新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

大河ドラマ『西郷どん』の中の慶喜

2018年09月25日 | 本・新聞小説

NHK大河『西郷どん』で、イケメンで切れ者を演じる「松田慶喜」はとにかくカッコよすぎ。時々感情的な言動がでてきて、今までの私のイメージとズレて少々戸惑うところもありますが。

司馬遼太郎「最後の将軍」をドラマと同時進行で読み直しました。尊皇、攘夷、開国、倒幕、列強の要素が複雑に絡みあい、撚りあい、反発しあい・・・の流れが整理されてわかりやすくなりました。しかし何回読んでも複雑さは変わりありません。

有能で、多才で、雄弁で、人一倍時勢を見るに敏であった慶喜。最後は都落ちして大阪へ。そして味方の集結した大阪城の兵を見捨てて夜逃げ同然に江戸へ一目散・・・。

時勢の遙か先までを見通し、「狐狸のような巧緻さ」で、あらがうことなく徳川と自分の傷をできるだけ少なくしようと画策した慶喜。薩摩側にもこれ以上の策謀家が揃っていましたが。

慶喜の味方であった松平春嶽でさえ最後は「百の才知があって、ただひとつの胆力もない・・・しょせんは猿芝居になるにすぎない」と慶喜の行動を評しました。

しかし、結果的には、徳川幕府を終わらせ大政奉還を成し遂げ、領地も返上、江戸を無血で明け渡した大仕事は、歴代の将軍にはとてもなし得なかったことでは・・・と。

鎖国を解いた幕末の激動の中で、最後の将軍として出現すべくして出現した特異な才幹を持った慶喜だったと思います。

鎖国といえども、地方からも新しい考えを持つ人々がでてきており、財政的にも、いずれ徳川の世が終わることは必然だったという見方があります。鳥羽伏見の戦い、全国の「士」のはく奪など大きな犠牲はありましたが、やはり自ら進み出た大政奉還は日本の行く末を決めた一番の節目だったと思います。


コメント    この記事についてブログを書く
« フリードリッヒ・バルテルス... | トップ | ’18年秋 渋皮煮 »