萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第63話 残照act.5―side story「陽はまた昇る」

2013-04-06 23:22:06 | 陽はまた昇るside story
残光、この全てを天仰ぎ 



第63話 残照act.5―side story「陽はまた昇る」

田嶋紀之 

東京大学 博士(文学)
東京大学文学部 フランス語フランス文学研究室 教授
所属 言語文化学科 フランス語フランス文学専修課程/ 欧米系文化研究専攻 フランス語フランス文学専門分野

 1983年 3月  東京大学文学部卒業(フランス語フランス文学)
 1985年 3月  同   大学院人文科学研究科修士課程修了(仏語仏文学)
 1985年10月  パリ高等学術研究院博士課程(フランス政府給費留学/~88年 9月)
 1987年10月  パリ第3大学東洋語東洋文化研究所講師(日本語科/~88年 9月)
 1990年 3月  東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了(仏語仏文学)
 1990年 4月  同   文学部助手(フランス語フランス文学)
 1991年 4月  同   文学部講師(フランス語フランス文学)
 1995年 4月  同      助教授(フランス語フランス文学)
 2009年 1月  同       教授(フランス語フランス文学)
 2009年 4月  同   大学院人文社会系研究科教授(仏語仏文学)

見つめる画面の略歴は周太の祖父、晉に類似する。
教え子として恩師の道を辿ってきた、その軌跡はひたむきの熱情を感じさす。
いま独り佇む御岳駐在所のパソコンデスク、その視界へ映る一行を英二は見つめた。

『1987年10月 パリ第3大学東洋語東洋文化研究所講師(日本語科/~88年 9月)』

1982年晩春、パリ第3大学構内で事件は起きた。
その現場の5年後に教員として立っている、それが晉の教え子に何を見せたのか?
何を聞かされ、何を知り、真相の欠片を見せられてしまう可能性を「零」とは思えない。
そして気づいてしまった過去の現実が、晉の孫にもたらされる可能性は何パーセントあるのだろう?

―…周太は祖父さんの小説を手に入れたよ、祖父さんがオヤジさんに贈ったヤツをね。当時を聴けるオプション付きでさ

夜明け前の一刻、テノールの声が告げた現実。
そこから生まれてゆく未来の可能性は、晉の孫をどこへ連れてゆくのか。
この推論を導く要素の為、クライマーウォッチを一瞥するとキーボードを敲きだした。
もう馴れてしまった解除と接続を繰りかえし画面が切り替わる、その視覚も聴覚も鋭利に廻らす。
そして開かれた画面の名簿一覧を眺めわたし、記憶の照合と保存を終えて英二は小さく笑った。

「白、かな…」

唇つぶやきながら指は動き画面は逆のルートを辿りだす。
すぐに4分前の業務画面に戻されて、傍らの書類ボックスから一通を手に仕事を始めた。
日曜の今日も登山客は多い、いま8時過ぎでも普段以上に登山計画書は届けられている。
Web提出と併せたら相当数になるだろう、きっと今日の奥多摩は山頂付近に人口密度が高い。
8月最後の日曜らしく夏休みを締め括ろう、そんな空気を書類に微笑んだときガラス戸が開いた。

