そもそも皇族がテーマパークに行くことがあるんでしょうか?
かつて、ノリノミヤ様が高校生だったころにお忍びでいらした事はあったようです。
ニュースにもなったはずで、母さんは覚えていますか?
駅の改札の方も知っていたけど知らん顔してお通ししたと。
宮様はお友達と一緒に一般客に紛れて、順番もお守りになってひっそりと
楽しまれたと聞いています。
だけど、今回の東宮家のテーマパーク行きは信じられないほど仰々しいものでした。
「アイコが行きたがっている。皇族だからって行けないのは人権侵害」とまで
妃殿下はおっしゃったとか。
上司は頭をかかえて、あちらの人達と交渉。
最初は「貸し切り」を提案したそうです。
日本一のテーマパークを貸し切り。そんな事が出来るんでしょうか?
中近東の王族などが時折、金に任せて夕方以降に貸切る事はあるそうですけど
さすがに真昼間には無理・・・・との話でした。
でもねずみランドは一日の入場者数が5000人とか1万人で、年中無休が売り。
さらにホテルが出来て、そこに宿泊している人は無条件に入場できるわけで。
理由もなく追い出すわけにもいかず。あちらは「営業妨害になりかねない」として
断ってました。
それで皇宮警察としても「警備上の都合」で真昼に貸し切りは出来ないし、不特定多数の
人達が多いため、今回は見送り・・・という事で報告しました。
すると、東宮大夫の方から
「貸し切りは諦めるから最高のもてなしを要求する」という話が来たのです。
意味がわからず、僕たちは戸惑いました。
こっそり入場したのではばれた時に大騒ぎになるから、最初から
「皇太子一家が来る」と宣伝しておいて、特別扱いで園を回るというものです。
それが決まるや否や、僕たちはすぐに下見に駆り出されました。
当日、一旦休憩するホテルの下見、ランドと併設しているシーの客数の把握に
盲点がないかどうか。
どこからだって狙えるし、何かしようとすれば群衆に紛れてなんでもできる。
それが遊園地というものでしょう?
僕達は綿密に計画を立て、ほぼ徹夜状態で園と交渉を重ね、食事場所や休憩場所の
確保、そしてアトラクションに優先的に乗る事が出来る権利を確保。
一方で、武器や暴力行為をみなされそうなものを全て排除し、死角を無くし
何メートル置きで警察官を配備するとか・・・
あちらは「そもそも夢の国なんですから、制服は困る。目つきが鋭いのも困る。
現実を思わせるものは全て排除したい」との申し入れ。
そうはいってもこちらは東宮ご一家の安全が第一ですし。
国民の遊びを優先するのか、皇族の権利を優先するのかで両者は対立。
僕のような末端の者の耳にまで
「皇族ってやりたい放題でいいですね」
なんて言葉がちらほらと聞こえてきました。
もっともそんな言葉は上には届きませんけどね。
さらに面倒なことに、当日入園するのは東宮ご一家だけでなく、
妃殿下の妹君のご家族、アイコ様のお友達の一家も増えるとなって
僕達は釈然としない思いになりました。
皇族でない人達を最大級の警護で迎えるわけですから。
3月13日はひどく寒くてどんよりとした日でした。
春休み期間中なので学生や小さい子供が沢山いました。
入場制限がかかるか否かというような状態でした。
僕達はシーに隣接しているホテルの警備にあたりました。
制服はダメと言われていましたが、そんな事は言ってはいられません。
ご一家の身に何かあったら困りますから。
ホテルの前にはSPがぞろぞろ。機動隊の車にパトカー数台。
千葉県警の応援を得て、これ以上ないというくらい厚い警備を敷いたのです。
ホテルの宿泊者以外の人間が通る度に
「今日は特別な訓練があるのでご容赦を」と言って追い返し、彼らが
「せっかく来たのに・・・」とぶつぶつ言いながら帰っていく姿をどれくらい見送った事でしょう。
そうです。この日本一のテーマパークは「晴れの日」の象徴。
誰でも気軽にいつでも来られる場所ではないのです。
特に地方の人達にとっては年に一度、あるいは数年に一度のイベントでしょう。
