ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
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週刊文春 「プリンセス雅子妃物語」番外編

2014-10-26 12:00:00 | 皇室報道

 愛子さまの「反抗期」と雅子様の葛藤」  BY友納尚子

 小見出し・・・中等科に進学した愛子様に遅刻が目立つと言われ始めた。

  その心のうちには、皇族としての将来への思いが芽生えつつあるのかも

  しれない。そして見守るマサコさまの心中は・・・

 

 東京・元赤坂の東宮御所の2階にある愛子内親王殿下の10帖ほどの

  部屋は、深夜12時を過ぎても灯りがついたままだった。

   コツコツコツ

   ゴシゴシ

   サッサッサッー 

 聞いてたの?でもここは「カリカリカリ・・」じゃないかい?

 勉強机に向かわれている愛子さまが左手のシャープペンシルで書いた文字を

    決して、カスを右手で払われる。

    そのしぐさはどこか規則的なようでもあった。

 静寂時間のなかでこうした音だけが響いていた。

  ベッドに並べられた動物のぬいぐるみたちが

  愛子様の姿を見守っているかのようだった。 

 こうした深夜にまで及ぶ勉強は、9月に二学期が始まってからも続いていた。

愛子様は帰宅後、学校の宿題をすまされると、夕食後にはその日の授業の復習と

予習に取り掛かられる。毎日が勉強に追われているかのようだった

雅子妃殿下は、愛子様のこうした不規則な生活が、いつか体に障るのではないかと

ご心配されているといわれた。

 ここをわかりやすく小説風に書きますと

カリカリカリ・・・今日もペンが走る音がする。

深夜12時をすぎ、回りは静寂。広い東宮御所の中は人気もなく、灯りも消えている。

しかし、2階のアイコの部屋だけはこうこうと灯りがついていて、

勉強に机に向かう思春期に入りたての娘の顔がガラス窓に映っている。

その表情は険しく、必死で、何かに追い立てられるような感じだった。

宿題・・予習・・・復習・・・まだ足りない。勉強しなくちゃ。

学校から帰って来るなり母や女官達への挨拶もそこそこに部屋に閉じこもり

ただひたすら教科書と問題集に取り組む内親王の姿に、雅子妃は心配をかくせない。

この子は私にそっくりなんだわ。

こんな事をしてたらいつか体を壊す。心も・・・」

という事を言いたかったんだと思います。

 

 別の部屋で耳を澄ませて、時間を気になさりながら、一体何時になったら床につくのだろうと

   浅い眠りを続けていた。

 東宮御所は意外と狭いらしい。まるでアパートに住んでる人のよう。

  そんなに心配なら部屋まで行って「いい加減に寝なさい。明日も早いでしょう」て

  怒ればいいのに。

 巷では、愛子様の偏差値が高いとか、成績はオール5ではないかといわれる。

事実はさだかではないが、勉強がお好きな事は確かなようで、東宮職も関心するほどだった。

塾には通われていないが、家庭教師に授業の総復習と先取り学習まで指導をうけているようだった。

愛子さまが通学する中等科は、共学だった初等科と違い、女子校である。

持ちあがりの内部生と中学受験で入学してきた外部生が混合する為、生徒の顔ぶれも

勉強の難易度も、環境は大きく変わる。

とにかくお勉強は大変です、宿題が多く出されるのです。受験で入ってきた生徒と違って

初等科からの制とは勉強に遅れまいと頑張ろうとするので、二学期ぐらいまでは学校生活との

両立で疲れてしまうお子さんもいるようです

愛子様も初等科では管弦楽部とバスケットバスケットボール部に所属なさっていたのに、

中等科では新しい部活動を始められなかった。

 そんなに勉強が好きならなぜ学校へ行かないのか。学校を馬鹿にしているのか。

  家庭教師に総復習と先取りまでしているというのは、要するに

  「学校なんか行かなくても勉強は出来る。だからテストは常に満点です」と言いたいのでしょう。

 初等科から持ちあがりの生徒はそんな大変な思いをするんですか?初耳です。

  だったら初等科から入れる意味がないじゃない?

