ステージおきたま

無農薬百姓33年
舞台作り続けて22年
がむしゃら走り6年
コントとランとご飯パンにうつつを抜かす老いの輝き

ゆるっと!行きますか?

2015-01-10 09:57:00 | ランニング
 スポーツジムに通っている。って言うのが未だに後ろめたい。もう2年近くになるっていうのに。多いときは週に4日も出かけているっていうのに。心のどっかに引っかかってるものがあるんだなぁ。

 まず思い当たるのが、恥ずかしいって感覚かな。いい歳こいてってところもあるが、もっと根っこの部分、大した用もないのに走ったり、筋トレしたりってなんだか、動物としての人間の究極的な退廃じゃないか?ウェイトコントロールとか健康維持ってちゃんと目的あんじゃない?って言い訳、それ自体がなんだか、無駄に肥満化した肉体に翻弄されてるって気がしてどこか心苦しい。

 マシーンを駆使してトレーニングするってことも、頭の外側から見るとどこか滑稽な感じ、しないか?ランニングマシーンの上を必死で走ってるとこって、あのハツカネズミの永久回転運動を思い起こすじゃないか。走りたきゃ、せめて外で走ればいいじゃないか、それなら自然とは言わないまでも、まっ、気持ちとしては許せる。たとえ走るのが道路だとしても、風や陽ざし周囲の田畑や山々、そんな中なら、これは動物としての野生の延長上だって見なせないこともない。

 それと、通っているジムの名称が”ゆるっと”っていうのも、とってもとっても気恥ずかしい。なんだよ、ゆるっとって。温泉か?保養施設か?老人介護施設か?ジムって知らないきゃぜったいそう思うよ。たしかに風呂もあってサウナもあってマッサージ機もあったりするし、利用者の9割方は年寄りだ。軽く運動して、ストレッチして、ヨガとかやって、風呂入ってリフレッシュ、”ゆるっと”過ごしておごやえ、って心づもりで名付けたんだろうし、きっと多くの利用者には違和感なないだろう。

 でも、僕の気構えとしちゃ、ゆるっとくつろぐつもりなんてさらさらないんだ。目的は、鍛えること!走力でも腹筋でも腕力でも、少しでもいいから今より上を目指したい。ハーフマラソンを走り、フルマラソンに挑戦し、さらに記録の更新をひたむきに狙う、そのためのトレーニングなんだ。ゆったりまったりに興味はない。自分の肉体が年齢を超えて逞しさを手中にすることに無上の喜びを感じている。だから、ゆるっとに行ってくるってどうしても言いにくい。言えない。

 じゃあ堂々とスポーツジム行ってる、って言えば?これが言いづらいってことは先に書いた。さらに理由を付け加えるなら、体を鍛えるってこと自体がなんか気恥ずかしさを伴う行いなんだよなぁ。突き出た腹を凹ませるとか、メタボ体型から抜け出すってレベルなら、涙ぐましいし、恥ずかしさからの脱出って意味合いが大きいだろうけど、そこを超えて体脂肪一桁台を目指す、とかなってくると、こりゃどうしたってナルシスだもの。太く堅くなった太ももなでさすってみたり、贅肉取れて割れてきた腹筋に満足してみたり、いや、そんなしょっちゅうにやついてるわけじゃないけど、やっぱり自己陶酔に近い感覚だって思う。まして67歳って年齢だ。枯れてないじゃない。悟れてないじゃない。もうほんとギトギトだもの。

 ほんじゃ止める?走るの。んじゃ諦める?鍛えるの。止めない!ぜったい止めない!前に向かって進む力は張りつめた筋肉からにじみ出す、これもう僕の信仰だから。


 
コメント
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