萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

one scene 某日、学校にてact.10 ―side story「陽はまた昇る」

2012-08-16 04:30:04 | 陽はまた昇るside story
言ってしまう言葉こぼれて、



one scene 某日、学校にてact.10 ―side story「陽はまた昇る」

面を外すと、頬ふれる空気が心地いい。
籠っていた熱気が消えていく感覚に、ほっと息を吐く。

―さすがに暑いな、

この梅雨時に剣道は、胴着も面も蒸れるのがキツイ。
けれど剣道を選択することは約束だから仕方ない、光一に言われたことだから。

「ガッコでもさ、当然おまえは剣道選択だよね?」

初任総合で警察学校に戻るとき、光一にそう言われた。
この「当然」はなんだろう?素直に英二は訊いてみた。

「なんで当然なんだ?」
「そんなの決まってるね、」

からり笑って光一は、テノールの声で言ってきた。

「おまえ、御岳の剣道会に入ったよね?だったらガッコでも、しっかり修行して腕を磨いてきてね、」

そう言われて警察学校に戻ってきた、そして体育も運動部も剣道になった。
元から剣道は高校まで齧ったし嫌いじゃない、だから良かったかなとも思う。
それに剣道だと良い「特典」がある、その特典へと英二は目を向け、微笑んだ。

―凛々しいね、周太

いま周太が立合っている、その背中が端然と凛々しい。
小柄な周太だけれど竹刀を持つ姿勢は、大柄な相手にも呑まれない。

「はいっ!」

裂帛の気合いが小柄な背中から響く、その声が低い。
そういえば以前の周太はいくらか声が低めだった、けれど今は寛いでいると声も可愛くなる。
そんな周太の声の差を、周太の母は「がんばっているのよね?」と笑っていた。

「周はね、可愛いって言われるのが『舐められている』って言って、嫌だったのよ?だから声を低く話す癖を付けたみたい、」

そんなふう教えてくれた彼女の瞳は、可笑しくて堪らないと笑っていた。
けれど英二としては少し困って、素直に訊いてみた。

「俺、周太には『可愛い』ってかなり言っています、最初もそれで嫌われたんです。今も周太、嫌なんでしょうか?」
「あら、英二くんに言われるのは、嬉しいんじゃないかな?」

心配する事ないわよ?
そんなふう微笑んだ彼女は言葉を続けてくれた。

「英二くんと話すとき、周の声って可愛いでしょ?あれが地声なのよ、あのこ。地声で話すほど寛いでいるのよ、嫌な訳ないわ、」

あんなふうに言われると、素直にうれしい。
話し方から「特別」に寛いで心許してくれる、そんな特別扱いが嬉しい。
この警察学校でも周太は、他と話すときは少し低めの声になるけれど、ふたりきりだと和やかなトーンで話してくれる。
あのトーンから考えると、今の凛々しい剣士姿は意外なほど男らしくて、けれど、どこか繊細な雰囲気が可愛い。

―どちらにしても「眼福」ってやつだな?

そんな感想と眺める向こう、鍔迫り合いが離れて間合いを作る。
その一瞬に小柄な体は敏捷に跳びこみ、相手の胴を薙いだ。

胴一本、

きれいに決まって勝敗がつく。
それに賞賛の拍手が起きて周太が下がってきた。

「おつかれさま、周太。きれいな胴だったな、」
「ん、そう?…でも恥ずかしいな、」

ほら、和やかなトーンが羞んでくれる。
こんな様子も嬉しくて、愛しさに「眼福」を見つめてしまう。
そう見つめる視界の真ん中で、面を外して周太の顔が現れた。

「…ふ、あつい…」

つぶやき微笑んだ貌が、きれいな薄紅の紅潮に華やいでいる。
試合を終えた高揚が黒目がちの瞳きらめかす、表情も快活に明るい。
いつにない闊達な雰囲気に、いつもとまた違う貌に見惚れて英二は微笑んだ。

「…可愛い、」

思わず本音がこぼれて、すこし自分で驚いた。
こんな警察学校の武道場で言ったら、さすがに怒るかな?
そう見た先で稽古着姿が気恥ずかしげに、けれど小さな声で微笑んだ。

「そう?ありがとう…だったらかわいがってね、」

そんな命令、うれしいです。

だからお願い、もっと言って?
ずっと言ってほしい、いつも自分の隣から。



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