ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
毎日更新しています。

皇室ウイークリー

2020-05-31 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下

5月22日・・・ 天皇陛下 → 通常業務

5月25日・・・天皇陛下 → 田植え

5月26日・・・天皇陛下 → 通常業務

5月27日・・・両陛下 → 内閣府政策統括官から進講を受ける

 

秋篠宮家

5月25日・・・両殿下・眞子内親王・佳子内親王 → 厚生労働省医政局看護課長,健康局健康課長から新型コロナについての説明を受ける(オンライン)

5月26日・・・両殿下 → 外務省から進講を受ける(オンライン)

       両殿下・眞子内親王・佳子内親王 → 東京大学医科学研究所感染症国際研究センター長から新型コロナについて説明を受ける(オンライン)

5月27日・・・殿下 → 大日本農会から新型コロナについて説明を受ける(オンライン)

 いわゆる両陛下のご進講は「5000万円寄付」との関連があるようです。秋篠宮家が済生会に

 両陛下はとにかく「呼びつける」のが定義と思い込んでいるんですよね。オンラインが出来ないわけじゃないと思うけど、それをやり始めると他の公務も出来るでしょうって事になるから。

 愛子内親王は第二外国語はスペイン語にしたそうです。何でも英語はネイティブで皇室の中で誰よりも堪能。スペイン語は天皇が習っているのでそれを参考に。実は以前からスペイン語に興味があってとても優秀だそうです。本当にまあ・・どこまで嘘をつくんだよねーーと 記者さん達も書いてて恥ずかしくないのでしょうかね。愛子内親王は英語はおろか日本語だってまともに話せるとは思えないのに。日本語学科なのに外国語選択に拘り、オンライン授業が始まったばかりなのにもう、優秀だのって言い募るのはおかしいんじゃないでしょうか?

そのうち、フランス語もイタリア語も・・・中国語に韓国語も堪能設定になるでしょう。

 上皇陛下 コロナ後初のハゼ研究所へ 

上皇陛下は28日、皇居へ赴きハゼの研究所へ行かれました。

今後は御苑を散歩するかも・・・それというのも高輪仙洞御所が狭いから運動にならないんですって。亡き高松宮殿下に失礼な事をどうどうと報道しますわね。

微熱が出るのも高輪仙洞御所が狭いせいなの?早く元の東宮御所に行きたいというお気持ちの現れでしょうか。アクティブ老人の典型例ですね。

 

 秋篠宮家が手作りした防護服 

 5月18日に皇后陛下が養蚕をドタキャンしたわけ 

 週刊女性 2020年6月9日号

 5月18日、秋篠宮殿下は済生会に対して2000字のメッセージを送り、手作りの防護服や色紙などを提供されたことを発表。これは宮内庁が発表したのではなく、済生会がHPに載せたもの。

 この5月18日に養蚕が予定されていた皇后はドタキャン

 「今回のドタキャンは、周囲からの過度なプレッシャーが原因となった可能性が大いにあります。周辺でお仕えする方々は、雅子さまのご様子をきちんととらえて対処、対応していらっしゃるでしょうから問題はありませんが、一方で国民から“やればできる”と見られてしまえば大きなプレッシャーになります。適応障害』のいちばんの原因であるストレスが高まることを回避することが最も求められます。そういった点からも、今回の当日キャンセルは、とてもよいことだと思います」(東京未来大学こども心理学学部長・出口保行教授)

 何がそんなに過度なプレッシャーなのかわからないんですが、結局は、秋篠宮家が発信したことが気に入らなかったという話。

 「やれば出来る」とみられることの何がプレッシャーなのか。還暦も近いというのに10代の子供みたいな言い訳するなと言いたいです。しかも「キャンセルはとてもよいことだと思います」と平気で語る教授とそれを書く雑誌。本当に恥ずかしくないのかな。

 さらに女性セブンでは「雅子さま医療従事者への偏見と差別は許さない」のタイトルで記事が上がっていますが、内容は赤十字から進講を受けた時にお言葉が宮内庁から発表されたことが「異例」であり、それだけ心を寄せている証拠だと。

だけど最終的に「大変でしょうね」と皇后が言った、その言葉一つで「偏見と差別はゆるさない」にかかる・・という文章のいい加減さに呆れてしまいます。女性週刊誌を読んでいると日本語能力が低下するんじゃないか?と心配になります。

 

 ケンブリッジ公爵夫妻がバーチャルビンゴ大会を主催 

 新型コロナ禍においてケンブリッジ夫妻はオンラインによる、医療従事者などに感謝の意を表している

 先日、ウェールズの介護職員とのオンライン会議で、カーディフになる老人介護施設にすむ老人たちとバーチャルなビンゴゲームに参加。

 夫妻はノーフォークにある自邸から参加。

 イギリスはコロナ禍において非常に王室アピールがうまくいっている国だなと思います。エリザベス女王の断固たるメッセージや、ケンブリッジ公爵一家のボランティアやオンライン参加など。どうしてこれが日本では出来ないのでしょう。

 

 タイ国王のあまりの行動に国民の心が離れて行く 

世の中には日本の天皇皇后以上に空気が読めず、自分勝手な振舞をしても許される国王がいます。それがタイの国王陛下。

先王と親しかった秋篠宮殿下は一度もこの国王とは会ってないのでは?と思われます。

一体、「あまりの行動」とは。

 タイでの新型コロナの被害も大きく、5月26日現在、感染者は3045人で死者は45人。

 3月末、タイのワチラロンコン国王は側近数百人以上を連れて、ドイツのバイエルンにある高級ホテル「グランド・ホテル・ゾンネンビッヒル」を貸切って自主隔離生活を送っていた。