  宿題が多く出されるったって、限度があるでしょうし。

  普通の中学生は+塾へ行ってるんだけどな。

 共学が女子校になったからなんだっていうんでしょうね。

 部活もやらずに午後登校・・・それを勉強が大変だからとか、勉強のしすぎである

  と解釈するなんて・・あまりの言い訳に誰も信じないんじゃないかと思われ。

 

 一方で

「雅子妃が愛子様の学校の関わりに追われているようだ」という情報を耳にするようになった。

「学校の関わり」とは具体的に何を指すのか、そこまではわからなかったが、保護者会や行事等が

多いのかと想像した。

 小学生に比べると中学校の保護者会や行事は少ないですよ。

  それをわざわざ朝から晩まで中等科にはりついて授業参観をすることがおかしいのです。

 「学校の関わり」の意味は「どうやって中等科を傘下におさめるか。

  いう事をきかせられるようにするか」に追われていたのだろうと思います。

 高円宮典子女王と千家さんの記者会見をみて。

  雅子妃は若々しいお二人微笑ましく思われたと言われた。

  その隣で愛子さまもとてもお幸せそうねとおっしゃったという。

 友納さん、中学生はそんな事いいません。

   せいぜい「ねえ、結婚式は十二単なの?それともウエディングドレス?」くらいなら

  現実味が。

 愛子様の登校に異変が見えたのは、6月17日の事だった。

桂宮殿下の豊島岡母子での「斂葬の儀」に、皇太子ご夫妻が参列されたこの日、

愛子様は初めて学校を欠席されたのだった。

 まるで斂葬の儀が原因のように見えますけど。

  そういえば、愛子内親王だけ「お通夜」に出られなかったのでしたね。

 友納氏の文章の特徴として、何の関係もない出来事を、大げさに「まさにこの日」的に

  書く癖がありますが、素人っぽいのでやめたほうがよろしいかと。

 欠席の理由について、東宮ご一家に仕える小町東宮大夫は会見で

詳細はうかがっていないが、新しい環境でお疲れが出たのではないかと思う」と述べたのだった。

これ以降、愛子様の遅刻と欠席は、一部報道にあったように頻繁ではないものの

ときにみられるようになっていった。

皇太子ご一家の様子について、公表される情報は多いとはいえず、その実情は見えにくい。

そのせいか、事実を誇張したり、断片をつないで捻じ曲げた報道が出ることになった。

愛子様の「登校拒否」が再発した」などとしながら、あたかもその原因は

愛子様が学校生活に問題をかかえ、

クラスメイトとのコミュニケーションが不足しているからと言わんばかりだったが

よく読めば具体的な情報は何もない。

 事実を捻じ曲げているのは友納さん、あなたでしょうと言いたい。

 しかも自ら学校に学校生活に問題を抱え・・・・と暴露してくれちゃって。

 よく読めば事実は一つ。

  病気でもないのに休む

  試験を欠席

  毎週金曜日は午後2時登校が多い。他の日も遅刻は当たり前。

 宮内庁関係者によれば

「愛子さまは、初等科の頃にはお友達との関係で不登校になったことがありましたが

今では初等科からの仲良しのお友達や中等科から一緒になった

ご友人と楽しい学校生活を過ごされています」

 学習院に通わせている母親。

「愛子様はどちらかというとおとなしいご性格ですから、お友達とはしゃいで接するような

ことはありません。マスコミ側に女の子同士はこういうものだというイメージがあるのでは

ないでしょうか。まるで愛子様に原因があると言わんばかりでお可哀想に思います」

 女の子同士とはこういもの・・・ってどういう意味?そしてこれが不登校と何の関係が?

 まるで愛子様に原因が・・・も暴露風味で面白すぎる。

 

コメント (6)
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週刊文春 「独りぼっちの特別授業」

2014-10-26 11:25:00 | 皇室報道

 もう「昭和天皇実録」に間違い発見ですって?

山百合の花咲く庭にいとし子を車にのせてその母はゆく」昭和天皇の御製。

普通に見れば「ああ皇太子妃と浩宮のこと」って思いますけど、実は違っていたそうです。

担当者が思い込んで書いてしまった」と風岡長官は言ったそうでうですけど

実録って「思い込み」で書くものなんですか?