「おはようございます、」

聴き慣れた声に手を止められて、鼓動一拍で振り返る。
その先で明るく笑う青いカットソー姿に、英二はすぐ微笑んだ。

「おはよう、美代さん。日曜なのに早いね、」
「うん、まず済ましたかったから、」

いつも通り朗らかなトーンが笑い、綺麗な目が見つめてくれる。
その眼差しに幾らか緊張しながら立ち上がった英二に、美代は真直ぐに笑いかけた。

「昨日は黙って帰ってごめんなさい。泣く相手を間違えて私、自分で驚いて狼狽えて逃げました。この言訳で許してね?」

この言い訳で許してね?
そんな言葉を笑顔で告げられたことは初めてだ。
この言い訳すら率直な友人がなにか眩しい、その想い素直に英二は笑いかけた。

「美代さんってカッコいいね、周太と光一もよくそう言ってるけど、ほんとにそうだって今も想ったよ」
「ありがとう、カッコいい人にそう言われると照れちゃうね、」

気恥ずかしいな?そんな笑顔が明るく見上げてくれる。
こういう明るさが美代の良いところだ、そう感心する前で華奢な肩はくるり身を翻えし笑った。

「光ちゃんのお祖母さんの手伝いあるから行くね、試作品の感想また聴かせてね?」

光一の祖母が開く農家レストランを美代は手伝っている。
その仕込前に尋ねて「言訳」をしてくれた、この実直な気持に英二は微笑んだ。

「うん、原さんと岩崎さんにも訊いておくよ、」
「ありがとう、宮田くん。またね、」

感謝と「またね」、この言葉と明るい笑顔ほころばせ美代は青空の下に出た。
森からの風に青いカットソーゆるやかに波打つ、その背中が真直ぐに清々しい。
きどらないまま凛とした後姿を見送りながら、英二は一歩外へ出て笑いかけた。

「ありがとう、美代さん。またね、」

笑いかけた向こう、森からの風に髪遊ばせながら美代が振りかえる。
その綺麗な明るい目が笑って華奢な手を振ってくれた。

「はーい、」

朗らかに返事して美代は笑い、軽やかに踵返した。
そんな仕草も貌も和やかに優しい、この温もりに微笑んで英二は中へ戻った。
また書類を手にパソコン画面と向かい合う、その数枚が終わったとき入口から明朗な声が笑いかけた。

「おはよう、宮田のお兄さん、」

可愛い声に顔をあげると、いつもの鞄を提げて秀介が笑っている。
もう11ヶ月を見慣れてきた笑顔が嬉しくて、英二は綺麗に笑いかけた。

「おはよう、秀介。今日は早いな、」
「うん、今日は早く来たかったんだ、」

笑って秀介は鞄に小さな手を入れると一通の封筒を取出した。
それを英二に差しだして、小学2年生は生真面目な貌で見あげ微笑んだ。

「これ、じいちゃんと僕からのお礼です、」

じいちゃんと僕、そう秀介が笑いかける言葉に俤がよみがえる。
ちょうど10ヶ月前に背負った命の瞬間、あの体温も感覚も背中から消えていない。
そして今あらためて気づかされながら封筒を受けとって、開くと美しい紫紺の押花が一輪現われた。

「これね、うちの庭に咲いた竜胆なんだ。じいちゃんが大事にしてたのを僕が可愛がってるの、」

嬉しそうに教えてくれる言葉と竜胆の花にある想いから、祖父を慕う真心と自分への厚意が温かい。
この花を秀介の祖父は最期の写真に映し山で眠った、あの清廉な山ヤの記憶が紫紺の色に蘇える。
こんな贈物は素直に嬉しくて、敬愛する山ヤの遺孫に英二は感謝と尋ねた。

「すごく綺麗だな、ありがとう。でも、どうしてお礼くれるんだ?」
「お兄さん他所へ行くんでしょ?美代ちゃんから聞いたんだ、今朝、ゼリー届けてくれたときに、」

すこし寂しげな笑顔が答えてくれる、その空気に美代の気遣いが思われる。
きっと英二が話しやすいよう先に伝えてくれた、そんな配慮を想う前から秀介は言ってくれた。

「勉強いっぱい教えてくれてありがとう、じいちゃんのこと連れ帰ってくれてありがとう、いっぱい…っ、おしゃべり、ありがと、っ、」

笑って見上げてくれる、その声が嗚咽のんで涙きらめきだす。
それでも偉大な山ヤの孫息子は明るく笑って、真直ぐ英二に言ってくれた。

「僕、必ず医者になります。吉村先生みたいに町のお医者になって、警察医もします。だから、いつか帰ってきて僕とも仕事してね、」

いま8歳が抱いている精一杯、それを告げて英二を送りだそうとしてくれる。
その明るい実直な瞳に懐かしい俤が笑う、この笑顔が導いてくれた初心に還ってゆく。
あのとき見つめた不安、恐怖、後悔、そして託された命と尊厳が自分の夢と誇りを生んだ。
この全てを前に立つ少年の瞳に見つめながら席を立ち、片膝ついて視線を合わせ笑いかけた。