その「晴れの日」にぞろぞろと警察の車がびっしりと並んで、目つきの鋭い警官が
職務質問し、あるいは追い返し・・・僕は胸がつぶれる思いでした。
無論、マスコミも大勢来ていました。
テレビカメラが何台も詰めかけて一斉にシーに入り、あっちからもこっちらからも
撮影に余念がない。
そしてホテルの窓からアイコ様が顔を出されました。
マスコミのカメラが一斉にとそちらを向きました。
宮様はどこまでも無表情で、一人冷静に見えました。
どんな子供でも大喜びする夢の国のおとぎの城の中にいるというのに。
そして11時近くになって初めて東宮家、イケダ家、学友一家が姿を現しました。
最も輝いていたのは妃殿下のお顔です。
白いタートルネックのセーターにピンクのジャケット、パンツスタイルで
頬を紅潮させて嬉しくてしょうがないと言った風情でした。
ひっきりなしに、アイコ様に何か話しかけていらっしゃいましたが、
アイコ様は顔色が悪く無表情のままで、水色のコートに埋もれそうになっていました。
妃殿下の妹さんはにこにこ笑って手を振っていらっしゃいました。
自称「準皇族」としてふるまっていたのだと思います。
お連れのぼっちゃんもそんな雰囲気でした。
学友のご家族はいたたまれない風情でついて来るといった感じです。
さて、テーマパークの主役のねずみがお迎えし、親し気に宮様の方へ手を差し出すと
宮様は急に怯えて殿下の後ろに隠れてしまいました。
両殿下は爆笑して、宮様の手をとり、必死にねずみ君の方へおしやろうとします。
でも宮様はなかなか頑固で隠れたまま。
人気者のねずみ君は予想もしないリアクションに戸惑っているようでした。
ご一家はオープンカーに乗られました。
「皇太子ご一家です」とアナウンスがあり、観客はわあっと声をあげ、一斉に携帯の
カメラで撮影しようとする。当然マスコミも盛り上がり、あっちこっちでレポーターの声が
響きました。
「カメラが負担」
「不特定多数の人から見つめられるのが負担」
とおっしゃっている妃殿下がこの日は誰よりも体調がよさそうで笑顔を絶やさず
嬉しそうに得意げに手を振っていらっしゃいました。
そこまではよかったのですが・・・・それからが本当に大変でした。
なんせ観客がご一家を追いかけて走りだしたのです。
誰がそれらの人達を責められるしょう。
だって大宣伝しているんですから。おっかけをしろと言っているようなものでは
ありませんか。
それを僕たちが制し「走らないで下さい」と言って回る。
誰かが両殿下に近づきそうになったら、さらにそれを手で制し「ダメです」と叫ぶ。
そうやって叫んだり、怒ったりするとすぐに園の管理職から
「強面では困ります」とクレームが来る。
だけど、園内は人が多くてごったがえし状態。
そんな中を皇太子ご一家は悠々と歩いたり立ち止まったり、予想もしない場所へ
移動されるのですからたまったものではありません。
アトラクションは一行が到着した時点で「機械調整中の為中止」の札がかけられ、
御一行は貸し切りでアトラクションを楽しまれる。
一般の観客が1時間も2時間も待っていたのに、突然「中止」になり
いつ再開するかわからない状態になり、怒り出しました。
「何時間待たせてるんだよっ!いい加減にしろ!」
八つ当たりされるキャスト達はひたすら平謝りです。
それはアトラクションに限らず、ワゴンやショップも同じ状態でした。
気まぐれにアイコ様とイケダ家の坊やがショップに入ったとたん、その店の
一般客は追い出され、貸し切り状態になります。
アイコ様は気にいったぬいぐるみやおもちゃをかごにぽんぽん入れていくし
坊やもそれを真似します。妃殿下は楽しそうにそれを見ていらっしゃいますし
殿下はまたビールを片手に目を細めていらっしゃいます。
やっとお昼になったころは、僕たちは頭が痛くなる程疲れてしまいました。
御一行は一旦ホテルに戻り、レストランを貸し切って食事をされます。
実は食事の時間も未定だったので、レストランは通常営業していたのですが
御一行が入る5分前に客を全員追い出してしまいました。
そんなことを知っているのか知らないのか、両殿下もイケダ様御一行も