 週刊文春 美智子さま(80)が憂慮される

          愛子様 独りぼっちの特別授業 

 10月15日、二学期の中間試験の初日。9時半からの「地理」に続き

   「英語B」と「古文」のテストを受ける筈の愛子内親王。

 8時過ぎ、北門には警備が顔をそろえたが内親王は一向にやってこない。

   やがて、試験開始時刻を待たずして警備は全員撤収。

   愛子内親王は中間試験を欠席した。

 東宮関係者

 「この日は、愛子様は朝8時30分には起きていらっしゃいました。

 試験開始時間の9時30分には十分間に合う時間です。

  学校へ持って行くお弁当も用意され、登校の手筈は全て整っていました。

 それにも関わらず、結局、ご欠席になってしまったのです」

 「9月6日から二学期が始まりました。始業式は問題なく朝から登校されたので

  安心していたのですが、学校が始まって一週目に一日欠席

  9月中旬ごろには週に一回程度、午後から登校される状態になっていた。

  同時に生活のリズムも再び再び不規則になり、ほとんど毎日就寝は深夜になっている

  職員は見守るしかないと話しています」

 宮内庁担当記者

 「中間試験を欠席した事は、関係者への取材でわかったが、体調を崩したという

  発表もなく、取材も控えろと言われているのでわかりません

 まず、朝の8時半に起きるってありえないんですけど・・・中学生が。

  普通は6時起床で、7時朝食開始では?

  制服に着替えて髪を整え、バッグに色々詰め込んで

  「きゃあ、髪がっ まとまらない。結いなおし。ちょっと待ってーー」てな

  雰囲気を想像するんですけど

  「8時半には」・・「には」っていつもはどんだけ寝ているのかと思いますし

  8時半に起きて9時半開始に間に合う。

  いくら車通学でも、何だかへんですね。

  ちなみにいつまでも寝ている我が家のジュニアですら、7時20分には起きてた・・・・

 ともあれ、間に合う時間に起きていたにも関わらず、学校は休んだと。

  警備はそれを知らず、待ち続けていたんですね。

 女官や侍従はただ「見守って」いるだけなんですか?

  (さっさと行かないと遅刻するよーーあーやっぱり今日も休みかあ)と心で思って?

  寝てたら布団をひっぺがし「宮様、さっさとお起きなさいませ

 ♪ なんて寝坊なの 怠けてはだめよ 

 ♪ まだ8時半です 

 ♪ 毎日6時きっかりに全て始めるのよ 

 ♪ 内親王の務めは勉強が一番 全て学校に捧げるのよ 

  でしょうがっ(怒)

 毎日世話をしている女官の「しつけ」が問われますわっ。ねえ、奥様?

 

 10月10日の小町東宮大夫の記者会見。

  愛子内親王の通学中の姿を掲載した女性誌に抗議。

 記 者 「こんな状態がいつまで続くのか。一部の記者は事の重大さに気づき始めている

 文春把握。

 9月6日以降 → 遅刻

            欠席

 とりわけ金曜日は遅刻が目立ち。9月26日から3週連続で14時登校(6時限目)

 雅子妃 → 9月下旬から学校がある月曜日から土曜日の朝は、

           普通の時間に起床、

            朝時台に3人そろって朝食をとる。

 学校がない日 → 皇太子・・・朝時から時に朝食。

                      12時に昼食。

                      22時に夕食。

             雅子妃と愛子内親王・・・14時に昼食。

                             23時に夕食に合流。

     職員が下がるのは午前1時。

 ♪ 勉強嫌い授業に出て来ない ♪

  ♪ しつけにも批判的過ぎる ♪

  ♪ 家庭教師を勝手に変えたぞ ♪

 ♪ 毒親め ♪

 なぜに雅子妃は「9月下旬」から平日は起きるようになったのか。

  起きようとすれば起きられるのに起きない理由は?

  「適応障害は朝起きれない」んですって。もう10年も・・・・・

 ♪ いいわけだわっ 

皇太子も学校がない日は8時から9時に朝食って、遅すぎませんか?

夕食が22時というのも遅すぎ。働いているわけじゃあるまいし。

12時から22時まで何をしているんだか?

 休日は雅子妃と愛子内親王は朝食を食べないという事ですね。

  午前中一杯寝て、実質14時に朝食。それから23時まで何をやってるの?

  勉強・・・なわけないし。また寝てるとか?

 皇太子と母子がまるっきり顔を合わせない生活をしているんですね。

  職員の方々、毎日残業?それとも日中はやたら暇で、夜になると急激に忙しくなる

  パターン?

  まるで夜のお仕事みたいに。

  

 皇后がこの事態を憂慮。

  皇后は9月下旬に愛子内親王が本当の意味で「普通の授業」を受けていない

  「特別扱い」になっているとお話になった。

  一人で授業を受けていると。

  これは皇后と内親王の直接の会話でわかったこと。

  (9月21日に東宮家と秋篠宮家が参内しているのでその時か?)

