と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

毎日が旅をしているようなもんだけれども・・・・ボキの場合

2017年01月10日 13時14分28秒 | 老人大学ごっこ2015年から2016年

峠のあった旅は風情が・・・・

 


 

旅が好きである。

それこそ、毎日が日曜日だからヒマである。ヒマであるから、ついふらふらと出かけたくなる。しかし、年金暮らしだからカネがない。カネがなければ、当然行くところは狭められる。致し方ないことである。

それでも圧倒的に日本国内が好きである。行ったことのない場所がいろいろあるから、またまた出かけたくなる。

大型オートバイでの旅を好んだのも、このふらふらと出かけたくなるという病気である。ナビなんてぇものはナカッタし、オートバイにそんなもんを積んで出かけるなんてことは、プライドが許さなかった(^0^)。

このボキが、Gパンをはいてブーツを着用していたのである。手袋もむろん皮である。軍手ではない。

今は、あまりにも便利になってしまって、旅に味わいがない。

漱石だって、京都に何度か行っているが、京都旅行も大旅行だった。なにしろ一昼夜かかってやっと京都に着いたのである。だから、作品が新鮮である。今と違う。新幹線があるから、味も素っ気もない。つまんねぇのだ。要するに。

京都はそれでも、ボキを魅了する。着いたらたちまちである。あああああああああああああ、江戸とは違うと思うのだ。成り上がりモンの江戸と比較にならない。京都には、老舗の魅力があるではないか。

歴史的にも関西は面白い。まだまだ知らないことがたくさんある。なにしろ行ってみないとわからないことがたくさんあるのだ。

それに、房総の地は峠がない。平坦地である。大河に囲まれていて大きな島国にもなっている。北方には利根川があって、千葉市とかの大都会に行くと江戸と接している部分は大河でもって区分されている。標高は沖縄より低い。さらに九十九里浜から先は、アメリカである。あっちの土手には、そういう国があるのだ。

峠も、いまはなかなかない。全部トンネルを掘って、速度の速い電車を通してしまったのだ。これぞ味も素っ気もない。

福島市から米沢市に行く途中に、奥羽本線にそれこそ峠という駅がある。今でもある。スイッチバックで蒸気機関車がえっちらおっちら上って下っていた鉄路である。今でも駅はある。あるが、新幹線は停車しないのじゃ。素通りである。一日に何本か普通電車は止まるようだが、問題は峠駅で売っている「峠の力餅」が喰えないことになっているのじゃ。新幹線だと。

ボキの高校を作ってくださった名君上杉鷹山公も、峠を上り下りしながら参勤交代をされたと聞く。道は違っているのであるが。

そういう歴史的なものを全部捨て去ってしてまって、あまりにも便利な旅だけがはびこっているのじゃ。つまんねぇこと限りなし。

やはり、東京から米沢まで鈍行で10数時間かけて旅した方がいい。今では、東京から九十九里浜まで3時間近くかかるが、これは東京米沢間と一緒なのである。とてもじゃないが、ボキ、九十九里浜が東京と同じ関東にあるとは信じられないのである。なんでこんなに大都会東京が遠いのじゃと思うからだ。

便利にしてくれるんなら、まずは九十九里浜まで新幹線を通してくださいなと懇願してみたいくらいである。

能や歌舞伎を見るにも、東京まで大旅行になるからである。

もっともあれか。ゼニもカミの毛もないジジイでは、相手にされていないか。

わははっははっはははっははははは。

 

Bye-bye!

 

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あちこち痛かったが、やっと取れた・・・・情けない、こんなになっちゃってしまって(^0^)

2017年01月10日 08時25分50秒 | 老人大学ごっこ2015年から2016年

やっと日常の生活にもどれたですなぁ・・・

 

 

ようやく身体の痛みが取れた。一昨日のとうがらしゴボウ作りで、12時間も臼と杵でゴボウをこねていたからである。(*_*) マイッタですな。

こんなになっちゃって・・・・・トホホ。

青年のときは、餅をついても何回でもできたのだ。亡くなったオヤジが餅好きで、実家で何回も餅つきをやっていたからである。その時には必ずボキの出番がある。なんでか。ボキが餅つきの杵担当であるからだ。そうなのである。勉強が苦手なバカ高校生であったから、それに柔道部の部員でもあったし、応援団もやっていたから力しか自慢できるものがなかった。

そういうことである。そういうこと。

情けない。エリートとは程遠い。

わははっはははっはははっはははっはははは。

そんなボキが一丁前に身体の節々が痛いとほざいているのである。情けない。能力もネェのに、腕力もない。こんなんじゃ、アルバイトもそろそろ引き時ですかなぁ。新しいアルバイトなんか見つかるわけもないから、おとなしくやらせていただくしかないか。

カネよりもやりがいである。さらにボキは年金博士と自称しているくらい年金制度には詳しい。年金事務所に褒められたくらいである。マジに。つまり、やることがえげつない。まさに準備万端で定年退職を迎えたのである(^0^)。

だから再雇用をしてこなかったのである。もっとも、再雇用を希望しても採用されなかっただろうがねぇ。顔が悪い、性格が悪い、クチが悪い。そうなったら悲劇である。誰も相手にしてくれない。だから好き勝手に生きていられるのかもしれないんじゃなぁ。

昨日から学事出版に出す原稿書きをしている。合計で3本のオーダーをいただいた。挨拶集である。3本のうち一本は完成した。孫がいなくなったから、はかどる・はかどる。孫がいたら原稿書きどころではなかっただろう。キーボードを悪戯してくれるだろうから。

拙ブログにいろんなことを書いてきたし、仕事人時代は情報公開をしていたから原稿の材料はいくらでもある。だからなんでもスラスラである。

学事出版とは長いおつきあいをいただいてきた。ありがたいものである。

そんなこんなで、孫がいなくなってから時間が過ぎていく。孫達も今日から保育園が始まる。ジイジの家でなにをやってきたのかを報告するんだそうだ。

そういえば、昨日日馬富士に勝ってしまった御嶽海の部屋が、夏巡業で東庄町に夏合宿に来ていたっけ。孫と一緒に二回も見に行ったのだった。そして、保育園の保母さんに報告したのである。「おすもうを見てきたでぇ~す」って。そしたら、保育園の先生方がどうしても信じられなかったそうである。九十九里浜で相撲部屋が、毎年合宿に来ていることがである。

この冬は、ジイジと千葉市動物公園に行ったと報告するのだろうな。ライオンもいた、ゾウさんもいた、ゴリラさんもいたんだよーーーーーんって(^0^)。

 

そんなもんだ。ジイジのやれることなんか。

Bye-bye!

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1月9日(月)のつぶやき

2017年01月10日 05時05分29秒 | 老人大学ごっこ2015年から2016年
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/