萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

春眠、光に微睡み

2013-04-14 23:41:34 | お知らせ他
卯月の光に、



こんばんわ、富士山はまだ雪が残っていますね。
けれど下界は八重桜に山吹、藤の花と春の色彩が鮮やかです。
山でも満開の黄色ほこらす山吹は野趣と優雅あふれて、金色の光に充ちていました。

いま第64話「富嶽4」加筆校正中です、あと5割は書き増します。
短篇連載「春陽、光と花」もほぼ終わっています。

で、今、相当眠いです。
実は昨夜はちょっと忙しくて完徹でした、で、今日は出かけたので流石にね。笑
寝落ちしそうな勢いですが、日付変わる頃に短編の草稿UP出来たら良いなあと。

取り急ぎ、

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第64話 富嶽act.4―side story「陽はまた昇る」

2013-04-14 06:48:59 | 陽はまた昇るside story
茫漠の風、悠久より



第64話 富嶽act.4―side story「陽はまた昇る」

がらり、また岩ひとつ墜ちて断崖を駈けてゆく。

大いなる砂岩の肌に壁が切れ落ちる、そこに磐音は絶間ない。
大沢崩れ、その名の如くに富士の肌は大きく抉られて断面は屏風のよう聳え立つ。
その縁から岩が崩れては斜面を駈け下る、その岩石ひとつずつがまるで生きている。

「…すごい、」

ため息こぼれた言葉に振りかえる、その下界へ降りる視野に緑織りなす森は広がらす。
そして瞳を頂の方へ向ければ岩奔る玄武岩の斜面は天に伸び、はるか彼方に蒼穹と山は向かい合う。
荒涼の砂岩の世界は幼い日に見た図鑑の一頁、月世界の姿と似てこの場所が母国の山であることが不思議になる。
けれど背後には豊穣の森が無尽の生命を抱きながら広やかな裾野をひいてゆく、この二つの世界の狭間に今、立っている。

天地の境、神と人間の境界線の道。

そう謳われる場所なのだと今、佇む実感から深く湧き起こる。
氷雪が覆う冬富士は神の領域とだけ想う、けれど夏富士は世界の際である感覚が深い。
どこか月の世界を映したような大沢崩れと砂岩の斜面を仰ぎ、英二は隣に立つ山ヤへ笑いかけた。

「後藤さん、夏の富士は月と似ていませんか?」
「ふん、そうだなあ、月と富士は似ていても不思議は無いだろうなあ、」

頷いて笑ってくれる、その言葉に不思議になる。
どうして月と富士の相似に「不思議は無い」のだろう?
その思案に佇んだ英二に後藤は笑いかけてくれた。

「ははっ、不思議そうな顔してるなあ、宮田?ちょいと落石がおっかないから下がろうよ、」

深い声が愉快に笑って大沢崩れから踵を返す。
もう一般ハイカーは入らない閉山後の富士は夜明の刻限に鎮まり、ただ風が吹く。
かすかな風音へ崩落する岩石を聞きながら天地の際を歩いてゆく、この静かな道に後藤は教えてくれた。

「富士山はな、かぐや姫の舞台でもあるんだよ。でな、二つと無いって意味で不思議のフと漢数字の2で『不二』っても書くんだ、」
「かぐや姫って、あの月に還る話ですか?竹取物語っていう、」

その話なら絵本や教科書でも読んでいる。
そんな記憶と尋ねた向こう、山の名ガイドは笑って頷いた。

「その話だよ、あのお姫さんは輝く夜の姫って書いて輝夜姫って言うんだがな、まさに月を表現したような名前だろう?
でな、育て親の爺さんと婆さんに不老不死の薬を渡してから月に還ったんだ。でもな、その薬を爺さん達は焼いてしまうんだよ。
その場所がこの山の天辺と言われていてなあ、噴煙や雲がよくかかるのは薬を焼いた煙が月に還ろうと昇るからだって伝説があるんだ、」

月と富士の山、その関わる物語に英二は空を見上げた。
ゆるやかな風かすめるよう雲はあわく天を駈ける、あの雲が妙薬の煙なら幾星霜を燃える炎だろう?
こんな伝説も似つかわしい山の遥かな時間を想いながら英二は、山の語り部に笑いかけた。

「それなら富士の雲や噴煙には、不老不死の薬がふくまれているってことですね、」

その妙薬が後藤にも効く、そう信じて頂上へ登りたい。
そんな願いと笑いかけた先、山ヤは大らかな笑顔で応えてくれた。

「そういうことになるなあ、こんな伝説があるくらい富士は信仰の山ってことだなあ、」

信仰の山、そう称される山は日本だけではなく世界にある。
そこに先月は立った記憶を英二は口にした

「マッターホルンにも山頂に十字架がありますよね、」
「あれはブロッケン現象がな、神の降臨に見えたせいだっても言うな、」

神の降臨、そんな言葉にアルプスの記憶が瞳を披く。
あの銀嶺に向きあう日々に自分が見つめたのは、光一と雅樹への憧憬と嫉妬だった。

―二人が一緒に登った世界はきっと綺麗だったろうな、神がいるって想う位に、

光一の背中を追って氷壁を登攀する、その軌跡にはいつも雅樹がいた。
あのとき触れたハーケンの温度を想いながら、英二は右手を示し後藤に微笑んだ。

「後藤さん、俺も神の降臨を見たのかもしれません。マッターホルンでもアイガーでも、光一が撃ちこんだハーケンは冷たくなかったから、」

光一が撃った支点のハーケンは自分が抜く時も凍っていなかった。
どちらの北壁も蒼い影のなか低温に凍てつき息も白かった、それでもハーケンは温かだった。
あの不思議を想い微笑んだ英二を深い瞳は見つめて、穏やかに後藤は頷き笑った。

