ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
毎日更新しています。

皇室ウイークリー

2024-12-15 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

天皇家

11月29日・・・天皇陛下 → 国会開会式

              自治体消防75周年記念大会出席

              通常業務

11月30日・・・一家 → 皇嗣両殿下より誕生日とトルコ訪問の挨拶をうける

12月1日・・・天皇陛下 → 旬祭

       愛子内親王 → 誕生日につき諸行事

12月3日・・・天皇陛下 → 通常業務

             勤労奉仕団に会釈

12月4日・・・愛子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 権舎二十日祭の儀

      両陛下 → ベトナム国会議長夫妻と会う

            人事異動者に会う

12月6日・・・天皇陛下 → 通常業務

12月9日・・・両陛下 → 皇后誕生日につき祝賀行事

             仙洞御所への挨拶

             皇嗣夫妻帰国の挨拶をうける

12月10日・・・通常業務

       認証官任命式

       赴任大使に会う

12月12日・・・両陛下 → 厚生労働大臣表彰の障害者自立更生者等及びその配偶者並びに文部科学大臣表彰の冬季デフリンピック競技大会入賞者等に会う

            令和6年度宮内庁永年勤続表彰者に会う

            陵墓監区事務所長に会う

       天皇陛下 → 勤労奉仕団に会釈

12月13日・・・天皇陛下 → 通常業務

 皇嗣家

12月3日~8日・・・両殿下 → トルコ訪問

 

12月4日・・・佳子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 権舎二十日祭の儀

12月6日・・・佳子内親王 → 令和6年度「Juntos!!中南米対日理解促進交流プログラム」ブラジル議員グループ被招へい者引見

12月9日・・・両殿下 → 賢所皇霊殿に謁するの儀

             トルコから帰国につき挨拶

       一家 → 皇后誕生日につき祝賀

12月10日・・・佳子内親王 → 令和6年度「東南アジア青年の船」事業(第48回)参加青年代表等に会う

12月11日・・・両殿下 → 赴任南アフリカ共和国大使に会う

             赴任モルディブ大使夫妻に会う

            外務省国際法局長から進講を受ける

 12月1日は旬祭だったんですけど、愛子内親王は「誕生日のため」お慎みだそうで。何の意味があるのかさっぱり・・・誕生日だから祭祀しなくていいって話ありますか?

 悠仁殿下は学校が終わってから皇居に参内。愛子内親王と一緒に祝賀だったようですが、そこで「大学はどこに?」と聞かれたんじゃないかと思われ。

「東大じゃなくてほっ」だったのかな。

 皇后陛下はどうして、普段着で行動するのかな。

 ベトナム国会議長夫人がアオザイを着ているのにビジネススーツみたいな格好って皇族じゃないでしょ。デフリンピックの人達に会う時も、もう少し華やかで素敵と言われる格好だったらと思うんだけど。

愛子内親王ももろ、服と帽子の色が違い過ぎて、そこらへんにあるものをとりあえず被ってみましたみたいな感じですよね。

 

 オランダのアマリア王女 公式晩さん会に初出席 

オランダ静養の時に、愛子内親王と一緒にいた金髪の可愛い姫が21歳で、公式晩さん会にデビューです。

ティアラは母君ゆかりのもので、ブレスレットはユリアナ元女王ゆかりのもの。ヨーロッパの王室には宝冠が沢山あって、それぞれの王室の中で使いまわししていくのが風習。

でも日本では成年の儀に新しいティアラとアクセサリーをセットで作るのが普通。ヨーロッパの王室は借りる時は国王ないし女王のお許しが必要。

愛子内親王のように降嫁した叔母上のものを自分のもののように扱う事はないのでは。

痩せましたよね。オランダの王室はみんな太ってる印象がありますが。

ご優秀そうで。このブルーのケープドレスは日本人デザイナーのものだそうです。これがまた絶賛されているようで。

佳子様の晩さん会どれす、みたいわ~~~

 

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皇室ウイークリー

2024-12-08 07:00:05 | 皇室ウイークリー

ご日程

皇嗣家

11月29日・・・両殿下 → 国連難民高等弁務官に会う

11月30日・・・殿下 → 誕生日の為参内、挨拶

            誕生日の為仙洞御所訪問

       両殿下 → トルコ訪問の為両陛下に挨拶

12月4日・・・佳子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 権舎二十日祭の儀

              (三笠宮邸・豊島岡墓地)

 天皇家の予定が更新されません。

  皇后誕生日が絡んでいるのかしら?誰が更新を決めるのか。

 新潮と文春は、秋篠宮殿下の「いじめ」発言を歪曲して国民を見捨てたとか誹謗中傷が激しすぎて、呆れるというか。

きちんと文章が読めない人が、文を書いてお金を貰っていると言う事に憤りを感じます。彼らは誰かを傷つけているとかいう意識はないのかもしれません。

ただ、ある一方の信頼を得てお金が入ればそれでいいと思っているのでしょう。今、どんどん左傾化している日本では天皇家の存続そのものが危うくなっており、今上も皇后も笑ってる場合ではないのですがね。

日本国民は幸せ過ぎて、自分達の国がかの国に占領されつつあることに気づいていません。

今、本当にこの時代に生きているまともな人は毎日思い悩み、国の行く末を憂えている。

早い死と言われても、のちのち、国が崩壊するのを見ずに済む事は幸いではないかとも思われて。

私達はこんな日本には住みたくないし、生きていくのも大変。

国賊に支配された国に住んでいい事があるでしょうか?

