言ってしまう言葉こぼれて、

one scene 某日、学校にてact.10 ―side story「陽はまた昇る」
面を外すと、頬ふれる空気が心地いい。
籠っていた熱気が消えていく感覚に、ほっと息を吐く。
―さすがに暑いな、
この梅雨時に剣道は、胴着も面も蒸れるのがキツイ。
けれど剣道を選択することは約束だから仕方ない、光一に言われたことだから。
「ガッコでもさ、当然おまえは剣道選択だよね?」
初任総合で警察学校に戻るとき、光一にそう言われた。
この「当然」はなんだろう?素直に英二は訊いてみた。
「なんで当然なんだ?」
「そんなの決まってるね、」
からり笑って光一は、テノールの声で言ってきた。
「おまえ、御岳の剣道会に入ったよね?だったらガッコでも、しっかり修行して腕を磨いてきてね、」
そう言われて警察学校に戻ってきた、そして体育も運動部も剣道になった。
元から剣道は高校まで齧ったし嫌いじゃない、だから良かったかなとも思う。
それに剣道だと良い「特典」がある、その特典へと英二は目を向け、微笑んだ。
―凛々しいね、周太
いま周太が立合っている、その背中が端然と凛々しい。
小柄な周太だけれど竹刀を持つ姿勢は、大柄な相手にも呑まれない。
「はいっ!」
裂帛の気合いが小柄な背中から響く、その声が低い。
そういえば以前の周太はいくらか声が低めだった、けれど今は寛いでいると声も可愛くなる。
そんな周太の声の差を、周太の母は「がんばっているのよね?」と笑っていた。
「周はね、可愛いって言われるのが『舐められている』って言って、嫌だったのよ?だから声を低く話す癖を付けたみたい、」
そんなふう教えてくれた彼女の瞳は、可笑しくて堪らないと笑っていた。
けれど英二としては少し困って、素直に訊いてみた。
「俺、周太には『可愛い』ってかなり言っています、最初もそれで嫌われたんです。今も周太、嫌なんでしょうか?」
「あら、英二くんに言われるのは、嬉しいんじゃないかな?」
心配する事ないわよ?
そんなふう微笑んだ彼女は言葉を続けてくれた。
「英二くんと話すとき、周の声って可愛いでしょ?あれが地声なのよ、あのこ。地声で話すほど寛いでいるのよ、嫌な訳ないわ、」
あんなふうに言われると、素直にうれしい。
話し方から「特別」に寛いで心許してくれる、そんな特別扱いが嬉しい。
この警察学校でも周太は、他と話すときは少し低めの声になるけれど、ふたりきりだと和やかなトーンで話してくれる。
あのトーンから考えると、今の凛々しい剣士姿は意外なほど男らしくて、けれど、どこか繊細な雰囲気が可愛い。
―どちらにしても「眼福」ってやつだな?
そんな感想と眺める向こう、鍔迫り合いが離れて間合いを作る。
その一瞬に小柄な体は敏捷に跳びこみ、相手の胴を薙いだ。
胴一本、
きれいに決まって勝敗がつく。
それに賞賛の拍手が起きて周太が下がってきた。
「おつかれさま、周太。きれいな胴だったな、」
「ん、そう?…でも恥ずかしいな、」
ほら、和やかなトーンが羞んでくれる。
こんな様子も嬉しくて、愛しさに「眼福」を見つめてしまう。
そう見つめる視界の真ん中で、面を外して周太の顔が現れた。
「…ふ、あつい…」
つぶやき微笑んだ貌が、きれいな薄紅の紅潮に華やいでいる。
試合を終えた高揚が黒目がちの瞳きらめかす、表情も快活に明るい。
いつにない闊達な雰囲気に、いつもとまた違う貌に見惚れて英二は微笑んだ。
「…可愛い、」
思わず本音がこぼれて、すこし自分で驚いた。
こんな警察学校の武道場で言ったら、さすがに怒るかな?
そう見た先で稽古着姿が気恥ずかしげに、けれど小さな声で微笑んだ。
「そう?ありがとう…だったらかわいがってね、」
そんな命令、うれしいです。
だからお願い、もっと言って?
