と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

在籍校の卒業式でした

2013年03月15日 17時58分12秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

祈るのは飛躍することのみ 

 

 

 けふは、在籍校の卒業式・修了式でした。知らないで登校したものですから、門の前で戸惑ってしまいました。入ってもいいのかなというわけです。愚生には卒業式はあり得ないからです。中途退学か、学位取得しかないからです。こそこそといつもの院生室に目立たないように入室しました。そして、持参したTabletでずっと勉強をしていました。銚子に分布している妙見立像の分布について先輩郷土史家の原稿を拝見させていただいておりました。これはこれで、なかなか参考になります。

 午後3時になりましたので、帰ろうとしました。

 そしたら、今日、修士を取得された妙齢のご婦人が愚生のところに来て、今日で終わりだからお話をしようと言われる。院生室で5回ほど見かけたけれども、どんな人かまったくわからなかったからとの事でした。(傀儡のごとき異相をしているからでしょうねぇ=苦笑)快諾しました。もう一本遅い電車で帰ればいいんですからね。

 いろいろお話をさせていただきました。そもそも栄養学から畑違いの学問(経済学)をしたくて、本学修士課程に入学されて本日めでたく修士となられたわけでした。素直に、おめでとうございますと申しあげました。なかなか大したものであります。

 愚生のことも申しあげました。たいへんおもしろおかしく申しあげたせいか、どっかで講義でもしてくださいなと言われたのですが、それは固辞いたしました。そんな能力は、愚生には無いからです。ただし、民俗学みたいなもんをかじっているので、話題はつきない。旅から旅へとうろうろしているんですから。こりゃ聞いている方はたまらんでしょうな。それとひかっけて農民芸能。さらに、どこの道ばたにもおられる道祖神も研究対象にしています。そして、これは言わなかったケド、庶民の性風俗も。漫談みたいになってしまって、けっこう自己嫌悪でした。(^-^)/

 東金のキャンパスには、多くの学部生と修士の修了生がいました。

 いい光景です。いつもながら。「飛躍」という文字が浮かびました。ほんとうにいい人生を送っていただきたいものであります。

 

 こういう風景を見させていただくと、じゃぁオレは何なんだ?と思ってしまいます。どうもその辺りが、モチベーションが高まらないというか、なんだか将来の夢を見ていて頑張っている方々に申し訳無いという気持ちになってしまうのです。道楽で、趣味で、論文の資料収集のために、民俗の旅とか自称して旅行ばかりやっている。さらに、へたくそな論文書きばかりやってていいんかね?という自虐がある。そういうことなんです。いてもいなくてもいい存在でしかない。

 どんな人生にも意味があるんですけれども、それがナニカの地位とか経済的保証に結びついていないから意味がないとは思いません。もう働きバチの人生は終わったのですから。好きなように生きていますし、生きていきたいのであります。

 でも、これからの方々には、こういうことを言ってはなりませんなぁ。こんなじじぃにだけはなりたくないという反面教師ならいい教材になるでしょうけれども。

 

 塾にこれから行きます。17:56です。

 おいしい夕食をいただいてから。

 これもまた家族の理解があるからできるんでしょうなぁ。

 もっとも、ずっと家にいたら、それはそれでどれだけ邪魔になるかと思うと、こっちの方が恐ろしいですワイ。

 

 (^_-)-☆

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3月14日(木)のつぶやき

2013年03月15日 04時52分39秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

おはようございます。けふは昨日と一転。今度は雨と風が強いですね。参りましたねぇ。家に居て、ノートとりをしています。(^-^)/


ともかく昨日の電車の遅延に参りました。無理は禁物です。あまり無理はしないほうが、年齢にふさわしい。なんと言っても電車で席を若い女性に譲られるんですからねぇ。


退職したから、フリーにものを考えられるようになりました。民俗学での性風俗についての書籍も借りることができるようになったし、発言も可能となりました。ジェンダーについても。現役のときの職業というのは、縛りがきつかったですなぁ。学問的な自由がまったくないんですから。(^-^)/


そもそも、人格高潔なんていう方は、オレも含めてまだ見たことがない。清教徒のような生き方は、所詮オレのようなつまらん人間には無理っていうものです。無明を生きていくしかないのでしょう。悟ることもできないし。オレには。


しかし、どっかにあこがれだけはある。悟りとか、人格高潔とか。遠い世界のことですがねぇ。だから、こっち側の人間としては、つまり塵芥にまみれている人間としては、このまま生きるしかないんでしょうなぁ。


塾から帰還しました。しかし、生徒相手に勉強するって楽しいですなぁ。むいているんですわい。ハハハです。


男の子3人、チュウボーと数学、国語、英語とやりました。もう一年過ぎるので、かなり思い出すことも多くなり、すいすいと順調に学んでいます。むいているなぁとしみじみ思います。根っからの教師なんですなぁ。


けふは、栄進予備校の人気講師の英語のDVD「中学英語の勉強法」ってのをレンタルビデオから借りてきて、午後から見ていました。前置詞なんかの考え方に目から鱗でした。早速、けふのちゅーぼーと議論しましたが。ハハハ。


もうすっかりこのギョウーカイの人間になっちまったようです。週刊誌の東大、京大、東北大等々の全国進学高校データを特集していたので、さっそく買って読んでいましたからねぇ。一番関心があるのが、東北大学です。愚生の母校からもなかなか行けない大学ですから。(^-^)/


そしたら愚生の母校の名前がない。まさかゼロということはないと思ったら、まだマスコミへの情報提供をしていないらしい。ハハハでした。ま、どうでもいいような話しですけれども。


朝日の方に書いてあったのが、「コンテンツ学力」と「ノウハウ学力」のこと。前者は受験秀才に多い。後者は、逆に社会で成功する人間に多い。そりゃそうでしょう。しかし、コンテンツ学力もバカにはできません。愚生が、古文書をやるのも、これですよん。古典をやっている以上、常識です。


古文書も読まずシテ、印刷物だけでくだらない論文を書いて一人前の顔をしていたらバカですよん。それに、愚生はかなり弱い部分があって、それは考古学。古代の視点を標榜するなら、考古学の教養がなくては話しにならん。仏教もそう。神話もそう。民俗学もそう。あああ、時間がにゃぁです。オレには。


けふはこれくらいにします。おやすみなさいませ。あ、これから風呂に入ります。(^0^)


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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/