闘う力があればいい。でも国民は本当に羊のようですからね。

お清めに。Xで広い物。18歳で成年式を迎えた昭和天皇です。

実は16歳ですでに立太子の礼をすませていたおり、成年式は誕生日ではなく、翌月にされた。

その後、すぐ久邇宮良子女王とご結婚。

そしてこちらは週刊誌が撮った悠仁親王。

面差しがよく似ておられます。

秋篠宮殿下は昭和天皇に似ていた記憶はないけど、最近はすごく似てこられて。今上は久邇宮家の血を多大に引いておられるようです。

それにしても、悠仁殿下の大学がどこでもよいですから、早く妃殿下を。

ご近所のおばさんになってしまいますけど、「20歳過ぎたら早いわよ。勉強も大事、研究も大事だけどね、早くお嫁さん迎えないとお姉さまがお嫁に行けないじゃないの。孫の顔見たくないの?」って事です。

 

場違いですけど、これは2024年トゥービングザカラー(国王誕生日)を祝うパレードでシャーロット王女が一点を見つめてにらんでいたというお話。

これはパレードの中に「私達の王ではない」という一派を見つけ、シャーロット王女は兄ジョージ王子に報告。二人でそちらをじっと見つめていたらしいです。

こんな小さな王女ですら気づく事に、秋篠宮家の眞子様も佳子様も気づかない筈はなく、本当に10代の頃から誹謗中傷にさらされ悩んで来たのだと思うと、可愛そうでなりません。

悠仁殿下も、一々あれこれ言われる事にうんざりでしょう。

今は学友ががっちり守ってくれても、大学へ行ったらわかりません。

人間不信になっているのではないかととても心配です。

 

上皇后のように、ばたっと倒れて声を失うまでバッシングを続けるのか、倒れても死んでも悪口を言い続けるのか。いい大人がする事じゃない。

そうでしょ?

 

 

 

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皇室ウイークリー

2024-12-02 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下

11月22日・・・天皇陛下 → 通常業務

11月23日・・・天皇陛下 → 新嘗祭神嘉殿の儀(夕の儀・暁の儀)(神嘉殿)

11月24日・・・天皇陛下 → 新嘗祭神嘉殿の儀(前夜に引き続き暁の儀)

              黒田清子祭主から挨拶を受ける

       愛子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 正寝移柩の儀(三笠宮邸)

               通夜

       両陛下 → 正寝移柩の儀後の拝礼

11月25日・・・天皇陛下 → 賢所奉仕団に会釈

       両陛下 → 霊代安置の儀に先立ち拝礼

       愛子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 霊代安置の儀(三笠宮邸)

11月26日・・・愛子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 斂葬当日柩前祭の儀(三笠宮邸)

故崇仁親王妃百合子喪儀 斂葬の儀 葬場の儀(豊島岡墓地)

故崇仁親王妃百合子喪儀 斂葬の儀 墓所の儀(豊島岡墓地)

       天皇陛下 → 秋の叙勲者と会う

11月27日・・・愛子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 斂葬後一日権舎祭の儀(三笠宮邸)

故崇仁親王妃百合子喪儀 斂葬後一日墓所祭の儀(豊島岡墓地)

       天皇陛下 → 勤労奉仕団に会釈

        両陛下 → 斂葬の儀後の拝礼

 愛子内親王の偉い所は、お母様なら絶対に出そうにない行事まできちんと出ている事で、これで身なりをきちんと整え、場にふさわしい行動が出来ればいいんですけどね。

結局、遅く生まれたこの内親王が母の業を背負って生きる事になってしまいました。金銭的には恵まれた生活でも、決して親身になってくれる人のいない、孤独な人生ですよね。

皇嗣家

11月23日・・・殿下 → 新嘗祭神嘉殿の儀(夕の儀)

            新嘗祭神嘉殿の儀(暁の儀)

11月24日・・・殿下 → 新嘗祭神嘉殿の儀(前夜に引き続き 暁の儀)

      両殿下・佳子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 正寝移柩の儀

      一家 → 故崇仁親王妃百合子 お通夜

11月25日・・・両殿下 → トルコ訪問の為の記者会見

       殿下 → 誕生日記者会見

      両殿下・佳子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 霊代安置の儀

11月26日・・・一家 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 斂葬当日柩前祭の儀

            故崇仁親王妃百合子喪儀 斂葬の儀(葬場の儀)

      両殿下・佳子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 斂葬の儀(墓所の儀)

11月27日・・・佳子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 斂葬後一日権舎祭

       殿下 → 大日本水産会「令和6年度水産功績者表彰式」式典出席

       妃殿下 → 令和6年度第46回母子保健奨励賞受賞者に会う

       両殿下・佳子内親王 → 故崇仁親王妃百合子喪儀 斂葬後一日墓所祭

11月28日・・・両殿下 → トルコ訪問につき、賢所皇霊殿神殿に謁するの儀

 悠仁親王のご立派な姿が目に焼き付きます。

 紀子様がつけているブローチはトルコの布で、ご自分で制作されたもの。

 造花や手芸品を作るのが今の紀子様の癒しになっているのでしょうね。お仲間もいるようですし、サロンは人が多くて華やかでしょう。

きっと薔薇模様のカップに、手作りのクッキーなどがあってそこでお話をしながら一生懸命に作る。ああ羨ましい。

 百合子妃斂葬の儀に参列した皇族。

彬子女王、久子妃、瑤子女王

華子妃。じゃり道ですから車椅子に乗って。無理に杖でリハビリする姿も痛々しい上皇后とは正反対です。

 

結局、最初から最後まで信子妃はいなかったようで、存在を消された感じで胸が痛みます。誰が何を言っても聞かないのだろうと思いますが、ここまで母親というか「妃」をないがしろにする女王はいない。

影でバトルするのはいいけど、国民にそういう姿を見せてはいけないと思います。

 

 

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皇室ウイークリー

2024-11-24 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

天皇家

11月16日・・・両陛下 → 百合子妃弔問

       愛子内親王 → 拝訣

11月18日・・・天皇陛下 → 信任状奉呈式

              勲章受章者に会う

11月19日・・・天皇陛下 → 通常業務

11月20日・・・両陛下 → 第35回高松宮殿下記念世界文化賞受賞者に会う

       天皇陛下 → 離任大使に会う

11月21日・・・天皇陛下 → 勤労奉仕団に会釈

 「穢れ」に触れないと言う意味では、儀式に出る事もそうだけど、そもそも宮邸にいかない事が重要なのではと私は思います。意味がわからずに「儀式にでなきゃいいんでしょ」ってのが平成と令和流っぽいけど、それは違うと思います。

 世界文化賞の接見では、予定を越える1時間以上そこにいたらしく、立ちっぱなしで1時間も立ってた方々に気の毒。しかもまてどくらせど二人は来ないので、みんなそれぞれ勝手に喋り出す。もう、こういうのはやめた方がいいと思います。

「私達はフランス語で話しました」と天皇がマスコミに語ったそうですが、フランス語をどの程度話し、何をどうしたがない今、「だから?」と言われてもしょうがない。語学に変にこだわるのはコンプレックスの裏返しですか?

