萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第51話 風伯act.4―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-01 22:28:06 | 陽はまた昇るanother,side story
風が起きるのは、



第51話 風伯act.4―another,side story「陽はまた昇る」

午前1時、掌のなかの震動に瞳が開いた。
握りしめた携帯電話に着信ランプが瞬いて、優しい曲が一節流れる。
この曲は唯ひとり専用の着信音、微笑んで周太は画面を開いた。

From  :宮田英二
Subject:ごめん
本 文 :遅くにごめん。今、戻りました。全て終わったけれど、藤岡が怪我をしたんだ。
    だから今日は藤岡に付添って、学校に戻ろうと思う。ごめん、約束をしたのに、ごめん周太、赦してくれる?
    あと、瀬尾に伝えて下さい。似顔絵そっくりでした。
    本当に今、周太に逢いたい。

薄暗い部屋のベッドの中、想いつづる画面が静かに光っている。
この文面に今夜の、英二が見つめた現場と想いが伺われてしまう。
見えてしまう状況に、ため息のなか周太はつぶやいた。

「藤岡が、怪我をするなんて…」

藤岡は柔道のインターハイ出場者で、青梅署でも駐在所の柔道指導を担当している。
逮捕術も巧みで、体格が同じ位の周太は藤岡と術科で組むことも多い。
だから実力はよく知っている、素手なら滅多に藤岡は負けないはず。
それなのに、英二が付添うほどの怪我を負わされた。

…きっと凶器を振るわれたんだ、

おそらく強盗犯は、鉄製の凶器を持っている。
それは雲取山頂で被害者の応急処置を見たときに、周太も気がついた。
あのとき、被害者の傷を拭った清拭綿には、確かに鉄製の錆が付着していた。
いったい「鉄製」の凶器は、何だったのだろう?

そして心配になってしまう。
きっと光一は今、怒っているだろうことが解かるから。

光一は明るくて大らかに優しい、だから友達や知人も多くいる。
けれど本当に屈託なく話せる相手は稀で、それだけに心許した友人を大切に想う。
そんな友人の1人で同じ山ヤの藤岡を傷つけられたなら、光一が怒らない筈は無い。
しかも凶行は光一が何より大切にする「山」で行われた。

大切な友人と「山」を傷つけた存在を、光一が赦せるのだろうか?

「…ううん、きっと光一は…」

きっと光一は、何もせずには済まさない。
光一は大らかで純粋無垢、その分だけ怒りも純粋なままに苛烈で容赦ない。
いつもは飄々と淡白なだけに、その少ない逆鱗へ触れたら簡単には相手を赦さないだろう。
そんな光一を真正面から受けとめられる人は少なくて、英二しかいない。だからきっと今、英二自身も安らぎを求めている。

「…ん、逢いたいね?英二…」

顔を照らす画面に微笑んで、周太は返信ボタンを押した。
すこし考えながら指を動かして、想いを綴っていく。

T o  :宮田英二
Subject:Re:ごめん
本 文 :おつかれさま、藤岡の怪我が心配です。付添ってあげてね、英二が一緒なら心強いと思うから。
     英二と光一は大丈夫ですか?明日も忙しいだろうけれど、無理しないでね。
     瀬尾に伝えておきます。それから、約束は、延期でも必ず守ってね。

読み直してから「送信」を押して、そっと携帯を閉じる。
そのまま起きあがりデスクライトを点けると、椅子に座って抽斗を開けた。
クリアファイルから書類を1通だし、その紙面へとペンを走らせていく。
すぐ書き上げて読み直すと、微笑んで周太はデスクライトを消した。



土曜の朝、食堂はいつもより人が少ない。
外泊は金曜の夜から許可されるから、初任総合だと所属署へ戻る者も多くなる。
だから英二と藤岡の不在も特別ではないし、今日が初めてでも無い。
けれど、やっぱり今朝は違う。

