折節の移り変わるこそ

季節の移ろいの中に、感じたままを一日一日。

今宵は十五夜

2007年09月25日 23時49分19秒 | 秋分
                        □ 月にむらくも

◇ 今宵は、年間約12回ある満月のうちでも特別な夜。

     夕顔や月影ほのか窓の外

     中秋の名月庭にあらまほし

     水遣りの背にほのかなり月明かり

  薄雲の合間に、まあるい、まあるい、まんまるい月が一つだけ昇ってきました。

     

◇ 十五夜お月さんに照らされて開いた、たった一輪の夕顔も運がいいなあ。
  庭には365日、月明かりがほしいなあ。
  そんな遠慮がちな性格そのものを詠んでみました。
  私はめったに詠みません(詠めません)が、
  もっと素直に、俳句って詠めないものでしょうか?

          


◇ 今日は、仕事がいくら忙しくてもアフター5の「健康教室」
  ビリーのブーキャンの生徒さんみたいなインストラクターに、
  優しくしごいていただきました。
  だから、今日はブーキャンはお休みです。
  教室の終わった午後7時には、もう十五夜お月さまは東の空にありました。

     
 
◇ 昨日の様子ですが、夕顔の花がどのようにして咲くのかがわかりました。
  そよ風です。
  そよ風が吹くと、真っ白な折りたたんだ部分が少しずつほどけて行きます。
  ほどけて行くときに、パシッとかすかに音がしたような気がしました。

     

          

               

◇ じゃあ、風が吹かなかったらどうなるのって?
  風の神様も、息継ぎと息抜きは、三度のご飯よりも必要なんです。
  だから、いくら瀬戸の夕凪でさえ、いずれ必ずまた吹き始めます。
  そうして、夕顔はかすかな風をとらえて、短時間でお化粧「満月」に花開くのです。
  
         

◇ 源氏物語は、「桐壷」を読み始めて、この和歌のところまで来ました(フ~っ)。

    限りとて別るる道の悲しきに いかまほしきは命なりけり

      今を限りと別れて行く死出の旅の悲しさにつけても、
      生きていたいのは命であることです。

      (注) 「いかまほし」の「いか」は「生か」と「行か」の掛詞。
          「行か」は「道」の縁語。
                              (古語辞典・旺文社刊より)


コメント (2)
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