 愛人20人を同伴、お妃は同伴せず。

 側近のうち119人が感染して母国に送り返された。

 そもそも人生のほとんどをドイツで送っていた国王は、自分の国にいつかない。

 タイ政府は高まる国民の「王室は必要なのか」という批判に対抗する為に、スティダー王妃がマスクを配布する写真を公表。でも、ツィッターなどへの書き込みは150万以上。

 もうわけがわからない国王ですけど、財産だけは世界一あるようで、贅沢しても全然平気。国から追われたらドイツへ行くし・・・ってな感じですか?そういえば皇太子もドイツ在住ではないでしょうか?どうして王室はこれを許すんでしょうかね。

 

 小室佳代氏の近況 

週刊誌に激写された小室佳代氏

以前より太っている感じですが、さらに髪が金髪になっているそうで。相変わらずパトロンと一緒に暮らしているようですよ。お金に困っているような印象はないですね。

 

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こういうの現役で見たいの

2020-05-30 07:00:00 | ヅカOG その他舞台

 朝 「ZIP」でちらりと見たので検索しました。

宝塚OGによる「すみれの花咲く頃」とかは見てたけど「青い星の上で」をトップスター達が歌うって素敵すぎる

宝塚をあまり知らない方へご説明

 言い出しっぺは元星組のトップスター柚希礼音らしい(レジェンド)

 「青い星の上で」というのは2001年の宝塚大劇場でのショー作品「夢は世界をかけめぐる」のプロローグで稔幸と星奈優里の白馬の王子様とお姫様コンビが歌った曲です。「夢は世界を・・」は21世紀の始まりを記念しての作品で専科からも出演したゴージャスなショーです。この作品は宝塚でしか上演されなかったのですが、幸運にも私は見ることが出来ました。

 ただ歌うというだけでなく、トップコンビがさりげなく互いを見たり振りつけたりするというのがツボ。現役に近い程男役声というのも魅力

(明日海りおさんて3人の娘役を相手しましたしね)

この度、ご懐妊された北翔海莉さんも美声を響かせ、紅ゆずるはすっぴん?目の下にくま?龍真咲が綺麗になってまあ。でも選曲も振りも素晴らしいです。

元気が出ますよね。

こういうのを現役で見たいのよーー

 

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日本一強い女ー皇嗣妃殿下の肖像18

2020-05-29 07:00:00 | 日本一強い女 皇嗣妃殿下の肖像

 1993年6月25日 長野県の老人ホームにて

とても表情ゆたかななまずさん」(BY紀子妃)

 

 1993年6月19日 映画「REX」鑑賞

 1993年6月26日 群馬県の火山博物館新装落成式

 

 1993年6月 新潟県佐渡市訪問

 

 1993年7月8日 東京サミットで各首脳を招いての雅楽鑑賞会

 

宮中晩さん会

 女性自身1993年7月23日号

はじめてのご一緒の旅行で素晴らしい思い出を・愛らしい紀子様から殿下の愛に包まれて・眞子さまスクスク水遊びとおままごとが好き

 

 1993年7月 トヨタ博物館訪問

 1993年7月16日 信州博覧会開会式

 1993年7月26日~30日 全国スポーツ少年団大会

 1993年7月29日 大分県訪問

 

 1993年8月 全国高校生・大学生による手話スピーチコンテスト

 1993年8月20日軽井沢静養

有名なマーク君とのふれあい

眞子さま :犬さーん

マークがとびついてほっぺにキス

眞子さま:こわいーー

紀子様:お友達になりたかったのね

多分に飼い主は青ざめた瞬間だったと思いますが、紀子様のお言葉でその場が和やかに。

 

 1993年8月30日 紀宮さまご旅行の見送り。寂しくてないてしまった眞子さま

例えば、愛子内親王が外遊すると、皇嗣家もお見送りしないといけないんでしょうかね・・・・それともこの時は、いかに秋篠宮家と紀宮さまの仲の良さを引き立てた場面ということでしょうか。

 

 1993年9月3日 ヨーロッパ訪問をする両陛下をお見送り

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なぜ眞子さまの結婚にそんなに興味があるんですか?

2020-05-26 07:00:00 | 皇室報道

 私は不思議でしょうがない

皇室嫌いがが眞子さまの結婚に興味のあることが

今日も今日とて同僚に聞かれました。

「ねえ、眞子さま、本当にKKと結婚しちゃうの?」

「え?何でそういう話」

「だって、眞子さまがKKと駆け落ちするとか言われているじゃない。本当なの?連絡を取り合っていて絶対に結婚するって」

多分、スマホで見るニュースにそういう系があったんだろうなあ。何とかの紋ニュースとかポストセブンとか、デイリー新潮とか。

どれも「憶測」記事でしかないけど、いかにも眞子さまがKKの後を追いたくて家族と断絶しているようなミスリードをしかけています。

先ごろ、KKがフォーダム大のHPか何かで自分の成績を公開して、そこに眞子さまと秘密の暗号があるとか何とか?