「湯原。逮捕されたんだってな、あの強盗犯、」

食事が始まるとすぐ、関根が口を開いた。
もうニュースになっているんだな?すこし微笑んで周太は頷いた。

「ん、昨夜のうちにね…それで、瀬尾の似顔絵とそっくりだった、って英二から伝言だよ、」
「よかった、すこしは役に立ったのなら良いな、」

嬉しそうに瀬尾が頷いてくれる、その笑顔が明るい。
似顔絵捜査官を目指す瀬尾にとって、今回の件は自信になるだろう。それが嬉しくて微笑んだ向かいで関根が笑った。

「すげえな、瀬尾。目撃者自身がよく覚えていない、ってくらいだったのに。よくソックリに描けるよな、」
「あのときは俺、埼玉県警の似顔絵もチェックしてあったんだよ。それをベースにして、あのひとの証言を加えて描いたんだ」

焼鮭を箸でほぐしながら、瀬尾は教えてくれる。
なんでもないふうに本人は話しているけれど、周太は感心して言った。

「それって、埼玉県警の似顔絵を正確に記憶している、ってことだよね?…自分で描けるくらい記憶するって、すごいね?」
「すごくないよ、簡単だよ?」

いつもの優しい笑顔で答えて瀬尾は、何げなく丼飯を口に運んでいる。
そんな様子に瀬尾は本当に「普通」だと思っているのだと、伺えてしまう。
やっぱり瀬尾は基礎能力が高くて、こんなふうに記憶力も優れている。そのことを本人は「普通」と思いこんでいるけれど。

…すごく優秀な叔父さんがいるから比べちゃって、自分は出来ない方って思いこんでるかな?

こういうタイプは自信を持つと抜群に伸びる。
きっと瀬尾は今回の件で自信を持てたら、似顔絵捜査官として能力を伸ばせるだろう。
本当にそうなって、すこしでも早く瀬尾の夢が叶うと良い、この先の5年間を希望した道に生きてほしい。
そして少しでも多くの時間を、似顔絵捜査官に見つめる夢に生きて、この5年の後の時にも支えとなるように。
そんな祈りを思う周太の斜向かいから、関根が呆れたように笑った。

「瀬尾?簡単だって思ってるの、今、おまえだけだぞ?」
「そうかな?でも講習会では俺以外にも、そういう人いたけど、」

バリトンボイスが普通に答えて、いつもどおり微笑んだ。
そんな瀬尾に場長の松岡が笑いかけた。

「そういう人って、現職の似顔絵捜査官の方達だろ?」
「うん、そうだよ、」

にっこり頷いて瀬尾は煮物を口に運んだ。
のんきに口を動かしている顔を見て、上野が素直に尋ねた。

「瀬尾は講習を受け始めて、まだ数ヶ月なんだろ?それで同じように出来るって、すごいんじゃないのか?」
「全然、同じじゃないよ?皆さん、本当に速くて巧いんだ、」

相変わらず何げない口調でバリトンボイスが笑っている。
そんな会話に隣から、内山がすこし驚いたよう話しかけてきた。

「あのさ、もしかして昨夜逮捕された強盗犯の似顔絵は、瀬尾が描いたのか?」

そういえば似顔絵の話は1斑の仲間と担当教官の遠野しか知らない。
きっと隣で聞いていて内山は驚いただろう、その問いかけに周太は微笑んで頷いた。

「ん、そうなんだ。このあいだ救助隊の訓練に参加させてもらった時に、瀬尾が描いたんだよ、」
「それが手配書に採用されていたんだ?すごいな、瀬尾、」

精悍な笑顔が率直に褒めてくれる。
褒められて少し照れくさげに瀬尾は、笑って口を開いた。

「すごくないよ。警視庁では他に無かったから、仕方なく使ってもらっただけだよ、」

ちょっと嬉しそうに笑って瀬尾は箸を動かしている。
その隣から関根が大きな目を温かに笑ませて、快活に言祝いだ。

「どっちにしてもな、すげえよ瀬尾。似顔絵捜査官の一歩だろうが?これ、とりあえずの祝いな、」

言いながら箸を動かして、瀬尾の皿にサラダのハムを置いた。
それへと優しい目が楽しげに笑んで、バリトンボイスが嬉しそうに笑った。

「ありがとう、関根くん。でもさ、どうせ祝うんなら俺、もっとガッツリしたもんが良いな、」
「おまえって結構、言うよなあ?いいよ、明日の昼飯おごってやんよ。成城の駅に待合わせでイイよな?」

