気が付くと俺はやたら綺麗な個室のベッドに寝かせられていた。
「目が覚めたか?よかったなあ」と最初に声をかけてくれたのは編集長で、アシスタントのメイちゃんも泣きそうな目でまっすぐに俺をみつめていた。
「びっくりしましたよ!殴られたって聞いて。もうこっちが気絶しちゃうかもって」
メイちゃんのアニメ声は頭に響く。
「いや、殴られたわけじゃ・・・でも何でこんな部屋に」
「忖度だよ。お前が病院に担ぎ込まれる時に宮内庁のお偉方が来てお前を最高の個室に入れるように言ったんだ。その代わり」
「まさか、記者会のことはオフレコに?」
「まあな」
おいおい、何の為に俺がわざとあんなことを。俺は飛び上がると布団を蹴っ飛ばして頭の包帯を取った。まだ頭がずきずきする。
「おい、まだ検査があるし、お前は今週一杯は入院だぞ」
「編集長!それって!」
「気持ちはわかるが逆らえん!」
体中の力が抜けていく感じがした。メイちゃんはナースコールがあるのにわざわざ「看護師さん呼んできまーーす」と言って消えた。
「世の中おかしいでしょ。何でマスコミが権力に負けるんだよ・・・」
「しょうがないだろ。権力におもねってないと俺達は生きていけない。アイコ内親王の誕生日の各氏見出しは「アイコさま、女帝への道」系で決まった。お前が発したあの質問は結局は女性宮家思想を復活させるのに役立ったって事だよ」
俺は黙ってうなだれる。「陛下になりたい」と「陛下のようになりたい」の区別もつかないような内親王が天皇になるって?誰が得する?そりゃ共産党にコミンテルンに・・みんな息を吹き返したな。
「日本の皇室もヨーロッパのように男女平等思想によって改革されるんだよ」
何が男女平等だよ。サマータイムもキャッシュレスも消費税増税も外国人雇用も、よその国で当たり前にやってることがこの日本では全然に合わないもので窮屈で、自然消滅しているじゃないか。
男系男子の継承と男女平等は別物なのに。
「俺は正直、皇室がどうなろうと知ったこっちゃないけどな。皇室がなくなっても日本という国は続くだろうし。ただまあ、あの税金の無駄遣いっぷりに腹が立って時々は意地悪したくなるけど」
「俺もどっちでもいいですよ」俺は慎重にそういうともう一度ベッドに横になった。
「社長もお前を褒めてたぞ。宮内庁も平謝りで個室をとってくれたしな。まあ、これも広い意味で言えば税金ってことか」
編集長ははははと笑った。
ああもう、勝手にしてくれ。
やがて看護師がきて、俺は診察を受け、やっぱり1週間の入院を通告された。
編集長は「久しぶりの休暇だと思え」といい、メイちゃんは「毎日お見舞いに来ますね」とにこやかにいい、帰って行った。
全部裏目に出ちまったのか。
本当に誰もあの内親王の愚かさに気づかないのだろうか?裸の王様は実際に裸でもやっぱりみんな「服を着ている」と思うのだろうか。
俺が、俺だけが世の中がおかしいと思っているんだろうか。無残に傷つけられた穢れのない姫たち。あの頃は・・・
(どうして嘘をつかなきゃいけないの?私達)
さあね。生きる為だよ・・・生き残る為だ。
俺はすうっと眠りにつきそうになった。なんだかんだ言って疲れていたらしい。
でもその浅い眠りを破ったのはドアをノックする音だった。
一瞬、黙っているべきかとも思ったが、いるのにいないふりをするわけにはいかず、「どうぞ」と言ってしまった。
入って来た人物を見て俺は声を失った。それは紛れもない俺の父親だった。