なぜ、私が眞子さまの結婚に関して書かないかといえば、この件は過去の事だと思っているからです。後はどうやって幕引きをするか。どんな事も最後が肝心。最後さえちゃんとしていればよいわけで。それが新型コロナのせいで出来ていないだけです。

国民の多くが小室圭という人物に懐疑的であり、そんな男性と婚約発表までしてしまった眞子さまについて、「馬鹿な姫」と思っているだろうことはわかります。

 小室圭の背後にいるのがどういう勢力かわからないけど、代理人をつけたり学費や生活費の面倒まで見る人物なり組織なり、団体がいることは確かでしょう。そして彼らが男性とは限らないだろうなというのが私の私見。

 小室佳代氏もすでに愛人宅に入り浸って、時々自分のマンションに帰宅しているだけ。

 で、反秋篠宮の人達は「婚約破棄なら何でいつまでもポリスボックスを置いているのか」とか「なぜ婚約破棄会見をしないのか」といいます。親秋篠宮の人達は「ポリスボックスの設置云々は殿下の一存で出来ない」「先帝の裁可を今上が取り消すことは出来ない」といいます。

でも、そしたら、永遠に「婚約者(もどき)・小室圭」になってしまいます。そして明らかに今の小室圭にとってこんなにいい環境はないわけです。

とにかく記者会見しちゃったという既成事実はあるので、どんなに殿下が「娘の婚約者とは言えない」と言っても、「なら法的措置に出るぞ」と脅す事が出来るからです。

 一般の人も、「どうみても小室家の2代にわたる自殺や経済状況や親子の所業は一般人でも警戒するレベルで、そんな男になぜ内親王がひっかかったのか不思議でならない」

 結果的にICUに入ったからこうなった

 今までの皇族の枠を飛び越えて進学先を選んだ内親王に対して、ほぼいちゃもんとしかいいようがない。まさに立憲民主党のような言いがかりです。

 眞子さまの歌会始めの歌が小室を思ってのもの

 ではないと私は思っています。どう見てもあれは過去を懐かしんでいるもので、小室とか全く関係のない歌。でもそれをさも「そうだ」としつこく書かれたら普通の人は信じてしまいますよね。そこにフェイクニュースの怖さがあります。

 

現在の状況としては

 KKはフォーダム大で結構な成績を修めているらしい

 新型コロナの影響で大学はリモート履修になり、KKは寮を出て知人の家にいるらしい

 新型コロナの影響でアメリカ国内での雇用状況が悪化し、仮にKKが弁護士の資格を取得できたとしても就職出来る見込みはほぼなし

 現在、KKの学費を出している法律事務所は「貸与」という形をとっているのでいくらになるかわからないけど、帰国したら返金しなくてはならない。でもアメリカの弁護士資格は一部の州でしか通用しないので日本では弁護士になれない。パラリーガルを続け滅私奉公に務めるか、日本で司法試験を受けるか。

 「KKと眞子さまは連絡を取り合っている」「結婚の意志は固い」と言っているのはKKの代理人だけ。

 確かに秋篠宮殿下は「何等かの発表をしなくてはならない」とおっしゃったけれど、新型コロナの影響で立皇嗣の礼さえ延期されている現在、眞子さまの個人的な結婚の話題を出すのは適当ではない。

 眞子さまと殿下の仲が悪化して口も利かないとか雑誌では様々に書かれていますが、もしそうなら家族総出で防護服を作ったりするでしょうか。

若気の至りというか、どんな女性でも悪い男に騙されることは多々あります。自ら内親王に近づいて結婚の約束を取り付け、それをエサに留学における奨学金をゲットしてしまうなんて、眞子さまは想像も出来なかったのではないかと。

あれからもう2年でしょう?2年間、一度も帰国せず宮家に挨拶もせず、相変わらず400万は解決済みと言い張り、結婚の意志は変わらずと言い続ける男の事など相手にする必要はない。2年間、彼が本当に勉強だけしてたなんて誰が信じます?自然消滅でよいのです。先帝の裁可?今上になったんだからなしですよ。なし。

そんな簡単なことを大げさに騒いで「結婚するのかしないのか」と責める方がおかしい。こんなの眞子さまへの虐めでしかない。

眞子さまの恋愛話なんてイギリスのマーガレット王女やハリー&メーガンに比べたら砂粒のようなもの。

眞子さまは粛々と公務に励み、いずれ本当に眞子さまの事だけを愛してくれる方に嫁がれたらよいのです。

 

KKですけど、私の予想では来年も帰国できないのでは?と思います。

なぜって帰国したらマスコミが騒ぐし、無視してたら自分に不利だし宮家は無視するでしょうし。彼の後ろ盾からは「代償を払え」と言われるでしょうし。だったら永遠にアメリカで学生やってた方がいいでしょう。

きっと強力なコネを得て、アメリカで何等かの仕事について財産家の娘を騙して

(コリアンかチャイニーズ)「眞子さまの元婚約者」の肩書で浮名を流すかも。

個人的な希望は眞子さまが二度とKKと再会しないでほしい。

 

コメント欄でやたら眞子さまの結婚に拘っている人、心の中で思っていればいいでしょう。わざわざ「ふぶきの部屋」に書く必要はありません。

それと「もなか」さま。長すぎるコメントは迷惑なのでご自分のブログでどうぞ。さらに、ハンドルネームをちょこちょこ変えて意味不明のコメントを書く人も絶対に反映させないので諦めて下さい。

 

 

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日本一運のいい女ー雅子皇后の肖像62

2020-05-25 07:00:00 | 日本一運のいい女 雅子皇后の肖像

 女性自身 2007年9月4日号

愛子さま那須で弾けたはにかみステップ

 

 週刊女性 2007年9月4日号

雅子さま母娘水色コーデで夏休み・雅子さま天皇ご一家すれ違いの夏

 

 女性自身2007年9月11日号

独占グラフ那須ご静養10日間愛子さま同級生との歓声に雅子さま瞳輝く回復への自信」

 

 週刊文春2007年9月6日号

「ポニーにまたがり、メリーゴウランドを楽しみボートにも乗って・・・皇太子ご一家睦まじく夏休み満喫中

 

