水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

勉強本

2022年09月21日 | 学年だよりなど
2学年だより「勉強本」




 久しぶりに鈴木光さんの『夢を叶えるための勉強法』を繙(ひもと)き、その素晴らしさを再確認した。
 『東大生に書いた~』的タイトルの「勉強本」が、今たくさん出版されている。
 現役の大学生がこういう形で本を書いて出版することは、昔はなかった。
 そもそも「勉強のやり方」なるものは、公然と語るものではなかったからだ。
 足腰を鍛えるために兎跳びをしたり、練習中に水を飲めなかったりした時代の話だけど。
 運動も、勉強も、精神修養としてとらえられていた。
 好きなスポーツに時間を費やすこと、自分のために勉強すること――。
 これらは、誰もが気軽に取り組める機会を与えられるものではなかったからだろう。
 まして、勉強とは「蛍の光、窓の雪」のもとでするもの、薪を背負いながら学ぶものといった歴史をもつ日本人だから、「効率よく」とか「コスパのいいやり方」学ぶなどと口にしたら、ふざけるなと怒られたのだ。
 もちろん、昔の若者たちも、手っ取り早く勉強を終わらせるにはどうしたらいいかと考えていたにちがいない。しかし、いちおうは「四当五落(四時間睡眠なら合格、五時間寝たら受からないという意味)」と書いたハチマキを巻いてがんばったそぶりをするのが、正しいあり方だった。
 そういう状況に風穴を開けたのが、和田秀樹氏だ(今はお年寄り向けの本で儲けられている)。
 1980年代に出版された『受験は要領』では、「勉強には効率のよいやり方がある、その方法に則れば、才能の有無に関係なく東大にも合格する」とアジテートし、ベストセラーになる。
 とくに「数学は暗記だ」という方法論は、衝撃だった。
 効率よく勉強して難関大学に入り有名企業に就職できれば、そうでない場合とを比べて、生涯賃金が何億円も違う。そう考えると、毎日1時間よけいに勉強することは、時給何千円のアルバイトをしているのと同じだとも述べた。
 「神聖」なはずの勉強が、「ハウツー」の対象になったと世間は捉えた。
 しかし、氏の真意は異なる。たかが受験勉強で、青春の一時期をムダに暗いものにしなくていいと考えていたのだ。
 勉強ができないのはたんに方法論を知らないだけであり、人間的に卑下する必要などまったくないという励ましもこめられていた。




~ 受験勉強の環境を整えるというのは、アイドルのポスターをはがして、参考書をそろえることではない。いままでの生活で自分を縛っていた時間から自由になり、「自分」を最大限に活かす、
“自分だけの時間割”を手に入れることだ。(和田秀樹『新・受験は要領』KKロングセラーズ)~




 やみくもに努力や、精神論で勉強するのではなく、人生の貴重な時間の中での受験を見直してみようという主張がそこにある。
「勉強は自由になるためにするものだ」と

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