「おまえさん、光一の送別会の時も吉村に言ってくれてたな、雅樹くんが一緒に登っていたって。それが今言った神の降臨ってことかい?」
「はい、なんか俺にとって雅樹さんって神さまみたいな感じもあるから、」

素直な想いに笑って、ひとつ認められた本音に自由になる。
16年前に亡くなった男、それでも今こうして自分の心に様々な想いを照らしだす。
そんな心を知るように隣ゆく山ヤは大らかに笑ってくれた。

「そうだなあ、雅樹くんは確かにな、ちょっと神々しいところがあったよ。祭の舞人や笛方をしていた所為かもしれんな、」

そんなことも雅樹はしていたんだ?
そう驚きながらも納得できる、あの警察医診察室の写真の笑顔には相応しい。
また知らなかった事実を教えられて憧憬が身近になる、その距離感が嬉しくて英二は尋ねた。

「その祭って、光一の家が持ってるっていう神社のですか?」
「ああ、その神社のだよ。国村の家が敷地を所有してるんだがな、あの辺りの山神さんなんだよ。御嶽神社とはまた別で大切らしい、」

答えてくれる後藤も出身は山形で、警視庁任官後から奥多摩に居を構えている。
以来30年以上を暮して来た親しみを笑って後藤は教えてくれた。

「なんでも吉村のおふくろさんが元は神職の家の出らしくてな、それで孫の雅樹くんが祭のときは色んな役目も継いでやってたんだよ。
雅樹くんの舞姿はそりゃあ綺麗だったよ、横笛も随分と巧くてなあ。そういうのも光一は雅樹くんから教わってるよ、あいつも巧いもんだ、」

山神の神官を務めて山の祭を行う、そんな一面は雅樹にも光一にも相応しい。
こうした光一の一面は納得しながらも不思議になる、そんな想いに英二は尋ねてみた。

「そういうの光一と雅樹さんは似合いますね、でも俺、このことは光一から聴いていなかったです、」
「光一のやつ、なんとなく照れくさいんじゃないのかい?あの神社さんは本当に地元のモンって感じで観光客も呼ばんしな、田舎じゃある事だよ、」

田舎じゃある事、そういう事を都会育ちの自分は何もまだ解っていない。
それでも記憶にある一日を思い出して英二は訊いてみた。

「そういえば4月に白い紙を下げた綱が町に張ってあった日がありました、光一も休みで。秋と正月の頃もあったと思うんですけど、」
「ああ、それが祭の時だな。神社は山の上だから知らんと祭があるって気づかんだろうなあ、お囃子は聞えたりするがね、」

ふたり話しながら来た道を戻ってゆく、その背後に岩音は駈け下り崩れゆく。
本当に大沢崩れの名にふさわしい、そんな感心と笑いながら吉田口登山道に戻った。

「さて、こっから頂上まで3時間で行けるかい?」

愉しげに問いかけて後藤は日焼顔ほころばす。
そのタイムに軽く首傾げ英二は笑いかけた。

「はい、無理せず八合目からペースを落とすつもりで行きましょう、」
「おう、そうするよ、」

素直に頷いて山頂への道を後藤は踏みだした。
その足取りは軽やかに楽しげで病気を欠片も感じさせない。
けれど昨日も聴いた吉村医師の言葉はストレートに現実を投げかけた。

『ただし、頂上の御鉢巡りは難しい。富士の酸素分圧は今の後藤さんに厳しいはずです、』

昨日、後藤は吉村医師の病院で検診を受けてきた。
その結果はあまり芳しくは無い、たぶん来月の検査入院で現実は確定となるだろう。

―だからこそ吉村先生も今のうちにって判断したんだ、娘さんも、

後藤の娘、紫乃は助産師として医学知識がある。
それでも父を送りだした彼女の決意を今朝に見つめて、山ヤの家族の想いを知った。

―…父はまだ何も話してくれていません、でも様子を見ていれば解かります、胸がどこか悪いのでしょう?
  この一ヶ月、今日の富士を父は本当に楽しみにしていました。どうか出来る限り願いを叶えてやってください、

きっと紫乃は父親の病状も解っている、それでも吉村医師と英二を信じて父親の意志を尊重した。
そんな娘だと解かりながら後藤も富士に昇ってゆく、そんな父娘の覚悟たちへ約束したい。