 女性セブン 2007年9月13日号

「皇太子ご一家那須高原から帰京10日間の夏休み さあ帰りましょう」

 

 AEAR2007年9月10日号

雅子さま「再生と癒しの夏」皇太子ご一家の夏休み全20行事御所「子供会」に愛子さま同級生招待。外務省時代の仲間とメキシコ料理」

 

 2007年9月5日 皇族たる皇室会議の議員及び予備議員の互選」

 文藝春秋2007年10月号

皇室適応への最終目標雅子妃が祭祀に復帰する日」(友納尚子の妄想文)

 オランダ行きの飛行機の中で雅子妃は硬くなっており、過去の辛い出来事がフラッシュバックする影響から疲れが見えた

 誰が見てたのか?どんな辛い過去だ?だったらオランダなんか行ける筈なかったろうに。「仕方なく招待されたからオランダへいくの」ポーズ?

 静養に入る前の2003年、ある児童養護施設を訪れた雅子妃は子供達の悲しい境遇がわがことのように敏感に感じられすぎて涙があふれて止まらないという経験があった。

 当時は専門医による診断もまだされておらず病状も重かった。子供達を抱きしめることもできないご自分の無力さにさらに辛い思いをした。

 なので2007年の夏は大勢の子供達と豪遊して遊びまくった・・・と。

悲しい境遇の子供達に配慮するなら、普通は遊びを控える。

 (皇太子の)入院中、雅子妃は毎日欠かさず見舞いに通った。雅子妃にとって毎日外出することがどれだけ困難だったか。

 精養軒の店屋物目当て

 今後の雅子妃の目標は園遊会に出ること、最終目標は宮中祭祀。あと何年かかかる。

 雅子妃は皇室の伝統行事をとても大切に考え、完璧にこなしたいという気持ちが強いあまり、必要以上に緊張し、力が入ってしまう。勤労奉仕団や園遊会などの重要性も理解しているが、宮中祭祀はもっとも重要なものであるという認識が高い為、うまくやり遂げなくてはならない、しかし、経験のあまりない自分が果たして立派にやれるのか、出来なかった場合は周囲に大変な迷惑をかけてしまうのではないか、などといった様々な不安が浮かんできて妨げになる。

 入内したその日から真摯に学んでいれば10年以上も経ってから素人同然の思いを抱く筈はないと思うのですが。自分を過大評価しすぎなのでは?

 

 女性自身2007年9月25日号

小和田家の知人が明かす未来への「切なる願い」雅子さま(43)愛子(5)を天皇に」

 9月6日満1歳の誕生日を迎えた秋篠宮家の悠仁親王。参内は紀子妃とだけ、記者会見もなく内輪の夕食会もなかった。愛子内親王の1歳の時は東宮御所で両陛下をはじめ黒田清子さんや秋篠宮一家を招いての食事会があったのに。

 「雅子さまは秋篠宮家に悠仁さまがお生まれになってから、ますます孤立を深めているような気がします。なぜなら雅子さまは愛子さまに将来、皇位を継承してほしいと切に願っていると思うからです。それが悠仁さまご誕生以来、皇室典範改正の議論もされなくなってしまった。雅子さまのご病気が癒えない最大の原因はここにあると考えています。

 「雅子さまはご結婚以来8年間もお世継ぎをうまなければいけないプレッシャーに苦しまれてきました。しかし、愛子さまがお生まれになったにも関わらず、今度は皇太子ご夫妻のお子様ながら皇位継承権がない。雅子さまは昔から大変責任感が強い方でした。皇太子妃として男のお子様を埋めなかったというじくじたる思いと、皇太子さまと自分の子供がなぜ、将来、天皇になれないのかという寂しさのようなものがあるのだと思います」

 最近はお元気になられたようにお見受けする雅子さまですが、ご公務復帰を望む声もプレッシャーになってしまうのだといいます。責任感とプレッシャーの悪循環の中で、愛子様の幸せを願う雅子さまのお気持ちを考えるならもはや一刻の猶予もないのです。

 この記事が出たのは2007年9月11日。つまり紀子妃のお誕生日でした。週刊誌のタイトルを見た瞬間、怒りで手が震えました。「女帝を狙っているのは小和田家」である事ははっきりしました。小和田恒は権力と権威の両方を手に入れたい。生まれた孫娘が障害者であろうがなんだろうは、即位させてしまえば何とでもなると思ったのでしょう。

 雅子妃が元気になる為、愛子内親王の幸せの為に皇室典範を改正しろとは暴言であり、不敬であり、言語道断です。いくら言論の自由があるとは言っても、こんな事を書かせていいわけがない。しかも悠仁親王の御生母の誕生日に。

意地悪で策略的でどこまでも独りよがりな思想を持つ小和田家。責任感だプレッシャーだと言いますが、この時期にはすでに国民は雅子妃公務復帰をしてほしいと思っていないし、男子を産めと言った事もない。全部マスコミが勝手に書いて来たことです。

雅子妃のせいで、秋篠宮家は「皇孫」にも関わらずお祝いらしいお祝いをさせて貰えず、宮家そのものが日陰の身になってしまいました。この恨み、どうしてくれようか・・・といち国民として本当に思います。

 

 2007年9月16日。皇居へ稲刈りに向かう東宮家。

しかし、時間が「午後5時過ぎ」秋篠宮家の紀子妃と悠仁親王は欠席。

 2007年9月19日 新任皇宮護衛官への会釈

 