楽しそうに答えながら、瀬尾の頭を小突いて関根が笑う。
小突かれて可笑しそうに笑うと、瀬尾は悪戯っ子なトーンで微笑んだ。

「成城で待合わせだなんて、フレンチにでも連れてってくれるの?意外だね、関根くん、」
「ばーか、お互い最寄駅なだけだろ?新宿に出て定食屋だよ、おまえって意外と食うしさ。だいたい、そういう店は俺は無理、」

笑って言い返しながら、関根は大きな口で丼飯を掻きこんだ。
そんな男っぽい仕草を見ながら周太は、ふと心配になって尋ねた。

「あのね、関根?お姉さんと一緒の時は、どんなお店に行ってる?」
「え、朝からその話題かよ?照れるってマジで、」

醤油差に手を伸ばしながら、照れくさげに関根の頬が赤らんでいく。
それを見て楽しげに上野が笑いかけた。

「土曜で休日なんだしさ、朝からだって良いだろ?すごい美人らしいじゃん、宮田の姉さん、」
「ああ、マジ美人。特に心が美人で、俺、ヤバい、もう今から緊張しちゃってヤバい、話題にするとか無理、」

ヤバいを2連発して、快活な笑顔が真赤になっていく。
ほんとうに関根は純情なんだな?そう見ている先で上野が人の好い顔で笑った。

「なにがそんなヤバいんだよ?関根って意外と純情だよな、今日は逢うんだろ?」
「そうだよ、だから今から緊張してんだろが?俺、マジで惚れちゃってんの、だからヤバいんだって、」

赤い顔で笑っている顔は本当に照れ臭げで、けれど幸せが温かい。
こんな貌で笑う関根と一緒に居たら、きっと英理の方も幸せなのだろう。
昨夜も英理は「どの服がいいかな?」とデートの装い相談をメールしてきた。
そんな様子に英理が、どれだけ関根と逢うことを楽しみにしているのかが良く解かる。
だからこそ今ちょっと訊いておきたいな?そんな考えにいる周太の隣から、松岡が温かな笑顔で促した。

「いいから関根、幸せな話を皆に聴かせろよ?どんな店に行くんだ?」
「なに、場長までかよ?あー、こういうのって俺、マジ初心者なんだからな?」

真赤な顔で観念したよう笑って、関根は片手に汁椀を持つと一気飲みした。
まるで日本酒でも呷るような豪快な仕草、それが関根は様になってカッコいい。
こういう男っぽいのは少し羨ましい、けれど自分は真似出来そうにないな?そう感心していると関根は口を開いた。

「この間はラーメン屋で昼、食ってさ。映画見て、英理さんが好きなカフェでお茶して、晩飯は居酒屋に行ったよ。酒は抜きだけどさ、」

やっぱり、そういうコースなんだ?

初デートでいきなりラーメン屋と居酒屋なのは、女の子にとってどうなのだろう?
しかも英理は所謂「お嬢さま」で一流企業の通訳兼エグゼクティブセレクタリーを務めるような女性。
そういう人を最初からラーメン屋に連れて行くのは、ちょっと珍しいのではないだろうか?
それくらいは奥手の周太にも解かってしまう、そして関根らしくて納得してしまう。
そんな「納得」な空気が関根を囲むなか、松岡が口を開いた。

「なあ、関根?最初のデート飯が、ラーメン屋ってこと?」
「おう、新宿に旨いとこあってさ。コッチでは俺、そこが一番好きだから行ったんだけど。なんか拙かった?」
「うーん、拙いって事も無いけれど、なあ?」

