萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

青空の正午

2013-11-05 12:16:14 | お知らせ他


こんにちは、ひさしぶりに空の青が貫けてます、笑

さっき第71話「渡翳2」加筆ほぼ終わり版を貼りました、後で校正ちょっとします。
昨日の『Aesculapius』も読み直し&少し校正しようかなって考えてます。
それ終わったら「Manaslu」続き&週刊連載『Savant』の予定です。

昼休憩に取り急ぎ、


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第71話 渡翳act.2-side story「陽はまた昇る」

2013-11-05 08:30:31 | 陽はまた昇るside story
In daily presence of this very scene



第71話 渡翳act.2-side story「陽はまた昇る」

英二、って呼んでほしかった。

逢った最後、2週間と数日前の朝も呼んでほしかった。
あのとき名字で呼ばれた瞬間の絶望なんて、きっと君の想像を50倍は超えている。
あのとき自分は裸足のまま君を追いかけて踏んだ小石に血を流した、その痛覚すら消えてしまった。

足裏の傷、そんなもの解らないほど君の声は自分を抉ったなんて君は知らなくて、でも今やっと名前を呼んでくれた。

『英二の馬鹿痴漢っ』

わざと怒らせて、咄嗟の声なら呼んで貰えると思って浴衣に手を掛けた。
当然のこと引っ叩かれて、だけど今やっと呼んでくれた名前にセットの平手打ちすら嬉しい。
この頬の痛みすら幸せで愛しくて、幸せなまま自分だけ映してくれる瞳に微笑んだ真中で吐息こぼれた。

「あ…、」

微かな声、けれどずっと聴きたかった声が今、聴ける。
たった一音の声でも鼓動こんなに響いてしまう、そして自覚する。
こんなに自分は聴きたくて見つめたくて抱きしめて、離したくない。

―好きだ、この俺が一人をこんなに好きだ、

この自分が、こんなに誰かを見つめたいなんて無かった。
出逢って一年半ずっと好きだった、けれど今この時間ごと愛しいなんて無い。
ただ膝に抱いて庭のベンチに座っているだけ、その見つめる貌に揺らめく木洩陽ひとかけらごと募る。

それなのに、どうして自分は光一を抱いてしまったのだろう、どんな理由も赦されないのに?

―馬鹿だ、俺は…馬鹿だから罰があたったんだ、こんな

想い、見つめる白い貌に光の明滅するごと自責も後悔も鼓動を噛む。
唯ひとり恋して、愛して、無理矢理でも抱いて手に入れて将来まで約束した。
それなのに他の相手を一度でも恋慕した自分だから今、周太の病で罰せられている?
そんな想いごと泣けない慟哭は自分の罪で、愚かな罰で、それなのに黒目がちの瞳は微笑んだ。

「ごめんなさい英二、あのとき名字で呼んだりして…ああしないと泣きそうで、ね…ごめんなさい」

ごめんなさい、なんて言わないで?

君を追いこんだのは自分なのに謝らないで、君を泣かせられない自分に謝らないで。
唯ひとり護ると約束した自分なのに君を傷つけてしまった、そんな自分に謝らないでほしい。

―周太、今の俺に君が謝るなんて一番の罰だよ?

本当にこれ以上の罰なんて自分には無い。
こんな自分だから周太の覚悟を変えることも出来ず、体を壊させた。
こんな自分は本当はいちばん周太の足枷かもしれない、そんな想いごと英二は綺麗に笑いかけた。

「泣きたいくらい俺と離れたくないって嬉しいよ、周太、俺のこと好きなら英二って呼んで?これからも今も、」

どうか、謝るよりも名前を呼んで?それだけで幸せだから。
そして自分を利用してほしい、君を護れるなら幾らでも傷ついて構わないから呼んでほしい。
だから今、ふれることを赦してほしくて見つめてほしくて、俯きかける白い頬にそっと掌ふれた。

―あたたかい、

ふれた温もりに掌から鼓動ゆるやかに癒えてゆく。
今日この庭へ帰って来るまで本当は怯えていた、拒絶が怖かった。
そんな不安ごと自責も後悔も深く刺した楔が少しずつ温められる、その幸せに英二は微笑んだ。

「周太、約束したろ?来年の夏は北岳草を見せに連れてく約束、俺は絶対に守るよ、」

どうかもう一度だけ、約束を赦してもらえるのなら。

「だから英二って呼んで、俺を好きでいてよ、どこにいても」

もう一度だけ赦してくれるなら呼んで、愛してほしい。
もう一度だけ、そう願っても馬鹿な自分は再び過ちを犯すのかもしれない。
そんな自分が信じられない癖に約束が欲しくて、護りたくて見つめる人は遠慮がちに訊いてくれた。

