アームカールで手がしびれる~正中神経の絞扼神経障害~後編

2020年10月17日 | 治療の話

さて、続いて今度は治療の話。

シビレのご相談ではまず神経を締付け傷付けている部分を開放しなくてはなりません。
 
ただ、締付けを外せばすぐにもと通り…になるとは限らないのがシビレの相談の辛いところです。
 
パッ!と良くなるのは神経の損傷の度合いが軽かったケースです。
 
傷が深いか浅いかは治療してみると解ります。(治療的診断といいます)
 
残念ながら、損傷の度合いが深いと治療が上手くいっても治療直後に症状的な改善がみられないこともままあります。
 
それどころか、上手な治療を施しても一時的にシビレが大きくなることすらあるんです。
 
なぜか?
 
正座してシビレた脚を思い浮かべてみてください。
 
あれは血流障害による一過性の麻痺なのですが、脚を崩したあとからビリビリとシビレがやってくるでしょう?
 
血流が再開した後、今度は一過性の過敏症を起こすんです。
 
あれと同じで、知覚異常の治療では治療後に痺れの症状が強く出ることがあるんです。
 
Aさんにはびっくりされないようその辺の事情をご説明した上で治療開始。
 
絞扼神経障害の治療ではより背骨に近い絞扼部位から手を付けるのがセオリーです。
 
なのでまず斜角筋部から…なのですが、いきなり斜角筋に手を入れてもなかなか素直に緩んではくれません。
 
なので、まずは斜角筋が硬くなる背景要因から手を入れます。
 
▲斜角筋と機能的な関連性を持つ筋群。オレンジ色の筋肉が大腰筋
 
斜角筋の緊張は大腰筋の緊張のカウンターバランスとして生じていることが非常に多く、
 
また、大腰筋の緊張は後脛骨筋というふくらはぎの深層筋の緊張から影響を受けていることが多いので、
 
ふくらはぎから順にチェック&リリース(緊張緩和)してゆきます。
 
▲大腰筋の過緊張の背景となりやすい後脛骨筋
 
それが済んだら上腕二頭筋に手を入れます。
 
▲上腕二頭筋(肘のところにご注目。腱が逆さのY字に分かれてるでしょう?その内側がポイントになります。)
 
筋の緊張を解くことも大事なのですが、この場合、絞扼部位の腱膜部にできた正中神経との癒着を剥がすことが重要です。
 
具体的には腱膜下の正中神経との癒着部位を探り当ててDTMという按摩のような技法で癒着を剥がすんです。
 
なんで癒着してしまうのかというと、神経の損傷では神経炎が起こるからなんです。
 
炎症という字は「炎」という字が入ってるでしょう?
 
傷ついた神経が炎症を起こすと周辺の組織にも炎症が波及します。
 
それはもう火事のように類焼してゆく感じで周囲の組織も傷つけてゆくんです。
 
炎症後の組織には線維化が起こります。
 
その線維たちは傷ついた神経とその傷をつけた筋腱との接点を蜘蛛の巣のようにつなぎ、縮み込みます。
 
イメージはやけどの跡のケロイド。
 
ケロイドは正常な組織と違って縮んでいて、伸びの悪い組織となっているでしょう?
 
そうして神経の炎症に巻き込まれた近隣組織との間に癒着ができあがるんですね。
 
ちょっと込み入ってるので整理しましょう。
 
神経の損傷から癒着までの流れをまとめるとこんな感じ。
 
1、神経を締めあげ、ごしごしと摩擦を起こし神経の損傷が起こる。
 
2、神経炎が生じる。
 
3、締め付けた部分と癒着する。
 
 
その癒着を剥がしたら、今度は神経線維自体の自然回復を待つことになります。
 
この手の故障の治療で大切なポイントは、神経線維の修復が済むまでのあいだ
 
いかに神経への圧迫が外れた状態を保持するかということです。
 
いったん開放しても、患部は良くも悪くも悪い状況で安定しています。
 
つまり、都合の悪い体癖が出来上がってしまっているわけです。
 
なので、放っておくと神経の圧迫が再発してしまいやすい状況が続きます。
 
なので、神経線維が治るまで、根気よくこまめに手を入れる必要があるんです。
 
これは必ずしも治療家の手が必要なわけではなく、セルフケアをまめに行っていただくことで十分対処できますのでご安心を。
 
さて、本丸(二頭筋腱膜)の圧迫を解いたら今度は枝葉の問題を払います。
 
このケースでは手根管。
 
Aさんの場合、軽くではありますがチネル徴候がみられましたので、ここもしっかり手を入れた方がいいわけです。
 
この部分の治療は手根管関節自体のこわばり(拘縮)がある場合は関節へのアプローチをし、
 
前腕から掌(特に母指球筋)の筋肉の過緊張があれば筋へのアプローチを行います。
 
多くの場合はその混合型なので、関節・筋肉両方のケアをすることになりますが
 
Aさんの場合は前腕と母指球の筋肉の問題がメインでした。
 
一通りの緊張をのぞいたら、各関節を正しい位置関係でコントロールする運動療法に移ります。
 
それらをざっと終えたら手のシビレや種々の陽性所見の変化を確認します。
 
まずはチネル徴候から。
 
手根管は消失、肘(二頭筋腱膜)1/4に減弱。
 
続いて指の感覚を調べると、完璧ではないものの感覚がクリアになってきたとのことでした。
 
となるとAさんに起こった正中神経のダメージは軽くはないけどそこまで深いものではないことが分かります。
 
ちなみにこの時点で「全く変わらん」というケースもあります。
 
それは治療が上手くいっていないのではなく、神経線維のダメージが深かったことを意味します。
 
そうなると、回復までの時間は長くかかりますし、酷ければ戻り切らずに後遺障害として残るものも…
 
なので、初回に好転がみられたAさんのケースは幸先の良いスタートが切れたということになります。
 
今後の回復を見てみないとはっきりは言えませんが、そう長い付き合いにはならなそうだと胸をなでおろした症例でした。
 
おわり


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