水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

「羅生門」の授業(8) 第3場面 象徴

2015年06月29日 | 国語のお勉強(小説)

 

28「なるほどな、死人の髪の毛を抜くということは、なんぼう悪いことかもしれぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、みな、そのくらいなことを、されてもいい人間ばかりだぞよ。現に、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸ばかりずつに切って干したのを、干し魚だと言うて、太刀帯の陣へ売りに往んだわ。疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいたことであろ。それもよ、この女の売る干し魚は、味がよいと言うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料に買っていたそうな。わしは、この女のしたことが悪いとは思うていぬ。せねば、飢え死にをするのじゃて、しかたがなくしたことであろ。されば、今また、わしのしていたことも悪いこととは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、飢え死にをするじゃて、しかたがなくすることじゃわいの。じゃて、そのしかたがないことを、よく知っていたこの女は、おおかたわしのすることも大目に見てくれるであろ。」
29 老婆は、だいたいこんな意味のことを言った。
30 下人は、太刀を鞘に収めて、その太刀の柄を左の手で押さえながら、冷然として、この話を聞いていた。もちろん、右の手では、赤くほおにうみを持った大きなにきびを気にしながら、聞いているのである。しかし、これを聞いているうちに、下人の心には、ある勇気が生まれてきた。それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上がって、この老婆を捕らえたときの勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。下人は、飢え死にをするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。そのときの、この男の心持ちから言えば、飢え死になどということは、ほとんど、考えることさえできないほど、意識の外に追い出されていた。
31 「きっと、そうか。」
32 老婆の話が終わると、下人はあざけるような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手をにきびから離して、老婆の襟髪をつかみながら、かみつくようにこう言った。
33 「では、おれが引はぎをしようと恨むまいな。おれもそうしなければ、飢え死にをする体なのだ。」
34 下人は、すばやく、老婆の着物をはぎ取った。それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。はしごの口までは、わずかに五歩を数えるばかりである。下人は、はぎ取った檜皮色の着物をわきに抱えて、またたく間に急なはしごを夜の底へ駆け下りた。


Q30「わしは、この女のしたことが悪いとは思うていぬ」について
  (a)「この女」とは誰か。(10字程度)
  (b)「この女のしたこと」とは何か。(20字程度)
  (c)「悪いとは思うていぬ」のはなぜか。(30字以内)
A30(a)老婆が髪を抜いていた女
  (b)干した蛇を干し魚と偽って売っていたこと。
  (c)女の行いは自分が飢え死にしないために仕方なくした悪事だから。


事件 老婆の考え方(論理)を知る
     ↓  老婆の論理 … 命を守るためには悪も許される
心情 「ある勇気」がめばえる
     ∥
   門の下で、この男には欠けていた勇気
     ↑
     ↓
   この老婆を捕らえたときの勇気
     ↓
行動 「きっと、そうか」嘲るような声で念を押す
   にきびから手を離す
     ↓
   老婆の着物をはぎ取る

Q31 「老婆を捕らえたときの勇気」とはどんな勇気か。
A31 あらゆる悪に敢然と立ち向かおうとする勇気。

Q32 「反対な方向」とはどういう方向か。
A32 悪を積極的に肯定する方向。

Q33 「不意に右の手をにきびから離して」とあるが、このときの下人の心情を50字以内で説明せよ。
A33 生きるための悪は仕方 ないと言う老婆の話を
   聞き、盗人になる勇気 がめばえ、行動に移る
   決心がついた状態。

Q34 「右の手をにきびから離して」の表現効果について40字以内で説明せよ。
A34 下人が人間的なこだわりを捨て、盗人になって生きる決意をしたことを象徴的に表す。


 「水の東西」で勉強したように、抽象概念を具体物に置き換えて、感覚的に理解させようとする表現を「象徴」といいます。
 「にきび」は何の象徴だったでしょうか。にきびそのものは下人の若さを表し、にきびを気にするという外見を気にする行為は、きわめて人間的な下人の様子を表しました。このままでは飢え死にするという自分が置かれた状況を、本気では理解していないことの象徴とも言えるでしょう。
 小説では、物だけでなく、人間の行動も象徴となります。


 腕組みをした  小さく首をかしげた  胸をはった  口をとがらせた
 ぴたりとそこへ立ち止まった  えい、えいと大声あげて自身をしかりながら走った


 「海街Daiary」に、末っ子のすず(広瀬すず)が、シャワーのあとに縁側に出て、タオルをがばっと広げて扇風機にあたるシーンがあります。
 一瞬でいいから前から撮ってよ! と全国でおよそ二千万人のおっさんが叫んだシーンですが、もちろん単なるサービスカットではありません。
 鎌倉の家に来てすぐ、思い悩んだような顔をしてお風呂に入っていた前半のシーンとセットになっていて、すずがこの新しい家とお姉ちゃんたちとの暮らしに、どれほどなじんだかを一瞬で表す鮮やかなカットです。

 「にきび」から「手を離す」という行動(具体)は、下人がうじうじと悩んでいたことから自由になり、思い切った行動にでる瞬間の心情(抽象)を端的に表しています。

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