東庄町 左右大神 式年神幸祭2015
奥様と共に歩む。お互いをいたわりながら。だって、配偶者の方が先に逝ってしまったら、テオクレである。声をかけても写真ではどうしようもないから・・・
昨日は友人の奥様の通夜、そして今日が葬儀。かなり年長なので友人と言ったら叱られるかもしれないが、知人というにはあまりにもお世話になった大恩人の方である。だから友人とさせていただいた。それに、若い二十代のころ、ハラを空かしていた私をご自宅に誘っていただいて奥様の手料理もいただいたっけ。ついでに美味しいお酒も。
感謝である。
火葬の段階からおつきあいさせていただいた。生老病死とはいうけれども、まったく人間の一生ははかない。一瞬のまばたきのようなものである。一瞬である。一瞬。
真言宗の通夜も最初から最後まで参加させていただいた。初めて聞くお経が多く、内容はなにかという関心を持ちつつ、お聞きしていた。
それでも、亡くなった奥様の遺影を見ていたら、私の目から熱いものが落ちた。独特の読経のリズムと、厳かな雰囲気が私をそういう心境に誘ったに違いない。
それにつけても、二十代の一番始めにこの方々と出会ったからこそ今の私がある。故郷山形から出てきて、最初にご縁があったのが、U中学校という学校であった。その学校に初任の国語教師として赴任したのである。まったく見ず知らずの土地であった。なんにもわからない土地で初めての教職をスタートさせたのである。ご縁であった。住むところもないから、なんと宿直室に寝泊まりしてのスタートであった。今では嗤い話になっているくらいのcomedyみたいな話である。
そこで待っていてくださったのが、今でもおつきあいいただいている四人衆である。赴任最初の夜に、中学校の宿直室で歓迎会を開いていただいたっけ。今ではとても考えられないことだが。一番年長が現在86歳、次が85歳・・・・と続く。以来、ずっとおつきあいいただいているのである。途中、中学校から採用試験を受け直して高校に行ってしまった途中採用組の私であったが、それでも見捨てずおつきあいいただいたのだ。よそ者で、地元の有力進学校を出ているわけでもないのに、教師として通用するようにと仕込んでいただいたのである。こんなにありがたいことはなかった。
だから義理で仕方無しのおつきあいではないのである。あるいは親分子分という関係でもない。まったくない。そもそもそういう損得勘定だけでつきあっている方々というのは、お偉いさんが退職したらそれっきりである。義理でつきあっているだけであるからだ。
そういうのは反吐が出るほど嫌いなのである。
もっとも義理で葬儀とか通夜に出ることは、現役時代にはいくらでもあった。それはそれで仕方がない。義理もまた重要な社会を生きる方法であろうから。
しかし、今の私には義理の世界は存在しない。葬儀とか通夜は、行かねばならないと思う方だけにしている。義理のおつきあいなんて、さみしいものであろうから。本当に感謝できる方としかおつきあいしないからである。
年賀状もそう。
非常に特徴のある年賀状になっている。私の場合は。義理で出しているわけではないからである。近況報告も兼ねているからである。メールで代替のできるような定型文で書かれている(プリントされている)年賀状が多い中で、そんなんだったら出さない方がいいと思っているから、おもしろおかしく書かせていただいている。海外旅行も年に二回行っているから、その報告が多いけれども。
まさか、病気をしたとは年賀状には書けないから、それは報告しなかった。だって、年の初めから私の病状報告を聞いても、詮方なしである。不吉である。だからそんなことは書かない。元気で生きてまっせ!というのが一番である。
いいんだ、いいんだ。カラ元気でもいいのだ。元気で年金生活を満喫しているっていう文章が一番いい。
しかし、来年の年賀状は「現役の大学生として自由を満喫しております・・・」とは書けない。あたりまえである。退学してしまったからである。
ま、他のことを書くけどね。カナダとかアメリカとか、西部劇の舞台を経巡ったから、それも書けるか。台湾にも行ったな、今年の三月には。それも書ける。
元気で楽しんでいるっていう報告が一番いい。
そして、体力が無くなったら、国内のひなびた湯治場で最低一週間は、温泉でのんびりしていればいいのである。
それを実践している先輩とも昨日はお会いした。79歳。奥様と一緒に塩原温泉へ一週間は行かれるのだそうである。奥様はおみ足を悪くされているので、温泉が一番きくのだそうである。年間二回。安価な宿を見つけて。ご自分で運転されるそうだ。まだ子どもたちから、運転はいけないと言われないからやっているとも言われていた。
そういう境涯でもって余生を過ごすつもりである(もうかなり実践しているけど)。
こういう年の取り方もいいものである。
奥様と共に歩む。
お互いをいたわりながら。
だって、配偶者の方が先に逝ってしまったら、テオクレである。声をかけても写真ではどうしようもない。
?