 週刊誌曰く「佳子さんが愛子の面倒を見てくれてありがたい」と皇后が言ったとされています。何で22歳の社会人の面倒を佳子様がみなくちゃいけないのか、わかりません。佳子様はサリバン先生じゃないし、介護職員でも女官でもない。

カミングアウト?と言われていますが、頑なに認めないでしょうし、かといってこれ以上佳子様を煩わせるなら皇嗣家は毅然としてお断りをと思います。

そもそも皇后陛下は単独で行動出来ない。それはどんなに頑張っても「手順」を覚えられないから。母がそうなら娘もそう。

来年、アメリカに両陛下が行くのではと週刊誌は希望的観測で書いていますが、宮中晩さん会でお酒を飲まされた恨みは怖い。トランプは絶対に呼ばないでしょう。

バロン君の年齢を考えると、佳子様や悠仁殿下ならありえるかも。

 

皇嗣家

11月15日・・・一家 → 崇仁親王妃百合子殿下薨去につき弔問

11月16日・・・一家 → 故崇仁親王妃百合子 拝訣

11月18日・・・両殿下 → トルコ訪問につき進講を受ける

11月19日・・・殿下 → 山階鳥類研究所会議(オンライン)

11月21日・・・妃殿下 → 「第51回 日本賞 教育コンテンツ国際コンクール」授賞式出席

 悠仁殿下は学生にも関わらず、ご立派です。ご自分の運命をおわかりになっているのでしょう。

 

弔問の上皇夫妻

華子妃殿下

またも信子妃殿下が外に追いやられる結果になってしまいました。

どうも、このままいくと、三笠宮邸は彬子女王が、寛仁親王邸は瑤子女王が、職員宿舎は信子妃が使う。3家に分かれて独立した生計を営む事になりそうです。

それは「女性宮家」と同じ事で許されないと思うのですが、宮内庁がしっかりしていれば三笠宮殿下がお亡くなりになった時に、きちんと彬子女王を説得できたはず。

彬子女王は喪主・当主で屋敷を赤坂と京都に持つ、稀に見る富裕な皇族になります。

 

私は百合子妃が愛育会の総裁職を紀子様に受け継がせた時から、正直、信子妃も孫達もあてにしてなかったような気がします。

本来は信子妃に受け継がれる筈の公務が紀子妃に渡った。三笠宮家の総裁職は秋篠宮殿下に受け継がれた。彬子女王でも瑤子女王でもありません。

百合子妃は孫達がひたすら、普通に嫁いでいかれる事を案じておられたと思います。

とはいっても、元は寛仁殿下の横暴さとそれを許した三笠宮夫妻の躾の結果です。

末端とはいえ、皇室の権威を貶めてしまう事は必至。

天皇家といい、三笠宮といい、なぜこんなにも悠仁親王に重荷を負わせるような事をするのか。親族としてありえない。

次世代を担う悠仁親王と佳子様、そして将来の妃殿下が皇室に灯を再びともしてくれることを願っています。

 

 広隆寺の聖徳太子像の話 

私は実は広隆寺が大好きで。

前にも書いたと思いますが、外国人観光客がわんさかいる中で、唯一静寂に包まれたこの寺院は私の大切な思い出の一つです。

でも知らなかったのは、秘仏である聖徳太子像に、天皇が即位の時に着た「黄櫨染の袍」を着せるという風習。

即位の度に天皇着用の黄櫨染の袍を着せていたのです。

それは「次期天皇」になる筈だった聖徳太子へのオマージュというか、思いがあったからでしょう。

現在、着用しているのは平成の衣装ですが、これは上皇が自分のではなく新しく御作りになって着せたもの。

平成6年に着替えがなされたそうです。

しかし、令和6年にもなるのに、このお着換えはなされていない。

なぜか。

上皇への遠慮ではないか・・・・と言う事ですが私はそうは思いません。

今上はこういう事が行われていることを受け継がなかったか、知らん顔したか、側近が意見しなかったか。

元々東宮時代から神仏に対しての信仰が薄く、嵯峨野の神社でも東宮だけ寄進がないのを見ましたし、いつもいつも徳仁親王は寺や神社への奉納が一切ないのです。

それは恐らく皇后の意向というか、別な宗教にハマっている皇后の影響なのかと思われます。

でも、私が今上なら自分だけこれをやらないと、何だか天皇として認められていないような、自ら「私は中継ぎです」と言ってるようなもので、すごく嫌な気になると思うのですが、今上自身はそう思ってないんですね。

日本史に詳しい筈の今上がこの話を知らない筈はないと思うし、そうなら故意にしないんだろうと思うし、二重権威かもとか思うし。

聖徳太子は今上にとって「歴史上の人物」で道長程のインパクトはないのかも。

秋篠宮殿下の即位まで待たないといけませんね。

 

ちなみに雑誌等では秋篠宮は即位を拒否していると言われていますが、チャールズ国王も70代で即位しています。

70代でも80代でも別に構わないと私は思います。

もし、その上で体調に難があれば悠仁殿下を摂政にしたらいいので。

そもそも、近代から譲位の項目もないのに、(だから上皇后なんて変な身位を作った)皇嗣や皇太子のまま天皇にならずに息子に譲った人の身位を考える程宮内庁は頭よくないと思うんです。