「ああ、必ず奥多摩に帰ってくるよ。いつか秀介先生を頼りにさせてくれな?」
「うん、頼りにしてね?吉村先生みたいな医者になれるまで、僕、がんばるから、」

笑って頷いた瞳から涙ゆっくり零れだす。
まだ幼くまるい頬を指で拭いながら同じ目線から英二は笑いかけた。

「きっと秀介なら良い医者になれるよ、秀介は頭も良くて努力家だから。最初に会ったときも九九、すぐ覚えたよな?」
「お兄さんの教え方が解かりやすくて楽しかったから僕、すぐ覚えられたんだ。あのとき絆創膏してくれて、ありがとうね、」

懐かしい初対面、あの出会いに秀介も笑ってくれる。
御岳駐在所に卒業配置された秋10月、初めての巡回中に秀介を背負った。
学校の帰りに秀介はアケビを採ろうとして転んだ、それを見つけたのが自分だった。
あのときの泣顔より明るく誇らかな眼差しを嬉しく見つめて、肚の底から英二は綺麗に笑った。

「俺の方こそ、いっぱいありがとう。あの山道で俺、秀介に会えて本当に良かった、」

この少年と最初に出会えた、この出会いが呼んだ全てに感謝する。
この素直な感謝に笑いかけた瞳から雫あふれて、泣顔は明るいまま手を伸ばし抱きついた。

「お兄さんに会えて僕、ほんとうに良かったよ、ばんそうこう、じいちゃん、べんきょう、ほんとにありがとうっ…!」

抱きついて涙のはざま告げてくれる、その想いと記憶に自分こそ感謝する。
この少年から始まった御岳の日々、この感謝と思い出ごと英二は小さな友人を抱きしめた。

―秀介と会えて、田中さんの最期を看取らせてもらったから俺は、レスキューと山に本気になれたんだ、

山道で転んだ秀介を英二が助けた、その礼に田中は御岳駐在所まで英二を訪ねてくれた。
あのとき孫が世話になったと頭を提げ、田中は妻手作りの菓子を差入れて微笑んだ。

「君は良い貌してるな?秀介がここに寄り道したがるのが、儂にも解かる気がします、」

そう言ってくれた田中の笑顔は温かで、どこか懐かしげに見えた。
それから毎日のよう合間に尋ねてくれて、田中の笑顔と写真と山物語に親しんだ。
いつも赴任したばかりの英二の緊張ほどくよう田中は笑って、奥多摩と日本中の山を教えてくれた。

「御岳もなかなか良いでしょう?どの写真も下手の横好きだよ、けれどね、山への気持ちを撮ってます、」

そう言って田中は笑っていた、あの言葉と笑顔にあった想いが今なら解かる。
田中は遠戚の光一を山に連れて行った、光一の父親に山と写真技術を教えたのも田中だった。
雅樹のことも田中はよく知っていたと光一に聴いている、きっと田中は雅樹を英二に見てくれていた。
だから初心者の英二を心配して毎日のよう山を教えたのだろう、その初対面の言葉に願いがあったと今なら解かる。

「山は良いものです、美しくて厳しくてね。ずっと居たくなるほど良いですが、待つ人のとこへ必ず帰らんとな?」

故郷の山を撮り続けた男の言葉と祈りは、見つめ続けた山廻る生と死から生まれた。
英才を謳われた山ヤの医学生を悼み、育てた山岳カメラマンとその妻を悼み、遺された少年を山ヤに育んだ。
そんな田中の大きな懐に自分も抱えられ、その生涯最期の鼓動を自分の背中に負わせてもらった。
氷雨ふる晩秋の御岳山で眠った男の命、あの瞬間、山ヤの涙と誇りが自分に生まれて、今がある。

  宮田くん、ありがとう。秀介を頼んでいいかい?
  秀介に元気で笑えと、ありがとうと家族に伝えてくれるかい?

