書評、その他
Future Watch 書評、その他
お探し物は図書室まで 青山美智子
2021年本屋大賞のノミネート作なので読んでみた。5編の連作短編集だが、それぞれの話の主人公が、たまたま訪れた図書館の司書から勧められた本をキッカケに、抱えている悩みや閉塞感、一歩踏み出す前の逡巡から解き放たれて進み出すというハートウオーミングストーリーだ。別の短編の主人公が違う短編の脇役として登場することもあって、何となく連作という体裁だが、それが取ってつけたような感じなのが少し残念。また、こういう本が書かれた背景として本を巡る様々な厳しい環境が見え隠れするので、少し悲しくなる。(「お探し物は図書室まで」 青山美智子、ポプラ社)
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ロヒンギャ危機 中西嘉宏
ミャンマーのロヒンギャ問題についての解説書。少し前に買っておいた本だが、数日前にミャンマーでクーデターとのニュースがあり、もう一度ミャンマーについて考えるために読むことにした。人道的見地からは、ミャンマー国軍によるロヒンギャへの過酷な弾圧、大規模な難民問題という図式で語られるロヒンギャ問題だが、本書は、その中心地であるミャンマーラカイン州の歴史的経緯を詳細に述べることで、そうした単純化が到底出来ないような複雑さを孕んだ問題だということを教えてくれる。貿易の要衝として他民族共存の地域が、国家という概念の誕生によって変貌していき、さらにイギリスの植民地支配下のインド系ムスリムの大量移住、日本軍統治下の混乱、独立運動時の同床異夢、軍事政権の誕生などに翻弄されていく。ここまで問題がこじれてしまうと、どちらが良い悪いとか正統非正統とかではなく、全く別の論理を持ち出さないと埒があかないようにも思えてくる。また、ロヒンギャの大量難民化の直接の原因となった騒乱が、ロヒンギャによるイスラム国家設立を目的とした武装蜂起、国軍による武装勢力の掃討作戦、さらにその後の地元の非ロヒンギャとロヒンギャとのコミュナル紛争という3つの段階があったことを知ると、さらにこの問題の難しさが浮き彫りになる。ジャーナリズムのこの問題に対する論調は「スーチー批判」色が濃厚だが、実際には非常に冷静かつ適切に対応しているという印象を強く持つし、それが多くの一般的なミャンマー国民の素直な感情なのだろう。そのことは、今回のクーデターという事態を理解する上でも重要な点だ。スーチーさんはやるべきことをやろうとしていて、軍部に危機感を与えたということだ。日本に置き換えて考えると、どこかの地域でISのような勢力がイスラム国家設立のために武装蜂起して警察署などを襲撃する事件が起きたら、日本人は国際世論がどうあれそれをテロだとみなすのかどうか、自衛隊の出動といった事態を支持するのかどうか、そうした問いかけをされている気がした。(「ロヒンギャ危機」 中西嘉宏、中公新書)
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ジョンディクスンカーの最終定理 柄刀一
この著者の本を読むのは2作目。最初に読んだのはちょうど10年くらい前で、詳細は覚えていないが、かなりマニアックな作品だったことは何となく記憶に残っている。本書も、不可能犯罪、密室などをテーマにした古典ミステリーの香り漂うマニアックさが際立つ作品だ。体裁は長編小説だが、中身は「カーが解き明かした怪奇事件の追体験」「カーが解き明かしたとされているがその解答がいまだに謎のままという事件についての推理合戦」「現実の殺人事件」という3つの短編が融合したような感じだ。登場人物は少ないのだが、この3つの事件を巡って記述が100年の時を駆け巡るので、良くも悪くもとにかく息の抜けない緊張感のある読書となった。但し、図表がほとんどないせいか、解き明かされる犯行の手口などをイメージすることができず、本当にそんなことが可能なのかすら思い描けなかったのが残念。(「ジョンディクスンカーの最終定理」 柄刀一、創元推理文庫)
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この本を盗む者は 深緑野分
著者の本はこれで4冊目だが、毎回大きく印象が変わる。本書はこれまでとは趣がガラリと変わって夢ともうつつとも言いがたい不思議な感じのファンタジー小説で、強いて言うなら「不思議の国のアリス」に似た世界が展開されている。こうした一作毎に印象が変わる作家というのは、器用だから色々書けてしまうということなのか、自分の書きたいものを模索中ということなのか、色々なケースがあるだろうが、少なくとも個人的には、著者の緻密な描写力が生きるのは、本作のようなファンタジーではなく、これまでのような史実とリンクしたような作品だと思う。次の作品でどのような世界を見せてくれるのかに注目したい。(「この本を盗む者は」 深緑野分、角川書店)
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