玄冬時代

日常の中で思いつくことを気の向くままに書いてみました。

バイオリンは眼で聴く

2016-02-23 13:45:11 | 音楽

バイオリニストは太っていてはならない。何故なら、腕が細くないとバイオリンと身体の一体感が崩れてしまう。バイオリンという楽器は身体も楽器の一部なのであると、私はそう思っている。そして、願わくば、鎖骨のくぼみがはっきりと見えるほど痩せていることが望ましい。ここまで言うと、おのずから女性バイオリニストの場合しか考えていないことがバレてしまうが。最後に、一番大事なことは、弾いているときの表情である。この表情が一番好きなのは諏訪内晶子だ。まあ、なんとも言えない。ただ、映像を見て聴いてくださいとしか言えない。

若手では庄司紗矢香の音を生み出す苦悶の表情から、それを生み出した後の一瞬の悦楽にも似た表情への変化に魅かれる。最近、南紫音の眉の吊り上げ方や目の閉じ方にも、同じような将来性を感じる。

結局、私はクラシックを音で楽しんでいるのではなく、邪悪にも目で楽しんでいるのである。だから、ヴァイオリンはCDではあまり聞かない。まあ、あさましい人間の身勝手な所業であるが、残りの人生が短いということで、クラシックをほんとうに愛する方々にはお許しを願いたい。人生の晩年を、ビートルズを聞くしかないのか!、と諦めていた者にとって、こうした邪道ではあるが、クラシックとの出会いは、一筋の光明がさしたと感謝している。

 ヴァイオリンバイオリン ヴァイオリン 2

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爆弾週刊誌

2016-02-16 14:57:49 | 時事

最近の『週刊文春』は凄い。まさに爆弾記事ばかりだ。『爆弾文春』とでも、名前を変えたらいかがだろうか。精彩のない四大新聞や、ワイドショー的な民放のニュースに、ほとほと愛想が尽きていた者たちにとっては、内容はどうであれ、強力な情報の発信という点では申し分がない。まさに孤軍奮闘の存在である。

日頃週刊誌を買ったことがないので、薬をもらいに行ったついでに医院の待合室で読むことができました。メリーさん、ジャニーさんの顔も初めて知りました。随分お年をめしているんですね。また、イクメン議員は今回の不倫がたまたま運が悪いというのではなく、常習的にだらしない男のようであるらしい。

仮に、囮捜査のように、餌を泳がせて、食いついたところを写真に撮ったというのなら、その単純さに驚かざるを得ないが。この程度の議員は、自民党という一流企業に転職した感覚で議員をやっているリクルート議員と言いたい。昨年もスキャンダルなその手の議員が何人もいたが、もう国会議員として働けないだろうが、依然として赤い絨毯の上で高い報酬を平然と貪っているのは、誠に見苦しいとしか言いようがない。国会には、そんな程度の議員が恐らく三桁も居るのだろうから、議員定数を半減してもいいのでないかと思う。

「政治は数だ」という論理が永田町ではまかり通っている。その数たるや、イクメン議員も、芸能タレントような議員も、リクルート議員も、同じという数字なのは納得がいかない。肩で風を切って歩く、安倍さんや菅さんは、そういう名もなく、力もなく、努力もしない議員たちの数量に支えられて、憲法でしか民主主義を知らない国民に向かって、「自らの手による憲法を作成しましょう!」という難題を吹きかけている。何と意地の悪い人たちだろうか

何の努力もせずに、戦争に負けたことによってのみ、民主的な憲法を手に入れることができた幸運な戦後日本人にとって、もう一度その戦争の過去に引き戻そうとするような歴史認識を持つ、ただ蒙昧な強権政治家らによる憲法改正の発議が、仮にされたとして、その改正案を国民投票で否定した時に、初めて世界に向けて最も民主的な憲法を自らの力によって我が物にしたと胸を張れるのではないだろうか。そうした難問を国民全体に課されることは、平和を心から愛する日本人にとって、21世紀を生き抜いていくために、当然に必要な試練なのかも知れない。

