萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

one scene 或日、学校にてact.11 ―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-17 09:25:12 | 陽はまた昇るanother,side story
言うのは、ちょっと



one scene 或日、学校にてact.11 ―another,side story「陽はまた昇る」

長身の胴着姿は、背中が広い。

すっきりとした背中は藍色あざやかに、立会に佇んでいる。
藍染めの道着と袴は一繋ぎになって、長身をより高く見せて清々しい。
きれいな立姿で竹刀構え、摺足に捌いていく姿が綺麗で、つい見惚れてしまう。

…きれい英二、ほんとうに武士みたい

小さい頃に絵本で読んだ侍たち、あの姿のまま颯爽と美しい。
こんなふう英二は基本「かっこいい」格好がよく似合う、ごく自然に。
やっぱり背が高くてスタイルが良いからかな?そう見ている先で、きれいに面が入った。

…あ、英二の勝ち

嬉しくて微笑んでしまう、やっぱり好きな人の勝ちは心を弾ませる。
端然とした蹲踞に竹刀を納めて、下がってくる袴の裾捌きも凛々しい。
こんなに英二は初任教養の時も、格好良かったかな?そう見ていると藍色の剣道着は隣に座ってくれた。

「やっぱり面被ると暑いな、」

さらり、長い指は房をほどいて、面が外れされる。
白皙の貌は綺麗に笑って、周太を見つめる切長い目がまぶしい。
こんな目で見つめられると緊張しそう、すこし困りながらも微笑んで周太はタオルを差出た。

「はい、英二…あ、ここ、」

渡しかけて目に映った汗を、そのままタオルで触れた。
すべりおちる雫が白皙の肌に綺麗で、拭うのは勿体無いかなとも思う。
けれど、拭うタオルに英二は幸せに笑ってくれた。

「周太、こんなふうに拭いてもらうのってさ、なんか良いな?」

そんな笑顔でいわれると意識しちゃうからこまるのに?
それに言われて気がついた、術科の時間にこんなことしたらダメかもしれない?
だって自分たちはほんとうはこいびとどうしってやつだから不謹慎かもしれない?

「…じぶんでふいて、」

ぼそっと言ってタオルを押しつけると、周太は前を向いた。
その横顔に視線を感じてしまう、きっと英二は今こっちを見つめている。
こんなふうに見つめるなんて怒っているのかな?それとも悄気ているの?
やっぱり気になって、そっと目の端で見た隣は何故か幸せそうに笑っていた。

…なんでこんなに嬉しそうなのかな?

素っ気なくしたから悄気たかも?
そう思ったのに違っている、それが何だか少し自分を悄気させる。
こんな予想外はちょっと寂しいかもしれない、そんな自分がワガママで困ってしまう。
そんな想い頭廻らせているうちに、術科の時間が終って更衣室に戻った。

「周太、汗、すごいな?」

綺麗な低い声に笑いかけられて、周太は見上げた。
切長い目は楽しげに微笑んで見つめてくれる、その目に周太は素直に頷いた。

「ん、暑かったから…おふろ早めに入りたいな、」

応えながら背を向けて袴ほどき、制服のスラックスを履く。
周りでは全部脱いでから着替えていくけれど、それが気恥ずかしくて出来ない。
前は自分も同じようにしていたのに今は、なるべく肌を隠してしまう。

…英二に見られるの、恥ずかしいからだよね

そんな心の声に自答で「だったら離れた場所で着替えればいいのに?」と聞こえてくる。
けれど、そんなことをしても英二なら付いてきて、ちゃんと傍から離れないだろう。
そう考えながら稽古着を脱いだ背中に、柔らかな感触ふれて周太はふり向いた。

「えいじ?なに?」
「うん?背中の汗がすごいからさ、タオルで拭こうとしたんだけど?」

笑いかけてくれながら長い指の手は、タオルを動かしてくれる。
背中を拭きあげていくタオルの感触に、ときおり滑らかな温もりが触れてしまう。
きっと英二の指だと解かる、そんな勘づく自分の肌が気恥ずかしい。

…だってはだにゆびふれてわかるなんて…まるでそういうこと

心の裡こぼれた言葉に、ほら首筋もう熱い。
こんなこと初任教養の時は思わなかった、あの頃と今とでは触感すら違っている。
こんなふう差を感じるたびに、英二との時の記憶と時間が愛おしい。
その愛しさのままに微笑んで、周太は婚約者に礼を述べた。

「…えいじ、ありがとう、拭いてくれて、」
「こっちこそだよ、周太。さっきは、ありがとう、」

綺麗な笑顔で微笑んで見つめてくれる、その視線が恥ずかしくて周太は素早くTシャツを着た。
こんなふう肌を見られる事が恥ずかしくなった、これは一番に大きな違い、だから今も気恥ずかしい。
そんな想いに目を逸らしたのに英二は、潔く稽古着を脱いで肩を出した。

…きれい、

白皙の肌に見惚れて、ほら、もう首筋が熱くなった。
もう額まで熱が昇りだす、こんなの困ってしまうどうしよう?
慌てて制服に着替えて出ようとして、けれど長い指の手に腕を掴まれた。

「ごめん、周太。俺、まだ着替え中なんだ。待ってて?」

それはちょっと今、こまるかも?

