多摩川の第一の支流である秋川(アキガワ)が流れる山峡の町・五日市(イツカイチ)は、
多摩川沿いの青梅とともに、奥多摩の山地と関東平野との境目にできた町であり、
JRの五日市線がそれまで開けた秋留台地を走っていて終点・武蔵五日市に達すると、
「ここが東京都か!?」と疑ってしまう山中の町の風景になる。
五日市の町は、青梅ほどには開けておらず、かといって氷川(青梅線の終点「奥多摩」駅の町)ほど山奥でない、
いわば鄙び具合が丁度よい程度のたたずまい。
そもそも私が山好きになった中学一年の最初の奥多摩行きは、
同級生と12月に行った払沢(ホッサワ)の滝と神戸(カノト)岩であり(いずれも五日市の奥の檜原村)、
最初の登山は翌年3月の雪が残る金毘羅尾根から日出山までの道で、いずれも降り立った駅が五日市だった。
当時は山手線の駅の乗車券売り場で「五日市まで」と言っても(昔は乗車券をこうやって買った)、駅員がその名を知らなかった(駅の正式名称は「武蔵五日市」)。
都心部から五日市に行く人は、少数の山好きか釣好きに限られていたようだ(単線で3両編成)。
その後、中学3年間を通し奥多摩に通い続けて、
大岳山、御前山、浅間尾根など五日市の奥の秋川を取り囲む山々が好きになった。
だから高校も、これらの山々が毎日見渡せる秋留台地にある秋川高校をあえて選んだのである。
場所で選んだのであり、全寮制が理由ではなかった。
すなわち、私にとっての五日市は、高校の思い出の延長にあるのではなく、むしろそれ以前の原因側にあるのだ。
さて秋留台地の高校の跡地を見て、秋川渓谷の瀬音の湯に泊まり、夜に『五日市物語』(2011年公開)をDVDで観た。
五日市を訪れる人には、ぜひこの『五日市物語』の鑑賞をお勧めする。
本質は地元アピールの映画だけに、五日市のあちこちの名所や名物が、本編のストーリーにからめて紹介されている。
映画に出てきた場所には「ロケ地」の看板があり、またロケ地巡りMAPも観光案内所などに置かれている。
その映画によれば、「ウザい」は五日市弁だったという(ついでに「ダサい」は山ひとつ向こうの八王子弁だったと記憶している)。
実際、かなり昔の私が秋留台地の高校生だった頃「ダサい、ウザい」を日常的に使っていた(当時の最先端!)。
翌朝、宿をチェックアウトして、今日は久々の五日市を味わおう。
まず、瀬音の湯から十里木を経由して、五日市の風景の象徴、町を上から見下ろしている戸倉城山(434m)に登った。
ここは地元の国衆の城址だという。
五日市周辺の山には中学~高校の時、すべて足跡を残しており、その時以来の再訪。
標高は低いが急峻な山なので、一汗かいて開けた山頂に達する。
山頂からは五日市の町並みが眼下に一望で、その向こうになんとわが母校のメタセコイアの行列が肉眼で確認できる(写真はズーム撮影)。
廃校跡の誰もいない敷地にあるメタセコイアは、それほどに高く成長してしまったのだ。
西戸倉への城の大手道をくだって檜原街道を五日市に進む。
大型車の往来する道を避けるため、小中野から北に平行する小道を進む。
宅地内の細い道を私の様なよそ者風情が歩いていると、畑にいたおじさんと目が合う。
挨拶をすると、なぜこの道を歩いているか尋ねてきたので、
この道の方が車が来ないので歩きやすいと言い訳すると、納得していた。
こういう何気ない会話が地元の人とできるのも楽しいものだ。
「五日市郷土館」(幸い月曜が休館でない)に立寄り、江戸末期の立派な民家を見学し、
また本館には「五日市憲法草案」の全文が展示してある。
明治憲法の候補としてこの五日市の住民らで作られたもので、
戦後の憲法に先んじて国民の権利が丁寧に主張されているのが特徴。
もちろん、明治憲法には反映されなかったが、五日市民の誇りになっている。
郷土館で民話を集めた本『五日市物語』を買った。
郷土館に隣接する都立五日市高校の正門に向かった。
この高校はわが都立秋川高校と兄弟校(わが校は男子高なので)とされているものの、
実は私が在校時にはまったく交流がなかった。
我が校が廃校になってから、我が校の校旗などを保管してくれているのがここなのだ。
昨年の開校50周年行事には、五日市高校の生徒が地元の太鼓を披露してくれた。
それらの厚意に感謝を示したく、正門前から校舎に向かって頭を下げた。
五日市の鎮守・阿伎留神社に訪れないわけにはいかない。
わが高校は五日市の東の秋留台地にあり、秋川でこの神社とつながっている。
今では、秋留台地の「秋川市」が五日市町と合併して「あきる野市」になっている。
その名の元であり、今では「あきる野」の総鎮守なのだ(写真)。
社は秋川に向かって舌状に伸びた台地上にある。
この台地からも我が校跡の並木が見えた。
かように五日市を堪能して、武蔵五日市駅に到着。
山に囲まれたここから、1時間半も電車にのれば文京区の自宅に帰れる。
次回は映画に出てきた町内の老舗旅館「油屋」にでも泊ってみたい。