ちょっと困ったよう松岡が瀬尾に「なあ?」と呼びかけた。
それに困った笑顔で頷くと、瀬尾は悪戯っぽいトーンで関根に微笑んだ。

「ねえ、関根くん?女の子の好きな店って、解ってる?」
「え、…あ?」

快活な目が大きくなって「今、気がついた」という貌になっている。
そして心底から困った顔になって、関根は友人に手を合わせて懇願した。

「瀬尾、頼むっ、女の子の好きな店、今すぐ教えてくれよ?」

赤い顔が真剣になっている。
本当に関根は何の疑問も無く、英理をラーメン屋に連れて行ったのだろう。
きっと自分が東京で一番おいしいと思う店だから、英理にも食べさせてあげたかった。
それが解かって微笑ましい、瀬尾も同じよう微笑んで友人へと楽しげに尋ねた。

「場所は?」
「新宿で待合わせだけど、あとは特に決めてねえ、」
「ふーん?無計画のデートなんだ、じゃあ、彼女の好み教えてよ、」

口調はすこし揄うようで、けれど優しい笑顔で瀬尾が答えた。
そんな笑顔に関根は困ったように、率直に白状した。

「本と花が好きってことしか、まだ知らないんだ。で、飯はナイフとフォークのとこは俺が無理。箸のトコってある?」

こんなふうに関根は隠さず言える、それが好い所。
こういう関根を英理は好きなのだと周太は知っている、嬉しく微笑んで周太は口を開いた。

「あのね、お姉さんは、お茶席とか好きなんだ。和の情緒とか…きれいな日本庭園とか喜ぶと思うよ、あと美術館も好きみたい、」

時おりのメールや電話で話す事と川崎の家に来てくれた様子だと、そんな感じのはず。
思ったままを告げた周太に、手を合わせて関根は拝んでくれた。

「助かる、その情報。ありがとな、湯原。もっとアドバイスある?」
「ん、…そうだね、」

ちょっとこれは言い難いな?
けれど言っておかないと困るだろう、周太は正直に友達へ告げた。

「お母さんが、フレンチとかイタリアン、すごく好きなんだって。だから…ナイフとフォークは練習しておく方が、良いよ?」

もし結婚する前提の付合いなら、いずれ両親との会食があるだろう。
このまま苦手で済ませていたら、その時に関根自身が困るのは目に見えている。
もちろん英理は気にしないだろうけれど、母親はそうはいかない。それは親戚も同じだろう。
しかも婿入りなら尚更、宮田の家風に沿えと言われても関根には文句が言えない。

…お姉さんはそういう事も心配して、最初は断ったんだよね…好きだから、無理させたくなくて

ふたりは交際する前から、偶然顔を合わせることが多かった。
関根の勤務する交番前で、本屋で、コンビニで。ふたりは偶然の顔をした必然に何度も逢わされている。
まるで瞬間のような一時を重ねながら互いを見知って、メールをやり取りするようになって。
そんな時間とメール文に想い交すなか、聡明な英理なら関根との育ちの違いを真剣に考えただろう。

きっと英理は、伸びやかに闊達な育ちの関根に憧れて、明るい快活を愛している。
だからこそ英理は宮田の家の事情を押しつけたくない、そう考えても不思議は無いだろう。
それでも英二たちの父親は気にしないだろう、でも、母親の方は違うと周太も知っている。

…お母さん、吉村先生の病院で会ったとき、俺がお茶淹れるとこ見てたもの…

彼女は周太のことを「人としては及第点ね」と言ってくれるらしい。
それは周太の煎茶の淹れ方や、茶の点法で英二の父を持成した事を褒めてくれている。
だから逆に言えば、そうしたマナーや躾が無ければ「人としては落第点ね」と言われるのだろう。
それを解かっているだけに関根の今後が心配で、お節介かもしれないけれど言わせてもらった。