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羊の宰相

2016-02-09 15:56:09 | 政治

昔々、楚の将軍の宗義は「猛き(たけき)こと虎の如く、很る(もとる)こと羊の如く、貪る(むさぼる)こと狼の如く」と言った。そして「強いしか能のない者は斬ってしまえ!」とも言った。

羊飼いの実感として、羊という動物は性質そのものがねじけて従順ではないらしい。ふと、思い当たった。彼の国の宰相の顔はどこか羊に似ていないか。外側は弱そうに見えるが、内側はなかなかしたたかでよこしまである。国会質疑で、野党議員は「あなたのような人のもとで、憲法は改正したくない」と云えば、「あなた方の党でも改正案を作ればいいじゃないか」と生徒会の規則を作るような軽さで答える。その恍けた顔に「今の憲法より、良い憲法を造るなら、みんな賛成だよ」と言ってやりたい。

羊の宰相はどこかがねじけている。その内面は長州藩の招魂思想に囚われた偏頗な考え方のようだ。昨日は、文化人たちでつくった「九条の会」が、「9条の意義を正面から否定する考えの持ち主」と批判した。他方、その人に職を世話された日銀総裁や委員たちは相変わらず佞人行動を繰り返す。この国の中心から、どこかが狂って来たのかもしれない。史記では、云いたいことを言っていた宗義は、朝早く挨拶に来た項羽に頭から刀を振り落されてその命を終わった。(『史記』項羽本紀より)

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政治家の顔

2016-02-01 23:17:11 | 雑感

今の安倍内閣を厚顔内閣と名付けたい。「私に任命責任があると思います」それでチョンと打ち切り。なんか誠意がない。厚顔無恥である。「安保法制は憲法違反ではありません」とオウムのようにそれしか言わないで、チョン。これは厚顔無知であった。まあ、嘘でも、バカでも、自信を以て明確に言えば、自分は偉いんだから、それで通ると考えている。こういう人は、他者の人格や意見を全然認めない人だね。

日米首脳会談で訪米した時に、安倍首相は「『ハウス・オブ・カード』(簡単に言うと、政治家があらゆる権謀術数を使って、最後は大統領を途中で辞任させ、副大統領から大統領になる物語)は麻生副総理には絶対に見せられない」と冗談を云って周囲を笑わせたというが、このドラマは20回ある。ほんとに彼が見たのか、そんな暇があったのか穿鑿はしないよ。あのドラマは、主役の夫婦(ケビン・スパイシーとロビン・ライト)が終盤に近づくほど益々嫌いになってくる不思議なドラマだった。普通は主役が好きになるのにね。政治家は悪人の最高の職だということに気が付いた。

女優ロビン・ライトの鍛え抜かれた肢体は魅力的だ。腹から太腿までの筋肉がとくに美しいのだが、歩く時は威張って外側に足を蹴飛ばして歩くのが印象的だ。実生活では俳優のショーン・ペンと暮らしたとか別れたとか。そのショーン・ペンは最近脱獄したメキシコの麻薬王の事件で世界的に話題となったが、かつて映画では、『I AM SAM 』(2001年)で7歳の知能程度の父親役をやった。他の役者が懸命に障がい者のものまねをしていたのに、彼は完ぺきに障がい者に成りきっていた。素晴らしい役者魂!彼はマドンナとも結婚していた。

マドンナの映像を見ると、確か彼女は身長164センチと、西欧人としては小柄だが、それを全く感じさせない伸びやかな肢体で踊っている。彼女は年を経るごとに、鍛錬によって肉体を改造していった。一方、ガガは超高いハイヒールで身長を盛って、顔や身体には奇想天外なモノをくっ付けて肉体を造形物にしてしまう。

人は自分を変えたいと思う。本来の自分を自分以上の人間に見せたいと望む。しかし、それで得られた生活、そして、その地位は、はたして長持ちするものなのだろうか。政治家の顔は肉が厚くてほんとの表情が見えない。それは何かを強引に物事を進める時には、一つの無粋な方法になるかもしれないが、決して民衆から愛される人物に成れない。政治家が悪人の最高の職でも、その人柄が民衆に愛されなければ、本当に国民を騙したとは言えない
 

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