そう告げて田中は自分の背中で、最初の息を引き取った。
それから光一が駈けつけて3回蘇生した、そのとき光一を見つめる瞳は優しく微笑んだ。
それでも言葉はもう出せなくて、そのまま4回目の蘇生することなく田中は眠りについた。

―田中さん、最後に俺にも言ってくれたんだ、ありがとうって俺に、

ありがとう、そう田中は英二に言ってくれた。
まだ一ヶ月も話していない相手に感謝を告げて、信じて孫を頼んでくれた。
そのことに今あらためて気づかされる、そして心が温かい場所へ引き戻され気づかされる。
この一年前に見つめた「山ヤの警察官」である誇り、その初心に還りゆく想いが肚底から響いた。

―復讐のためだけに俺はここに居るんじゃない、山に生きたいんだ、

山に生きたい、その想いが今こそ温かい。

去年の秋に馨の日記帳と出会い、過去の真実を知った。
そして晉が遺した事実を読み拳銃を手にした今、50年の復讐を秘匿に抱く。
それが自分の生まれた理由の1つであることは変えられない、けれど理由は他にもある。
それを解かっているようで蔑ろにしたまま強張った心に今、気づかされる。この感謝ごと英二は秀介に微笑んだ。

「じいちゃんのこと、本当にありがとう。田中さんと秀介に会えて俺、本当に良かった、」

田中と出会い過ごした時間は一ヶ月も無い、それでも田中は多くを遺してくれた。
真直ぐ人を想える田中の心と言葉、あの温もりが今も心ほどいて大切なことを気付かせる。

あなたに会えて良かった、この言葉を贈りたい俤ごと温かく笑いかけて英二は友達の涙を拭った。



緑透かす空は青い、けれど林の風は涼やかに頬撫でる。
渓流と樹木に生まれる風は今、登山道巡視に駈けた体を冷まして心地良い。
こんなふう山を歩くことは暫くなかった、この時間が楽しくてただ嬉しい。

―やっぱり俺、山が好きなんだな。ここで生きたいって想ってる、

今朝の駐在所で見つめた想いを今、この一日が終わる山麓に自覚する。
もうじき今日が終わる、その夕暮れ近づく時刻にブナ林は鎮まらせ感覚が冴えてゆく。
久しぶりに歩くコースは変らずに誰もいない、ただ森閑の佇まいが谺かすかに囁く。
ここは道標など何もない、それでも迷わず進んでゆく登山靴の足元がふっと明るんだ。
その視界にひろがらす空間の奥、天蓋うブナの大樹を見上げて英二は綺麗に笑った。

「久しぶり、相変わらず立派だな?」

やわらかな緑の草を踏み、見上げる梢に声かけてしまう。
この場所を後藤に教えられてから一巡りする季節、もう何度も来て佇んだ。
けれど一ヶ月ほど忙しくて来られなかった、そんな想いごと仰ぐ大樹は懐かしい。
そして愛惜も今はここに眠っている、その埋めた根元へと英二は救助隊服姿の片膝をつき微笑んだ。

「馨さん、お久しぶりです、」

巨樹の根元に七月、馨の遺灰と美幸の髪を埋めた。
手帳に染みこんだ馨の血を移した脱脂綿と和紙を燃やした、その灰に美幸の髪を一房添えてある。
都会の真中でアスファルトに斃れた馨の血、その想いを愛した奥多摩の土に還してあげたい。
そんな願いを一本の大樹に自分は託した、あの祈りごと今は全て土に還ったろうか。
もうブナの幹を辿り樹液に融けこんで今、馨の心は梢から空を仰ぎ奥多摩の山嶺に笑っている?
そう想い微笑んで英二は登山グローブを外すと木肌に右掌ふれて、穏やかに梢を見上げ笑いかけた。

「馨さん、あの本が周太の許に還って来ました。田嶋さんが周太に渡したんです、」

周太の祖父、晉が遺した唯一の小説『La chronique de la maison』が周太の許に来た。
この事実への想いに左掌は胸元ふれて、ゆっくり鍵の輪郭を握りしめながら英二は微笑んだ。

「あの本に晉さんが書いたメッセージを周太、お祖父さんが自分にも宛てたんだって言ったそうです。だから、いつか気づくと思います。
あの小説には50年前の真相が書かれている事も、晉さんと馨さんがなぜ亡くなったのかも、周太なら全て読み解いてしまう力があります。
事実を知ったら周太は苦しむでしょう、死すら望むかもしれない、それが怖くて俺は隠し通そうって決めていました。でも、もう隠せない、」

