ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
毎日更新しています。

日本一運のいい女ー新皇后の肖像 26

2019-02-28 07:00:00 | 日本一運のいい女 雅子皇后の肖像

 1997年新年一般参賀

 

 女性セブン1997年2月2日号

 

「雅子様「ご公務の空白」と「微熱症状」相次ぐ欠席の理由は美智子さま、紀子さまのあの時と同じ・・

 

 1997年2月20日 秋田国体

 週刊女性 1997年2月25日号

「雅子様おめでたではの根拠」

 女性セブン 1997年2月27日号

「雅子様54日ぶりのお出かけは低めのヒール」

 女性自身1997年3月4日号

雅子様ご懐妊宮内庁否定」

 1997年2月23日 皇太子誕生日画像

 1997年3月4日 外務省主催アジア・ヨーロッパ青少年リーダーシンポジウムレセプション。

Japanese women's magazines have been speculating about the long-awaited pregnancy of Princess Masako , citing cancelled schedules for a series of public engagements.
この直前雅子は何日間か続けて公務を休んでおり、日本の婦人向け雑誌は雅子妃の待ちに待った妊娠であると推測している

 週刊女性 1997年4月1日号

「緊急取材雅子さまとコウノトリ動き始めたXデー ご学友・宮内庁病院・点と線」

 

 女性セブン 1997年4月24日号

「雅子さま「ご訪欧突然中止」報道が相次ぐ中、宮中晩さん会前夜の出席断念また「微熱」か」

 週刊新潮1997年4月24日

「皇太子妃「ご懐妊」報道で報道陣の臨戦態勢」

“カゼ”を理由に公務欠席した雅子をめぐり妊娠説が出たという内容、勿論当時雅子は妊娠なんかしていない。
……ある皇室ジャーナリストはフンゼンと語るのだ。
「昨年から宮内庁では意図的に静養日を増やし、公務が過密にならないよう、ご夫妻の健康状態には十分な配慮をしてきたはずです。それに、かつては外務省のキャリアウーマンとしてバリバリ仕事をこなしてきた雅子妃がそうしょっちゅうカゼをひくような虚弱な体質とは考えられない。大体、それでは、何のために侍医が付いているのか分らないじゃないですか」

  女性自身 1997年4月29日号

「雅子様「女の子でも」の朗報」

 週刊女性 1997年4月29日号

雅子様とコウノトリ動き始めたXデー第5弾いよいよ気になる「ご体調」38年前のあの時とそっくり」

 女性セブン 1997年5月1日号

雅子さま「御静養」で見える「こうのとりが舞い降りる日」

「微熱」「ご公務激減」ご結婚4周年の春に向け昨年末からのスケジュールにはある決意が

 

 1997年5月 那須静養先で車を運転する雅子妃

ここまで毎週のように報道されている雅子妃懐妊説ですが、個人的には、本当に不妊治療などの結果、そういう兆候があったのだと思っています。ところが本人はヨーロッパに行きたいとか、体調が悪いとか色々宮内庁との軋轢があったのではないかと思います。

宮内庁側からすれば「十分に静養しつくしたわけで、妊娠は病気じゃないし、医師の確認もとっているので公務に出て欲しい」

でも雅子妃からすれば「じゃあヨーロッパ行かせろ」って話。いくら何でも妊娠初期の飛行機は勧められず・・・でも国内の公務はしたくない雅子妃。「人格否定発言」への道筋が出来ちゃったかなと。

 1997年5月14日 春の園遊会

 1997年5月15日 フィルハーモニア管弦楽団鑑賞

 1997年5月26日

サミ族ー太陽と風の民」オープニングセレモニー 一緒にいるのはスウェーデン王妃

 

 1997年5月30日 英国王女アレキサンドラ殿下同夫君主催の晩さん会

フフッ。お呼ばれされちゃった。水兵さんもちゃんとドアを開けてくれるし、敬礼してもくれるし。さすがレディーファーストのお国柄ね」って感じで、ご機嫌の雅子さま。
先月三十日、エリザベス女王のいとこ、アレクサンドラ王女(写真下)主催のディナーに到着したところなのだ。ちなみに会場は、晴海に停泊中の英国王室ヨット「ブリタニア号」。屋形船とは一味違う船上ディナーになったようでした

 

 1997年7月2日 桃華楽堂

 1997年7月3日 ナイチンゲール紀章授与式

 1997年7月15日 沖縄県行啓

 

 

 1997年8月7日栃木県三本槍登山

 1997年7月18日~23日 会津磐梯山静養

 

  1997年9月4日 小和田静の葬儀

 

 女性自身 1997年10月28日号

マサコスマイルの山の秋」

 

 1997年10月15日 秋の園遊会

 1997年10月27日 国民文化祭かがわ出席の為香川県行啓

 1997年11月7日 ブルガリア大統領来日宮中晩さん会

 1997年11月 御料牧場でサイクリングを楽しむ

 1997年12月5日 誕生日会見収録

 女性自身 1997年12月23日号・1月1日号

雅子妃34歳と宮内庁病院「不妊治療」の権威

 今年も昨年と同じく異例といっていいくらいご静養の多かったご夫妻。後半の半年だけでもまとまった御静養は5週間以上あった

 天皇皇后両陛下が還暦を過ぎたにも関わらず多忙に過ごされ、ブラジル・アルゼンチンご訪問のあと、美智子さまは帯状ヘルペスでご入院までなさとのとは対照的になぜか恵まれたご静養の日々。

 宮内庁はご懐妊の為に出来るだけ静かな環境を作って差し上げたいとの配慮があったということでしょう」

 「最近の雅子さまはどこか寂しそうな表情をなさっていることがありますね。ご気分が悪いのかと心配になるくらいです。例えばあまりお顔を見られたくないのか、お車の中でうつむき加減になさっていたり心なしかお化粧も濃くなさっているようで」

 「宮内庁病院がヒメゴンという排卵誘発剤を大量に購入して雅子さまが人工授精をなさった」

 「雅子さまのご懐妊のためのプロジェクトチームが坂元正一先生を中心に結成された」

両方とも宮内庁は否定

 東大のA先生(堤教授)が関わっているのではないか。

 

「雅子妃34歳誕生日にご学友・外国人記者本誌があえて進言」

 

 1997年12月8日 東京湾アクアラインの開通式に出席

喪服のような黒いいでたちに、胸元には小和田恒からもらったモナコ王室御用達宝飾店「レポシ」のリボンブローチ。

個人的に思うのは、4年目にしてやっと夫婦らしさを持ってきた皇太子夫妻という感じです。少なくともよそよそしさはなくなったかと。本人達の中では自分達の間を何とかする方が先で子供なんか考えられない状態だったのではないでしょうか?