それならちゃんと次の世代を引っ張って欲しい。同世代としてそう思います。

 

 

 

 

 

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皇室ウイークリー

2024-11-17 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下

11月8日・・・天皇陛下 → 通常業務

11月9日~10日・・・両陛下 → 大分県訪問

・大分県種苗生産施設視察

・県勢概要ご聴取

・第43回全国豊かな海づくり大会絵画・習字優秀作品を見る

・漁業関係者と懇談

・第43回全国豊かな海づくり大会式典行事出席

・第43回全国豊かな海づくり大会海上歓迎行事出席・放流

11月11日・・・天皇陛下 → 衆議院議長・副議長、参議院議長親任につき挨拶

              奏上

              内閣総理大臣親任・認証官任命式

11月12日・・・天皇陛下 → 令和6年秋の勲章受章者に会う

              通常業務

11月13日・・・天皇陛下 → 信任状奉呈式

              令和6年秋の勲章受章者に会う

              勤労奉仕団に会釈

              認証官任命式

11月14日・・・天皇陛下 → 第215回国会開会式に出席

              令和6年秋の勲章受章者に会う

       両陛下 → コスモス国際賞受賞者に会う

11月15日・・・一家 → 崇仁親王妃百合子殿下薨去につき弔問

       天皇陛下 → 通常業務

 一部の週刊誌曰く「雅子さま歩くだけで息切れ1泊が限界」とありました。

 その歳で?とさすがに私もびっくり。喘息の持病もないのに。煙草の吸い過ぎかしら?それとも運動不足?

 豊かな海作りの方ではエビが泳いでいるのを見て「美味しそう」と天皇が言ったらしい。

  式典は雨の中遅刻。

  さらに帰りには知事に「今度はゆっくり温泉に入りたい」と言ったとか。今まで公私の区別がすでにお出来にならないらしいです。

 百合子妃薨去に伴う弔問時の服装は、ちょっとダメみたいですね。完璧にやりすぎたというか。通夜でもないわけで・・・駆け付けたという気持ちを表すのが筋って事でしょうか?

 

皇嗣家

11月8日・・・両殿下 → 在京トルコ大使主催夕食会出席

11月11日・・・両殿下 → 赴任クウェート大使夫妻に会う

             赴任メキシコ大使に会う

11月14日・・・殿下 → 大日本農会「令和6年度農事功績者表彰式」式典および受章祝賀パーティー出席

 最近、赴任大使に会わない天皇。その分秋篠宮家が担っていますが、そういう時くらい、仙洞御所の公部分を貸して貰う事は出来ないんでしょうかね。

  仙洞御所っていってもプライベートな部分なんですから、公な部分を皇嗣御所のようにする事も今の宮内庁は考えられない程思考停止しているってことかな。

これは豊かな海作り大会で、じっと両陛下を待つ人々です。

この時点で恐らく20分くらい遅刻ですね。

記者がわざわざこんな写真をアップした事に、無言の抗議があるようだとネットでは言われています。

コメント欄を見ました。

確かに7親等・・・そんなに離れていると庶民的には亡くなった事自体、教えないケースが多々あるかと思います。そんなに離れているなら鴨場接待も取りやめる事はなかったのでは?

日程を作り直せばよかったと思います。

皇族というのは宮家が作られた時が「一世」で、二世とか3世とか言います。

秋篠宮家は一世で悠仁殿下は二世です。

でも悠仁親王が天皇になり、複数の男子を得ると、一世宮家が増え、もしかすると二世宮家も出て来るかもしれません。

華族制度がない現在、正直言って、今上から血筋が離れれば離れる程身位は下がります。でも、もし高円宮家に男子が生まれていたら三世孫となり「王」で、今ならいきなり皇位継承権4位になりますよね。

悠仁親王が天皇になると、その三世孫に男子がいれば存続し皇位継承権も持ちますがし、天皇に子がなければ天皇になる可能性も出てきます。

いわゆる傍系宮家でも、もっとも可能性があったのが三笠宮家だったのです。

 

昭和の頃は、東宮家に2人、三笠宮家に3人の親王がいたので将来は安心と思われた時もあったでしょう。

しかし、秩父、高松、常陸と子に恵まれなかった宮家もあった為、この頃から「将来の皇位継承をどうするか」は色々考えられてきたと思います。

思いますが、正直、東宮家に男子が生まれない事態までは想像していなかった?

秋篠宮家に産児制限をかけられることは想像してなかった?

全てが後手後手に回ってしまったために、今の状態があります。

なぜ、今「猶子」案が通らないのか、考えないのか私はわかりません。

「猶子」というのは、「子とみなす」という意味で、養子よりは扱いが軽いし、生活を無理に変える必要もありません。

秋篠宮家に何人か「猶子」を取り、その中から宮家の二世を担う男子を選べばいいと言う事です。

佳子内親王のお相手としても何人かピックアップして、宮家創設を考える。恋愛とか好き嫌いではなく、「結婚」はもはや内親王の「義務」としてとらえる必要があります。

(話がそれますけど、最近の少女漫画も、華流も韓流もいわば本人の気持ちを無視した結婚と結婚後に愛が芽生えるという流れが強いです。結婚してから好きになればいいという考えが若い人にも多くなっているのです)

さて、百合子妃の薨去により、信子妃、彬子女王、瑤子女王がどうなるか。

確かに信子妃は「寛仁親王妃」ですけど、彬子女王も瑤子女王も同じでしょ?

三笠宮家に吸収されたという事は、今まで以上のお金は上げないよと言う事。

そして「喪主」ですけど、姑の死によって「嫁」が喪主になる事もあるんじゃないでしょうか?確かに相続権はないかもしれないけど、信子妃は寛仁親王の財産を引き継いではいない。妻としての権利をはく奪されたようなものです。

 

今思うと、寛仁親王が16歳だった信子様を指名して結婚を申し込んだ事自体が、令和では考えられない、純粋な愛というよりは「何も知らない幼な妻を利用して外戚から資金を得る為の結」と言っても間違っていなかったような?