ただただ「お腹空いたねーー」などとおっしゃってレストランに入っていかれました。
僕達は昼も食べずに次の予定を確認し、警備に走りました。
正直いうと、本来は午前中一杯シーにいる予定ではなかったのです。
少しご覧になって、すぐにランドに移動する予定だったのです。
しかし、思いのほかシーをお気に召した妃殿下が、あっちこっちと歩き回られ
アイコ様はそれに引きずられているような印象でした。
マスコミの連中も、何とか情報を探り出そうと僕達に近寄って来るのですが
僕達ですら先の事はわかりません。
気温はどんどん低くなり、空はますます曇って来ました。
「トゥーンタウン!」
突如、指令が下り、警備担当が走り出しました。
それをおいかけてマスコミも走り出す。
さらに「何事か」というように客たちもそちらを向き、野次馬根性で追いかけていく。
そんな光景を見ながら僕はすっかりうんざりしてしまいました。
実はトゥーンタウンには警備車両しか置かないのですが
それでも観客を整理しようと沢山の警官が叫び声をあげ
「トイレにもいけないっていうの!」という母親の声も響き・・・・
騒然となってしまいました。
御一行は2時間半も昼食を楽しまれ、やがてランドに入り
今度はパレードを楽しまれました。
「押さないで!皇太子ご一家を見ないで下さい!」と警官が怒り
「どこを見ようと勝手じゃないか」と客が騒げば「逮捕しますよ」と脅す。
一方、パレードの間中、付近の道は全部封鎖してしまったので
トイレに行けなかった子供達も多数いたようで、泣き声や怒鳴り声が響き
しょうがないので、芝生の上で用をたした子供たちがキャストに叱られると
いった事態が発生しました。
きっと外国でこんな事が起こったら、一斉にクレームと、下手したらデモに
発展しかねない状態になると思うのですが、日本人は本当に優しいというか
寛大というか、この期に及んでも「マサコさま!アイコ様!」と黄色い声を発し
写真をパシャパシャ撮りまくる若い女性達がいるのです。
「一生に一度あるかないかの幸運」と喜ぶ人達の姿を見て
僕達も笑ったらいいのかどうなのか、わからなくなりました。
本当は午後3時には園を後にしなくてはならなかったのですが、
妃殿下が「ショップに行きたい」とおっしゃったので、あっちこっちの
ショップが貸し切り状態。
シーよりもランドの方が客が多く、ごった返す中、通路を確保する為に
客たちを右に左に寄せたり、「今すぐ出て下さい」と命令したり
大忙しでした。
人気が高く、2時間待ちは当たり前のアトラクションも気まぐれに入り
その時点で「中止」になり、またもや客から大声で怒鳴られるキャスト達。
「しょうがないじゃん。皇族なんだからさ」という若者たち。
でも子連れの家族たちはそうはいきません。
貴重な時間をなるべく有意義に過ごそうとしているのに・・・・・その無念さは
激しく僕達にも伝わっているのですが。
そんな騒然とした中で、両殿下は慌てずに悠々と買い物を楽しまれます。
まるで他の客など眼中にないようでした。
アイコ様は最初から最後まで無表情で、つまらなそうにコンフェを集めていらっしゃり
一体、どなたの為の遊びだったのだろうと考えさせられました。
午後4時過ぎ、漸く満足した御一行は帰途につかれました。
後から「もう二度と来ないで頂きたい」と申し入れがあったらしいと。
噂にすぎませんが、さもありなんと思います。
皇宮警察、そして県警、それらを総動員してお遊びに励んだ東宮ご一家。
「次はシーワールドへ」
という話も来ました。
僕達はすっかり蒼くなってしまったのでした。
母さん、僕は自分の仕事に疑問を覚えています。
最近はよく眠れなくなりました。
誇りを持って仕事に入れなくなりました。
「気にするな。スルーしろ」と同僚には言われます。
「俺たちは所詮公務員だから上の言う通りにやっていれば
何とかなる」と。
その通りなんだと思います。
今、僕は孤独です。
母さん、まだまだ寒い日が続きます。
体には十分気をつけてください。
ではまた。