玄冬時代

日常の中で思いつくことを気の向くままに書いてみました。

もう幕引きか

2014-06-30 10:23:07 | 時事

元々、大物を気取った議員と、清潔を売り物の議員の茶番劇だと分かっているけど、兎にも角にも地方議会がどんなことをやっているのか、議員にとって議会は戦場で、だから野次をやって相手を攻撃し、それが真剣な議論だという。そこには男尊女卑があって、典型的なセクハラやパワハラがあって、それらを、マスコミが見当違いの報道をしたとしても、また、弱小政党の政治闘争の道具に利用されたとしても、都民が、国民が、まさにみんなが、見て感じて、そんな議員はいらないと思えば、その事をもって評価をしたい。

今回のテレビ報道では、議員は高い報酬を貰っているとあって、東京都議会は政務調査費を含めて年間2千数百万円だそうだ。確かにその例は都道府県・政令市レベルには通用する。「議会基本条例」で有名になった北海道栗山町の議員報酬は月額196,000円と即座に公式ホームページで調べられる。こういう議会もあるのだ。ネットで自分の住む市の議員報酬がいくらか調べてみるといい。多分簡単には出てこないだろう。また別の機会にでも、こういうことをマスコミでは報道してほしいものだ。

 飯田橋のワンコイン・カレー、ちょっと辛い。

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こんな議員はいらない

2014-06-24 14:48:20 | 時事

「結婚した方が良い」と言うヤジは、政策的な意図など全くなく、ただ若くてきれいな女性議員に対して、投げつけた性的なからかいにほかならない。それを議会と言う公的な場で行った訳である。と言うことは、議員自らが議会を侮辱したことになるのだが、議会と都民に対する真摯な謝罪と然るべき責任の取り方がなかった。不思議なことに、議長から都民への謝罪もなかった。

想像してみよう。会社での重要な会議で、女性社員が発言をしているときに、やにわに、他の男性社員が「君は結婚しろ」、「帰って子供を産め」と言ったらどうなるだろう。多分、その女性に謝罪しただけでは済まない。下手をすれば、左遷されるかもしれない。

ただ、悲しいというか、呆れてしまうことは、彼らの一番大事な議会活動である筈なのに、一部の不心得者たちは、つまらない議員質問を聞くより、女性をからかいたいという欲望を優先させたことである。はっきり言って、そういう輩は都民を代表する議員の資格はないので、辞職した方が良いだろう。そうはいっても、議員にも妻や子供いるので、辞職は可哀想と思ってしまうが、実は根は深いのではないか。議会は、通常の社会より厳しいものでなければならない。この程度の人間のあつまりなら、地方議員なんていらないと思う。人の意見を聞かないばかりか、傲慢で退屈で性悪な議員はもういらない。今回のマスコミの過剰反応は、日本の議会全般への警鐘となるだろう。

 

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大正と昭和

2014-06-20 00:32:28 | 近現代史

何故、銀座でモボ・モガが闊歩した平和そのものの大正ロマンから、昭和になると一転して、三宅坂の石畳に軍靴の音が響く軍事国家になったのか。歴史を見る上でずっと不思議に思っていたことだ。その違いは、日本人の中に旧人類と新人類が同居しているような違和感を覚えたり、あるいは民族が異なるような錯覚さえ感じたものだ。その要因の一つに、大正天皇と昭和天皇の差があるのではないかと考えていた。それは、病弱と健常の差でもあった。病弱の王の時代の臣民は至って自由で活発であり、健常の王の時代の臣民は不自由で従順であることを求められた。あたりまえの話だが、それを腑に落ちないと考えるのか、君主制とは、抑もそういうものなのかと割り切るものなのか。

そうした現象を、「大正天皇の弱さが大正デモクラシーの台頭を促したのに対し、昭和天皇の即位はその終焉をもたらし、祭政一致の宗教的理想を再生させた」とハーバート・ビックスは言う。外人なるが故に、単刀直入である。その強い祭政一致の君主制を、誰が利用したのか、誰が黙認したのか、これを解き明かさないと、本来の歴史認識はできない。また、それをしなければ、現憲法の改正など踏み出すべきではないと思う。

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一瞬のこと

2014-06-13 16:23:15 | 雑感

人の一生は、はたしてこんなものか?

過ぎ去った時間は一瞬のごとく、

何と短く、何も解らず、何も知らず、過ぎていった。 (写真は城ケ崎海岸にて)

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同床異夢

2014-06-04 00:43:03 | 時事

同床異夢の東西の王様がやはり別れた。思えば、二人の共通点は、自己肯定が強く、反面、自分を認めない他者を徹底して馬鹿にする、ということぐらいだから、早期の別離は当然だろう。ただ、二人とも声が大きいので、迷っている群衆の注意をひく存在ではあるが、ただそれだけのこと。

日本という国は島国であるからして、容易に民族的な均質性を持てる。その点から、「国民国家」の基本を充たすが、現在の日本はその歴史の中に空白をかかえている。また国としてのアイデンティティも明確ではない。欧米の国民国家論が必ずしも民主制への前提条件とは思わないが、東の王様が言うように憲法改正を進め、国の根幹を埋め込み、強いアイデンティティを造ろうとするのならば、むしろ現状のままの方が良いと思う。

戦後、日本の歴史認識は天皇制の総括をしないで、象徴天皇制として継続したことから、戦後世代は、どこかぼんやりと蔽われた、あるいは、筋が通らない歪な歴史を与えられてきた。ポツダム宣言を受諾した理由のひとつは、昭和天皇の国体護持の鞏固な信念にあった。国体護持という言葉の意味するところは、つまるところ、《天皇による統治の継続に他ならない。》もう一つは、『昭和天皇独白録』によれば、「このままでは日本民族は滅びてしまう。私は赤子を保護できない」と言ったそうだ。ただし、旧憲法下では、国民は天皇の臣民であった。

昭和天皇が死ぬ時、《まるで偉大な神が死んでいくかのような報道や自粛が行われた。》そうしたことに何の違和感も感じないで、昭和と平成の境目で粛々と行われたことからして、この国の空洞を、今の怪しい政治家たちの主導のもとに簡単に埋めてほしくない。

《引用文献:多木浩二『戦争論』岩波新書》

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