と~ま君の家は、大丈夫である。私の方が先だろうから。マジに。覚悟しているので。
ではこれにて。
これからwalkingですから。
退場します。
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画像の駱駝は、文政四年(1821)、日本に船で運ばれたオスの駱駝です(画面右側に「文政四年船来駱駝 牡」の表記有)当時の人はびっくりしたでしょうね。(「古今要覧稿」より) pic.twitter.com/S8Ecq6SJar
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レバノン北部にある港町アンフェ(Anfeh) pic.twitter.com/LvaLRF2Nfu fb.me/2wNIHqh11
『今日一日、怒らず、恐れず、悲しまず』という心構えを持ち続けること。 そうすれば正真正銘の清らかな心の世界を保つことができる。 それができるかできないか、それによって自分の運命を良くも悪くもする。 つまりは自分の責任だよ。 bit.ly/17Xm6nJ
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一つだけ良かったことがある。それは「山月記」のように、虎にならなかったということである。もっともあれか。それくらいになる人は、優秀だということである。無知蒙昧なる私には、関係のない世界ではある。... goo.gl/v7Brwr
そうですなぁ~この動画のとおりですな。
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生命は死に触れているからこそ豊かなのである。死との触れあいを失った生命は、もはや別の意味での死を生きることになる。宗教というのは、生と死が別々のものではなく、ふたつが一体となって、この世の豊かな現実はつくられている、と教えてきた。~『アースダイバー』
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【青森・鍋条例】平成24年9月に南部町の条例として制定された新しい風習。鍋を一緒に囲むと会話が増えることから家族や友人、仲間との絆を深めるコミュニケーションの手段として毎月22日は鍋を食べるように推奨している。主婦にはおおむね好評。 pic.twitter.com/jPbLFqi1fm
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人間が復讐から救済されること、これこそ、我にとって、最高の希望への橋であり、数々の長い暴風雨の後の一つの虹である。-ツァラトゥストラ-
摠見寺金剛力士立像:応仁の乱が始まった年に仏師・因幡院朝によって造立された。摠見寺は織田信長が安土城内に鈴鹿山の江雲寺を移築して建立し、織田家の菩提寺とした寺院。天正の安土城落城の際火災は免れたが、江戸後期に失火で本堂を消失した。 pic.twitter.com/K1DnNeKYwL
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■「分かち合えば分かち合うほど、神はわしらに分かち合うものを与えてくれる。わしらは他人と分かち合うとき、本当は神と分かち合っているんだ。」【ラコタ族長老ノーブル・レッド・マン】
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山形県の大石田町にある「最上川千本だんご」で売っている「ずんだんだんご」。
山形県の肘折温泉に行くときに、生まれて初めて食べましたよん。
こんな美味しいだんごは、またとない・... goo.gl/a6GdWy
【北海道・寒中みそぎ祭り】<1月13~15日>1831年から続く神事。毎年4名の行修者が佐女川神社に篭り、ふんどし姿で何度も冷水をかぶって鍛錬をする。最終日には極寒の海の中へ入り、4体のご神体を潔めて豊漁豊作を祈願する。 pic.twitter.com/4Jqt1KQYTt
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哲学専攻の博士課程の学生が量子力学で論文を書くとか言い出して、レアジョブの講師がその論文の添削の指導頼まれてクソ困ったみたいな話聞いて「あっ」ってなった
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桃林寺仁王像:桃林寺は沖縄県石垣市に位置する臨済宗妙心寺派寺院。日本最南端の仁王像で知られる。17世紀に琉球を攻略した薩摩藩の検地隊が尚寧王に進言して建立した寺院。また、18世紀には大津波の被害を受けている。 pic.twitter.com/gN16kpuRj0