それなのに、回りは騒ぐし、どうしても「皇太子の子」が欲しい天皇と皇后の焦りが見てとれます。秋篠宮家に産児制限がかけられたのはこの頃として。はっきりいって天皇と皇后のエゴが2つの夫婦を崖っぷちに追い込んでしまったともいえます。

 

 

 

 

 

 

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星組二回目

2019-02-27 07:00:00 | 宝塚コラム

 1回五列目の一番端っこといういいのか悪いのかわからない場所で観劇。

「霧深きエルベのほとり」は相変わらずみんなを泣かせています。

何度も「あばよ」ってセリフが出てくるけどその度に柳沢慎吾の「あばよ」が聞こえてちょっと笑いたくなるんですよね。

ちょこっとマルギットの気持ちになってみる。

マルギットは実の母が実は駆け落ちしてしまったとは知らず、父親によって家を追い出されたと思っていたから反抗して家出をしてしまった。でも事実を知ると自分が考え違いをしていたことをしる。でもカールを愛しているのは事実。だけど反対勢力がいない今、この恋愛に意味はあるの?とフロリアンは言うわけです。(どこかの眞子さまと同じパターン)

でもフロリアンに「カールを弄ぶようになる女にならないで」と言われて憤慨する。フロリアンは大人だからカールの人柄もどんな育ちをして来たかもおおよそわかる。でもマルギットは自分の感情しかなくて「愛してるったら愛してるもん!」と言い張り、案の定、カールが金を受け取ると「自分自身を信じられない」とまた怒るのです。

はるか昔、そんな経験をしたことがあるような気がします。自分の子供っぽさを後年恨んだり、恥ずかしくなったり。でも忘れるのも早いのよね。

「喜びなさい。コムロはお間と別れることを承知したよ。金をやったのだ。その金が思ったより多額だったのでコムロは喜んでいるよ」なんて言ってやりたいよ。

 紅ゆずる・・・思わぬ大収穫。なんせ「ベルリン、わが愛」では一本調子で笑ってばかりいたから。でもこの作品でもへらへらしているように見えるけど、心の中はどこまでも純粋な男というのはよくわかりました。「俺ぁ」「惚れてんだ」「あばよ」など古い言葉が非常によく似合う人で、植田作品でもいけたんじゃないか?と。

とにもかくにもこの作品が古さを通り越して21世紀に感動を改めて呼び起こしたのは演出家と紅ゆずるのおかげだったと思います。

技術的には様々な欠点を持ちながらも勢いで何とかしてしまう手腕があるのはすごい。セリフをとちってもそのままだだだーーっとやっちゃうからね。

 綺咲愛里・・・こんなにマルギットが似合う娘役もそうそういないんじゃ。一歩間違えたらひどいカマトトになってしまうのを、これまた可愛い声で乗り切りました。「私はただの家出娘です」「あなたってうぬぼれが強いのね」なんてセリフを自然に言える人、今時そうそういませんよね。愛らしくてお嬢ちゃんで本当に浅はかな娘を見事に演じたのでカールが引き立ちましたし、なで泣くほどカールが彼女を愛したのかもわかります。貴重な娘役です。

 礼真琴・・・フロリアンはいい役です・・っていうか欠点がないんです。社交界には彼の味方ばかりだし、言うことが一々ごもっとも。つまりストーリーテラーというか、マルギットとカールの気持ちを説明する役なんですよね。そして観客がいいたいことを言ってくれている役ですから、ある意味普通になってしまうと男役として光りません。礼真琴はそつなくこなしたなと思います。歌唱力もありますし。

 七海ひろき・・・さよなら公演なのにトビアスという役はひどいなあ。ほんの少ししか出てこないし。見せ場は石を投げる所?妙に笑いをとっていましたけど。でいきなりカールの妹と結婚して去っていく。カールとの絡みなど最後までほとんどないし。でも水夫の割には一人でインテリなんだよね。あまり紅と絡ませると芝居がダメになってしまう可能性があったのかなと。

瀬央ゆりあ・麻央侑希・天華えま・紫藤りゅう・・・水夫仲間はそれぞれ性格が如実に出ていて個性的でした。借金返せと嘆く紫藤りゅうがか可愛かったり、魚が釣れてびっくりした麻央侑希、うらやましいと言っていた瀬尾ゆりあ、声が魅力的な天華えまです。

 有沙瞳&音波みのり・・・有沙瞳のシュザンヌは耐える役どころでなかなかやりづらい部分があたんじゃないでしょうか。一方で音波のアンゼリカは少ししか出ないけどお金持ちの夫人になってました。

姫ちゃんいわく「アンゼリカは身分違いの結婚でもうまくいったのにどうしてカールはダメなの?」っていうので、「女性が低い方は問題ないんです。男っていうのは自分が下にされると嫌がるものだから」と言っときました。考えてみれば結構な男尊女卑よね。

 水乃ゆり・・・カールの妹を演じました。田舎娘がよく似合ってますけどとっても可愛らしくて新人公演の主役もわかるなと思いました。

 天飛華音・・・酒場に泥棒に入って、やがてトビアスの代わりに船に乗る少年でした。

 一樹千尋&英真なおき・・・どっちも星組組長経験者ということで馴染むのが早い早い。専科じゃないみたいですよ。パパ一樹もダンディで優しくて好きです。まら英真なおきのヴェロニカはラストが秀逸でした。

私・・・個人的にはローゼマリーさんになりたいわ

 ESTRELLAS 

この作品のダメなところは前回、散々書きましたけど5列目から見るとまたあらためて「うーん」って思うんですよね。

みんな登場して歌って踊って暗転で去る・・この繰り返しは飽きちゃいます。岡田ロマンチックレビューじゃないんだから。つなぎの礼真琴と瀬央ゆりあに意味あるのかな。どっちもバラードっぽいし。

また2度の娘役ダンスもそこに意味があったのか。

もっと可哀想だったのが七海ひろきで、このシーン、若央りさの振付なんですよね。

だから全体的にばらばらで統一感がなく、さよなら色もなく。いたずらに下級生を後ろに並べて歌わせてみましたーーな場面になってしまいました。もう少しストーリー性のある振付だったらもっと違っていたと思います。J-POPを歌って踊るだけなんて悲しすぎますよね。