寛仁親王は娘達にもそういう後ろ盾のある結婚を期待していたのではないかと。

結婚当初はとても仲睦まじく、「徹子の部屋」などにも出演し殿下の為に一生懸命尽くされる妃殿下の姿が印象的です。

しかし、男子を得られなかった事と、殿下のがん、アルコール依存が全てを破壊してしまったのかもしれません。

恨み言が増えるっていうか、それを配偶者のせいにして延々と説教に近い事をやるなんて事もあるんですよ。

「お前のせいだ」「お前なんかと結婚したから」そして娘達には「母上のようになるなよ」「お前達は皇族で母は平民なんだから。麻生家がなんだ。何でお前の兄は俺を見下してるんだ」なんて、どんどん妻の実家の悪口になっていく・・・・(想像ですけど、多少経験あり)

寛仁親王にとって麻生太郎さんは、目の上のたんこぶだったかもね。

 

だからってすっかり洗脳された挙句に、母をないがしろにしていいわけないし、嫁をないがしろにしていいわけない。

はっきり言いますが、これは眞子様問題とは別です。一緒にしないで下さいね。

 

親子3人、嫌でも一緒に暮らすのが筋だし、嫌ながら女王が臣籍降下して京都でもどこでも好きな所でお仕事すればいいのでは。収入があるし、総裁職もあるし、生活には困らず妹も養えるでしょうから。

もう昼食会にも茶会にも呼ばれない宮家ですし。

皇室では妃の貢献の方が大きいと思います。

宮内庁は女王方の行く先をさっさと考えて、悠仁殿下のお妃がゆったりした気持ちで入内出来る環境を整えるべきではありませんか?

 

さて。16日、まず両陛下と上皇夫妻が弔問。

結婚気温が高いと思うのですが、真冬の喪服か?

エリザベス女王の葬儀には慣例を無視して出席したのに、今回、斂葬の儀は「慣例」により出席しない。

もう遅い。穢れにあってしまったんだもの。

上皇夫妻。上皇后が杖をついてわりとさっさか歩いているのでびっくり。

最初からそうしてたら転ばなかったのでは?と思った程。

なぜかにこやかにはいっていく愛子内親王。

 

悠仁殿下も。

悠仁殿下のスーツ、ちょっと小さくないですか?大丈夫ですか?

佳子様程喪服の似合う皇族はいない・・・・

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皇室ウイークリー

2024-11-10 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

天皇家

11月1日・・・天皇陛下 → 旬祭

             通常業務

11月3日・・・天皇陛下 → 文化勲章親授式・拝謁・お礼言上

11月5日・・・天皇陛下 → 総理大臣から内奏を受ける

              通常業務

       一家 → 茶会

            人事異動者に会う

       両陛下 → 大分訪問について説明を受ける

11月6日・・・天皇陛下 → 令和6年秋の勲章親授式・拝謁・お礼言上

             拝謁・お礼言上(令和6年秋の勲章受章者)

11月7日・・・天皇陛下 → 信任状奉呈式

 愛子内親王のアピールが少ないらしいけど、公務してないのにアピールも何もあったものではないです。

  上皇夫妻が両陛下の年齢の時には、毎日ものすごい数の公務をこなしていたのに、まるで隠居生活のような・・・

 

皇嗣家

11月1日・・・両殿下 → 令和6年度(第63回)農林水産祭「実りのフェスティバル」視察

            トルコご訪問首席随員等に会釈

     佳子内親王 → 神奈川県訪問

 ・「全国都市緑化かわさきフェア」フェア会場視察

 ・「令和6年度全国都市緑化祭」記念式典出席

 ・ 富士見公園視察

 ・ 「令和6年度全国都市緑化祭」記念植樹出席

 ・ 昼食会

 ・ 生田緑地ばら苑視察

 ・ 川崎市立日本民家園視察

 ・ かわさき宙と緑の博物館視察

 ・ 川崎市藤子・F・不二雄ミュージアム視察

11月5日・・・両殿下 → 赴任に会う

       両殿下・佳子内親王 → 茶会に陪席

11月6日・・・両殿下・佳子内親王 → 人事異動者に会釈

      両殿下 → 中近東文化センター視察

            国際緊急援助隊帰国隊員に会う

11月7日・・・殿下 → 「第63回農林水産祭参加全国林業経営推奨行事賞状伝達贈呈式」及び祝賀パーティー出席

      両殿下 → 「日本・トルコ外交関係樹立100周年記念 トプカプ宮殿博物館・出光美術館所蔵 名宝の競演展」を見る

 1日の佳子様の神奈川公務はあまりにも詰め込み過ぎでは?と思います。

  目の回るような忙しさですよね。

  愛子内親王のバッグ 

女性週刊誌は佳子様の園遊会の時の着付けがどうのといいますが、愛子内親王はどうなんでしょうか?

内親王が持っているバッグ。よくよくみると壊れているのです。 これは古くなって劣化してはがれてきたそうです。

つまり愛子内親王のこのバッグは新品ではなくお古と言う事です。

園遊会に出席するのにバッグも買ってもらえなかったの?って感じですけど、

お下がりするにしても、もうちょっといいものが合った筈。

こんなに見事に壊れていたらすぐにわかるし、直すのが当然。

にも関わらずそのままお持ちでいると言う事は、つまり、愛子内親王は「このバッグじゃなきゃダメ」だったのでしょう。

余裕を持たせて直す事もせずに持たせたと言う事は、時間がなかったかもしれません。しかし、皇族が・・・・壊れたバッグ。

オランダのあの真っ白黄ばんだドレス並に扱いが雑。

天皇家にはきちんとものを保管する場所がないのか?という感じですよね。

 

