水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

「城の崎にて 」の授業 4

2018年10月27日 | 国語のお勉強(小説)

  四段落(9・10)


⑨  そんなことがあって、またしばらくして、ある夕方、町から小川に沿うて一人だんだん上へ歩いていった。山陰線のトンネルの前で線路を越すと道幅が狭くなって道も急になる、流れも同様に急になって、人家も全く見えなくなった。もう帰ろうと思いながら、あの見える所までというふうに角を一つ一つ先へ先へと歩いていった。物がすべて青白く、空気の肌ざわりも冷え冷えとして、もの静かさがかえってなんとなく自分をそわそわとさせた。大きな桑の木が道端にある。向こうの、道へ差し出した桑の枝で、ある一つの葉だけがヒラヒラヒラヒラ、同じリズムで動いている。風もなく流れのほかはすべて静寂の中にその葉だけがいつまでもヒラヒラヒラヒラとせわしく動くのが見えた。自分は不思議に思った。多少怖い気もした。しかし好奇心もあった。自分は下へ行ってそれをしばらく見上げていた。すると風が吹いてきた。そうしたらその動く葉は動かなくなった。原因は知れた。何かでこういう場合を自分はもっと知っていたと思った。

⑩  だんだんと薄暗くなってきた。いつまで行っても、先の角はあった。もうここらで引き返そうと思った。自分は何気なくわきの流れを見た。向こう側の斜めに水から出ている半畳敷きほどの石に黒い小さいものがいた。いもりだ。まだぬれていて、それはいい色をしていた。頭を下に傾斜から流れへ臨んで、じっとしていた。体から滴れた水が黒く乾いた石へ一寸ほど流れている。自分はそれを何気なく、しゃがんで見ていた。自分は先ほどいもりは嫌いでなくなった。とかげは多少好きだ。やもりは虫の中でも最も嫌いだ。いもりは好きでも嫌いでもない。十年ほど前によく蘆の湖でいもりが宿屋の流し水の出る所に集まっているのを見て、自分がいもりだったらたまらないという気をよく起こした。いもりにもし生まれ変わったら自分はどうするだろう、そんなことを考えた。そのころいもりを見ると〈 それが思い浮かぶ 〉ので、いもりを見ることを嫌った。しかしもうそんなことを考えなくなっていた。自分はいもりを驚かして水へ入れようと思った。不器用に体を振りながら歩く形が思われた。自分はしゃがんだまま、わきの小まりほどの石を取り上げ、それを投げてやった。自分は別にいもりをねらわなかった。ねらってもとても当たらないほど、ねらって投げることの下手な自分はそれが当たることなどは全く考えなかった。石はこツといってから流れに落ちた。石の音と同時にいもりは四寸ほど横へ跳んだように見えた。いもりはしっぽを反らし、高く上げた。自分はどうしたのかしら、と思って見ていた。最初石が当たったとは思わなかった。いもりの反らした尾が自然に静かに下りてきた。するとひじを張ったようにして傾斜に堪えて、前へついていた両の前足の指が内へまくれ込むと、いもりは力なく前へのめってしまった。尾は全く石についた。もう動かない。いもりは死んでしまった。自分はとんだことをしたと思った。虫を殺すことをよくする自分であるが、その気が全くないのに殺してしまったのは自分に妙な嫌な気をさした。もとより自分のしたことではあったがいかにも偶然だった。いもりにとっては全く〈 不意な死 〉であった。〈 自分はしばらくそこにしゃがんでいた 〉。いもりと自分だけになったような心持ちがしていもりの身に自分がなってその心持ちを感じた。かわいそうに思うと同時に、〈 生き物の寂しさ 〉をいっしょに感じた。自分は偶然に死ななかった。いもりは偶然に死んだ。自分は寂しい気持ちになって、ようやく足元の見える道を温泉宿のほうに帰ってきた。遠く町外れの灯が見え出した。死んだ蜂はどうなったか。その後の雨でもう土の下に入ってしまったろう。あのねずみはどうしたろう。海へ流されて、今ごろはその水ぶくれのした体をごみといっしょに海岸へでも打ち上げられていることだろう。そして死ななかった自分は今こうして歩いている。そう思った。自分はそれに対し、感謝しなければ済まぬような気もした。しかし〈 実際喜びの感じはわき上がってはこなかった 〉。生きていることと死んでしまっていることと、それは両極ではなかった。それほどに差はないような気がした。もうかなり暗かった。視覚は遠い灯を感ずるだけだった。足の踏む感覚も視覚を離れて、いかにも不確かだった。ただ頭だけが勝手にはたらく。それがいっそう〈 そういう気分 〉に自分を誘っていった。

⑪  三週間いて、自分はここを去った。それから、もう三年以上になる。自分は脊椎カリエスになるだけは助かった。


 事 風もなく動く葉を見る(理屈を超えたもの)
     ↓
 心 不思議・怖い・好奇心  ☆⑩の伏線

 事 自分の投げた石でいもりを殺してしまう
     ↓
 心 とんだことをした
   妙に嫌な気をさした
   いもりの不意の死を自分のことのように感じた
   生き物の寂しさを感じる
     ↓
 行 しばらくそこにしゃがんでいた

  ※さす ある種の気分・気持ちが生じる。きざしてくる。「眠けがさす「魔がさす」

 心 寂しい気持ち
    ↓
 行 ようやく宿にもどる
    ↓
 心 生への喜びはわかない
   生と死に差がない気分
     ∥
   不確かな身体感覚

Q32 「それが思い浮かぶ」とあるが、「思い浮かぶ」「考え」の具体的内容を本文から抜き出せ。
A32 いもりにもし生まれ変わったら自分はどうするだろう

Q33 「脇の小まりほどの石を取り上げ、それを投げてやった」という「自分」の行動の結果、「いもり」に何が訪れたか。文中の四文字を抜き出して答えよ。
A33 不意の死

Q34 「生き物の寂しさ」とあるが、どういう点が「寂しい」のか。15字以内で述べよ。
A34 生死が偶然に支配されている点。

Q35 「自分はしばらくそこにしゃがんでいた」とあるが、なぜか。60字以内で説明せよ。
A35 いもりの訪れた不意の死を自分の身に起こったことのように感じ、
   生死が偶然に支配される生き物の寂しさをしみじみと感じたから。

「実際喜びの感じはわき上がってこなかった」について、
Q36 何に対しての「喜び」か。10字程度で記せ。
A36 自分が死ななかったこと

Q37 なぜ「わき上がってこな」いのか。25字以内で記せ。
A37 生と死にそれほど差がないように感じているから。

Q38  「そういう気分」とはどういう気分か。25字以内で記せ。
A38  生と死を差がないもののようにとらえてしまう気分。


Q39 「脊椎カリエスになるだけは助かった」のあとに「しかし」と接続詞をいれ、続く一文を想定してみよ。
A39 しかし、死と生とを同じように考える気持ちは変わらないままである。


        出来事 → 心境

一 一人静かに養生する → 静かないい気持ち

二 死んだ蜂を見る → 死の静かさに親しみを感じる

三 死ぬ直前のねずみを見る → 死の動騒に嫌な気分になる

四 いもりを偶然殺してしまう → 死の偶然性に生き物の寂しさを感じる

コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (20年前の教え子)
2018-10-30 18:06:26
先生の授業を思い出しました。
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Unknown (水持)
2018-11-01 08:23:12
思い出してくれてありがとう!
残り時間減ってきた(笑)
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