もう隠すことは出来ない。
そう認めた途端に現実が心臓をゆっくり締め上げる。
この傷みこそ自分が見つめたい、この願いごと巨樹ふれる右手に額をつけた。

「お願いです、周太を死なさないで下さい。俺に出来ることなら何でもします、周太を護って下さい、」

あのひとを死なさないで、あのひとを護ってほしい。
その為なら自分は何でも出来る、この祈りに梢を仰いで英二は誓いを告げた。

「俺のものは全て捧げます、命も、何もかも懸けます。だからどうか、周太には幸せな人生を贈ってください、」

どうか、あのひとを幸せにする約束と成就がほしい。
このブナの大樹なら願いを叶えてくれる、そう信じる想いに鍵を握りしめる。
もし願い叶うなら自分の全て懸けても惜しくない、この想い正直に英二は告白した。

「馨さん、俺は約束を裏切りました。周太だけを愛するって決めていたのに俺は、光一を本気で愛して抱きました。でも後悔していません。
こんなに嘘が吐けないほど俺は身勝手です、きっと周太をたくさん泣かせました、それなのに周太は一言も俺を責めないで笑ってくれます。
それが俺は苦しいんです、笑ってくれた事がまるで、さよならって言われたみたいに想えて、もう二度と逢えないって覚悟が見えて、嫌だ、」

もう二度と逢えない、もう二人の夜は無い。
そう覚悟しているから周太は一言も責めない、その心へと涙が零れた。

「もう周太、俺に抱かれる事が出来ないって本当は覚悟しています、それがどうしてか解かるんです、もう死ぬことだけが理由じゃない。
狙撃手になったら人を傷つけるかもしれない、殺すかもしれない、そうなったら周太はきっと自分で自分を赦さない、だって掌を見てた、」

第七機動隊に異動する、その内示を周太が受けたのは葉山に行った朝だった。
あのとき食事を支度してくれた周太の横顔、あの笑顔の意味が今さら解かって涙に変ってゆく。その想いごと英二は続けた。

「異動が決まった日の夜、周太、俺の好きなものばかり作ってくれました。ベッドでも風呂場でも俺に好きなようにさせてくれました、
そのどの時も周太、よく自分の掌を見てたんです。先週に会った時も見てた、きっと無意識だと思います、俺も気にしていませんでした。
でも、今なら理由が解かります。周太は掌を見ながら覚悟していたんです、もう俺に何も出来ないかもしれないって全部をしてくれてた、」

全部をしてくれていた、その言葉に自分で抉られる。
もう全てが終わったようで怖い、その恐怖も不安も英二は声に吐きだした。

「周太、自分の掌の見納めしてるんです。人を殺す、傷つける、そうしたら自分の掌が変るって想うから、だから俺に全部を赦すんです。
もし一度でも人を撃ったら周太、きっと二度と抱かせてくれません、変わった自分を俺に触らせるつもりが無いんです、だから光一を抱けって、
光一と恋愛して、周太無しで幸せになれって…さよならの意味で周太は俺を赦すんです。でもそんなの違う、俺は周太が笑ってくれる家に帰りたい、」

あの掌が好きだ、あの笑顔が好きだ、ずっと幸せにしたい。

料理を作ってくれる、花を活けてくれる、庭を手入れして家を掃除して、そんな働き者の掌が好きだ。
その全てを壊したくなくて自分は努力してきた、それでも周太は潔癖なままに「今」を見納めにする。
そんなふう自分の想い人は凛と綺麗すぎて潔すぎる、だからこそ捧げてしまう想いに誓いを願った。

「もし周太が人を傷つけたなら、その罪は俺に負わせてください。俺の罪も身勝手も赦してしまう周太だから、俺が身代わりになりたい。
そして周太に幸せに生きさせてください、俺に沢山の幸せをくれた周太に俺の全てを懸けさせて下さい、どうか周太に幸せな人生を下さい、」

“confession”

この一言を晉は自分に宛てた、そう今朝の電話で光一に告げた。
その通りだと今この瞬間にこそ自覚する、そんな想い微笑んで英二は右手から額をあげた。
木洩陽を透かして仰ぐ梢は陽光の黄金きらめかせ、今日最後の光芒に森を金色の瞬間へ誘っていく。
ふりゆく黄昏に梢も倒木も輝きそまる、いま黄金の時に佇んで英二は過去からの祈りを静かに見つめた。

“confession” その意味は罪の告白、告発、懺悔、そして自由。









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