微睡に緑ふる、

soliloquy 風待月act.2―another,side story「陽はまた昇る」
風が、ページを捲った。
白いページに緑の翳が明滅して風吹きぬける。
眠りかけた視界に光は瞬いて、周太は瞳ひとつ閉じて瞠いた。
「…ん、眠りかけてたね?」
ひとりごと微笑んで、膝の本を指で押さえこむ。
捲られたページは先に進められて、まだ読んでいない世界を開いている。
さっきはブナ林の生まれて1歳の樹木について、だった。
けれど淡い微睡みをまたげば、ブナはもう20歳になっている。
ほんのひと時の眠りで本のなか、時は19年も過ぎ去ってしまった。
…なんだか浦島太郎みたいだね、
心想うことに傾げた首元を、ふわり梢の風が吹きよせる。
爽やかで甘い葉擦れの香が頬撫でる、白いページに光と影を踊らせ風はふく。
やさしい薫らす風に視線を上げると、梢の向こうに太陽は明るい。
白い光線ゆらめく緑は透けて、木の葉は紋様を風に象っては移ろっていく。
「…きれい、」
そっと溜息ついて、風に樹の織りなす造形を見る。
こんなふう自然は美しさを見せてくれるけれど、これは意図も無く造られる?
それとも何か、人間では解からない意志があって刻まれるもの?
そんな考え廻らせていく時間は楽しくて、木洩陽ふる時はゆるやかに吹いていく。
このベンチは自分の特等席にしているけれど、こんな緑薫らす風に考える。
この風は去年も吹いていただろう、けれど1年前の自分はこのベンチを知らない。
ならば去年この場所には、誰が座って緑の時間を楽しんでいたのだろう?
それとも誰もいない空間を、ただ葉擦れの風は吹きぬけていたのだろうか?
「…きもちいいよね、ここ、」
ひとりごとこぼれて、そっとベンチに掌ふれる。
このベンチがこの場所にあるから今、自分は木蔭で寛ぐ時間を与えられている。
もしここにベンチが無かったら、この木蔭で本を読もうとは思わなかったかもしれない。
…そうしたら今の、きもちいい時間は無いよね?
そんな考え廻らす心に、温かな想いが目を覚ます。
このベンチを作った「誰か」は知らない、けれど全く知らないひとではないから。
この「誰か」は顔も知らない、けれど、座り心地の良いベンチを作る人だと知っている。
その声を聴いたことは無い、けれど気持ちの良い風が吹く場所を選べる人だと解かる。
ここにベンチを作ってくれた人は、どんなひとだろう?
そのひとは今、心地よい時間を過ごしているだろうか?
この今の瞬間を贈ってくれたひと、良い時間を過ごせていますように。
そんな願いが、緑の光ふるベンチで生まれていく。
「周太、」
きれいな低い声に、意識が目の前に戻された。
声のほう見ると陽ざしのなか、きれいな笑顔がこちらへ歩いてくる。
まばゆい光ふる道を大好きな人は進んでくる、樹木ふらす木洩陽を透かして、優しい笑顔ほころんで。
ほら、涼やかな風が吹く、森の香が大好きな人から吹いてくる。
ここは都心の真中、けれど奥多摩の森を映した樹木の世界、ここだけは緑あふれる清明な場所。
ここは喧騒も遠い静謐が、やさしいベンチに緑の蔭を創り、吹く風は安らいで。
そして優しい緑陰に、寛ぐ時間は生まれだす。
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風が、ページを捲った。
白いページに緑の翳が明滅して風吹きぬける。
眠りかけた視界に光は瞬いて、周太は瞳ひとつ閉じて瞠いた。
「…ん、眠りかけてたね?」
ひとりごと微笑んで、膝の本を指で押さえこむ。
捲られたページは先に進められて、まだ読んでいない世界を開いている。
さっきはブナ林の生まれて1歳の樹木について、だった。
けれど淡い微睡みをまたげば、ブナはもう20歳になっている。
ほんのひと時の眠りで本のなか、時は19年も過ぎ去ってしまった。
…なんだか浦島太郎みたいだね、
心想うことに傾げた首元を、ふわり梢の風が吹きよせる。
爽やかで甘い葉擦れの香が頬撫でる、白いページに光と影を踊らせ風はふく。
やさしい薫らす風に視線を上げると、梢の向こうに太陽は明るい。
白い光線ゆらめく緑は透けて、木の葉は紋様を風に象っては移ろっていく。
「…きれい、」
そっと溜息ついて、風に樹の織りなす造形を見る。
こんなふう自然は美しさを見せてくれるけれど、これは意図も無く造られる?
それとも何か、人間では解からない意志があって刻まれるもの?
そんな考え廻らせていく時間は楽しくて、木洩陽ふる時はゆるやかに吹いていく。
このベンチは自分の特等席にしているけれど、こんな緑薫らす風に考える。
この風は去年も吹いていただろう、けれど1年前の自分はこのベンチを知らない。
ならば去年この場所には、誰が座って緑の時間を楽しんでいたのだろう?
それとも誰もいない空間を、ただ葉擦れの風は吹きぬけていたのだろうか?
「…きもちいいよね、ここ、」
ひとりごとこぼれて、そっとベンチに掌ふれる。
このベンチがこの場所にあるから今、自分は木蔭で寛ぐ時間を与えられている。
もしここにベンチが無かったら、この木蔭で本を読もうとは思わなかったかもしれない。
…そうしたら今の、きもちいい時間は無いよね?
そんな考え廻らす心に、温かな想いが目を覚ます。
このベンチを作った「誰か」は知らない、けれど全く知らないひとではないから。
この「誰か」は顔も知らない、けれど、座り心地の良いベンチを作る人だと知っている。
その声を聴いたことは無い、けれど気持ちの良い風が吹く場所を選べる人だと解かる。
ここにベンチを作ってくれた人は、どんなひとだろう?
そのひとは今、心地よい時間を過ごしているだろうか?
この今の瞬間を贈ってくれたひと、良い時間を過ごせていますように。
そんな願いが、緑の光ふるベンチで生まれていく。
「周太、」
きれいな低い声に、意識が目の前に戻された。
声のほう見ると陽ざしのなか、きれいな笑顔がこちらへ歩いてくる。
まばゆい光ふる道を大好きな人は進んでくる、樹木ふらす木洩陽を透かして、優しい笑顔ほころんで。
ほら、涼やかな風が吹く、森の香が大好きな人から吹いてくる。
ここは都心の真中、けれど奥多摩の森を映した樹木の世界、ここだけは緑あふれる清明な場所。
ここは喧騒も遠い静謐が、やさしいベンチに緑の蔭を創り、吹く風は安らいで。
そして優しい緑陰に、寛ぐ時間は生まれだす。
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