それにトップとの絡みがほとんどなく、中詰めでさえ他人事みたいな顔している七海が気の毒で。最後なんだからもっと前に押し出してあげたらいいのに。

礼真琴と若手がやってたK-POPのシーンは振付がかっきょく、目が釘付けになってしまいました。下級生に至るまでキザる。

客席下りも2度ありましたが、その度に私達の方にくる下級生の笑顔が綺麗でかっこよくてキザっていて。そういうチームに持って行けてる紅はすごいと思います。

出演者が楽しまないショーは観客も楽しめませんものね。

私のそばにきてくれた朝水りょうの横顔が綺麗だったーーー

そしてデュエットダンスですけど。

銀橋で、綺咲愛里が大階段の上に立つと紅が「はっ」と気づくんです。その息遣いがこちらにも伝わってきてそのあまりにも嬉しそうな顔にこっちが泣けてくるみたいな。リフトがなくても特別な技術がなくても、二人が背中合わせになってぎゅっと手を握った時、きっとカールとマルギットと誰もがそう思ったでしょうね。

そして銀橋に出て、手をつないだ時の紅の幸せそうな笑顔にまたちょっと泣けてしまいました。

思えば去年の秋からずっと泣きっぱなしです。宝塚の舞台を見て。

 

そして私は姫ちゃんがファンの天寿光希と姫ちゃんが教えてくれる極美慎を追いかけるので大変で大変で・・・はしっこはなかなか見えないので。

姫ちゃんは天寿のパン!と手をうつところがたまらなくかっこいいといい、礼真琴の階段降りの時に真横に天寿がいるのもすっごく嬉しいんですって。

そして私は素顔は可愛いのに、化粧して服を着た瞬間に別人になり、ちょっと危険な香りがする極美慎の目が好きです。リフトも上手だし、声は伸びるし。

ありちゃん、早く大人におなり。柚希礼音タイプなのかダンスが上手ということと男役のダンスは違うという部分が今一つなんです。それに顔が可愛いから天真爛漫な役は似合うけど影がない。あと少しなんだけどね。あれ・・星組の話でしたね。

 

 

 

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即位30周年宮中茶会

2019-02-27 07:00:00 | 皇室報道

 25日と26日にかけて合計3回の宮中茶会が開かれました。総理大臣や閣僚の日と、スポーツ選手とか文化人などが招かれた日もありました。

皇太子妃は安定の欠席です。女性週刊誌によると皇后になるプレッシャーで病状が悪化しているんじゃないか?みたいな?まだ皇后になってもいないのに、何を大げさな。

他人様とお話するのが苦手なだけでしょう?30周年のご挨拶は出来たのだし。

それと愛子内親王はまた欠席続きだそうで、それでも大学生になれるんだーーすごく理不尽さを感じますよね。

25日の茶会

皇太子はへらへら笑ってるけど国内でこれじゃ、国際的にどうするの?

トランプ大統領夫妻が来るのよーー英語だけぺらぺらしゃべって食べて退出なんて許されないでしょ。

26日

紀子妃殿下のドレスはまたまた古いんよね・・きっと。帽子くらいかえてもいいのに。新調すべきです。

眞子内親王と佳子内親王

伊調馨と浅田真央。真央ちゃんのドレスは素敵ですよね。

即位後の饗宴の儀はこういう茶会形式というけど、新皇后は欠席ですわね。

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日本一運のいい女ー新皇后の肖像 25

2019-02-26 07:00:00 | 日本一運のいい女 雅子皇后の肖像

 1996年1月1日 皇室一家

 1996年1月2日 一般参賀

 女性セブン 1996年1月18・25日号

「ご結婚4年目を実りの年に・・・そこには美智子さまの深いお考えがあった 雅子さま美智子さまに誓った慶びの期限」

 女性自身 1996年1月23日号

今年も華のお二人紀子様男の子のご遠慮兄嫁雅子さまへの気配り?それとも・・・?」

 1996年1月12日歌会始めの儀

もろ手もちひたすら花の種植うる知恵遅き子らまなこかがやく」

 知恵おそき子という表現が差別にあたるのではないかとの注意を受けたが雅子妃は変更せず。

 週刊文春 1996年1月18日号

 

「国民が待ち望む96年最大の慶事雅子さま「ご懐妊」紀宮様ご成婚

期待がふくらむお世継ぎの誕生については、宮内庁関係者からこんな声が聞えてくる。
雅子さまは実はアトピー性皮膚炎がひどく、ご結婚以来かなり強い薬を使って、その治療を優先してこられたんです。その甲斐あって、最近、ほとんど気にならなくなり、お薬もやめられたようですので、今年はいよいよご懐妊の可能性が高いと思いますよ」

 

 1996年1月17日 阪神淡路大震災1年追悼式

 週刊新潮1996年2月1日号

「神戸大震災追悼の日の皇太子夫妻」

 1996年2月23日 皇太子誕生日記者会見

 女性自身 1996年4月3日号

「雅子様うきうき春休み・雅子様「マイホーム妃」報道の複雑 最近は和歌と書に没頭といわれるがまだまだ「私生活」「素顔」が伝わらないもどかしさ」

1996年4月7日 クリントン大統領来日

 1996年4月26日 東宮夫妻福島県に静養旅

 

 1996年5月29日 春の園遊会

 1996年6月29日葉山静養

  週刊新潮 1996年6月6日号

米誌ニューズウイークがここまで書いた雅子妃への忠告

 

 週刊新潮 1996年5月16日号

「創価学会が小和田恒氏に送った「外遊特別待遇要請」

外務省は池田大作にとって法務省と並ぶ重要官庁です。なぜなら外遊の際のVIP扱いや海外イベントに便宜をはからせたりするにはその力が不可欠。

池田が外遊して要人と会見したり勲章を貰ったりするのは創価学会にとって国内の布教の為に重要な意味を持っていますからね。だから学会は外務省への学会員送り込みに力を入れて来た歴史があるのです。外務省の中に早くから「大鳳会」という学会員だけの組織を作って忠誠を誓わせてきたのもそういう意味があるのです

 1996年10月22日 ベルギー王室一家を迎える

 

  週刊新潮 1996年11月28日号

特集雅子妃殿下4ヶ月続く「御静養」で心配されるプレッシャー」

 両殿下の野球台覧試合が実現しなかった

 一番のお役目であるお世継ぎがまだなのに国民とのふれあいもないでしょう

 8月20日~23日まで須崎静養

  9月3日~11日まで那須静養

   10月13日~15日まで那須静養

  11月6日~11日まで御料牧場

 お二人のプライベートな時間を増やそうという考え方があるのは結構なことと思います。

ただ、御静養を増やすと言うのは考えようによっては皇太子ご夫妻の負担を大きくしているのかもしれない。つまりこれは静養と言う名のプレッシャーでもあるんです。

 静養をとるなら国民に飛び込むつもりでもっとオープンに遊ぶべき

 イタリア有力紙「コリエーレ・デラ。セラ」

「雅子の沈黙悲しき妃」

雅子妃は出来るだけ公衆の全面に出ないことを選択した。それは間違いを犯す懸念からだ。公式行事の時には徳仁殿下の傍で目を伏せ絶えず笑みを浮かべている。記者会見は伝統に沿って断るようにし、誕生日は質問を文書で受付、侍従たちが返事をする」