  女性セブン2007年9月20日号

「雅子さま長野奥志賀静養中止 もう一つの理由 夏の終わりに・・・宮内庁は「愛子さまの風邪」が原因と発表したが お友達家族も警護の負担」

 8月30日から9月4日まで皇太子一家は奥志賀高原で静養の予定だった。

 出発当日になって急きょ中止。宮内庁は「愛子様が前日から37度の熱を出した為」というのが理由だった。

 奥志賀近辺のペンションは宮内庁警護の予約で満杯だったのに突然のキャンセルで閑古鳥がないてしまった。

 7月下旬、東宮御所で愛子内親王の友達を招いての「子供会」が数回開かれた。

 8月11日、愛子内親王と雅子さまは東京湾の花火大会を見物

 今年の夏はとりわけ精力的に遊ぶ皇太子一家。いつもは3人だけなのに、今年はお友達一家も多く、宮内庁の警備担当にかなり負担がかかる。

 奥志賀をキャンセルしたのも「遊びすぎ」の批判があったからでは?

 

 2007年9月22日 一家で大相撲観戦

 

徹底的な遊びを続けて公務ドタキャンを繰り返す雅子妃。デリケートとかナイーブとか、責任感が強いとか。そんな言葉で飾られているけど、国民の本音は「心臓強いよね。何を言われても自分を曲げないんだから」でした。

 

 

 

 

 

 

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皇室ウイークリー

2020-05-24 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下

5月15日・・・天皇陛下 → 通常業務

5月19日・・・天皇陛下 → 通常業務

5月20日・・・両陛下 → 日本赤十字社社長・副社長から進講を受ける

 

皇嗣家

5月15日・・・両殿下・眞子内親王・佳子内親王 → 日本経済研究センター代表理事・理事長ご説明(COVID-19関連)オンライン

5月18日・・・両殿下・眞子内親王・佳子内親王 →厚生労働省医務技監ご説明(COVID-19関連)オンライン

5月19日・・・両殿下・眞子内親王・佳子内親王 → 日本商工会議所会頭ご説明(COVID-19関連)オンライン

5月20日・・・両殿下・眞子内親王・佳子内親王 →国際協力機構(JICA)理事長,青年海外協力隊事務局長からCOVID-19関連について説明を受ける オンライン

 もう、新型コロナの影響で公務が出来ないというのは言い訳にならないのではないかと。それにしても両陛下はなぜ一々呼びつけるのか。あんなに距離とって説明を受けるよりオンラインで喋った方が近いし頭に入るんじゃないかと思うのですが。

 メラメラと皇嗣家に対抗心を燃やす両陛下の行動が笑えます。

 

 5月20日の御進講 

 約1時間半の御進講

 進講の冒頭での天皇の言葉

日本赤十字社の職員を始め多くの医療従事者の皆さんが、自らの感染の危険も顧みず、大勢の患者さんの命を救うため、また、感染の拡大を防ぐため、日夜、大変な尽力をされてきていることに深い敬意と感謝の気持ちを表します」

「医療物資が不足する中、医療に従事される皆さんには、大変なご苦労を重ねられてきていることと思います。また、このような状況が長期化する中、皆さんのお疲れもいかばかりかと案じていますし、心ない偏見に遭う方もおられると聞き心配しています」

 ほとんど皇嗣殿下の済生会へのメッセージのパクリとなっています。

 皇后の言葉

医療現場で働かれる皆さんには、危険も伴う大変重い任務を担ってこられました。皆さんの懸命な医療活動は、多くの患者さんの命を救ってこられたものと思います」

「これまで、医療活動に献身的に力を尽くしてこられている方々、そして、その方々を支えているご家族や周囲の方々に、陛下とご一緒に心からのお礼の気持ちをお伝えしたいと思います」

 これまた表面的な言葉にすぎず、心がこもってないというか、報道をそのままうのみにして喋っているような印象を受けました。

 もっと早く日赤から説明を受けるべきであったし、具体的に日赤の活動状況を把握する必要があったのではないでしょうか。

 両陛下には看護師などが作った日赤のゆるキャラが入ったマスクがプレゼントされた。

逆にマスクを貰ってしまった・・・・天皇と皇后。進講を受けてくれた記念に?それともご褒美?「愛子様が喜ばれるかも」みたいな感じでしょうかね。

とことん子供扱いされているなあ。

 

 済生会に秋篠宮家から100着の手作り防護服とメッセージが届く 

 済生会からのメッセージです。

新型コロナ感染症と戦う病院で役立ててと、秋篠宮皇嗣殿下ご一家5方と宮内庁の職員が手づくりされた医療用ガウンを済生会病院に賜りました。

市販のビニール袋を加工したもので、5月15日には東京・中央病院に100着、22日には済生会本部事務局に200着が届けられました。中には、医療従事者への応援と感謝の言葉がつづられた手書きのメッセージが添えられていました。

ご一家のガウンづくりは5月11日、総裁に同院をはじめとする済生会病院の新型コロナへの対応をご説明するテレビ会議がきっかけでした。皇嗣同妃両殿下が、医療現場で防護服が不足し中央病院では職員がごみ袋を加工してしのいでいるとの説明を受け、作り方にもご興味を示されました。このため、翌日、同院の樋口幸子看護部長が“設計図”をメールでお送りしました。

3日後の15日夕、突然、宮内庁の職員が段ボールに入ったガウン100着をお届けくださいました。宮様ご一家と職員の方々が、ビニール袋を切り、両そでを養生テープで貼るなど手づくりされたものとのことでした。同院の職員が他の済生会病院にも配ったほうがいいのではと思案していたところ、今度は22日に、「必要とされる病院に」と本部事務局に200着をお届けくださいました。

