と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

暴挙だってさぁ。。。(^0^)

2013年04月06日 09時08分02秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

優秀な人材について

 

 

 優秀な人材養成について、なんだか胡散臭い博士倍増計画なるもんが出てきた。

 へええと思ったが、Twitterでおもしろい記事を拝見させていただいた。「退職して、暇も持て余した人等が大学院に大挙して、どうなったかというと、ゼミはほとんど、単なる発表会になり、勉強する場じゃなくなった。暴挙だ」というようなことが概略書かれていた。ユニークな視点である。傾聴に値する。あ、この方に賛同するってことは、愚生のクビを絞めているってことになるか(^0^)

 それでも、自分のクビを絞めてもいいから、優秀な人材には活躍していただたきたいと切に願ってはいる。もっともオレは、この方の言われるような意識低い系だし、ヒマをもてあましている醜悪な老人だろうからなぁ。屁みたいなもんだわな。


 

 もうひとつある。

 昨日、ジムに行く前に100円ショップに寄った。またまたつまらないものを買った。はがきである。メモとか、読書カードに使っているのだ。最近はすっかりはがきサイズにはまっているからである。安いし、便利である。50枚で100円というのは、年金生活者で、暇人で、大挙して大学院に押し寄せている老人の一人である愚生にはぴったりの品物である。しかし、大学院のゼミが老人の駄文発表会の場に成り下がっているとはよくも言ったり。たいしたもんである。その自信たるや。あふぉ~な愚生は、へぇ~って笑っているしかない。

 学問をやるってことは、人格向上のためというインテリが多い。しかし、実態はいかがなものだろうか。競争社会であることには変わりはないだろうし、成果主義がここにも押し寄せている。そもそも、成果主義というのは資本主義の最たるものであって、貨幣に魂を売り払ってしまった輩の主張であるとしか見えないのだが。オレのようなオロカな者にはである。

 そういう方々は例えば伊能忠敬のような人を、やはり暇をもてあました老人の道楽として笑うんであろうか。そこまで言うなら、優秀な人材というのは、まったく一握りの人間しかいないはずであり、東台の博士以外はみんなゴミだと言っているに等しくなっちまうではないか。駄文を書いて、人を蹴っ飛ばすことしか考えていないって輩からは人格の向上なんて、どこをひっぱたいても出てこないではないか。そういうのが、将来の日本をリードしていくとなると、暇なじじぃとしてはうそ寒い心境になる。それでぇぇんかねぇ・・・。学者様は。それで。

 

 

産経新聞のオピニオンで教育の特集がある。引用させていただく。

 

【忘れ難き偉人伝】

伊能忠敬(上)「人生二山」を生きた男

2013.3.30 07:43 (1/2ページ)

 50歳を過ぎてから測量を学び、人生50年の時代に「人生二山」を生きた男である。

 下総国佐原(さわら)村(現・千葉県香取市)の伊能家の入り婿となった忠敬(1745~1818年)は酒造や運送業などの商いに精を出し家業を拡大、商人として大成する。これが一つ目の山だった。

 領主に隠居を願い出た忠敬だったが、どうしても領主は首を縦に振らない。仕方なく気晴らしに近隣の村の有力者10人でお伊勢参りに出かけたことが「四千万歩の男」として名を残すことになる。

 一行は東海道を下り、名所旧跡を巡り、伊勢神宮を参拝する。この際、独学で天文や測量を学んでいた忠敬は磁石や望遠鏡を手に岬など方位角の測定や天体観測で緯度を推定している。

 同行者に久保木清淵(せいえん)がいた。師(学ぶ人)、友(語る人)、後輩(学ばせる人)、人生には三通りに人間との出会いがあるという。忠敬は清淵の漢学の素養の高さに驚き、17歳年下ながら師と仰ぎ、旅の最中、漢学を学ぶ。

 旅が終わり、もっと学びたいとの思いがますます募る。そのとき、幕府の改暦事業計画の噂を聞きつけ、さらに「暦を改めるため大坂から高橋至時(よしとき)、間重富が招聘(しょうへい)された」との情報がもたらされる。居ても立ってもいられない。再び強く隠居を申し出る。 

ようやく隠居が許されたのは49歳。「勘解由(かげゆ)」と名を改め翌年、江戸に向かう。深川に居を構え、その足で高橋を訪ね、「お弟子にしていただきたい」と申し込んだ。20歳ほど年上の弟子入り志願に戸惑う高橋だったが、独学ながら忠敬の知識の深さと熱情に打たれ、弟子入りを承知した。

 西洋の暦学や天文学を学び、深川の自宅には天文観測所も作った。あまりの熱心さに、高橋は年長の弟子を「推歩(すいほ)先生」と呼ぶ。推歩とは天体の運行を推測するという意味だ。忠敬は決まった観測時間となると、そわそわし始め、途中でも話を打ち切り、自宅に帰り一心不乱に観測を始めた。

 忠敬50歳。四千万歩のうち、まだ一歩も進んでいない。(将口泰浩)

 

 オレは、伊能忠敬をこころから尊敬している。この人のことを精神分析した医師のホンを読んだことがあったが、あまりいい事が書いてなかった。ただ歩いていただけではないかというものであった。偏執狂だとも書いてあった。ある程度それはあるのかもしれない。されど、人のことを分析する前に、てめぇのけつを拭けってことも言えるのではないかとも思った。


