に共感できないし、好きになれないのです。
そうしたところがちょっとストレスになりました。
あまりにも意固地でセコい。
家族に対する思いがひどすぎる。
(ひどいと言うより、何もない)

彼の研究は周囲にも認められ、着々と自らの地位を揚げていくのですが、
やがて満州の関東軍に利用されるようになっていく・・・。
音三郎にとっては、自分の技術が戦争に利用されようが何だろうが、
とにかく認められ、自分が賞賛されさえすればよいのです。

この辺で本当に読むのがイヤになってしまったのですが、
しかし、最後まで読んで驚いた。
つまり本作は、立志伝的な話では全然なかったのです!!
私が勝手に思い違いをしていただけ、ということのようです。

つまりこの結末のために、始めから音三郎は好人物には描かれなかったということか・・・。

 

まあ、彼のストーリーはともかくとして、
この時代性が、とてもよく表されていたのは確かです。
戦争こそが景気回復の鍵であり、
経済界や軍部(関東軍)は戦争がしたくてたまらない。
そんな中から日中戦争が始まるという流れがよくわかります。

 

図書館蔵書にて

「光炎の人 上・下」木内昇 角川書店

満足度★★.5