 それぞれの箱には、宮様方と各職員手書きのメッセージが同梱されており、役職員一同、2度のサプライズ以上に感激しました。


心から感謝申し上げます」「感染するリスクがある中、闘ってくださり感謝しかありません」「くれぐれもお身体をおたいせつに」「皆様の頑張りによって救われております」「1人でも多くの患者さんが救われますよう、心から応援しています!」
 これらお言葉の数々と一所懸命作られたガウンに、ともすれば感染への恐怖と風評被害でくじけそうになる職員の心に、また勇気が湧いてきました。

 時系列で見ると

5月11日 → 皇嗣家にビデオ会議で医療現場の状況を説明。防護服が不足しているので職員がゴミ袋を加工したものでしのいでいると説明。

宮家はそれに興味を示し、作り方を知りたいとおっしゃったので、看護部長が設計図をメールで送る。

5月15日夕 → 宮内庁職員から段ボールに入ったガウン100着を届ける。

5月22日 → 「必要とされる病院に」と200着がおくられる

 何だかありがたくて涙が出ますよね。表面的に「心を寄せています」だの「大変でしょうね」だのって言葉をかけるより、まずは実践。足りないならお作りしましょうって所が行動的な秋篠宮家らしいです。

これは想像ですけど、工作大好きな悠仁殿下が中心となり職員も巻き込んで一生懸命お作りになったのでしょうね。メッセージは若い内親王中心の現代的な言葉遣いでダイレクトに胸に響きますよね。

 簡易的なものとはいえ、たった3日で100着を作るというのは根気がいりますし、集中力が必要です。宮家の方々はそれをさらりとやってのけた。さらにたった1週間で200着をお作りになられた。非常に心がこもった贈り物です。

メッセージも綺麗な付箋をお使いになって、「あ、これは眞子さまかな。佳子様かな」「悠仁さまかな」と想像を巡らしながら読める可愛らしくて元気が出る色紙になっていますよね。こういういわゆる「デコる」っていうか、配置やデザイン性は若い人達がいる宮家ならではないかと思います。きっと胸が熱くなったことでしょう。

私は皇族の役割は本来、こういうものだと思っています。

かつて戦前は香淳皇后が包帯を巻かれたり、貞明皇后が病院を慰問などして負傷兵達を慰め、励ましました。

イギリスではエリザベス女王が「コロナ打ち勝つ」宣言をして国民を鼓舞していますし、ケンブリッジ公爵家は一家総出でプライベートを公開したり、ボランティア活動を行ったり、施設訪問をオンラインに切り替えたりして、国民の中に入って行こうとしています。

世界的に王室の存続意義を高める為に、王族方も必死なのです。

呑気に「進講」で人を呼びつけ、貴重なマスクまで頂いてしまう我が国の天皇と皇后って・・・いかなる存在なのか。それもあまりに何もしないから宮内庁が必死にお膳立てをしてメッセージ代わりに進講相手への言葉をわざわざ宮内庁HPに載せたり、テレビで報道させたりする。それで騙される国民も多いかと思います。

済生会等へのガウン提供などは文書で報道されても、全然マスコミは取り上げませんから。

きっとそのうち、日赤のゆるキャラが入ったマスクをした天皇皇后の姿をマスコミが報道し、「心を寄せている」アピールに使うんだろうなと思います。

ご優秀な御年18歳の内親王は毎日、バドミントンや双六に興じ、あとはオンライン学習のみのようですが、これが限界なんだろうと思います。

天皇家に不足しているものは「共感力」です。何もかも他人事のようにしか感じる事が出来ない気質は治るものではないし、学べるものでもない。元々独りよがりでセンスの欠片もないのだからしょうがない。このままずっと引きこもりをしていればいいと思います。

 

それと・・・上皇后陛下の「自粛ぶり」ですが、わざわざ雑誌に書かせてまで「自粛しすぎる程自粛している」ことに何の意義があるのか知りたいです。

雑誌や新聞も読まない、電話もしない・・・これって単に認知症が進んだだけじゃないのか?と私は思いますけどね。

 

 

 

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日本一運のいい女 雅子皇后の肖像 61

2020-05-23 07:00:00 | 日本一運のいい女 雅子皇后の肖像

 2007年7月26日 沖縄豆記者に会う

 

 AERA2007年8月6日号

愛子さま入学準備お姫様おじぎと帝王学」

 

 女性セブン2007年8月9日号

雅子さま山手線に隠された はじめてのお泊り保育で愛子さま「ママどうしてなの?」お友達からの「なぜ」に言葉を失って

 どうして愛子ちゃんは幼稚園に来る時車で来るの?

 愛子ちゃんはいつもテレビにでてるけどどうしてなの?

 二度の山手線乗車は愛子内親王の不安解消を狙っていた

 

 週刊女性2007年8月14日号

どうなる?雅子さま愛子さま別れのとき」

 2007年8月10日 両陛下との夕食会

 2007年8月17日 那須静養行き

 女性セブン 2007年8月23・30日号

愛子さまご学友VSセレブの会」の難局

 夏休みに入ってから1週間の7月27日、東宮御所で「子供会」が行われた。

 その日は午後3時から高級車が続々と東宮御所へ入っていった

 このセレブ会は毎週のように行われていて、のべ80人が招かれている

 企画は雅子妃。入園前のリトミック教室で知り合った、田園調布雙葉の同級生の子、外務省キャリアの子。今までは宮務課が旧皇族方の名簿を持っていてお友達を選定していたのに比べると「改革」だ

 宮内庁の雑務が増え、招待する人達のスケジュール調整や、子供達の遊び相手までやらなくてはならない。

 