 彬子女王帰国 

8日にイギリス・フランスを訪問する為に飛行機に乗った三笠宮家の彬子女王は、とんぼ帰りで帰国。

 佳子様が同じことやったらどんなに叩かれるかと思うと。

百合子妃殿下の容態が悪化したからです。

百合子妃は飲食できない状態ですでに半年も持ってきたという驚異的な体力の持ち主です。お孫様が帰国するまではと頑張っておられるのでしょう。

彬子女王の服装はいつでも弔問出来るような感じですね。

ところで、三笠宮家と言えば、長老殿下亡きあと、いわゆる「当主」は百合子妃と言う事になっていて、彬子女王はその力を借りて母親を追い出し、寛仁殿下の葬儀にも出席させず、生活費も月10万というとんでもない事をやってる女王です。

通常、いくら宮家でもこんな事が許されるわけないし。

宮内庁がこれを長年放置し、信子妃殿下を職員宿舎に住まわせているという事がそもそもおかしいのです。

彬子女王は常に、「寛仁親王の娘」「三笠の宮家の孫」という立場を背中にしょって、えらくプライド高い生活をお送りになっているという事。

つまり「私こそ三笠宮家の当主」というプライドで生きているようなものです。

未亡人が残った宮家は絶家になるしかないので、本来はそんなプライドが通用する筈はないのですが、彬子女王は本物の学歴と独自の動きで回りに何も言わせない状態を続けています。

百合子妃のいない三笠宮邸は本来、信子妃が受け継ぐのが正しい。

けれど、恐らくご自分のものにして、京都と行ったり来たりし、何だかものすごく自由きままな生活を送っているなと思います。

妹の瑤子女王もそのおこぼれに預かって、私的に海外へ行けるくらいですしね。

娘が嫌った母。母と娘の確執がこれでまた表面化するのでしょうか。

でも、皇族としてそれは正しい在り方なのでしょうか?

本来は降嫁してしかるべきだし、自分で収入を得て生活出来る程のものを持っているのだから皇室を出ても構わないのでは?と私は思いますけど。

京都の別邸はどのように手に入れ、どうやって維持しているのかそこらへんの事情を知る権利は国民の側にあると思います。

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皇室ウイークリー

2024-11-03 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下 

10月25日・・・天皇陛下 → 総理大臣から内奏を受ける

              通常業務

10月28日・・・天皇陛下 → 信任状奉呈式

              新嘗祭献穀者に会釈

10月29日・・・天皇陛下 → 勤労奉仕団に会釈

              通常業務

10月30日・・・一家 → 園遊会

 園遊会は毎年辞退者が出ていて、増えているようです。

  今年もまた体調を崩す人がいたそうで、両陛下は見舞いの気持ちを伝えたそうですが、要するにこれって「長話」のせいだって反省しない所がもう許せないなと。

 愛子内親王の振袖には菊の紋が入っているようで。今までサーヤが全身菊の、見事に古い柄の着物をお召しだったのは知ってるけど、紋が菊とは。バッグ持ちだったのは、ハンカチを隠す為?

 本当にうんざりですよね。ミヤネ屋ですら「話、長いですね」っていう程。マスコミ泣かせでもあります。

 

皇嗣家

10月25日~26日・・・両殿下 → 佐賀県訪問

・ 佐賀県立盲学校訪問

・ 東よか干潟ビジターセンター視察

・ 「第23回全国障害者スポーツ大会「SAGA2024」」佐賀県選手団・サガンティア激励会出席

・ 県勢概要聴取

・ 「第23回全国障害者スポーツ大会「SAGA2024」」開会式出席

・ 昼食会

・ 「第23回全国障害者スポーツ大会「SAGA2024」」水泳競技を見る

10月26日~27日・・・佳子内親王 → 佐賀県訪問

・ 「第23回全国障害者スポーツ大会「SAGA2024」」バレーボール競技を見る

・ 医療法人清明会障害福祉サービス事業所PICFA視察

・ 唐津市曳山展示場視察

・ 昼食会

・ 「第23回全国障害者スポーツ大会「SAGA2024」」車いすバスケットボール競技を見る

・ 学校法人佐賀星生学園訪問

・ 佐賀県立視覚障害者情報・交流センター(あいさが)視察

10月28日・・・殿下 → 山階鳥類研究所会議(オンライン)

      佳子内親王 → 令和6年度「Juntos!!中南米対日理解促進交流プログラム」カリブ共同体若手外交官・行政官グループ被招へい者に会う

10月29日・・・佳子内親王 → 石川県訪問

・ 日本工芸会会員との懇談

・ 石川県文化財保存修復工房視察

・ 国立工芸館視察

・ 「第71回日本伝統工芸展石川展」を見る

10月30日・・・両殿下・佳子内親王 → 園遊会

 秋篠宮両殿下が水泳をご覧になった時、色々ハプニングが起きて、試合が続行出来なくなったりしたそうです。みんなはらはらどきどきの試合で、両殿下は、本当は閉会式の前に退場される予定だったのですが「閉会式まで見ていきます」とおっしゃったそうです。

 佳子様が毎日あっちこっち来て下さるのは嬉しいけど、大変ですよね。

おっかけがいるんでしょう。飛行場についた所や、お帰りまで待っている人達がいて、そういう方達にも「待っていて下さってありがとう」とお声をおかけに。

よく知らないおばあちゃんが「被災して家がぺちゃんこになりました」と言うと、佳子様は膝を折ってお聞きに。「でも佳子様が着て下さったので元気になりました

」と。佳子様は「心配しておりました」と。

私が驚いたのは、膝を折ってお聞きなったあと、さっとお立ちになる身の軽さですね。すごいな~~と思いました。

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皇室ウイークリー

2024-10-27 07:00:52 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下

10月18日・・・天皇陛下 → 黒田清子祭主から挨拶を受ける

10月20日・・・一家 → 上皇后陛下誕生日につき祝賀

       天皇陛下・愛子内親王 → 雅楽鑑賞

10月21日・・・天皇陛下 → 新嘗祭献穀者に会釈

10月22日・・・天皇陛下 → 新嘗祭献穀者に会釈

10月23日・・・両陛下 → GEA国際会議2024「脱炭素とSDGsを同時に実現する施策の推進~気候変動、生物多様性の損失及び汚染の3つの危機克服を目指して~」開会式出席