「あの…どうして英二、今日は帰って来てくれたの?」
「光一から聴いたんだよ、今日は週休だし見舞に帰れって言われてさ、」

笑って応えながら、一昨日の記憶が鼓動そっと刺す。
本当は盗聴器で周太の発病を知って、それを光一から改めて告げられた。

『俺はちょっと見舞に行ってこよっかね?美代からもお誘い来ちゃったし』

美代から、

そう言われて自責ごと疎外感が傷んだ。
発熱のベッドでも周太は美代の電話には応えている、それが光一の言葉に解かって痛む。
きっと周太から体調のことは言っていない、それでも美代は声だけで気がついて見舞を申し出て、受容れられている。

―本当に美代さんは特別なんだ、お互いに、

特別な相手、そう周太と美代は想いあっている。
それは恋愛感情とは違うのだろう、けれど恋愛以上の想いかもしれない。
きっと自分には踏み込めない信頼がある、そう解かっても今この時が幸せな真中で黒目がちの瞳が微笑んだ。

「そう…帰って来てくれてありがとう、英二?」
「周太、俺が帰って来たこと嬉しい?」

ありがとう、その笑顔が嬉しくて訊き返してしまう。
帰って来たと喜んでくれるのか知りたい、だから見つめてしまう。
そんな想いに見つめる瞳は長い睫ゆっくり瞬かせて気恥ずかしく微笑んだ。

「ん、すごく…嬉しいです、」

その貌、ちょっと理性が飛んじゃうよ?

その恥ずかしがりな微笑、ほんと自分は弱いって君は知ってるの?
しかも今ちょっと困ってるよね、あの別れ際に突っ張った癖にって自分で困って恥ずかしがってる。
そういうツンデレな君を魅せられると本当に跪きたくなる、だから、もう全面降伏だからお願いさせてほしい。

どうか自分を必要としてほしい、その願いのまま英二は笑いかけた。

「どこに周太がいても俺は周太のとこに帰るよ?電話が繋がらなくても周太を見失ったりしない、絶対に救けに行くから信じて、お願いだから、」

お願いだから、もう一度だけ信じて頼ってほしい。

お願いだから自分を必要だと言ってほしい、君だけは自分を呼んでほしい。
君だけは救けたい幸せにしたい、そのためなら何を失っても構わないから信じて?
どうか信じて自分を必要にしてほしい、そう願うまま泣きそうな瞳を治め笑いかけた。

「俺を信じて?俺のこと少しでも好きなら俺を一番に呼んで、優しい嘘なんか吐かないでよ、俺を周太の家族にしてくれるなら、」

優しい嘘なんて要らない、もし家族になりたいと願ってくれるなら。

けれど本当は自分こそ隠していることが沢山ある、嘘も吐いている。
そんな秘密も嘘も全てを背負ってすら唯ひとり護りたくて、それでも隠す痛みは疼く。
だから「いつか」全てを話したい、そのとき与えてしまう傷すら背負う願いに恋人は綺麗に笑った。

「ありがとう、英二…ね、今日は何時までいられるの、家族ならごはん、一緒にしたいな?」
「周太は何時まで俺にいてほしい?」

笑って問い返しながら小柄な浴衣姿を抱き直して、その肩にカーディガンを掛けなおす。
ブルーグレーやわらかなニットを透かして華奢がふれる、それが半月前より細い。
白い浴衣の膝に置かれた掌も細くなった、そんな変化に現実が見えてしまう。

―SAT入隊テストは苛酷なんだ、噂通りに、

警視庁特殊急襲部隊 Special Assault Team

テロ制圧から立籠事件の対応など銃火器を扱う現場に立つ。
その入隊テストも当然に現場を想定した室内訓練場になるだろう。
そこは硝煙や塵埃が当り前に漂う、そんな場所で激しく動けば気管支の負担は大きい。
それが解かるから行かせたくなかった、けれど止められない相手は小首かしげながら微笑んだ。

「ん…なんじまでも」

何時までもいて、だなんて期待しちゃうんですけど?

何時までも朝までも傍にいる、それは「寝る」意味だよね?
この「寝る」は多義語の解釈で俺にねだってくれるに決まってる?
こんな思い込みと独り言がすぐに悦びだして幸せで、我ながら呆れてしまう。
それでも「何時までも」に勝手な想像は広がりだして英二は口許を掌で抑えた。

「どうしたの英二?…きぶんわるいの?」

口許の掌の向こう黒目がちの瞳が心配そうに訊いてくれる。
その純粋な眼差しに想像が止まらないまんま、掌を恋人に示し笑った。

「ちょっと鼻血出たかなって心配になっただけだよ?でも大丈夫みたいだから周太、俺もっと幸せになっていい?」
「ん…?幸せに?」

不思議そうに訊きながら微笑んでくれる、その無垢な瞳が鼓動ごと惹きこむ。
こんな目で見つめてくれるから想像を現実にしたくなる、そんな願いごと英二は恋人を抱きしめ立ち上がった。