 2007年8月23日 どうぶつ王国

 サンデー毎日 2007年8月19日・26日号

夏本番灼熱ワイド20連発「女たちの品格」愛子様送迎に姿見せずお母さん仲間から孤立?雅子さま」

 

 週刊女性2007年8月21日・28日号

雅子さま またしても出た夏のご静養批判」

 

 2007年8月24日 りんどう湖ファミリー牧場

 2007年8月26日 帰京

この後、8月30日から奥志賀へ静養予定が、愛子内親王の風邪によりドタキャン。それにしても、見事に遊びまくっている東宮家。

多分、この時の雅子妃の心情としては完全に子供返りしているというか、小学生の時に出来なかった事を全部やりたいみたいな感じではなかったでしょうか。

これだけ静養に頑張れば疲れが出たのか、8月28日からの八大行啓の一つには不参加。徹底して公務はしない主義でした。

 

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日本一強い女ー皇嗣妃殿下の肖像 17

2020-05-22 07:00:00 | 日本一強い女 皇嗣妃殿下の肖像

 1993年1月1日 新年を迎えた天皇一家

 1993年1月14日 歌会始めの儀

 1993年1月16日 葉山静養

 小和田雅子氏との婚約が決定した皇太子と皇后の表情がよくみてとれます。

秋篠宮家にとってはひたひたと近づく「不幸」の足音です。

 

 1993年1月 どこかの鑑賞公務

 1993年2月 岩手県訪問

 1993年2月21日 早稲田大学交響楽団定期演奏会を鑑賞

 

 1993年2月25日 長野県茅野市車山高原でスキーを楽しむ

 女性セブン 1993年2月25日号

今日はひとりで滑らせてー世界の名スキーヤーが集うゲレンデ。秋篠宮殿下の温かいまなざしに見守られて紀子様がご結婚後初のスキーを」

 

 1993年3月10日 ホセ・カレーラス特別チャリティコンサート

 1993年3月22日 雲仙普賢岳の仮設住宅を訪問

ハウステンボスにて

 

 1993年4月7日 スペインのバルセロナ伯逝去。スペイン国王夫妻を弔問する。

 

 1993年4月 京都府訪問 京都フラワーセンターを視察する紀子妃

 1993年4月18日 京都御所でタイのシリキット王妃と蹴鞠を鑑賞

1993年4月27日 京都府 けいはんプラザ住友ホール竣工式

 

 1993年5月16日 大相撲観戦の為国技館へ

 

 1993年5月20日 春の園遊会

 1993年5月20日 皇太子成婚記念コンサートへ

 

 1993年5月26日 新潟県長岡市「良寛の里」

 1993年5月31日 千鳥ヶ淵戦没者墓苑礼拝式

 1993年6月9日 皇太子・小和田雅子の結婚の儀

 1993年6月11日 祝宴に臨まれる天皇一家

 

皇太子の婚約発表と同時に、どんどん秋篠宮家の報道が少なくなっているのが手にとるようにわかります。また、両殿下の笑顔も少しづつきえつつあります。特に結婚の儀の厳しい表情は、生でテレビを見ていた私は「夫婦喧嘩でもしたのかしら?」と思った程で、とてもおめでたい席とは思えないものでした。

以後、何かにつけて「控えめ」を強要される事になるわけですね。

 

 

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日本一強い女ー皇嗣妃殿下の肖像 16

2020-05-20 07:00:00 | 日本一強い女 皇嗣妃殿下の肖像

 

 1992年9月 べにばな国体出席の為山形県入り

 

 1992年10月 都内での公務

 

 1992年10月9日 兵庫県訪問「人と自然の博物館」開館記念式典

 1992年10月11日 来日されたベルギー国王夫妻を囲んで

 1992年10月14日 「かながわアートホール」視察

 1992年10月15日 CWJA版画展

 1992年10月21-22日 式年遷宮に伴い伊勢神宮参拝

 1992年10月23日 眞子内親王1歳。撮影場所は元赤坂ご仮寓所(旧乳母感謝ー鷹司和子邸)

 

 1992年10月23日 訪中の天皇皇后のお見送り

 

 1992年11月7日 スリランカ訪問

 

 1992年11月18日 コロンボの日本大使館にて

 

 続けてインドへ

 1992年11月16日 ポンペイの日本人学校訪問

 

 1992年11月21日 タイ訪問

国王夫妻と

 

 1992年11月23日 カセサート大学訪問

 名誉博士号授与

 

 1992年12月16日 鴨場接待

 

 1992年12月23日 天皇誕生日一般参賀

 

 

 

 

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済生会に秋篠宮殿下からメッセージ

2020-05-19 07:00:00 | 皇室報道

5月18日付けで済生会よりメッセージがありました。

5月11日にオンラインで両殿下・眞子内親王・佳子内親王が会議に参加され、その時に秋篠宮殿下からメッセージを賜ったそうです。

以下、済生会からの報告です。

新型コロナウイルス感染症に関し済生会は5月11日、総裁・秋篠宮皇嗣殿下同妃殿下に済生会病院等の対応状況をテレビ電話でご説明しました。眞子、佳子両内親王殿下も別室のモニターで参加されました。秋篠宮皇嗣殿下は説明を受けられた後、済生会職員と全国の医療従事者に向け、 メッセージを賜りました。

