どんどん書こう ホトトギス 論文もブログも( ̄∇ ̄)
ようやくやる気になった。
スケジュール管理的に論文を書いていくことにした。でないと、惚け防止のために生涯学習を始めた理由が崩壊してしまう。
確かに、論文を書くために、無理な一気書きスタイルをとり続けた。それこそ一気書きを毎日10時間以上やっていたのでは、ジージの私にはどっかで無理があったのだ。興奮状態が毎日10時間以上では、鈍才のワシごときでは耐えられない。高校時代は、できた。数学だけで3時間くらいやった。それだけやらんとついていけないチョーおバカ高校だったから。
昨年の11月に入院してからおおいに反省していた。しかし、治療しながら材料集めだけはやっていた。それに、博士論文の下書きを書いていたから、まだ世に問うていない部分がある。鬼来迎と日本中世文学の部分である。これも大部になっている。修士論文に匹敵する枚数になっている。この部分だけでも。内容と質はともかくとして、である。わははっはは。
この鬼来迎と日本中世文学というのは、郷土史の研究誌に提出するわけにはいかない。なぜなら、もう三年連続で掲載させていただいたからである。幸運にもである。それこそワシごときが、よくまぁ掲載していただいたもんである。ありがたくてナミダが出るよん。
で、仕方がないので、学部生のときの母校の学会二つに入れていただいた。そこに提出して、査読者との丁々発止を楽しむつもりである。
この査読者とのやりとり程楽しいものはない。あくまで、査読者はこっちのアラを探してくださっているのだから、器を知るのにもちょうどいい。オノレと査読者両方のである(^0^)。
マジに、査読者にハラを立てていてもナラン。オノレのバカを教えてくださっているのだから。感謝すべきである。
なぜ、そんなことを思うようになったか。
それは、挫折の連続であったからである。あ、過去形で言ったら笑われるな。今もそうだから。挫折マンだよん。挫折ジージ。だから教育にはうってつけなんだよと思う。挫折した人間を救済するって大事なことですからねぇ~。
なぜなら、世の中はエリートばかりではないからだ。
ワシのような負け続きの人生を送ってばかりいるのもいるからである。
さて、論文書きについて、ふと思いついたことがある。だから、以下にメモしておく。
それは、「100冊本を読む時間があったら論文を100本読んだ方がいい」ということである。
それは、何かインプットしたら、アウトプットすることを目的として、アウトプットを予定して、インプットは行うことということを思いついたからである。
メモでも日記でもブログでもレジュメでもレポートでも論文でも、吐き出すことだということである。二日酔いになってゲロを吐き出すことはおおいにやってきたが、もう呑めない。呑めないから、ともかく吐き出すことであるとしみじみ思うからである。
なんとか本の内容をレジュメにまとめ、やっとこすっとこ書き上げた論文モドキを投稿して無理解極まる査読者とやり取りすること。それをむしろ楽しむことであるということだ。
でないと、アタマの中に何も残っていないことに気がついてしまう。覚えていない、あるいは本の名前すら忘れてしまうことになる。ジージになってそれが顕著になっている。ノートをとっても片っ端から忘れてしまう。不愉快極まりない。こんなに阿呆だったかと思ってしまう。もっともずいぶん昔から阿呆だったが。
アウトプットは、インプットと同じ水準のものがいい。つまり出来不出来は別問題として、論文を読むなら、論文を書くつもりで読むことということである。そうなると内容を理解するというだけでは済まなくなる。以下のようなことをチェックすることである。オノレに言い聞かせているんだが。
・構成は?
・どんな決まり文句や、つなぎの言葉が使われているか?
・論旨を支えているものは何か?
・データの作成方法は?
・どれくらいの時間とリソースが必要なのか?
・参考文献から、どんな一節が引用されているのか?
つまり書き手の立場からもう一回見直すということである。オノレが書くのならどうやるかという観点から見直すのである。論文のreverse engineeringだ。バラバラに分解して、分解・解析の結果は、自分がすぐにでも利用可能なようにストックしておくことである。論文を読みこなすことを主眼にしていきたいと思っているし、今までもそれでやってきた。
くらだない自己啓発書や宗教書のたぐい、またまた教養書なんか読んでいるよりずっといい。
こんな程度のジージでも、選択する権利はあるっていうもんじゃ。
今度は、教育関係で論文にチャレンジする。退職してからは、二度目である。最初は、道徳教育の論文であった。今度は、スクールリーダーのことを書いている。
非常勤でバイトをさせていただいている某大学(退学した大学ではない)からの業務命令をいただいたからだ。締め切りがあるとなかなか楽しい。
どうもそういう性格らしい。
私は。
今度は論文を書きすぎて失敗しないように論文書きは定量制にする。時間をきっちり決めて、一日2時間までとする。しかし、それは毎日やる。
一気書きだけはやっちゃいけない。
またまたエコノミークラス症候群になってしまうからだ。
今度なったら、確実にあっちの霊界にいってしまう。
それはいくらなんでも嫌じゃ。
まだまだこの世に未練があるからである。
美女もまだまだ見てみたいし。
おバカキャラのミニスカオネーチャンではなくて。
ほら、京都あたりにおられるっしょ?
和服の似合いそうな、素敵な美女。
なぜなら、カナダ・アメリカに行って、かの国のじょせーたちのあまりの巨大さにぶったまげてきたからで。マジに。やせこけたジージのアタシの三倍はありそうな、腕や足の太さに怖れおののいて帰国したからでありまするよん。( ̄∇ ̄)
それではご機嫌よう。
また会いましょう!