そう思うけれど言えない、困る理由を訊かれるのがもっと困るから。
もう観念してここに居るしかない、周太は更衣室の隅っこで脱いだ稽古着を抱え込んだ。

…こういうの男同士でこいびとだと困ることだね

心のつぶやきに、本当に困る。
恋人だから裸を見れば夜の時間を思い出す、そんな自分が恥ずかしい。
けれど同性だから風呂も更衣室も当然のよう一緒で、部屋で着替える時すら本当は困っている。
だから「気を付けて?」と言いたいのに、同性で意識しすぎているのも変みたいで言うのも恥ずかしい。
これは同性である以上は避けられないと解っているけれど、困る、どうしたらいいのだろう?
そんな困惑のまま周太は、更衣室の隅っこで途方にくれた。

「お待たせ、周太、」

綺麗な低い声に周太は顔を上げた。
見上げた先で英二は笑いかけてくれる、そんな笑顔はやっぱり嬉しい。
やっぱり自分はこの笑顔が好き、嬉しい気持ちを一緒に廊下へ出て歩き出すと、ふっと素直に質問が口から出た。

「ね、英二?さっき道場でタオル渡したとき、俺、そっぽ向いたよね?…でも英二、笑っていたけど、」

こんなこときくのは恥ずかしい、こんなこと言うなんてちょっときにしすぎみたい?
そう思うけれど本当は気になるから訊いてしまう、けれど首筋はやっぱり熱い。
こんな自分のワガママに困りながら、それでも隣を見上げると英二は笑顔で答えてくれた。

「うん、笑った。ツンデレ周太が可愛かったからさ、」

ツンデレとか言われると恥ずかしい、でも言われても仕方ない?
仕方ないけれど困って、困り過ぎてまた周太の口は勝手に動いた。

「そんなのなまいきです、どれいのくせになまいき、しらない」

また言っちゃった、どうしよう?

こんな言い方するなんて自分の方こそ「なまいき」だろうに?
こんなこと言う自分はやっぱりワガママだ、ほら本性が出てしまってる?
そう困り始めて、けれど隣歩く婚約者は幸せに笑ってくれた。

「ほら、そういうとこツンデレで可愛いんだよ?ね、周太、ご機嫌直して?何でも言うこと聴くから、」

ほら、そういうふうに受けて入れてしまう。
そういうとこ安らいでしまう、だから好きになる、そして自分こそ言うこと聴きたくなる。
けれど今は恥ずかしくて何も言えない、ただ黙々と稽古着を抱えたまま歩いてしまって、引っ込みがつかない。

…ほんと俺って意地っ張り、どうしよう

本当は今すぐ仲直りして、笑顔を見ていたいのに。
こんな自分の意地っ張りな頑固が、いつも困ってしまう。
けれど優しい長い腕が伸ばされて、抱え込まれるまま視界が高くなった。

「こっち向いて、周太?お詫びに抱えて寮に帰るから、」

嬉しそうな笑顔が顔のすぐ横で咲いている。
こんなふう体ごと抱え上げられて受けとめられる、こんな英二の素直さが嬉しい。
嬉しくて微笑んでしまう、けれど。

けれどここ術科棟から中庭に出ちゃう所だから教場棟からも本館からも丸見えなんですけど?

「あの、えいじ?ここほんとみんなにみられちゃうからはずかしいから」
「恥ずかしくないよ、周太、」

さらり言い返されて困ってしまう。
困りながら首筋熱くなるまま見た英二は、幸せに笑って答えてくれた。

「俺が搬送トレーニングするの、もう皆が解ってるからさ。俺が周太を抱っこしてたって、当然だって思ってるよ、」

そう言った白皙の顔は、明るい企みの成功に笑っている。
こんな貌から解ってしまう、これって英二の計画通りになっているってこと?

「当然だってなるようしむけていたの?…そんなにだっこしたいの?」

つい質問を言ってしまう、もう答えは解かるけれど。
こんな「もう解かる」は恥ずかしいけれど、幸せで。
それでも言うのはちょっと、本当は恥ずかしい、けれど訊いてしまう。
そんな想いが額まで熱を昇らせていく、もう真赤になっているだろう耳元に綺麗な低い声が微笑んだ。

「抱っこしたいよ、『だったら可愛がって』って、さっき周太も命令してくれたろ?」

ほら、こんな答えは解かっていたのに?
ほら今も「命令」と言った顔は幸せにほころんで、自分を見つめてくれる。
こんなふうに大切に想って構ってくれること、本当はいつも解かっている。

信じているから。





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