 今はお世継ぎよりも幸せなご夫妻の姿を見ることこそ国民は待ち望んでいるのではないか。その為にも両殿下には伸び伸びとレジャーやスポーツを楽しんで頂きたい。外国の王室のように海外の長期のバカンスに出かけて頂いても構わないだろう。

 ちなみに一つだけ余計なお節介を付け加えれば雅子妃は歯を矯正すればよろしいと思う。

雅子様の笑顔にちょっと影が出来るのは歯並びに少しズレが見えるからだ。」

 女性セブン 1996年12月12日号

「雅子さまは鬱状態ほか改題で伝えられるニッポンの実態」

 1996年12月8日 学習院OB演奏会

 1996年12月9日 雅子妃33歳の記者会見

「伝統的な皇太子妃の在り方と自分らしさの調和なりバランスのよい視点を見出していくかには苦心もいたします」

 

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霧深きエルベのほとり・ESTRELLAS

2019-02-25 07:00:00 | 宝塚コラム

 土曜日の総見で見て参りました。

2階席の後ろだったのでショーの時はすごかったですよ。

 霧深きエルベのほとり 

私は初演も再演も知らず、スカステで放送されたぶつ切りだらけの順みつきさんのを見ただけですから先入観はありませんでした。

一緒に見た友人は、激しく順みつきさんの作品を見ていて「ビア祭は曲が違う。でもみっきさんを思い出して楽しかった」と言ってました。私の回りではすすり泣きがすごかったです。

入江薫先生が好きな人たちはビア祭の曲が違う事に違和感を持ち、腹も立てているようで(その気持ちはわかる)でも今回の演出の上田久美子がこだわりを持って、大階段を前面に出したオープニングを作ったのだと思えば、初めて見る人にとっては違和感なしです。

菊田一夫先生が「ハンブルク」という街に興味を持ち、新聞に載っていた「上流階級の令嬢が船乗りとめでたく結婚」という記事にインスパイアされてこの作品を作った事に感動したのと、でもそれを悲恋にしてしまうことがやっぱり宝塚歌劇なんだなと思いました。

宝塚歌劇に必要な

 身分違いの恋

 反対勢力の存在

 どちらかが身を引く

という王道な段階をきっちりと踏んで予定調和で作られているので、流れが自然。そうはいっても泣けるのは、「間」の取り方が絶妙だから。

カールとマルギットが出あって「ひどいことをされる前に帰る」といい、その時の間だけで、その数秒で互いに「結婚まで考える間柄になった」とわかるんですから、これはすごいでしょ?

それから結婚に向けての流れ、傷つき、別れ・・これが全部ビール祭りの間の出来事でまさに「ロミジュリ」を彷彿とさせますよね。最初からこの二人は生きている世界が違い過ぎてうまくいくわけない。それは知っているんだけどあまりにも二人が純粋だから何とかハッピーエンドになって欲しいと願ってしまう観客心理をうまくついています。

また、この脚本には、カールの言葉や行動をマルギットに説明させるシーンがありますが、そうやってはしょるべきところをまとめちゃってるんだなあと。

無駄がなくて間合いがよくて宝塚的王道の作品なんだと思いました。

「霧深きエルベのほとり」は今の星組だから上演可能だったと思います。どんなにいい作品でも脚本は古いです。言葉遣いも古いったらありゃしない。

お前はただの家で娘よ。だがその家で娘ってのが俺あなんだかきがさすんだがな

何が、何がきがさすの

 「気がさす」などという言葉は今や死語でわからに人の方が多いのでは?

罪悪感があるんだよなあ・・とか、ちょっと立ち止まってその先に行けないんだよなあ・・・とか、そんな意味ですよね。

順みつきさんのこのセリフでもちょっと笑ってしまったんですが紅が言うとそうでもない。びっくりしたのはそのあと。

だから、俺に、ひどい目にあわせて貰いたくて誘ったんだろう」

これを順みつきさんで聞いた時にちょっと笑ってしまって、今時「ひどい目」で納得する観客がいるのかな。って。でも紅のセリフだと「ひどい目ってどういう事なのかしら?」とわくわくしちゃうってんだから話にならない(あ、これは姫の話)

キモノを2着買ってやる」

「祝詞をあげてもらったのか」等々現代には合わないセリフが入っていて、この2つは改善の余地があったかと思うのですが。

船乗り=マドロスなんて言わなかった所はいいけど、本質的に船乗りがどんな仕事なのかわからず見ている人も多いでしょうね。マドロスの恋といえば遊びか悲恋と決まっているんですよね。戦前歌謡ではマドロスものがはやったりしていましたから。

で、帰宅してから姫ちゃんに聞きました。

フロリアンが何であんないい人なのかわからない」って。そしたら姫ちゃんは

フロリアンはマルギットを愛しているがゆえに、彼女がカールといつまでも中途半端な関係でいるのは見たくない。幸せを願うだけに結婚するならさっさとしてほしい。そしたら諦められる・・と思ってマルギットとカールの味方をした

へえ、すごいな。年寄りになるとこういう若者の機微がわからなくなるのね・・と反省しました。

フロリアンがマルギットに 「よくお聞き」と説教するところも、これでマルギットに嫌われたら自分も諦められるかなくらいに思っているんだろうと。

私も姫ちゃんの感想を受けて自分なりに考えてみたのですが、フロリアンは現実を知っている大人なんです。社交界というものがどういうものか知っているし、結婚が恋愛だけで成立することがない事も。

彼からしたらマルギットはまだ子供で、純粋に「愛しているから私がやることは全て正しい」と思い込んでいる。でも、世の中には「男のプライド」を傷つけたり現実逃避を愛と思い込むことは決してプラスにならないんですよね。

フロリアンのセリフ「お父さんへの敵意でこの家を飛び出し、お父さんへの敵意からカールと結びついたのだとしたら、その敵意がなくなった時、カールへの愛情はどうなってくるのだ」これをぜひ眞子さまに捧げたい。

確かに、レストランで一般席に行こうとするカールをとどめて特等席に坐らせたのはマルギットの汚点ですよね。自分がカールの立場まで落ちる覚悟がなかったんです。

パーティの時も必要以上にカールを庇ったことは、社交界の人達に言い訳しているようにも見えたでしょう。

女が男をたてる・・・なんて古い考えだけど、そんなつまらない事で男は自信を失う存在でもあるわけですね。

そんなカールが酒場で大泣きするシーンは秀逸で、完全に観客はその世界に入りこんで一緒に泣いてしまいましたよ。

でも一方でそういう古さが似合わない人もいるわけで。それが七海ひろきだったかなと。この人はどこまでもトレンディで今時の人なので、船乗りなのにインテリジェンスで穏やかで・・だからあまりカールに絡まなかったことはよかったと思います。

