水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

成瀬力

2023年05月12日 | 学年だよりなど
3学年だより「成瀬力」




 西武大津店の閉店を見届けた成瀬は、M1挑戦を決意した。
 相方に指名された島崎は「あたし?」と驚くものの、そばで見守っている身としては仕方ないとつきあうことにした。なんでも、テレビでたまたま見た漫才がおもしろかったそうだ。
 「母親がコーンフレークらしきものの名前を忘れる漫才だ」
 「ほなミルクボーイやないか!」と思わずつっこんでしまう島崎。
 ネタ帳をつくり、実際にネタを書いてみようとすると、思いのほか何も出てこない。
 M1のネタが文字おこしされているのをネットでみつけ、それをひたすらなぞって練習してみる。
 文化祭での発表は、少し手応えがあった。テスト前も、「毎日やることが大切だ」と成瀬は言い、毎晩律儀に島崎の部屋をおとずれた。そして本番。
 文化祭とはちがい、審査員しかいない会場で、プロに交じってネタを披露する。




~ 演じているうちに、わたしは成瀬を俯瞰で見ているような気持ちになった。
 今は数えるほどしか人がいないけど、いつか成瀬は大勢の前でステージに立つだろう。
 できることならわたしもそばで見ていたい。
「もうええわ! ありがとうございました!」
 深いお辞儀から顔をあげたわたしは、空席だらけの客席を目に焼き付けさせた。
「なんだか夢みたいだったな」 
 成瀬はそう言ってガリガリ君ソーダ味をかじった。~




 その夜、島崎の部屋で結果を見た。一回戦敗退。
 目標にしていたナイスアマチュア賞も別のコンビだった。
 成瀬は表情もかえずにうなづいていた。
 来年も出るの? とたずねる。




~「初挑戦はこんなものだと思っていたが、やっぱりお笑いの頂点は遠そうだな。一応出るつもりでいるが、来年になったらもっと別のことをやりたくなっているかもしれない。どちらにせよ、これで一生『M1グランプリに出たことがある』と言えるようになったな」(宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』新潮社)~




 やってみないと実感できないことはある。ていうか、すべての経験はそうであろう。
 何かをやっている人は、他の何かをやっている人のことを想像することができる。
 「あんなバカなことやって」とさげすむことはない。
 たとえば「文武両道」。片方だけの方が効率がいいことは間違いない。
 にも関わらず、しばしば、そうとも言えない結果を生む。
 人の能力は、とくにみなさんの年代は、想像もつかないほどの伸び方をするからだ。
 こんなことやったら、もしくは言ったら「バカ」って言われるかなというような迷いは必要ない。
 もちろん他人をどうこう言う必要もない。
 他人はどうあれ、自分でやると決めて、超然とやりきる力、そう「成瀬力」を発揮していこう。

コメント
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