水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

成瀬は天下を取りにいく(2)

2023年05月09日 | 学年だよりなど
3学年だより「成瀬は天下を取りにいく(2)」




 子どもの頃から親しんだデパートの閉店までの日々、テレビ中継にあわせてカウントダウンボードの横で毎日映り続ける成瀬あかり。そんな女子中学生に気づく人がいる。
 「毎日西武のユニフォーム着て映ってる中学生?がいる」SNSでつぶやかれる。
 「いつもご苦労さん」とおばあちゃんから声をかけられる。
 付き合ってくれるようになった島崎と成瀬二人の絵を、小さな子が描いて渡してくれる。
 テレビのクルーは最初から微妙に距離をおいたままだが、小さな新聞記事にもなった。




~〈近くに住む中学二年生の成瀬あかりさん(14)は西武ライオンズのユニフォームで西武大津店に通っている。「今年の夏はコロナでやることがなくなったので、お世話になった西武大津店に通うことを思いついた。最後の日まで続けるのが目標」と話した〉~




 8月31日最終日は、「ぐるりんワイド」は全編を西武から中継することになっていた。
 その朝、島崎にもとに「今日は学校を休む」と成瀬が告げにきた。
 彦根に住むおばあちゃんが亡くなったのだという。
 テレビは? と聞くと、だまって首を横にふった。
 島崎は茫然として一日を過ごし、それでも一人で部活を早退して西武に向かった。




~ 病気で入院していた成瀬の祖母は、ぐるりんワイドを見るのを楽しみにしていたそうだ。八月二十八日の放送まで「今日もあかりが映っとる」と喜んでいたが、三十日の深夜に容態が急変し、八月三十一日の朝、息を引き取ったらしい。成瀬の定位置だった閉店へのカウントダウンが祖母の寿命になってしまった。「成瀬はおばあちゃんのために西武に通ってたの?」
「多少は意識したけど、一番の理由ではない。こんな時期でもできる挑戦がしたかったんだ」~




 島崎が一人で立っているところに、成瀬がかけこんできた「まにあった!」
 「大丈夫なの?」
 「お通夜は明日だから、今日もいった方がおばあちゃんが喜ぶと言われた」
 こうして二人は無事閉店を見届けることができた。
 成瀬あかりが「挑戦」とよんだこの行為を、「そんなのが挑戦?」と捉える人もいるだろう。
 もっと有効なことに時間を使った方がいいのではないかと。
 有効な何かとは何だろう? 勉強? 部活? アルバイト? 恋愛?
 西武に通うことと、たとえば部活との間に、本質的な違いはあるだろうか。
 試合に勝ちたいというような目標がない分、より純粋な継続とも言えるのではないか。
 むしろ、人間は(なんか主語大きいけど)意味がないようなことにチャレンジしてきた結果、いまの文化的生活を手に入れたのではないか。
 意味があってもなくてもかまわない、自分でやると決めたことを最後までやりきる力。
 これを「成瀬力」と名付けたい。

コメント
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