学年だより「スタンドアップ!(3)」
今まで自分は逃げてばかりだった。嫌なこと、辛いこと、苦しいことがあるとそこから逃げてばかりいた。そんな自分が嫌いだった。
勝ち負けでもなく、損得でもなく、一度でいいから自分の本気を出し尽くしてみたい。
娘に、そんな姿を見せてみたい。
~ あたしの手を握った唯愛が、ママ頑張ってと囁(ささや)いた。あたしはその場にいた全員の顔を見つめた。
ずっと友達がいなかった。一人きりだった。何にもいいことがない、つまらない人生だと思ってた。
でも、違った。ここにいる人たちはみんな友達で、仲間で、家族だ。
友達ができないのは、人のせいだと思ってた。誰も心を開いてくれないからだって。
そうじゃなかった。あたしが自分の心を閉ざしていたから、友達ができなかったんだ。
みんながあたしを信じてる。そして、あたしもみんなを信じてる。
美闘夕紀はとてつもなく高い山だ。越えることなんて、絶対にできない。だけど、最初から諦めているのと、爪跡だけでも残そうとするのは違う。
何もできないかもしれない。だけど、パンチを一発当てるまで諦めなければ、その先に見える世界は、違った風景になるんじゃないか。
あたしは唯愛、望美ちゃん、会長、そして沖田の顔をもう一度見つめた。信じて、応援してくれる人がいる。ここがあたしのホームだ。
ホームから逃げることはできない。結論はひとつだった。
「やります」
電話するぞ、と会長がスマホの画面にタッチした。10月26日、午後6時、あたしは美闘夕紀とのIBZ世界女子フライ級タイトルへの挑戦を決めた。 (五十嵐貴久『スタンドアップ!』PHP) ~
愛の心のなかに、試合開始のゴングが鳴り響いた瞬間だ。