綺咲愛里のマルギットはごく自然に「乙女」になっていて、彼女だからこそカールが惚れて捨てて泣いて・・・になったんだなあと感じました。

 ESTELLAS 

お正月のBS放送を見た時、めちゃくちゃ静かなショーだなと思ったのですが、実際に見ると、レーザー光線が綺麗で特に2階席から見ると本当に綺麗だなと思いました。

ただ・・・星組は半年も「KILLER ROUGE」をやっていたんですよ。あの時のド派手な衣装や髪型が脳裏にしみついてしまって。今回のショーではみんながみんな普通に見えちゃって(笑)

中村暁は出来不出来の多い作家ですが、今回は手抜きだなと単純に思いました。

最近のショーではJ-POPやK-POPを多用する作品が多いです。はるか昔「ル・ポアゾン」でクイーンの曲を使って最先端を見せた宝塚。

そして藤井大介が「カクテル」でサザンの曲を使ってJ-POPが広く受け入れられて今に至ります。

こういう今時の曲を使うのは斎藤吉正も同じで、「KILEER ROUGE」は勿論、「MISTY STATION」等でも多用してました。

でもJ-POPやK-POPを使うのはセンスがいる事です。それはクラシックも同じでしょうけど、雰囲気や色の違う音楽を単に組み合わせればいいというものではないんですよね。

今回、平井堅やらレミオロメンやら葉加瀬太郎やら次から次へと自分の好きな曲を使って並べたけど全然色が違ってばらばらであること、過去の中村作品と酷似していることなどから、もうネタ切れで羅列するしかなかったんだろうなと思いました。

クラシックの場合、観客がよく知っている曲を使われれば親しみやすいですが、現代の曲の場合、作者や歌っている人の顔が浮かんでしまい、宝塚の中に馴染ませるのは難しいのです。それをうまくするには主題歌が大事で、それにインパクトがないと、まるでJ-POPの方がメインに見えちゃう。

もっとも腹が立ったのは「情熱大陸」ですかね。黒燕尾が丸々録音なんて・・・あんまりです。宝塚座付き演奏家って暇でいいよねーーと思ってしまいますよ。

何であの曲をそのまま使わないといけないのでしょうか?アレンジしちゃダメだったんでしょうか?だったら使わなくてもよかったんじゃないでしょうか?

星組というムードやイメージを無視して、どこの組にも同じような構成を押し付けるなんて演出家にあるまじきことなんじゃないでしょうね・・・・

今回は極慎のかっこよさにやられましたーー

スカステで「ベルリンわが愛」の新人公演を見て、その演技のうまさに驚いてしまい、すっかり虜に。いや・・浮気はいけない。でも浮気じゃない。あ、浮気か。と悩みつつも、極のキザっぷりがすごくてびっくりしました。

草葉の陰からこっそり応援しますね。

 

 

 

 

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天皇陛下在位30周年記念式典

2019-02-25 07:00:00 | 皇室報道

 一言でいうと「皇后陛下を称えまショウ」的な感じがいたしました。何でここまで上座に上がるのか皇后が・・・・

皇居で行われた皇族からの挨拶。まずは皇太子夫妻

秋篠宮夫妻

眞子内親王・佳子内親王

30周年式典に到着した両陛下。

全体的な流れとして総理大臣始め、お歴々の挨拶までは普通でした。

あれ?と思ったのは波野久理子が皇后陛下の歌を披露し、讃え始めてから。

三浦大知の歌も天皇の琉歌に皇后が曲をつけたもので、沖縄の人からすれば光栄なことだったんでしょうね。沖縄一色、何というか・・・都道府県全部回ったという割には特定の県に特化した歌を披露。

それが終わったら、今度は皇后陛下の浩宮への「歌」に曲をつけて披露。

「皇太子は自分達にとって特別なんです」といわんばかりのご披露で、皇后の嬉しそうな顔ったらないです。

そして天皇陛下のお言葉。このお言葉の中に気になるフレーズが。

世界は気候変動の周期に入り、我が国も多くの自然災害に襲われ

へえ、自然災害が気候変動のせいと思っていらっしゃるのね。歴代天皇は全て「自分の不徳のせい」と思っていた筈なのに。

象徴としての天皇像を模索する道は果てしなく遠く、これから先、私を継いでいく人たちが、次の時代、更に次の時代と象徴のあるべき姿を求め、先立つこの時代の象徴像を補い続けていってくれることを願っています」

皇太子もそうですが「象徴は何か」と考える必要はないのでは?何を模索し果てしなく遠いと思われたのか疑問です。国家元首とか大元帥としてどうあるべきかと模索するならわかるけど、「象徴とはしての天皇像」の模索というのはどうみても変です。

まるで「権力行使をどこまでやっていいのかわからない」という話ですよね。

あるいは真逆に「象徴天皇制なんてあるだけ無駄じゃん」と言っているようにも聞こえて。だから退位、相手が断れないのをいいことに憲法違反してまで退位に繋がるのだとしたら、象徴天皇はいらないということになります。

即位の時に「憲法を順守する」と話しておきながら、自らそれを破るという晩年にひどい事をした天皇の実録はどのように書かれるのでしょうか?

平成が始まって間もなく、皇后は感慨のこもった一首の歌を記しています。

 ともどもに平(たひ)らけき代(よ)を築かむと諸人(もろひと)のことば国うちに充(み)つ

 平成は昭和天皇の崩御と共に、深い悲しみに沈む諒闇(りょうあん)の中に歩みを始めました。そのような時でしたから、この歌にある「言葉」は、決して声高に語られたものではありませんでした。

 しかしこの頃、全国各地より寄せられた「私たちも皇室と共に平和な日本をつくっていく」という静かな中にも決意に満ちた言葉を、私どもは今も大切に心にとどめています」

実はこのフレーズは重要なことで、天皇の素顔をみたりというか、やっぱりそうだったんだと思うものです。

つまり、昭和天皇が崩御して悲しみの中にあるのに、皇后は「国中の人々が共に平和な時代を作っていきますと言ってますよ」歌った歌なのです。

これはつまりアンチ昭和。昭和天皇への痛烈な批判です。

昭和天皇が亡くなった時にこの歌を作ったからこそ、決して声高には言えなかったのです。でも30年後にこれを言った。

なぜか。今、日本は平和から遠ざかろうとしているから・・・と陛下が思っているからです(いや、皇后が)徴用工問題も慰安婦問題もレーダー照射事件も何もかも日本が悪くて勝手に騒ぎを起こしているから平和が脅かされている。