「湯原がそんなふうに言う、ってことはさ?宮田のお母さんが行く店って、高級なとこってこと?」

人の好い顔で首傾げて、上野が訊いてくる。
瀬尾と関根以外は英二の家を知らないから、すこし意外なのかもしれない?考えながら周太は答えた。

「ん、ファミレスとかでは無いと思うよ?」
「そうだよなあ、成城のお坊ちゃんだもんな、宮田も。瀬尾はそういうの強そう、」

にこにこと丸顔を笑わせて上野は納得している。
それに瀬尾は優しい笑顔で答えながら、揄うトーンに隠した誠実から訊いた。

「うん、家の辺りに店も多いからね。で、関根くん?そこんとこ覚悟は出来てるの?」

この「そこんとこ」は関根にとって苦手だろうと、ここにいる誰もが想像出来てしまう。
地方の町工場を営む関根の実家は大らかで、家計は苦しくても明るい堅実な家庭だと知っている。
そうした家庭で育った関根にとって、所謂ハイクラスの世界は縁遠い話だろうし興味も無かっただろう。
そんな関根にとって宮田の家に入ることは、未知の遠い国へ行くこと以上に勇気が要ることかもしれない。
それでも関根は英理の為に努力して超えるだろうな?そう見た先で大きな目はひとつ瞬いて、関根は瀬尾と周太を拝んだ。

「頼む、こんど俺にマナーってヤツを教えてくれ、」

ほら、関根は諦めないで、真直ぐに努力を選べる。
こんな友人が自分は好きだ、そして本当に身内になる可能性の未来予想が楽しくなる。
楽しいまま素直に頷いた周太の前で、瀬尾は悪戯っ子のまま愉快に笑んだ。

「いいよ、ただし授業料は高いからね?よろしく、関根くん、」

…なんだか結構スパルタ教育になりそうかも?

瀬尾は優しい笑顔だけれど、厳しい先生の気配が閃く。
けれど関根は、その分だけシッカリ教えて貰えそうだな?そう見ている隣で、内山が感心そうに口を開いた。

「瀬尾って顔も声も優しいのに、結構、言うんだよな?」
「ごめん。俺って本当は、結構辛口なんだよね、」

さらっと笑って返す瀬尾の笑顔も口調もどこか余裕があって、明るい大人っぽさがある。
やっぱり瀬尾は初任教養の時から変わった、ずっと大人びた奥行に余裕を感じられる。
そんな同期に自分は、すこし憧憬を見てしまう。

―…お父さまが亡くなられたショックで記憶が眠り始めたのでしょう。記憶は時間でもあります、そして時間には感情が絡んでいる。
 ですから眠った時間の分だけ感情の記憶も眠って、精神の退行が起きる場合もあるんです。だから君は精神年齢が若いのです。
 確かに、同じ年頃の友達と比べて幼いと、困ることも多いでしょうね?けれど、焦ることは何もありません、君も成長するのだから

そう吉村医師に言われた通り、焦ることは無いと思えるから素直に憧憬を持てる。
このあいだ奥多摩に行った時は、ふたりで吉村医師と話す時間は無かった。
そろそろ、ゆっくり聴いてほしいことが貯まってきたかもしれない?

…近いうちに、お会いしたいな?お茶菓子とコーヒー持って…救急法も少し教えてもらえるかな、

楽しい予定を考えて、ふと微笑がこぼれてしまう。
その予定の行間から不意に、ふっと風が吹くよう考えが浮んだ。

吉村医師に「ページが欠け落ちた本」のことを聴けるだろうか?






(to be continued)

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one scene 某日、学校にてact.4―side story「陽はまた昇る」

2012-08-01 04:25:42 | 陽はまた昇るside story
もし言ったら、



one scene 某日、学校にてact.4―side story「陽はまた昇る」

今日の最後の授業が終わると、英二はすぐ鞄にテキストを入れて立ち上がった。
振向いた先、窓際の席で周太は鞄にノートやペンを仕舞っている。
その横顔には赤みは見られない、すこしだけ安堵しながら英二は歩み寄った。