「幸せになりにベッドへ行こうね、周太?」

笑いかけて歩きだして、ふっと腕の感覚に想い刺される。
もうじき24歳になる周太の肢体は訓練を積むほど筋肉が増え重くなるはず。
それなのに軽くなった、たった半月なのに明白な体重軽減に体の現実を知りたくて笑いかけた。

「周太、飯は前と同じくらい食ってる?」
「ん…あの、一昨日からあまり食べれていないの、ずっと寝てたから…」

躊躇いながら考えながら答えてくれる貌に、半月間の食事量と疲労が伺われる。
たぶん訓練の疲労から夕食を摂る余裕すら無かった、その結果が過労と気管支の悪化に繋がっている。
そんな現実すら自分が向きあって背負いたい、そう願いながら木洩陽の芝生を歩いて玄関の扉を開いた。

かちり、

久しぶりの音に微笑んで入り、扉を施錠して靴を脱ぐ。
抱いている浴衣姿の素足からも下駄を脱がせて、そのまま英二は階段を上がった。

ぎしっ…きし、

踏んでゆく音に木材の感触は分厚くて、ステンドグラスの光は温かい。
頬そっと撫でる甘い香も懐かしく愛しくて帰ってきたかった本音が慰められる。
この古くて清雅な擬洋館建築は自分の愛しい場所、その想いごと英二は微笑んだ。

「周太を抱っこして家を歩くのって良いな、周太、食べたいもんリクエストして?俺が作れる範囲になるけど、」
「ん…朝ごはん済んだばかりなんだけど…」

言いながらも素直に考えてくれる眼差しが普段以上あどけない。
いま生家で静養している安堵と熱が肩の力すべてを消して寛ぐ。
そんな様子に笑いかけて書斎の前を通り周太の部屋の扉を開いた。

―周太の部屋だ、

そっと心に微笑んだ向こう、バルコニーの窓から朝の光は優しい。
藍色なめらかな天鵞絨のカーテンにレース越しの光ゆれて、木目艶やかな床の明滅きらめかす。
アイボリー温かな絹張り壁、クラシカルで清雅な家具、白とブルー清楚な広いベッド、活けられた庭の花。
清らかに温かい空間、その香らすオレンジが部屋の主の体質を知らせて、それでも幸せに微笑んでベッドに腰掛けた。

「周太、ちょっと身体検査しような?」

笑いかけて青いカバーごとベッドを開く。
純白のシーツに幸福の瞬間は懐かしく温かで、見つめるだけで幸せになる。
そんな想いごと小柄な浴衣姿を横たえカーディガン脱がせて、けれど周太は身じろぎ起きた。

「…っし、しんたいけんさなんかだめっ、」

途惑った声に言われて英二は瞳ひとつ瞬いた。
その視界の真中で白い寝間浴衣はベッドから降りかけて、けれど抱きこんだ。

「周太、どうして駄目なんだ?体調を確認させて、俺もレスキューなんだから診せてよ、」
「だめっ、」

拒絶の声をあげながら衿元ぎゅっと抱きしめてしまう。
そんな黒目がちの瞳は困ったよう顰めて頬から額までもう紅い。
なんだか喘息を隠したいにしても様子が違うようで、不思議で見つめたまま気づいて英二は笑った。

「周太、いま言ってる身体検査はな、葉山から帰った夜とは違うよ?」

七月、葉山の祖母の家から帰った夜に自分は「身体検査」を恋人に施した。
その記憶から今こうして拒絶されている、それが可笑しくて笑った真中で黒目がちの瞳が睨んだ。

「…っちがくてもだめっ、どれいのくせに生意気です、」

奴隷の癖にって、その台詞ほんと弱いんだけど?

ほら、そうやって睨む眼差しが艶っぽいって自覚してる?
命令口調の癖に恥ずかしがってる赤い貌ってすごく可愛い、この貌に弱いのに?
そんな貌で濡れ衣着せてくれるんならもう、その疑惑ごと現実に変えて幸せになりたい。

―もう俺、今ちょっと犯罪者になろうかな?

ちょっと犯罪者になって「身体検査」の幸福を今すぐほしい。
そんな願いに悦んでしまう自分は庭で言われた通り「馬鹿痴漢」だろう。
なにより「奴隷」と呼ばれた久しぶりの感覚に悦ぶ自分が可笑しくて英二は幸せいっぱい笑った。

「そうだよ周太?俺、ほんと周太には恋の奴隷なんだから命令してよ、俺の女王さま?」







(to be gcontinued)

【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI[Spots of Time] 」】

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