国民は私達(天皇皇后)に「平和を守ります」と言っている・・・それも全国からそういう声が届いているんですよ。安倍総理ってな感じでしょうか。

太平洋戦争の責任は昭和天皇にあるのだと思い込んでいる今上。だから「戦争犯罪者の息子じゃないですか」と言われても「その通り」としか言えないんでしょうね。むしろ、もっとお詫びに行かなくちゃと。

ああ・・・もうほんと、そんな天皇の息子が同じでないといえますかね。

(それにしても悲しみの中でそんな歌を詠む皇后って・・・・・)

陛下が途中、読み間違えをして皇后に助けられるシーンがあり、そういうことがあるから尚更もう皇后なしでは言えないんでしょうね。情けないなあ。

 

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皇室ウイークリー

2019-02-24 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下

2月15日・・・天皇陛下 → 通常業務

2月16日・・・皇后陛下 → 第31回二宮和子クラリネットリサイタル(後半)鑑賞

2月17日・・・天皇陛下 → 祈念祭の儀

2月18日・・・両陛下 → 黒田清子祭主から挨拶をうける

             シニア海外ボランティア及び日系社会シニアボランティアと懇談

2月19日・・・両陛下 → 外務省から進講をうける

             勤労奉仕団に会釈

       天皇陛下 → 通常業務

2月20日・・・両陛下 → 新旧警視庁警衛課長に会う

             特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」鑑賞

2月21日・・・両陛下 → 結核予防会創立80周年記念第70回結核予防全国大会について説明を受ける

             帰朝大使夫妻とお茶

       天皇陛下 → 内奏をうける

皇太子同妃両殿下

2月15日・・・皇太子殿下 → オーストリア首相と会う

2月17日・・・皇太子殿下 → 祈念祭の儀

2月18日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

2月19日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

 

秋篠宮家

2月18日・・・両殿下 → 外務省より進講を受ける

2月19日・・・両殿下 → 太平洋島嶼国政府関係者グループ招へい)被招へい者に会う

     秋篠宮殿下 → 世界自然保護基金インターナショナル総裁らに会う

2月20日・・・両殿下 → 第9回日本学術振興会育志賞」受賞者について説明を受ける

 両陛下が結核予防会に出るんですね。紀子様とご一緒なんでしょうかね。

 雅子さんは努力と工夫を重ねて活動の幅を広げておられるそうですが、それでも勤労奉仕団に会釈出来ないのはなぜですか?

 皇后陛下のかつらがみすぼらしくて・・・もうちょっと香淳皇后のような白髪にならなかったものですか?


 安倍首相が皇太子に内奏 

 2月22日、安倍首相は皇太子と面談。きわめて異例

 即位の流れについて説明したのではないか

 この問題について私が思うのは、何で「きわめて異例」などという表現を使って報道したのかということです。天皇が退位する以上、次の天皇に内奏するのはいわば当然の話ではないかと。

 単に即位の儀式はこうでああで・・・なんて話をするなら総理大臣じゃなくてもいいわけで。話が「新皇后の役目が果たせるかどうか」ということなら話は別ですけど。

「マサコは出来る範囲で努力と工夫を重ねているが途上なので休むこともある」

なんて言われたら総理としては「じゃあ、せめて出るか出ないかくらいは事前にはっきりとさせてドタ出もドタキャンもなしにしてね」くらいしか言えないかも。

 本当なら「水問題」に関わることも止めさせてほしいところです。


 即位パレードに秋篠宮夫妻も 

 即位のパレードは平成のルートを踏襲

 新天皇皇后と秋篠宮夫妻も共に

 前回、平成のパレードの時も皇太子が後ろからついてきていたのですが、全然気づかなかったんですよね。

だから今回、秋篠宮夫妻が同行するのも当然。でも本来は未成年者とはいえ、次の次の天皇である悠仁殿下もご一緒の方がよかったと思います。


 文喜相国会議長の発言 

 文国会議長は「天皇陛下に仲介を頼まれた」と発言

 宮内庁は「天皇陛下は文国会議長に会ったことはない」

 私は意外と本当の事なんじゃないかと思います。

何年か前、女性週刊誌がこぞって「天皇退位後は韓国訪問したい」と皇后陛下がおっしゃっていると報道していましたし、その昔にも「私達がいかなければ」とやっきになっていたことも報道されています。

熱心だったのは天皇より皇后。とにかく謝りたかったんでしょうね。

そして「仲介」も誰かに頼んだようなことは書かれていました。もし頼むとしてダイレクトに文氏にいくわけがなく、そこは韓国に最も近いパイプを持っている高円宮家になるだろうなと思います。

 久子妃はワールドカップ以来、とにかく韓国びいきがすぎます。日本人だから何も言わないだけで、本人は韓国と日本の架け橋だと悦に入っているかもしれないけど、そうではないということを誰かが教えてあげないと。

 とかく政治家は皇族に関わることを恐れますが、それではいけないと思います。

久子妃は明らかに国益に反して韓国を贔屓して数々の行事に出ているし、大学まで作ってしまい、さらには裏でお金が動いている疑惑もあるんです。こんな黒い未亡人いますか?

 天皇と皇后が理想通りに韓国へ行き、慰安婦のおばあさんの手をとって「気の毒でした」と言ったところで何になるでしょう?日本の天皇と皇后を侮辱したとあちらは大喜び。チマチョゴリを着せて王朝復活なんてやりかねないですよね。

極左翼の天皇と皇后が招いたのがこういう不適切発言であったこと、さもありそうな雰囲気を持っていること自体が問題なのです。

 


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皇太子殿下 59歳に  3

2019-02-23 23:00:00 | 皇室報道
 雅子さま、愛子さまのご活動について



 雅子はこの一年も、体調に気をつけながら、公私にわたり出来る限りの務めを果たそうと、種々の工夫を凝らしつつ、一生懸命に努力を積み重ねてきておりますそうした努力の結果、昨年12月の誕生日に際しての感想の中でも述べております通り、活動の幅が少しずつではありますが、着実に広がってきていることを、本人も嬉しく思っておりますし、私もともに嬉しく思います。

その過程では、訪問先などで多くの方々から笑顔で温かく迎えていただいたことは、雅子にとって本当に大きな支えとなっておりました。私も雅子とともに、あらためて国民の皆様に感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

一方で、着実に回復してきているとはいえ、依然としてその途上にあり、体調には波もありますので、雅子には引き続き焦ることなく、少しずつ活動の幅を広げていって欲しいと願っております。

