アームカールで手がしびれる~正中神経の絞扼神経障害~前編

2020年10月14日 | 治療の話

だいぶ間が空いてしまいましたが、久しぶりに治療関係のお話をかきたいとおもいます。

ちょっと長くなりそうですがお付き合いいただけるとありがたい。(^_^;)

今回のテーマは正中神経の締め付けによる手のシビレ(絞扼神経障害)。

相談者はAさん45歳男性。

手のシビレは半年前から。

初期はトレーニング時や朝起きぬけに痺れが出る程度だったようですが、

いまでは随時しびれてしまっていて、

特にアームカール(上腕二頭筋のトレーニング)をするとワ~ッとシビレるとのこと。

シビレの範囲は前腕から親指~薬指の中指寄りの半分迄。

病院では「手根管症候群(掌底で正中神経が締め付けられている状態)」と診断されたとのことでした。

Aさんの左右の指を親指から一本一本撫でてゆくと、

下図の水色の領域で触られた感触が鈍く、同時に「ピリピリ」するといいます。

シビレの範囲を見る限り、確かに正中神経の絞扼神経障害(エントラップメントシンドローム)のようです。

(以下GRANT's atlas of anatomy eleventh edition LWWより抜粋)

▲水色のエリアが正中神経のシビレの領域

さて、Aさんのシビレはどこから来ているのでしょう?

正中神経のシビレの相談では斜角筋・円回内筋・手根管での圧迫が有名です。

▲斜角筋と腕神経叢

▲円回内筋と正中神経

▲手根管と正中神経

通常であればこの辺りを疑うわけですが、

「アームカールでしびれる」と聞いたとき、Aさんのシビレの原因はそれらと別の場所であると考えていました。

あまり知られていませんが、上腕二頭筋でも正中神経の圧迫が生じることがあるんです。

絞扼部位は二頭筋腱の腱膜部。

▲上腕二頭筋腱と二頭筋腱膜

ペン先に切断された形で書かれているのが二頭筋腱膜です。

ペン先に黄色く書かれているのが正中神経。

もうイメージが付いたとおもいますが、

アームカールのような上腕二頭筋を強く使うシチュエーションでは正中神経が圧迫されることがあるんです。

そう書くと、アームカールをするとみんな正中神経を痛めてしまいそうな勘違いをされてしまいそうですが、

そう簡単に神経障害を起こすことはありませんのでご安心ください。

普通にトレーニングする中でそんなことになるのはむしろレアケースです。

神経って結構タフな組織で、多少圧迫されたぐらいでは痛みもしなければ痺れもしないんです。

でも、周辺の組織との間でごしごしと摩擦を繰り返すようなことがあると次第に傷ついてゆきます。

神経のケーブルが傷つくと、その傷をたたくことでシビレを誘発することができます。

これをチネル徴候といいまして、陽性所見は神経の走行に沿った放散痛。

Aさんの二頭筋腱膜部を打鍵槌でコンコン叩いてみると、くだんのシビレがビンビンと広がります。

ビンゴです。

手根管をたたいてみてもシビレは「ごく僅か」だということでしたので、主犯格はこの二頭筋腱膜部で決まりです。

でも、他にも共犯が隠れているかもしれません。

神経痛にはダブルクラッシュという故障の仕方があるんです。

「ダブルクラッシュ」というのは、

ひとつの末梢神経にいくつか同時に圧迫を生じている場合、

一つ一つの圧迫は神経症状が出るほどではなくても複数個所からの刺激の累積で神経症状があらわれる、

といった故障の仕方です。

ダブル、というと問題は二か所と勘違いしがちですが、複数個所が同時に障害された状況と考えてください。

なので、一つの問題点を突き止めただけでは不十分。

ざっと正中神経の経路上を確認する必要があるわけです。

 

さて、診察の続き。

まずは正中神経の出どころの頸椎を調べます。

第6~7頚椎での圧迫でも親指から中指にかけてシビレることがあります。

▲頚神経と皮膚節(各神経が支配する皮膚の知覚エリアの図)

通常はご高齢者でない限り第6・第7頸椎が同時に故障することはまれな話です。

若い世代では第6頸椎(C6)の領域のみ、第7頸椎(C7)の領域のみといった感じで狭いエリアでの症状が現れるものですから

Aさんのように綺麗に母指から薬指の親指側半分(専門的には「橈側半」といいます)がしびれる場合は頸椎由来の故障は原因としての優先順位は低いと考えます。

でも、ダブルクラッシュを疑った場合、累積負荷の一つになりえますから確認は大事。

頚椎のテストとしてスパーリングテストを行います。

頚を大きく後ろに倒してもらい、さらにシビレている手の方に頭を倒します。

これで首に痛みを訴えたら頸椎の故障を考え、手のシビレが出てくるようなら頸椎部での神経圧迫(頚椎症)も考えます。

でも、Aさんのそれはいたってノーマルでした。

頸椎部はクリア、ということです。

 

続いて斜角筋。

頚の動きが綺麗となると頚についている斜角筋の問題も薄そうだと考えます。

でも、筋の動きだけで神経のダメージの有無が決まるかというとそうではないから面白い。

▲斜角筋と腕神経叢

斜角筋が神経を挟み込みやすい場所の圧迫検査(モーレイテスト)を追加しました。

すると結果はなんと黒!

ジワリと前腕に痺れが感じられるといいます。

こういうことがあるから検査は丁寧に積まなくちゃダメですね。

 

続いて円回内筋。

ここは打鍵槌でチネル徴候(シビレの再現)を確認します。

結果は白。

 

そして神経の経路沿いに前腕をたたいてゆき、途中の神経損傷がないか探します。

これもなし。

そして、手根管。

ここはすこーし響くといいます。

ということで弱めの黒。

 

ここまでは神経の絞扼部位の特定を目的とした検査です。

神経は知覚を伝えたり筋肉に指令を届けたりする器官ですので、筋肉の働きもチェックします。

正中神経は手を握る作用を持つ筋肉を制御していますので、まずは力強く握手をします。

これは左右差もなく良好です。

続いて親指と人差し指で丸を作ります。

正中神経の障害では特に指の第一関節の力が入らなくなりますので丸をつくったつもりが第一関節が曲げきれずに「しずく型」になってしまいますが…これもなし。

二頭筋の筋力も、腕橈骨筋の筋力もばっちり。

なので、Aさんが障害されているのは「知覚」のみだということが分かります。

さて、では治療開始。

まずは背景要素からつぶしていきます。

って、ちょっと長くなり過ぎましたね。(^_^;)

いったんここまでで区切って、

後半を近日アップしたいと思います。

 

つづく



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