私は、昼に外で中華料理屋に入る時は、
「五目焼そば」か「ワンタンメン」のどちらかにしている。
ラーメンや焼そばは昼食として役不足。
五目焼そばのあの豊富な具は、
胃袋的・栄養学的な満足だけでなく、色彩・形象の豊かさが心理的にも満たしてくれる。
一方、なぜ「ワンタンメン」かといえば、
パスタで一番好きなのが、スパゲッティではなくラザニアであると言えば答えになろうか
(ここで賢明な読者は、昼食であるにもかかわらず、ライスセットが最初から選択外であることに気づかれたことだろう。
もちろん私にとってカロリーオーバーなためである)。
さて、耳鼻科専門病院で診察を受けるため、東京都心・千代田区駿河台に行った。
申込を済ませ、診察は午後からなので、正午前にまずは腹ごしらえ。
いわゆるラーメン屋ではなく、中華料理屋に入った。
店外のメニューで「五目焼そば」があるのを確認済み。
一人客なので、相席となる大きい円卓を指示された。
その際、「五目焼そば」を注文したことはあえて記す必要もあるまい。
昼食時なので、客が次々と入ってくる。
私の右隣に男性の一人客が席につき、ランチセットを注文した。
そして、私の前に大きめの皿に盛られた「五目焼そば」が到着。
五目焼そばに入るべき具は、まずはイカ・エビ・ウズラの卵。
キノコ類もほしいがキクラゲでも可。
緑色野菜(チンゲンサイなど)と白色野菜は言うまでもない。
逆に”あらずもがな”なのがモヤシ。
あれが入ると、一気に安っぽくなる
(私はラーメン・焼そばにおいてもモヤシ不要論者)。
この店の「五目焼そば」は
けっこう大きめの皿に、合格圏内の具がどっさりのっている。
じつにカラフルでリッチな見た目に、食べる前から私は満足気な表情。
その時、私が箸をつける豪勢な皿をちらりと見た右隣の男性の目に、後悔の念が表れたことを私は見逃さなかった。
私が五目焼そばの様々な具と麺をおいしそうに食べ、
そして右の男性のもとに今(執筆時)では内容が記憶にも残らないありきたりなランチセットが届いた頃、
他のテーブル席には座りきれなかった近所の会社員の4人組(男3人・女1人)がわれわれの円卓に相席として座るべく、
私の背後から円卓の左側の席に入り込んできた。
着席するとき、その全員が私の席を上から見下ろす形で通ることになる。
注文をとりに来た店の人に、着席した彼らの1人は
4人を代表してこう注文した。
「五目焼そば4つ。1つは大盛で」
その時、私が食べている五目焼そばには、”勝利”の美味が加わった。
普通、サラリーマンの昼飯は、お得感のあるランチセットに決まっている。
おそらく彼ら4人も、この店に入る時は、
お馴染のランチセットにしようと決めていたはずだ。
ところが、着席する円卓に、
思わず目に入った、今まで見た事のないカラフルで豪華な五目焼そばの姿に、
それまでの決心が吹っ飛んでしまったに違いない。
その4人は、着席するやいなや催眠にかかったように、
一人一人の口から「今日は、五目焼そばにする…」と同じセリフが出たはずだ。
4人全員の選択を我が方に従わせるという、圧倒的勝者の快感を堪能しながら、
私は、彼らが待ち望んでいる五目焼そばの皿を空にし、
悠然と円卓を後にした。
実はそこの五目焼そばは、ちょっと油が多すぎで、満点ではなかったが。