モリ・カケ・サクラによって、本来黒衣である官僚の名前が広まったこと、時に政治家であるスガが官僚のようにアベの腹心となって仕えたことが異様でもあり、「官邸官僚」の存在を世間に広めたのではないか。
かれこれ10数年前に、官房長官記者会見で、あのような権力者へのおもねりの記者のおぞましさをネットの画面で見たことが大きな驚きでした。あれからの流れで、今もほぼ同様な会見が政治の随所で行われ、東京都庁でも同じようなことが行われています。
ネットのジャーナリスト(尾形氏や佐藤氏)は若い記者たちの批判力の無さや、能力の無さを問題化していますが、記者個人の能力の問題もあるのでしょうが、それよりも企業としてのメディアの在り方が変わったのではないでしょうか。
いまだに、兵庫県では、「パワハラ、おねだり知事」として報道しているようですが、傍目から見て原因はもっと深く、それを掘り下げたくない地元企業の神戸新聞や大手企業のメディアの姿勢こそ問題にすべきです。
また、鹿児島県警の告発者も地元のメディアを信用せず、遥か離れた北海道のジャーナリストに告発文を送りました。このように報道機関の劣化に問題の本質があるのではないだろうか。
「官邸官僚」は、自民党と財界がマスコミ媒体を公共報道機関からメディア私企業に変質させ、マスコミ操縦を可能にさせ、アベ・スガ・キシダ政権によって試行的に作られた日本型の「閣議決定政治」の道具又は構成物だと、ワタシは考えています。