「周太、帰ろう?」

呼んだ名前に黒目がちの瞳が見上げてくれる。
まだ少しだけ怠さを残した気配が気になってしまう、けれど穏やかな声は微笑んでくれた。

「ん…図書室に寄ってもいい?」
「いいよ、俺も見たい資料あるし、」

話しながら教場を出て、廊下を歩きだす。
歩いていく足取りも昨日よりはずっと良い、やはり疲労からの熱だったのだろう。
そう想うと自分がしでかした昨夜のことに、自責があまく心を噛んだ。

―着替えさせるだけ、だったのにな、

ほんとうに、そのつもりだった。
廊下で周太を見つけて、すぐ抱きかかえて部屋に連れ帰って。
ベッドでキスをして抱きしめたら、周太のシャツは汗に濡れていた。
そのままだと風邪をひく、だから体を拭こうと洗面器に湯を汲んで、タオルを絞った。
そこまでは確かに「着替えさせるだけ」が目的だった、それなのに。

―ついスイッチが入ったな、見た瞬間に、

周太からシャツを脱がせた瞬間、濡れた肌に奪われた。
あわい汗の瑞々しい素肌が、デスクライトをなめらかに光らせて綺麗で。
それでも熱いタオルで拭う手を進めて落着けこうとしたのに、拭った肌の艶に心ごと目を奪われて。
見つめて、心奪われたまま抱きしめて、存分に触れて味わってしまった。

―…おこらないけど…でも、すごくはずかしかったよ?…えいじのえっち

全てが済んだ後に言った、周太の言葉が浮んでしまう。
周太は疲労から熱を出して寝んでいたのに、恥ずかしげな周太の顔は余計に赤くなっていた。
あんなふうに我を忘れて求めて、ねだってしまう自分が自分で不思議になる。
こんなこと昔は無かった、周太に出逢うまでは。

こんな自分は本当に恋の奴隷。
この脚にも手にも恋愛の鎖はとっくに絡まっている。
この鎖を持って欲しい人は唯ひとり、唯ひとつの恋で繋いで自分の心を支配する。
この束縛が愛しくて嬉しくて、ずっと永遠に離さないでいてほしい、この恋こそ自分の全てだから。
この恋愛に自分の全てが繋がっているから、この恋の主人を失ったら本当に気が狂うかも知れない?
そんな想い微笑んで歩きながら、隣を歩く恋人に英二は笑いかけた。

「周太、今日はトレーニングは休もうな?図書室から戻ったら、部屋で寝ていよう、」

まだ熱の残滓が周太の頬に首筋に見えている。
きっとこの疲れは長い間に溜まってしまったもの、そんな雰囲気が心配になる。
けれど黒目がちの瞳は見上げて、素直に頷きながら言ってくれた。

「ん、…でも英二はトレーニング行くよね、昨日も休んだし…俺、見てるのもダメ?」

見ていたいなんて言われたら、嬉しいです。

嬉しいけれど、でも無理を今はさせたくない。
それなら今すぐトレーニングについて解消すればいい、微笑んで英二は周太を横抱きに抱えた。

「この後ずっと搬送トレーニングさせて?今日は俺もトレーニングルームは休むよ、」
「…あの、このあとずっとって?」

抱えた腕のなか、驚いた瞳が見上げて訊いてくれる。
こういう貌も可愛いな?そんな幸せを見つめて英二は微笑んだ。

「移動するときは抱えさせてよ?飯のときや、風呂のときとかもさ。そうしたら俺、ちょうど良いトレーニングになるだろ?」

言いながら図書室の前に着いて、そっと降ろして床に立たせる。
また恥ずかしげに俯いて周太は黙ったまま、図書室の扉を開いた。
そして静かな室内へと踏みこんで、そのまま書棚へと行ってしまう。

―あ…嫌だった、のかな?