10月24日・・・天皇陛下 → 信任状奉呈式

              勤労奉仕団に会釈

 独りぼっちの勤労奉仕団に会釈・・・つまんないでしょうね。

  暇な時は漫画を読んでリラックス?いやいや、水の研究してますって言えば いいのに。つくづくミーハーな天皇陛下です。

 そういうの、庶民的でいいとかいうのは違うと思います。

 皇后の上皇后陛下の誕生日祝賀のドレスですか? 全体を見ると重そうだし、暑苦しそう。そしてやっぱりアイボリーなのかと。

 

皇嗣家

佳子内親王・・・10月17日~18日 → 岐阜県訪問

 ・モザイクタイルミュージアム視察

 ・「国際陶磁器フェスティバル美濃'24」第13回国際陶磁器展美濃を見る

 ・「国際陶磁器フェスティバル美濃'24」アールブリュット美濃展を見る

 ・国際陶磁器フェスティバル美濃'24」開会式出席・テープカット

 ・昼食会出席

 ・織部の里視察

10月19日~20日・・・両殿下 → 福井県訪問

 ・県勢概要聴取

 ・全国緑の少年団活動発表大会を見る

 ・「第47回全国育樹祭」お手入れ行事出席

 ・林業関係者との懇談

 ・第47回全国育樹祭」懇談会・歓迎レセプション出席

 ・「第47回全国育樹祭」式典行事出席

 ・昼食会

10月20日・・・佳子内親王 → 上皇后誕生日につき祝賀

       両殿下・悠仁親王 → 上皇后誕生日につき祝賀

10月22日・・・両殿下 → 新任在京オランダ大使夫妻に会う

10月23日・・・「2024年(第33回)ブループラネット賞表彰式典ならびに祝賀パーティー」出席

 こんなに忙しい皇族はいないだろうと言う程の忙しさです。

10月25日、ベルギーのエリザベート王女が23歳になりました。

ハーバード大に進学。軍隊にも行ってます。オックスフォード大学のあとにハーバード大学院という、どなたかが垂涎ものの学歴を誇っています。

「うちの愛子と同い年」なんて言えないですね。

 

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皇室ウイークリー

2024-10-20 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下

10月11日~12日・・・愛子内親王 → 佐賀県訪問

 ・昼食・県勢概要聴取

 ・陸上競技を見る

 ・佐賀県立佐賀城博物館視察

 ・柔道競技を見る

 

 ・佐賀県赤十字血液センター

 ・名尾手すき和紙視察

 

10月11日・・・天皇陛下 → 前衆議院議長・参議院議長から挨拶を受ける

              通常業務

10月14日~15日・・・両陛下 → 岐阜県訪問

 ・岐阜県庁視察・昼食

 ・「清流の国ぎふ」文化祭2024出席

 ・オープニングセレモニー

 ・県勢概要聴取

 ・第39回国民文化祭「木育プログラム」視察

 ・第24回全国障害者芸術・文化祭「いろんなみんなの展覧会~大地(にわ)に、つどう。~」視察

 ・昼食

 ・岐阜かかみがはら航空宇宙博物館視察

 ・第39回国民文化祭「空宙博(そらはく)特別企画展 月への挑戦-アポロ計画から50年、人類は再び月を目指す-を見る

 

10月17日・・・天皇陛下・愛子内親王 → 神嘗祭神宮遥拝の儀

                    神嘗賢所の儀

       天皇陛下 → 勤労奉仕団に会釈

 雑誌に「休憩が多い」と書かれたら、一切「お立ちより」記載がなくなりました。やっぱりまずいと思っているのかな。

何か隠し事がありそうですよね。天皇陛下の身に関わること。

 両陛下も愛子内親王も昼食会なし。自らその県で働く人への気遣いをしない。目下の者と思っているんですよね。

 佐賀に行った時 → 「愛子をよろしくお願いします」

  岐阜航空宇宙博物館 → 「私達も天体望遠鏡を持っていて空を見ます。きれいですよね」

 愛子内親王の一人旅は成功に見えますけど、私はやっぱり駄目かなと思います。年齢的にも初めてとはいっても、皇族であるなら普段から正式な謁見等に慣れている筈なのに最後の最後で「やばいやばい」が出ましたので。

  恐らくマニュアル通りにセリフが決まっていて、電車を降りたらまずこういう、笑う、そこまではわかると思うのですが、いきなり日赤で劇を見せられた時はどんな反応をしたらいいかわからず、バッグの上に手を置いて拍手。

ちょっとした事ですが、とりあえず「笑顔」は出来る。けれど「悲しい顔」や「感心した顔」「感謝の気持ち」を示す事は出来ないのでは。

 

皇嗣家

10月14日~15日・・・佳子内親王 → 佐賀県訪問

 ・「第78回国民スポーツ大会「SAGA2024」」 スポーツクライミング競技を見る

 ・佐賀県立九州陶磁文化館視察

 ・県勢概要聴取

 ・「第78回国民スポーツ大会「SAGA2024」」 陸上競技を見る

 ・昼食会

 ・「第78回国民スポーツ大会「SAGA2024」」 総合閉会式出席

 ・佐賀県立ろう学校訪問

10月15日・・・両殿下 → 「第64回海外日系人大会」参加者歓迎交流会出席

10月16日・・・両殿下 → 2024年度国際交流基金賞受賞者に会う

             令和6年度次世代日系人指導者会議招へいの被招へい者に会う

             JICA海外協力隊(令和6年度第2次隊派遣隊員(駒ヶ根訓練所)179名)に会う

10月17日・・・両殿下 → 神嘗祭賢所の儀

       妃殿下 → 第72代ホノルル桜の女王他に会う

 とかく忙しい皇嗣家。それなのにまたも宮邸の事で誹謗中傷をうけている。今、どんな気持ちなのか想像するだけで心が痛みます。

 紀子様のファッションは参考になりますよね。素晴らしいお色で。

佳子様のヘッドドレスも素敵です。

国連が皇室における継承にまで口を出す意味がわかりません。

相当甘く見られているのだと思います。

いわゆる「選択的夫婦別姓」というのは、「女性が男性の名字を名乗りたくない」という話から始まっているのだと思います。

民法では「どちらかの姓を名乗る」とあり、男性の姓に変えなくてはいけないわけではありません。

にも関わらず名字を変える女性の方が多いのは、きちんと話し合いが出来ない、説得できない、あるいは無知だからでしょう。

また、世界で日本だけが「同姓」ならそれは文化であって差別ではありません。(元号もまたしかり)

