新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

葉室燐『乾山晩愁』

2021年09月25日 | 本・新聞小説
カバーの絵は尾形乾山「花籠図」です。自分の号を京兆逸民、紫翠、深省、3つも縦長に書いています。福岡市美術館蔵の逸品です。
先の西條奈加『ごんたくれ』で江戸時代の京都画壇が面白く、その続きに類するものを探していた時にこれを見つけました。


『乾山晩愁』は葉室麟のデビュー作で歴史文学賞を受賞しています。5編が収録され乾山、永徳、等伯、雪信、英一蝶を書いたものです。

「雪信花匂」の雪信は女性。探幽の姪(国)と高弟・久隅守景の間に生まれた娘で、その画才に幼いころから探幽が目をかけていました。
狩野派は、探幽の鍜治橋狩野家、次弟・尚信の木挽町狩野家、末弟・安信の中橋狩野家(惣領家)の三家に分かれますが、猜疑心、野心、嫉妬中から生まれるすばらしい絵に芸術家の生きざまが見えてきます。
女絵師雪信の恋を貫いた半生を縦軸に、狩野派三家を把握できて狩野派を立体的にとらえることができました。

床に就いた晩年の探幽が雪(雪信)に、狩野派を存続させていくためには「わしが描き残したものを必死で描き写すだけの絵師になろう。・・・・しかし絵師とは命がけで気ままをするものだ。他人の描いた絵をなぞったところで面白くはない。わしは守景(雪信の父)が狩野派とは違う絵を描くことを知りながら黙ってみておった。わしも守景と同じように面白く書いてみたかった。しかしわしには狩野の絵を離れることは許されていなかった」と心を打ち明けます。権力と創作の間で大きく揺れ動く芸術家の心を見た思いです。
安部龍太郎「等伯」を先に読んでいたので、「等伯慕影」で見せる等伯の意外な一面に戸惑いました。後世に残る大きな仕事にするためにはあらゆる手段で権力に取り入らなければならない・・・、これも芸術家の真実でしょう。

写真の久住守景「納涼図屏風」は国宝。探幽の高弟でありながら狩野派とは違って俗っぽくて、構図も暮らしの描き方も庶民的。私の好きな絵です。

「乾山晩愁」は★★★★+です。葉室麟は福岡県出身で近隣にちなんだ小説もたくさん手掛けています。文体も内容もしっとりとして激しいところがなく善意に包まれている感じがします。藤沢周平を彷彿とさせます。
「蜩ノ記」では直木賞も受賞されましたが、惜しいことに4年前に亡くなられました。


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