ずきん、心に痛みが刺す。

ずっと抱えて移動するなんて、周太は嫌だったのかもしれない?
もし嫌だと思われていたら、どうしよう?そんな不安に心墜ちこみそう、ほら心裡は泣きそうになる。
そんな心の涙を見つめながら書棚を歩いて、小柄な背中を追いかけてしまう。

ふるい本の香がどこか甘くて、懐かしい。
その香りは幾らか非現実的で、書架の並ぶ空間が迷路のようにも思えてしまう。
もし今すこし離れたら置いて行かれそう?こんな想いに追い縋る。

どうか嫌わないで、ほんの少しでも。
そう祈るよう後ろを歩いていく、その前を行く背中が立ち止った。
やわらかな髪の頭がゆっくり上向いて、書棚を視線がなぞっていく。その視線を止めると、微笑はふり向いてくれた。

「お願い、英二。あの黒い背表紙の本、取ってくれる?」

お願いしてくれた、笑顔で。

こんなふうに言ってくれるなら、嫌われたわけではないんだよね?
そんな望みを想いながら長い腕を伸ばし、書架の黒い背表紙を手に掴んだ。

「はい、周太、」
「ありがとう、英二の見たい本はどれ?」

優しい笑顔が礼を言いながら訊いてくれる。
こうして訊いて興味を貰えることも幸せで、英二は歩きながら答えた。

「山岳救助隊の資料を見たいんだ、確認したいことがあるから」
「もしかして、初任教養のときに、よく見ていたファイル?」

考えるよう首傾げた、そんな様子も好きだと見てしまう。
もう自分は周太のことは何でも可愛いし好き、そんな自覚に微笑んで英二は、一冊のファイルを取出した。

「そうだよ、周太。これ、よく見たよな、」

答えながら閲覧テーブルに行くと、静かにファイルのページを捲っていく。
そして広がった雪山の写真を、そっと指で示した。

「この背中を、誰なのか確認したかったんだ、」

雪山の尾根に立つ、スカイブルーの冬隊服まとった背中。
この写真の背中への憧れが、英二を山岳救助隊への志願に肩を押した。
この背中が誰なのか確かめたい、そんな想いと開いた写真を黒目がちの瞳が見つめて、英二を振向いた。

「光一と似ているね?」

やっぱり。
そんな確信を見つめて英二は微笑んだ。

「やっぱり、周太もそう思う?」
「ん、すごく似てるよね?…背が高くて、細身だけど確りした雰囲気の体で…毅然としていて、」

写真に目を落としながら頷いて、落着いた声が述べてくれる。
そのどれもが自分が感じたままと似ていて、同じ感覚なことに嬉しくさせられてしまう。
嬉しくて英二は綺麗に笑いかけると、ファイルを閉じた。

「これで俺の用事は済んだよ。部屋に戻ろうか、周太?」
「ん、貸出してもらってくるね、」

素直に頷いて周太は貸出カウンターへと立った。
すぐ手続きを終えて図書室から出ると、英二を見上げて周太が微笑んだ。

「搬送のトレーニング、するんだよね?…はい、」

笑いかけて腕を伸ばして、英二の鞄を持ってくれる。
さっき嫌だったのかと思ったのに?嬉しいけれど意外で英二は訊いた。

「周太、嫌じゃなかったの?させてくれて、いいのか?」
「ん、…はずかしいけどでも、…このあといっしょにいてくれるためなんでしょ?」

言いながらもう、周太の首筋を薄紅のいろが昇っていく。
この色彩に幸せ見つめて英二は、小柄な体を横抱きに抱え込んだ。

「うん、一緒にいるよ?ありがとう、周太、」

告げた先、黒目がちの瞳が羞んでも幸せに微笑んだ。
その瞳はきれいで明るくて、ついキスしたくなって、英二は足早に廊下を歩きだした。
早く部屋に戻って、この眼差しを独り占めして、キスをして抱きしめたい。

俺だけを見て、どこにも行かないで、俺だけで心を充たして

そんなふうに本当は言ってしまいたい、けれど言えない。
けれど本当は独り占めしたい、だから口実があるのなら逃したくない。
だから今こんなふうに理由があるのなら、迷わず浚いこんで部屋に籠めて、ふたりきり時を見つめたい。
こんなこと言えないけれど、もし言ったら君は何て応えてくれるのだろう?

君を、独り占めに見つめていたい。
この手足に絡む恋愛の鎖で惹き寄せて、この腕のなかへ閉じ込めて。





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