映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「詩歌川百景 1」吉田秋生

2020年11月19日 | コミックス

小さな温泉町の群像劇

 

 

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山形の山里にある小さな温泉町・河鹿沢温泉の旅館で湯守り見習いとして働く和樹。
弟の守とともに、旅館の女将や周囲の大人の思惑に
時に守られ時に翻弄されながら暮らしている。

大人たちの抱える過去、
そして河鹿沢温泉に数年前に引っ越してきた旅館の大女将の孫娘・妙をはじめ
幼なじみ達との友情と恋と人生が静かに紡がれていくーーー

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出ました!! 吉田秋生さんの、「海街diary」に続くシリーズ。
本作は全く別の物語ではなく、かつてすずが暮らしていた小さな温泉町が舞台で、
主人公はすずの義弟にあたる和樹。
彼と、彼の周囲の人々の群像劇です。

ちょうど「海街diary」の最終刊にあった短編が、
「海街diary」と本作の橋渡しのような形になっていたのでした。

 

和樹は母親の再婚(再々婚? 何度目かわからない)に伴い、
いちばん下の弟とともに母親とは別れて暮らすことを選び、
今は「あずまや」という温泉旅館で働いています。
そしてもう一人の主要人物はここの大女将の孫娘・妙。
利発で活発、勝気、年下なのに和樹にはいつも上から目線でものを言う、
でもまあ、和樹はそれが嫌いではないようです。

この二人が軸になって動き出した田舎町のストーリー。
田舎とはいいつつ、のどかなことばかりではありません。
そこには都会と変わらず、色々複雑な人々の感情が渦巻いてもいるわけです。
今後が楽しみです。
また長いお付き合いになるでしょうか。

 

そんな中で、気づいたこと。
吉田秋生さんは、母親として不適格な「母」を描くことが多いということ。

“海街”の三姉妹の母は、娘たちを置いて再婚し離れて暮らしていて、
そしてどうにもよそよそしいというか、愛情が薄く気遣いのない人のように描かれていました。

すずの父(=三姉妹の父)の再婚相手の女性(=和樹の母)も、
甘ったれた子どものようで、人の気持ちを思いはかる事のない人でした。

そして、本作の妙の母も、情に欠け身勝手で好人物とは描かれていません。

 

あ、そういえばそれ以前に、この主人公たちには父親がいないのでした。
亡くなっていたり、離婚して家を出ていたり・・・。
つまり主人公たちには、愛情を持って彼らを見守り、かつ規範となるべき親がいないのです。
もしくは、いても逆に足を引っ張るような存在であったり。
なるほど、だから彼らは否応なく、早く大人になるしかなかったということなのか。
自主独立の彼らを見ているととても凜々しく美しく思えたのですが、
どこかもの悲しくも見えていたのは、そういうところからくるものだったのかもしれません。
そういう生い立ちながらも、実に「よい大人」に育った彼らに拍手!!
親はいなくとも、しっかりと彼らを気に懸けて見守ってくれる人々の存在も見逃せませんけれど。
逆に、母親の方について行った和樹の弟は、
その毒母に壊されてしまい、道を踏み外している。
下手な親ならいない方がマシ、ということか・・・。

吉田秋生作品のもう一つのテーマに気づいてしまった私です。

 

ちなみに本作の題名「詩歌川」は、「うたがわ」と読みます。
この温泉町を流れている小さな川の名前。

 

「詩歌川百景 1」吉田秋生 小学館フラワーコミックス

満足度★★★★★