『殿様のちょんまげを切る女』
新橋演舞場だ。中村勘三郎だ。藤山直美だ。これはもう、ばりばりの大衆演劇だ。
これまで、どうも、新橋演舞場や明治座には足が向かなかった。俺の世界じゃねえよな、下北沢や新宿とはちがうものって感じてた。さらに、白状するなら、貸し切りバスで来る人らとか、豪華なお召し物見せびらかしに来る連中なんかと、一緒に座ってられますか、って小生意気にそっぽ向いていたとこもある。
それに、幕間にお食事タイムが入るってのもね、どうもねえ。いや、それはそれで、お芝居見物、物見遊山って感じで結構なんだけど、私の場合、一人でしょ。ジジイが一人で弁当食ってる姿って、惨めったらしくてってね、せっかくの料理も味気ないしね。それと、根が真面目なもんだから、たかだか、2~3時間集中したって罰はあたらねえだろなんて、つい、思ってしまうんだよね。それから、明治座、新橋演舞場、って言ったら、スター主義でしょ。芝居も安直だしね、これが、印象でした、正直なところ。
でも、最近は、劇団新感線がド派手な舞台ぶち上げたり、歌舞伎の御曹司連中が新しい趣向を競い合ったりと、おっとー、こいつぁ、目がはなせねえや、って事態もほの見えてきたからね。さらには、劇団M.O.Pのマキノ ノゾミとか、ラッパ屋の鈴木聡なんていう、面白さ請け合いの小劇場座付き作者が抜擢されたりしていて、これは、いつか見にいかなくちゃ、って待機モードになっていました。で、今回、初めて、新橋演舞場に乗り込んで、いやいや、そっと、忍び込んでみたというわけです。
勘三郎も直美も魅力だったね。二人の息の合った掛け合いの素晴らしさは、『桂 春団次』で存分に堪能してたからね。でもね、一番のお目当ては、中島淳彦の脚本だったんだ。何も、通を気取ってるわけじゃないですよ、拙いながらも脚本書く者としては、やはり作者が一番気になるんです。中島は劇団『道学先生』の座付き作者だそうだが、芝居は見たことはない。でも、彼の脚本集『エキスポ 無頼の女房』(論創社刊)には感動した。しっかりとした時代性、批評性を持ち、描かれる人物も生きている。それにそこはかとないおおらかな笑い!いつか絶対、うちの劇団でもやってやるぞって思ってたんだ。その中島が、大劇場お目見えなんだもの、ひそかな注目株が、一躍、一部上場ってもんだろう。こいつぁ、ひとつ、ご祝儀でも、って気にもなるでしょうよ。もっとも、三階の最後列じゃ投げ銭だって届かないけどね。それと、演出のラサール石井。気になるあいつ、なんて馴れ馴れしいか。
で、見ての感想は、これが実に、実に良かったね。まさしく、ツボ。芝居のツボ。ああ、効く~~~ってところだろうか。中島が細かく指示したツボの位置を、ラサールがあの手この手のマッサージ方法を考えだし、それを指圧名人勘三郎と直美が絶妙の指使いで押してくる。観客はもう、あぁ~、うぅ~、そこ~って、なされるがまま。時に笑い、時に考え、時に涙した。
とりわけ、二幕は絶好調。大村昆(ごめんなさい、字が出ない。コンの字山冠が付きます)のとんま天狗の大立ち回りに始まって、勘三郎の女形、そのまんま東ネタまで飛び出してのサービス満点盛りだくさん。大いに楽しませておいて、すいーっと、時代の転換期(江戸から明治へ)へと誘い込む。時代の激動を誠実に生きる人々がじっくりと描かれて、もう、完全に手玉に取られてしまいましたね。聞かせどころ、泣かせどころが、ほんと巧みに組み上されて、緊張、リラックス、笑い、感動、という感情の波動が見事にできあがっていた。騙して通してくれるなら、大衆演劇だろうと、なんだろうと構やしない。筋立てに少し無理があろうと、人物がステレオタイプだろうと関係ない。要は、最後まで騙し通してくれればいいんですよ、芝居ってもんは。
さらに、小憎らしいのは、観客層をしっかりつかんで作られていたことだよね。会場が会場だから、観客の中心は熟年層。さらに言えば団塊の世代だからね。大村の昔懐かしギャグの数々とか、上演前後合間の音楽がフォークル(若い人にはわからんでしょ、フォーククルセーダーズって60年代後半から70年代初頭一世を風靡したグループです。団塊世代の青春の歌ですね)や赤い風船だなんて、初めは、ちょっと、やりすぎじゃない?って、嫌みに感じたけど、幕が降りて、ロビーに出てきたら、実に心地よくて、よし、許すって思わず、呟いてしまった。
さて、今回の観劇行での最大の発見は、団塊男の劇場デビューだ。これまで、女天国、男子禁制の感があった劇場に、むくつけきじじいども(私も含め)がぞろっと、登場していたんだ、これは驚きだった。それも、奥さんに尻を叩かれ叩かれ渋々付いてきたという感じではない。結構、楽しんでるし、様にもなっているんだな、これが。中には、夫婦で和服姿なんていう粋な二人もいたりして、2007年問題はあきらかに時代の転換点だってこと実感した一日でありました。
ついでに、銀座の歩行者天国も熟年天国だった!