今後は自身の置かれる立場が変わることで、公務も多くなる中、一朝一夕にすべてをこなせるようになるわけではないと思いますが、雅子は、これからも体調に気をつけながら、回復を目指してさらに努力を重ねていくと思いますので、国民の皆様には引き続き回復を温かく見守っていただければと思います。

雅子にはこれまで、私や愛子のことにもいろいろとよく心を配り、私の活動を支えてきてくれています、私も出来る限り力になり、雅子を支えていきたいと思っております。

 毎年型通りで何もない。「依然として回復途上」を死ぬまで言い続けるんだろうなと思うと笑うしかありません。雅子妃も55歳ですよ。いい加減、出来ないことは出来ないと認め「やれば出来るけど今は出来ない」という小学生みたいな態度をあらためないと皇室は亡びますよ。

 いつまでも小和田夫妻が生きてるわけじゃないのですから。

愛子はこの一年、イギリス・イートンカレッジでのサマースクールや、秋の関西地方への修学旅行などを経て、一段と成長を遂げたように感じています。青春期には誰しもが経験するように、こうした得難い経験を通じて、自分の世界が大きく広がったものと思います。

これからの数年間は、自分自身が将来について、いろいろと思いを巡らせる時期になりますので、お友達や先生方など、周りの方々と話し合い、自身での思索を深めていって欲しいと思います。

 

イートンでのサマースクールや修学旅行、学校の課題など、普段から、愛子から私たち二人にはいろいろと話をしてくれていますし、大事な事柄については、その都度相談に来ることもあります。今後とも、大学への進路といった将来のことや、その時々の悩みなどについて、相談を受けることもあると思いますが、親として、本人の気持ちをしっかりと聞きながら、良い助言ができればと思っています。

 

 娘がイートンのサマースクールへ行ったことがよほどうれしかったのですね。あの愛子内親王が大学生になるなんて考えられないし、考えたくないけど、彼にとっては「普通の娘」なんでしょうね。

読むほどにうんざりしてくる誕生日の文書ですが、これでもあと少しで天皇陛下と呼ばれる人です。よくよく考えて行動しないととんでもないことになります。


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皇太子殿下 59歳に  2

2019-02-23 21:42:00 | 皇室報道
 皇室の将来像について

 皇室の将来像についてのご質問については、男性皇族の割合が減り、高齢化が進んでいること、また、女性皇族は結婚により皇籍を離脱しなければならないということは、将来の皇室のあり方とも関係する問題です。

ただ、制度に関わる事項については、私からこの場で言及することは控えたいと思います。

 制度に関わる事項については言わないといいながら「男性皇族の減少」「高齢化」「女性の降嫁」と3つも提言してますが。何とかしろよということなのかな。



 皇室のあり方に関しては、国民と心をともにし、苦楽をともにする皇室ということが基本であり、これは時代を超えて受け継がれてきているものだと思います。

過去の天皇が歩んで来られた道と、天皇は、日本国及び日本国民統合の象徴であるとの日本国憲法の規定に思いをいたし、国民と苦楽をともにしながら、国民の幸せを願い、象徴とはどうあるべきか、その望ましいやり方を求め続けることが大切であるとの考えは、今も変わっておりません。

 「国民と苦楽を共にする」というのは一言いえば平成流の言い回しですが、自分がこの30年、やってきたことを振り返るとはっきりいって、国民の気持ちをないがしろにすることだけだったのでは?と思います。

身の程を知らないくせに大口をたたく次期天皇ですよね。

もう即位を目前にして「象徴とはどうあるべきか」なんて言ってる場合じゃないでしょ。そういうものは30年の間に出来上がっていなければならなかったのでは。

 同時に、その時代時代で新しい風が吹くように、皇室のあり方も、その時代時代によって変わってくるものと思います。私も、過去からさまざまなことを学び、古くからの伝統をしっかりと引き継いでいくとともに、それぞれの時代に応じて求められる皇室のあり方を追い求めていきたいと思います。

 結局堂々巡りで結論を出さずに「追い求める」だの「思いをいたす」だの聞き飽きたって・・・ じゃあ、人格否定発言は何だったのか?何であんなこと言ったんだよっ 国民が望むのはただ一つ、あなたが身を清め祈りに没頭することで一年中続く災害を止めてくれということです。

結局、言いたいことを言って好きなことをやって・・それが新しい天皇像なんでしょう?わかってるから。

 

 天皇皇后両陛下への思いは

 天皇陛下には、ご即位されて以来、長年にわたり、日本国憲法の天皇の規定と、歴代の天皇の歴史に思いをいたされ、常に国民の幸せを願い、国民に寄り添い、苦楽をともにしながら、象徴天皇としてのお務めを果たされる中で、そのあるべき姿について、全身全霊をもって模索をしてこられました。
また、皇后陛下には、そうした陛下のお気持ちを心から共有され、常に陛下をお支えになってこられました。そして陛下には、そのような皇后陛下を敬愛され、両陛下でご一緒に歩みを進めてこられました。
 天皇が皇后を敬愛する・・・? いや、普通は逆じゃないの?
  やっぱり皇室で一番お偉いのは皇后陛下だったのね。皇族みんなの認識がそうなんだと確信しました。

こうした両陛下のこれまでの歩みに思いをいたす度に、両陛下に対して深い感謝と敬意の念を覚えております。
両陛下には、今後とも末永くお健やかにお過ごしいただけますよう、心よりお祈り申し上げます。
また、両陛下がこの30年余り、一つひとつの行事を大切に思われ、真摯にお務めに取り組んでこられるお姿を、私も、そして雅子も、間近に拝見する機会をいただいてまいりました。そのようにおそばで学ばせていただいたことの幸せをあらためて噛みしめるとともに、両陛下のお心遣いに感謝申し上げます。
そして、そのお姿をしっかりと心に刻み、自己の研鑽に励みつつ、今後とも務めに取り組んでまいりたいと思います。
 そして雅子も・・ねえ。とってつけたような?間近で見続けてきたのに真似っこ一つ出来なかった夫妻ではありませんか?


 私自身について言えば、両陛下のお手元で、温かい家庭において慈しみを受けながらお育ていただき、また、音楽やスポーツの楽しみを教えていただいたり、留学といった得難い経験をさせていただいたりしたことが、自分にとっても大きな糧となっていることに深く感謝をしております。

 音楽やスポーツの楽しみも留学も全部税金です。一々逆なでするなあ。

 退位という形での御代替わりについての質問ですが、陛下のご退位については、以前もこの場でお話しした通り、陛下が全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが難しくなるのではないか、とご案じになられていることに、とても心を揺さぶられましたが、そのようなお考えに至られた背景については、十分にお察し申し上げます。

私としましては、こうした陛下のお考えを真摯に受け止めるとともに、常に心にとどめ、これからの務めを果たしていく考えです。
 変にこういう時だけ天皇のいいなりというのが許せないんですよ。
皇太子は結局、自分がないんです。象徴とはどうあるべきかなんて今になって考えることじゃないじゃないですか。もう象徴になって3代目なんですもの。

 

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皇太子殿下59歳に

2019-02-23 21:20:00 | 皇室報道

2月23日、皇太子殿下は59歳になりました。還暦直前で即位ですか。

歴代でも遅い方じゃないですか?