最近、中韓に関して思うのは、「夫婦別姓」なのに以前より男尊女卑が激しくなっていると感じる事です。

つまり「男女平等」というのは、姓の問題ではなく「女性を尊重する気持ちがあるかどうか」の問題です。

ましてや男系を貫いている天皇の継承にジェンダー問題を入れるなど言語道断です。

 

しかし・・・・問題は、「男系」を知っているようで知らない人の多い事です。

元明→元正は女系で繋がっていると思い込んでいる人がいますが、

元明天皇は天智天皇の娘であり、草壁皇子の妻です。

そして元正天皇は草壁皇子の娘です

草壁皇子は天武天皇と持統天皇の息子にして皇太子でした。

いわゆる「愛子天皇派」は「草壁は天皇じゃない」とか馬鹿な事を言いますが、「男系」とは「父を辿って天皇である」事を意味する。

元明天皇がなぜ元正天皇に位を譲ったかと言えば、次の聖武天皇が藤原家にすっかり取り込まれていたからです。

文武天皇には石川嬪 という蘇我氏の流れをくむ妃がいたのですが、藤原家によって身分を落とされ、皇子達もそうなりました。

結果、「海女の娘」藤原宮子を母とする皇子しかなく、彼が聖武天皇になりました。

妻は史上初「民間妃(皇族ではないし蘇我氏でもない)」光明子。

やがて光明皇后と呼ばれる人ですが、この人の逸話には色々嘘がありそうです。

光明皇后は自分だけの「紫微中台」という役所を設けました。

「紫微」というのは北極星の事です。

尊大にもほどがありますよね。(愛人だったと言われる藤原仲麻呂による)

聖武天皇は自分の母の身分が低かった事をコンプレックスに思い、両親とも皇族の長屋王を死に追いやりました。

聖武天皇には最終的に娘一人しかおらず、それが孝謙天皇です。

どこか徳仁天皇と似ている気がします。

 

愛子天皇派は無知なくせに難癖をつけては誹謗中傷する輩ですが、人々というのはそういうデマに惑わされやすい。それが本当にやるせない。悲しい事と思います。

秋篠宮家を潰す為には手段を選ばない。

そんなまさかと思っていてはいけません。皇統は正しく繋がなくてはいけないのです。

 

上皇后陛下、卒寿のお誕生日おめでとうございます。

なぜ急に誹謗中傷されているのかわかりませんけど、私はもう何も申しません。

ただただ東宮御所を秋篠宮殿下にお返し頂きたいです。

秋篠宮家は今は皇室外交を担う重要なお役目をされています。

なのに、狭い宮邸や東邸を使うのはおかしい。せめて東宮御所の表の部分だけでも明け渡して頂きたいです。

隠居した上皇夫妻お二人が住むには広すぎるし、だから転んでしまうとも言えるでしょう。

けれど宮内庁がそういう常識を行使できない所に今の皇室の闇があるのだと思います。

 

 

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皇室ウイークリー

2024-10-06 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下

9月26日・・・両陛下 → 青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年海外協力隊員と懇談

9月27日・・・天皇陛下 → 通常業務

9月28日・・・両陛下 → 全国重症心身障害児(者)を守る会創立60周年記念大会式典出席

10月1日・・・天皇陛下・愛子内親王 → 懿德天皇二千五百年式年祭

      天皇陛下 → 衆議院議長から奏上を受ける

             認証官任命式・親任式

10月2日・・・両陛下 → 国際青年交流会議視察

            佐賀について説明を受ける

             人事異動者に会う

10月3日・・・天皇陛下 → 勤労奉仕団に会釈

             認証官任命式

10月4日・・・天皇陛下 → 国会開会式

             通常業務

 皇后の様子が・・・少し変な感じがします。(今までも十分変だけど)今まで以上に何かがおかしい感じがします。いや、ここまで真っ白を貫くかな。

歳をとった分、さらにまとわりつくオーラが変。

これは5日に佐賀到着の頃です。

また真っ白スーツ。首と手が・・・大変な事になってる。

マスクするにしても、ここまで顔を覆わなくても、小顔用があるだろうに。

年齢以上にガタがきているのかしら?

 

皇嗣家

9月30日・・・両殿下・佳子内親王・悠仁親王 → 皇宮警察本部人事異動者に会釈

10月1日・・・両殿下・佳子内親王 → 懿德天皇二千五百年式年祭の儀

佳子内親王・・・ジャパンオープンテニスチャンピオンシップ観戦

10月1日~2日・・・両殿下 → 京都府訪問

・「令和6年度(第79回)文化庁芸術祭オープニング「伝統芸能で彩る京の風景」」ご鑑賞

10月3日・・・両殿下 → 赴任エストニア大使夫妻に会う

            赴任ニカラグア大使夫妻に会う

            外務省から進講を受ける

     両殿下・佳子内親王 → 人事異動者に会釈

 京都に二回も行かれるというのは大変お疲れですよね。毎回、新幹線でグリーン車乗ってても名古屋まで遠いなと思ったり。

こちら10月4日。京都府立植物園に行かれた両殿下。見事な胡蝶蘭がよくお似合いで。

 

両陛下の場合、交通費は勿論、通信費も無料。

でも内外ではない皇族の場合は、交通費、通信費等全てが自己負担になるので、なるべく節約の為に日帰りしたりという事をなさいます。

 

 

 

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