水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

「城の崎にて」の授業 3

2018年10月26日 | 国語のお勉強(小説)

  三段落(8)

8  蜂の死骸が流され、自分の眼界から消えて間もないときだった。ある午前、自分は円山川、それからそれの流れ出る日本海などの見える東山公園へ行くつもりで宿を出た。「一の湯」の前から小川は往来の真ん中を緩やかに流れ、円山川へ入る。ある所まで来ると橋だの岸だのに人が立って何か〈 川の中の物 〉を見ながら騒いでいた。それは大きなねずみを川へ投げ込んだのを見ているのだ。ねずみは一生懸命に泳いで逃げようとする。ねずみには首の所に七寸ばかりの魚ぐしが刺し通してあった。頭の上に三寸ほど、のどの下に三寸ほどそれが出ている。ねずみは石垣へはい上がろうとする。子供が二、三人、四十ぐらいの車夫が一人、それへ石を投げる。なかなか当たらない。カチッカチッと石垣に当たって跳ね返った。見物人は大声で笑った。ねずみは石垣の間にようやく前足をかけた。しかし入ろうとすると魚ぐしがすぐにつかえた。そしてまた水へ落ちる。ねずみはどうかして助かろうとしている。顔の表情は人間にわからなかったが〈 動作の表情に、それが一生懸命であることがよくわかった 〉。ねずみはどこかへ逃げ込むことができれば助かると思っているように、長いくしを刺されたまま、また川の真ん中のほうへ泳ぎ出た。子供や車夫はますますおもしろがって石を投げた。わきの洗い場の前で餌をあさっていた二、三羽のあひるが石が飛んでくるのでびっくりし、首を伸ばしてきょろきょろとした。スポッ、スポッと石が水へ投げ込まれた。あひるは頓狂な顔をして首を伸ばしたまま、鳴きながら、せわしく足を動かして上流のほうへ泳いでいった。自分はねずみの最期を見る気がしなかった。ねずみが殺されまいと、死ぬに決まった運命を担いながら、全力を尽くして逃げ回っている様子が妙に頭についた。自分は寂しい嫌な気持ちになった。〈 あれが本当なのだと思った 〉。自分が願っている静かさの前に、ああいう苦しみのあることは恐ろしいことだ。死後の静寂に親しみを持つにしろ、死に到達するまでのああいう動騒は恐ろしいと思った。自殺を知らない動物はいよいよ死に切るまでは〈 あの努力 〉を続けなければならない。今自分にあのねずみのようなことが起こったら自分はどうするだろう。自分はやはりねずみと同じような努力をしはしまいか。自分は自分のけがの場合、〈 それに近い自分 〉になったことを思わないではいられなかった。自分はできるだけのことをしようとした。自分は自身で病院を決めた。それへ行く方法を指定した。もし医者が留守で、行ってすぐに手術の用意ができないと困ると思って電話を先にかけてもらうことなどを頼んだ。半分意識を失った状態で、いちばん大切なことだけによく頭のはたらいたことは自分でも後から不思議に思ったくらいである。しかもこの傷が致命的なものかどうかは自分の問題だった。しかし、致命的のものかどうかを問題としながら、ほとんど死の恐怖に襲われなかったのも自分では不思議であった。「フェータルなものか、どうか?  医者はなんと言っていた?」こうそばにいた友にきいた。「フェータルな傷じゃないそうだ。」こう言われた。こう言われると自分はしかし急に元気づいた。興奮から自分は非常に快活になった。フェータルなものだともし聞いたら自分はどうだったろう。〈 その自分 〉はちょっと想像できない。自分は弱ったろう。しかしふだん考えているほど、死の恐怖に自分は襲われなかったろうという気がする。そして〈 そう 〉言われてもなお、自分は助かろうと思い、何かしら努力をしたろうという気がする。〈 それ 〉はねずみの場合と、そう変わらないものだったに相違ない。で、また〈 それ 〉が今来たらどうかと思ってみて、なおかつ、あまり変わらない自分であろうと思うと「あるがまま」で、気分で願うところが、そう実際にすぐは影響はしないものに相違ない、しかも〈 両方 〉が本当で、影響した場合は、それでよく、しない場合でも、それでいいのだと思った。それはしかたのないことだ。


Q22 「川の中の物」とは何か。15字以内で記せ。
A22 川に投げ込まれた大きなねずみ。

Q23 「動作の表情に、それが一生懸命であることがよくわかった」とはどういうことか。次の文の空欄に本文中の語を補って答えよ。
    ねずみの(  )には、(  )という(  )な気持ちがよく表れていた、ということ。
A23 動作・どうかして助かろう・一生懸命。

Q24 「あの努力」とはどういう「努力」か。40字以内で説明せよ。
A24 死ぬと決まった運命を担いながらも、全力を尽くしてその死から逃げ回る努力。

Q25 「あれが本当なのだと思った」とは、どういうことか。60字以内で説明せよ。
A25 生き物は、死ぬと決まった運命を担いながらも、
    全力を尽くしてその死から逃げようとするのが現実の姿であると
    気づいたということ。

Q26 「それに近い自分」とはどのような自分か。20字以内で記せ。
A26 ねずみと同じような努力をする「自分」。

Q27 「両方」とは何と何か、説明せよ。本文の語を用いて、30字以内で説明せよ。
A27 気分で願うところが、実際に影響する場合と、影響しない場合。

Q28 それぞれの指示内容を説明せよ。
A28 その自分  … フェータルだと言われた自分
     そう … 自分のけががフェータルなものだということ
     それ … 死ぬとわかっていても、死なない努力をすること
     それ … フェータル(致命的)な大けがをすること

Q29 「あるがまま」の反対語は何か。
A29 努力

Q30 「『あるがまま』で、気分で願うところが、そう実際にすぐは影響はしない」とはどういうことか。70字以内で説明せよ。
A30 内心は死に対する親しみをもち、静かに死を受け入れたいと思っていていても、
   実際に死に直面した場合には、反対の行動をとるかもしれないということ。


Q31 「両方」とは何と何か。
A31 気分で願うところが影響し落ち着いて死を受け入れる場合と、
   影響せずに全力を尽くして死なない努力をすること。


事 殺されかけ逃げ回るねずみを見る
       ↓
心 寂しい嫌な気持ち
  あれが本当なのだ

  川に投げ込まれたねずみ
    ↓
  どうかして助かろうと努力する
    ∥
  大けがをした時の自分
    ↓
  できるだけのことをしようと努力する
    ↑
    ↓
 (今)「あるがまま」気分で願う

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