―必ず無事に登って一緒に帰るんだ、今日を後藤さんの最後の登頂なんかしない、

このシンプルな願いが山岳救助隊には必要だと教えてくれたのも後藤だった。
大切な相手がいる人間は救助隊に向いている、そう教えて自分を励ましてくれた。
山も応急処置の現場も初めてで経験不足、そんな自分を後藤は抜擢して光一のパートナーに選んだ。
そうして与えられた全てにどれだけの恩を報いたら届くのだろう?この自問に砂岩を踏みしめた脳裡へ記憶の声が笑った。

『おまえ、ここの女神に気に入られてるね、』

春4月、この山に登ったとき光一が笑ってくれた言葉。
その証拠なのだと英二の掌に舞いこんだ富士桜に笑い、頬の傷痕を「富士の竜の爪痕」だと言祝いだ。
あの言葉を信じるのなら今こうして後藤と登ってゆく自分の祈りも富士は叶えてくれるだろうか?

―富士の山、どうか後藤さんを天辺に昇らせてください。できるなら御鉢巡りも何もかも、全てやらせてあげて下さい、

心祈りながら足を運び、そっと指先に頬ふれてみる。
ふれる肌には何の傷痕も触らない、けれど微かな熱が一閃を描く。
この場所が冬富士の氷に刻まれた痕だろう、そう見当に触れる隣から後藤が尋ねた。

「おい、おまえさんの頬んとこ赤い糸みたいな傷があるぞ?さっきまで無かったのに、いつのまに怪我したんだい?」
「あ、これは冬富士の時のです。普段は見えないんですけど、風呂とかで体が温まると浮いてくるみたいで、」

笑って答えながら砂利の道を登ってゆく、その足元に砂岩が軋む。
ゆるやかな風に登山ジャケット吹かせながら、後藤は愉しげに笑ってくれた。

「ははあ、それが最高峰の竜の爪痕ってヤツだな?光一が前に話していたよ、宮田の頬には最高峰の女神のキスがあるってな、」

最高峰の女神のキス、そんな表現に面映ゆくなる。
他の青年に恋焦がれ婚約までしている癖に自分は、山神の神官が愛する山っ子に横恋慕する。
こんな自分を最高峰の山神がキスしたがるだろうか?可笑しくて笑った英二に後藤は言ってくれた。

「本当におまえさんは綺麗な笑顔するなあ、そういう顔するから富士の神も気に入るんだろうよ、光一もな、」

光一も、そう言われて嬉しい筈なのに今は傷む。
この週末には一ヶ月ぶりの再会をする相手を想い、英二は微笑んだ。

「ありがとうございます、でも後藤さん、たぶん俺は光一にすこし嫌われたかもしれません、」

すこし嫌われた、こんな風に誰かを言うなんて自分らしくない。
けれどこの一ヶ月の距離感に想ってしまう、そして本当は再会に不安を抱いている。
こんな想いは慣れていない、その途惑いごと微笑んだ英二の肩を大きな手が軽妙に叩いてくれた。

「おまえさんが光一に嫌われてるんならな、世界中の人間が光一に嫌われちまってるだろうよ?俺も含めてな、」

深い声が大らかに笑ってくれる、その笑顔も言葉も温かい。
この信頼感が嬉しくて誇らしい、けれど言えない事実と真実に泣きたくなる。
もしも後藤が真相を知ったなら自分は蔑まれるだろうか、それとも別の応えがあるだろうか?

―言えたら良いのに、でも言えば余計な秘密を負わせることになるんだ、

言ってしまえたら、さぞ自分は楽だろう。
光一を抱いて肉体関係を持った、そう告白し懺悔出来たら罪悪感の一部は減って楽になれる。
それで後藤に怒って貰えたら、叱って貰えたらどんなに楽になれるのだろう?

それでも自分は秘密ごと光一を生涯抱きしめようとあの時、光一が抱く雅樹にも約束した。
それが光一を最も大切に護れる方法だと信じていた、けれど「真実」を知った今は迷う。

―雅樹さん、俺はどうしたら誠実でいられますか?すこしでも光一に、あなたに顔向け出来ますか?

登ってゆく荒涼の山肌を仰ぎ、はるかな山頂へ俤を見上げる。
警察医のデスクに佇む笑顔は誠実な心のまま輝いて透けるほど明るい。
あの明るさが自分には無い、それが何故なのか探したくて「雅樹」を見つめている。
そんな想いごと自分は光一の体と心を抱いた、アイガーの麓で幾度も抱いて確かめて、そして気づいてしまった。

―どうして先に気づけなかったんだ、俺は、

いまさらなのに懺悔が心臓に牙を射す、後悔は無くても傷みはある。
この傷みが苦しくて光一との再会へ不安は募り、だからこそ会って話して謝りたい。
けれどそんな謝罪は光一の誇りを傷つける、そう解るほど雅樹が抱く想いが痛切に解かってしまう。
もしも全てを先に気づけていたのなら違う選択肢があった?そんな懺悔に祈る隣から深い声が穏やかに笑った。

「なあ宮田、周太くんと宮田のことを俺がなぜ驚かないでいられるのか、解かるかい?」

問われた言葉に今、想っていた事が共鳴する。





(to be continued)


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