  皇后 「朝は普通の中学生が起床する時間に起きていないことも多く

  きちんと登校できていないようなので、非常に憂慮しているのよ

     「愛子はもう子供ではない。中学に入ったのだから大人です」

 しかし、内親王の教育については東宮の問題との考えで、皇太子に直接

 こうしなさいというような助言はしない。

 10月。 皇后 「セラピーが必要な段階に来ている」とはっきり言った。

          「愛子と話していても愛子にとって適切な対応がとられているようには

          思えない」

 この言葉が真実だという事になると、やはり両陛下は内親王が生まれた時から

  「障碍」を自覚していらっしゃったものと拝察します。

  「セラピーが必要な段階に来ている」という言葉でそれがわかります。

  しかし、本来はそんな段階ではなく、もう手遅れなんですけど。

  両陛下にとって「孫」に対する目は甘くなりがちなのでしょうか。

 本当に孫が可愛いなら「立場」もへったくれもなく、ゾフィ皇太后のように

  赤ちゃんをひっぺがして自分で養育するだろうと

  「精神疾患の母親に育てられている障碍児」なんて・・・一般家庭でも可哀想すぎますもの。

  それを「東宮の問題」と言ってしまったのは、一種の「逃げ」であり、自己保身です。

 愛子内親王は陛下の孫ではあるけど、「皇族」でもあります。

  天皇と皇后が「皇族」である孫を憂慮し、あれこれ口や手をだす事がおかしいなんて

  いう事はありません。

  そりゃあ、雅子妃側は色々な中傷をするでしょうけど、それこそ「孫」の為に耐えるべきでは

  ありませんでしたか?

  そしたら傷だってそんなに深くならなかったのにと思います。

 今現在、「話していても適切な療育を受けているとは思えない」のなら

 まず息子である皇太子を呼び出し、厳しく叱責しすぐに対応せよと言えばすむこと。

 それが出来ない所に、皇后の「冷たさ」が垣間見えるのです。

 皇后は、子供のメンタルヘルスを専門にする医師と交流している。

   奥山真紀子氏(国立成育医療研究センター)

 奥山氏は10年前、東宮に参内していた。

  愛子内親王についての相談だった。

  雅子妃の主治医が大野先生に決まる前の話。

 小さい頃、

、内親王はコミュニケーションを取る事が苦手だった。

 学習院関係者

 「初等科に入学される前も、お目にかかった時は意思表示の為に

 首を立てに振るか横に振るかだけでした。「声が出ないのかな?出る?」と

 お尋ねしたのですが。コクンと頷かれるだけで

 奥山氏の知人

 「東宮に参内していたのは古い話。内親王が1歳半から2半ぐらいの間のこと。

 その頃は何度も東宮御所に伺った。

 そのうち、雅子妃のカウンセラーのようになっていって。カウンセリングの中で

 宮内庁はひどいと悩まれていた妃に対して、奥山氏は「御自身も変わって頂かなければ」という

 進言をした。以後、奥山氏にはぷつんと連絡が来なくなった」

 奥山氏を紹介した金澤医務主管に小和田優美子夫人から電怒りの電話。

 「とんでもない。早く次の人を探して欲しい」

 学習院女子中等科では箝口令がしかれる。

 まず、皇后がメンタルヘルスの専門家と交流があったという事に驚き。

  多分、内親王が生まれてすぐに異常に気付いてあれこれ相談していたのかも。

  専門家に頼ろうとするのはいい事だけど、では次にどうしたら・・に行かない所が

  まずいというか。

  もしかして、(フィクションだけど)小説の通り、カミングアウトしてすぐに療育を・・・・と

  言われたから軽井沢への流れだったのかも。

 「自分を変えるべき」というセリフ、カウンセラーはあまり言っちゃいけない言葉のように

  思います。変えられないから悩むんだし。

  宮内庁はひどい・・・・と言い続けたのは、雅子妃としては「自分を肯定して欲しい」の

  あらわれで、そこに「まず自分を変えて」なんて言われたらパニックになって落ち込みます。

  ただ、そこまで言わないとならない程、しつこかったのかなあ

  そうなってくると、もうカウンセリングの問題ではなく「人格障害」だから、どんな言葉も通用しませんね。

 皇太子妃のカウンセリングを断ってしまう小和田優美子氏。

  彼女の病みっぷりもすごいです。

 いやー・・・フィクションがノンフィクションに視えちゃって。自分でも怖いわ。

コメント (5)
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