 

【記者会見全文】

 皇太子として過ごした平成への思いとこれまでの歩みを振り返り、さらに今後への豊富。

 今から30年前、昭和から平成の新しい御代への移り変わりを、私は皇居の吹上御所で迎えました。

 深い悲しみの中に、一つの時代が終わったという感慨が頭の中を駆け巡ったことを記憶しています。立場が変わったことを認識しつつも、最初は、しばらくは皇太子さまと呼ばれても何か実感が湧かなかったことを覚えています。

 「感慨」という言葉はここで使うべきなのか迷います。これはまるで「いよいよ僕は皇太子か。感慨深いなあ」と言っているようなものですね。

皇太子は葬儀なのどの場面でもうすら笑いを浮かべることが多く、いわゆる本当の悲しみを知らないのではないか。悲しみの時にはどんな表情をすべきかわからないのではないかと思われます。

 ただ、昭和の時代から回数は限られますが、現在の両陛下のご公務にご一緒したり、昭和62年には、私自身も昭和天皇の国事行為臨時代行を務めさせていただくなどしたことは、皇太子としての準備を進めさせていただく機会になったものとありがたく思っております。

 皇太子としての活動を行うにあたっては、国民の幸せを願い、国民とともにありたいと思っておられる陛下をお助けすべく、皇太子として、自分に何ができるかを常に考えながら、一つひとつの公務に取り組んでまいりました

 天皇陛下が倒れた時はとりあえず代行をやったけど忙しすぎて不平不満を言ったというのは有名な話ですよ。妻一人説得する事が出来ずにいいなりになっている現状をみるととても「公務に励んで来た」とは言えません。

 私は、さまざまな行事の機会に、あるいは被災地の視察として各地を訪問してまいりましたが、国民の中に入り、国民に少しでも寄り添うことを目指し、行く先々では多くの方々のお話を聞き、皆さんの置かれている状況や関心、皇室が国民のために何をすべきかなどについて、的確に感じ取れるように国民と接する機会を広く持つよう心がけてまいりました。こうしたことは、今後とも自分の活動の大きな柱として大切にしていきたいと思います。

 国民の中に入る・・というのは国民と一緒に遊ぶということではなく、励まし希望の火を与えることだと思いますが、皇太子は勘違いしています。阪神淡路大震災の時も東日本大震災の時もぐずぐずと予定を遅らせて日帰りで帰ってきたりしたし、新潟地震の時も平気で静養したりしてました。

また、熊本へ行っても絶対に水俣病患者には会わない・・こんな嘘だらけのことを行っていてよくも「行く先々では多くの方々のお話を聞き、皆さんの置かれている状況や関心、皇室が国民のために何をすべきかなどについて、的確に感じ取れるように国民と接する機会を持つ」なんて言えるなと・・・そもそも皇太子には感情というものがないのではないか?

共感したり思いやったりする当たり前の感情がない。

国際親善と、それに伴う交流活動も、皇室の重要な公務の一つであると思います。

これについては、これまで30か国以上を親善訪問し、また、日本に来られた賓客や外国青年代表、国際賞受賞者と、多くの外国の方とお会いする機会がありました。

こうしたことが、日本と各国との友好親善の一助となったのであれば幸いです。また、これらの経験によって、自分自身も世界に対する視野を広げ、関心を深めることができたように思い、ありがたく思っております。

 国際親善というのは自分が迎えた側になっても迎えられた側になっても相手に不快感を起こさせないというのが大前提になっています。

 ベルギー訪問を雅子妃の妊娠を隠して強行し、流産したらマスコミのせい。何も知らなかったベルギー王室が謝罪しました。

 ブラジルでは創価学会と並んで写真をパチリ

 スウェーデンなどの王室の結婚式に呼ばれると一人でうろうろ、迷惑千万

 オランダ静養で妻が女王の気分を害する



実際に皇太子となってからは、自分の中でもその役割に対する自覚というものが、より根付いてきたように思います。特に平成3年2月に「立太子の礼」を陛下に執り行っていただいたことで、その気持ちがより強くなったことを思い出します。

 立太子の礼で自覚が強まった・・・ってはあ?


平成28年8月8日の天皇陛下のお言葉以来、これから私が担うこととなる重責について、あらためて思いを巡らせる機会も増えてきましたが、その度に両陛下のこれまでのご苦労とご努力に、感謝と尊敬の念を覚えます。

また、両陛下からさまざまな機会に多くの話をうかがわせてきていただいていることも、今後、公務に取り組んでいく際の大きな道しるべとなるものであり、大変ありがたいことと思っております。

 陛下から色々教わって「ありがたい」ってのも変だと思うんですよ。他人行儀っていうか、なーんか言葉の使い方が違う気がします。ここは「その度に身の引き締まる思いをしましたし、今後の自分の在り方に大きな影響を与えました」くらいはいえないのか?

これからのことを思うと、とても厳粛な気持ちになりますが、引き続き自己研鑽に努めながら、過去の天皇のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、両陛下がなさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々とともに喜び、あるいはともに悲しみながら、象徴としての務めを果たしてまいりたいと思います。

 共に喜び、共に悲しむ・・・という言葉を聞いて聖書を思い出すのは私だけ?そもそも天皇とは共に喜んだり悲しんだりするというよりは喜びは民に、苦しみは自分に・・・と祈るべき存在なのではありませんか?

また、以前も述べた通り、私が長年携わってきました水問題についても、そのことを切り口に、豊かさや防災など、国民生活の安定と発展について考えを巡らせることもできると思います。日本の変化に富む豊かな国土は、同時に自然災害、例えば台風や豪雨、津波などの影響を受けやすいことから、水問題への取り組みで得られた知見も、これからの務めの中で国民生活の安定と発展を願い、また、防災・減災の重要性を考えていく上で、大切に生かしていきたいと思います。

 水問題と防災は別物なのに、皇太子はいっしょくたにして考えていることが大きな間違いだと思います。

自然災害と水問題は違います。その違いがわからず「水問題」と語ることはもうやめなさいといいたい。また天皇は政治家ではないのです。考える必要はありません。

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