 あ、また長々と書いてしまった。

 実は昨日の100円ショップで、優秀なちゅーぼーに出会ったのである。

 愚生が、そのショップを出ようとしたら、「おじーさん、どうぞ」と言って、自動ドアの向こうで愚生の出てくるのを待っていてくれたのである。感激した。だから「どーもありがとうねぇ」と感謝の言葉をお返しした。こころから、いい少年だと思ったからである。

 そしたら、「いいえ、後のおじーさんに言ったんです」とおっしゃる。

 わはははである。

 愚生の背後に、愚生よりも相当先輩のおじーさんがおられて、腰を曲げてよろよろと出てこられた。ああああああ、我が国もまだ捨てたもんじゃないなぁって、庶民のオレは思ったのである。このちゅーぼーこそ、優秀な人間なんじゃないのかと。


 いい一日であった。


 (^_-)-☆



 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

4月5日(金)のつぶやき

2013年04月06日 06時52分22秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

昨日ふと表参道の小さな書店に入りました。店内はとても狭いのですが、紀行ものの文庫ばかり集めた一角あり、詩やエッセイの本を揃えたコーナーあり、と店主の好み、センスのよさがうかがえて、嬉しくなりました。青山通りに面した、港区北青山3丁目の山陽堂書店です。

と~ま君さんがリツイート | 13 RT

神がお考えになります。神がお書きになります。私というエンピツは、それに対して何もすることはありません。エンピツは、ただ使っていただくことを許されているだけなのですから。

と~ま君さんがリツイート | 17 RT

昨日、京都相国寺観世宗家展へ足を運んだ。宗家の数々の宝を目の当たりにできる貴重な機会。観世宗家の装束は何度も拝見したことがあるが、いつ見ても佳い品を持っておられると感じる。

と~ま君さんがリツイート | 4 RT

海江田氏「写経で平静保ってます」 平野前復興相離党で t.asahi.com/ad3a

と~ま君さんがリツイート | 10 RT

昨日,吉祥寺駅の広告で知ったけど,武蔵野大学に経済学部と法学部ができるらしい。2014年度より。

と~ま君さんがリツイート | 3 RT

今年で四年目ですが大学というものはぼっちでいる方がよほど有益に時を過ごすことができます。昼食を一人かき込んで図書館に走り本を読み、講義の合間に図書館に走り映画を観、講義が終わったら早足で帰路につき、自宅で本を読み映画を観る。ああなんて素晴らしき文系ぼっち生活!@nemuiness

と~ま君さんがリツイート | 58 RT

【本日発売】『空海と真言宗がわかる本』(大法輪閣編集部編 大法輪閣) 【出版社HP紹介文】「空海の生涯、思想、著作、書、大師霊場を紹介」 【Amazon】→ amazon.co.jp/gp/product/480…

と~ま君さんがリツイート | 1 RT

【本日発売】『ヘーゲルの実践哲学: 人倫としての理性的行為者性 (叢書・ウニベルシタス)』(ロバート・B.ピピン著 法政大学出版局) 【Amazon紹介文】「ヘーゲルのアクチュアリティを提示する」 【Amazon】→ amazon.co.jp/gp/product/458…

と~ま君さんがリツイート | 7 RT

黄龍の景観と歴史地域【中華人民共和国】【自然遺産】 pic.twitter.com/fzki3Oqm9f

と~ま君さんがリツイート | 33 RT

685/清原深養父/心をぞわりなきものと思ひぬる見るものからや恋しかるべき #tanka #waka

と~ま君さんがリツイート | 1 RT

レヴォチャ、スピシュスキー城とその関連文化財【スロバキア】【文化遺産】 pic.twitter.com/2whAOkSyfX

と~ま君さんがリツイート | 4 RT

アブ・メナ【エジプト】【文化遺産】 pic.twitter.com/7wQDi2fTHv

と~ま君さんがリツイート | 5 RT

童話はもと――それが文学などという立派な名前で呼ばれなかった時分――話であった、物語りであった。文学になってからも物語りであることをやめなかった。―新美南吉「童話における物語性の喪失」 aozora.gr.jp/cards/000121/f…

と~ま君さんがリツイート | 5 RT

ひとりで夜みちを歩きながら、海蔵(かいぞう)さんは思いました。??こりゃ、ひとにたよっていちゃだめだ、じぶんの力でしなけりゃ、と。 『牛をつないだ椿の木』

と~ま君さんがリツイート | 8 RT

定番ですが『手ぶくろをかいに』。少し離れた山の中で、自分と同じようにお母さんに愛されて暮らしている小さな命のたしかな存在を、幼心に感じさせてくれた作品でした RT @akirevolution: 【新美南吉の童話のなかでみんなはどれがいちばん好きなの?】既出とか気にせずおしえて…

と~ま君さんがリツイート | 2 RT

私は、自分が特別な素質を持っているとは思いません。私はこの仕事に対して何も要求していません。これは神のみ業なのです。私はただ神の手の中の小さなエンピツに過ぎません。ほんとうに、ただそれだけです。

と~ま君さんがリツイート | 16 RT

ウジュン・クロン国立公園【インドネシア】【自然遺産】 pic.twitter.com/JXcq4LJGJw

と~ま君さんがリツイート | 12 RT

観世宗家展、装束のスペースに対し面のスペースが極端に狭かったが、一箇所に並べられているので別の面との比較はしやすい。平安時代の作とされる肉色の翁の面は後半の展示のようで、展示の名称表示が間違っているので注意が必要。今展示されているのは江戸時代の河内作の「翁(白)」。→

と~ま君さんがリツイート | 2 RT

拙ブログを読んでくださる方々もそう。神仏のような方々である。 blog.goo.ne.jp/tym943/e/62c56…


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/