ずっと言ってほしい、いつも自分の隣から。
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one scene 某日、学校にてact.10 ―side story「陽はまた昇る」
面を外すと、頬ふれる空気が心地いい。
籠っていた熱気が消えていく感覚に、ほっと息を吐く。
―さすがに暑いな、
この梅雨時に剣道は、胴着も面も蒸れるのがキツイ。
けれど剣道を選択することは約束だから仕方ない、光一に言われたことだから。
「ガッコでもさ、当然おまえは剣道選択だよね?」
初任総合で警察学校に戻るとき、光一にそう言われた。
この「当然」はなんだろう?素直に英二は訊いてみた。
「なんで当然なんだ?」
「そんなの決まってるね、」
からり笑って光一は、テノールの声で言ってきた。
「おまえ、御岳の剣道会に入ったよね?だったらガッコでも、しっかり修行して腕を磨いてきてね、」
そう言われて警察学校に戻ってきた、そして体育も運動部も剣道になった。
元から剣道は高校まで齧ったし嫌いじゃない、だから良かったかなとも思う。
それに剣道だと良い「特典」がある、その特典へと英二は目を向け、微笑んだ。
―凛々しいね、周太
いま周太が立合っている、その背中が端然と凛々しい。
小柄な周太だけれど竹刀を持つ姿勢は、大柄な相手にも呑まれない。
「はいっ!」
裂帛の気合いが小柄な背中から響く、その声が低い。
そういえば以前の周太はいくらか声が低めだった、けれど今は寛いでいると声も可愛くなる。
そんな周太の声の差を、周太の母は「がんばっているのよね?」と笑っていた。
「周はね、可愛いって言われるのが『舐められている』って言って、嫌だったのよ?だから声を低く話す癖を付けたみたい、」
そんなふう教えてくれた彼女の瞳は、可笑しくて堪らないと笑っていた。
けれど英二としては少し困って、素直に訊いてみた。
「俺、周太には『可愛い』ってかなり言っています、最初もそれで嫌われたんです。今も周太、嫌なんでしょうか?」
「あら、英二くんに言われるのは、嬉しいんじゃないかな?」
心配する事ないわよ?
そんなふう微笑んだ彼女は言葉を続けてくれた。
「英二くんと話すとき、周の声って可愛いでしょ?あれが地声なのよ、あのこ。地声で話すほど寛いでいるのよ、嫌な訳ないわ、」
あんなふうに言われると、素直にうれしい。
話し方から「特別」に寛いで心許してくれる、そんな特別扱いが嬉しい。
この警察学校でも周太は、他と話すときは少し低めの声になるけれど、ふたりきりだと和やかなトーンで話してくれる。
あのトーンから考えると、今の凛々しい剣士姿は意外なほど男らしくて、けれど、どこか繊細な雰囲気が可愛い。
―どちらにしても「眼福」ってやつだな?
そんな感想と眺める向こう、鍔迫り合いが離れて間合いを作る。
その一瞬に小柄な体は敏捷に跳びこみ、相手の胴を薙いだ。
胴一本、
きれいに決まって勝敗がつく。
それに賞賛の拍手が起きて周太が下がってきた。
「おつかれさま、周太。きれいな胴だったな、」
「ん、そう?…でも恥ずかしいな、」
ほら、和やかなトーンが羞んでくれる。
こんな様子も嬉しくて、愛しさに「眼福」を見つめてしまう。
そう見つめる視界の真ん中で、面を外して周太の顔が現れた。
「…ふ、あつい…」
つぶやき微笑んだ貌が、きれいな薄紅の紅潮に華やいでいる。
試合を終えた高揚が黒目がちの瞳きらめかす、表情も快活に明るい。
いつにない闊達な雰囲気に、いつもとまた違う貌に見惚れて英二は微笑んだ。
「…可愛い、」
思わず本音がこぼれて、すこし自分で驚いた。
こんな警察学校の武道場で言ったら、さすがに怒るかな?
そう見た先で稽古着姿が気恥ずかしげに、けれど小さな声で微笑んだ。
「そう?ありがとう…だったらかわいがってね、」
そんな命令、うれしいです。
だからお願い、もっと言って?
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