東京都港区の宮家と済生会本部事務局を結び、事務局からは、炭谷茂理事長をはじめ松原了理事、東京・中央病院の海老原全院長、東京・向島病院の塚田信廣院長、神奈川・横浜市東部病院の三角隆彦院長、全国済生会看護部長会の樋口幸子会長(中央病院副院長)が出席しました。
 炭谷理事長が感染患者の受け入れや医療資材の在庫、職員の感染状況をご説明。海老原院長は、三次救急を担う立場から当初、陽性患者を受け入れていなかったが、都内の病床ひっ迫により感染者専用病棟を設けたこと。また、隣の建物にある乳児院で集団感染が発生し、世話をする職員全員が自宅待機になったことから、陽性で同病院に入院した8人と陰性で乳児院にとどまった21人の世話を同病院の職員が交代で当たったことなどをご説明しました。

 塚田院長は、地域の複数の基幹病院で院内感染が発生したため、患者を急きょ受け入れたこと、三角院長は横浜港に停泊したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号のクラスターへの対応を中心に取りあげました。また、樋口会長は、子育てをしている看護師が不当な差別を受けている報告が多数上がっていることなどをご説明しました」

非常に内容の濃いものであったようですね」

 

そして秋篠宮殿下からのメッセージです。

日本において、最初に COVID-19 が「原因不明の肺炎」として報道されたのは、2019 年の暮れも押し詰まった 12 月 31 日でした。

そのころは、この肺炎には名称もなく、また新種のコロナウイルスによって引き起こされる疾病であることもわかっておりませんでした。それから暫くの間、私たち日本人にとってこの疾病は、エボラ出血熱などと同じように、海外の一地域で起こっていることと認識されていたのではないでしょうか。それが、年が明けた 1 月 15 日には日本で最初の感染者が確認され、その後徐々に感染が広がり、3 月末からは感染者数が指数関数的に増加しました。また重症化や重篤化、そして死亡者の事例が連日報告されるにいたり、人々のもつ危機意識は相当高まってきました。
この一連の流れのなかで、2 月 13 日に和歌山県済生会有田病院の医師がCOVID-19 に感染をしたとのニュースが流れました。

私はそのとき、あるフォーラムに出席をするために岩手県に滞在中でした。

この時期は国内の感染者数も未だ少なく、私自身、今ひとつこの感染症に対する認識が低かったのですが、滞在先で有田病院のことを報道で知り、俄に身近なものになったことを覚えております。

その有田病院は、最初の一報以降に医師や入院患者およびその家族が複数感染していることがわかりましたが、和歌山県と密に連携しつつ感染拡大防止の対応につとめ、院内の完全クリーン化がなされました。

そして、3 月 4 日からは通常の医療体制へ戻り、地域医療への影響を最小限に食い止めることができました。
大阪府の中津病院では、感染の疑いのある患者を含め 200 人以上の患者を診察しています。その中には、発熱した高齢者が PCR 検査で陰性になったものの、医師が症状から感染を疑って入院してもらい、再検査の結果、陽性と分かり、救命につながった例もあったと聞いております。
東京都の中央病院附属乳児院は、私が総裁に就任して間もない時期に訪問した思い出深い施設ですが、そこで集団感染が発生しました。陽性となった乳幼児 8 人は中央病院に入院し、陰性の 21 人は施設に残りましたが、世話をする乳児院の職員は濃厚接触者にあたるため、全員が自宅待機になりました。このため中央病院は一般診療を縮小し、看護師を中心とした職員が特別ローテーションを組んで乳幼児の世話にあたるとともに、済生会の他施設やボランティアの方々の応援も得て、何とかしのぎきり、5 月 11 日より通常の養育体制に戻ることができました。
COVID-19 についての済生会の取り組みは、折にふれて炭谷茂理事長、松原了理事から報告を受けております。

また、横浜港大黒埠頭に接岸したダイヤモンド・プリンセス号への対応については、横浜市南部病院の竹林茂生院長と同市東部病院の渡邊輝子看護部長から
詳細な報告書をいただき、船内の様子や DMAT、病院への受け入れの状況を理解することができました。
5 月に入ってからは、現場で医療に携わっている 3 つの病院長、すなわち東京・中央病院の海老原全院長、東京・向島病院の塚田信廣院長、横浜市東部病院の三角隆彦院長、そして樋口幸子済生会看護部長会長と WEB 上ではありましたが面談し、各々の立場から現状について伺う機会をもつことができました。

救急を休止して 2 病棟を専用収容病棟に転換して感染者を受け入れた東京・中央病院、地域の基幹病院が集団院内感染したため患者を引き受けるようになった東京・向島病院、クルーズ船の重症の感染者の治療に当たった横浜市東部
病院。

いずれのお話からも、感染の危険性を強く感じながらも日々最前線で活動を続ける病院職員の方々の姿勢と奮闘ぶりに大きな感銘をうけました。
また、済生会の高齢者や障害者福祉施設における感染の危険性は高く、やむなく入居者とご家族との面会を控えていただき、コミュニケーションはテレビ電話を通じて行なうなど、施設内にウイルスを入れないよう厳戒体制を取っていることも伺いました。
このメッセージを書いている 5 月 15 日現在、済生会の 26 病院で COVID-19 の患者を受け入れております。

このように、済生会の各施設が、常に感染の危険性に対峙しながらも一丸となって高い使命感を持ち、献身的に医療を行なっている姿に深く敬意を表します。
そのいっぽう、感染防止のための防護服やゴーグルなどの医療資材が不足し、また限られた人数で日々患者と向き合っている皆さんの身体的そしてメンタル的な疲弊を心配しております。

また、誠心誠意治療や看護にあたっている多くの職員が、地域で心ない偏見に遭っていることを聞き、深い憂慮の念を抱いています。
COVID-19 は長期にわたって続くものと推察いたします。この感染症と日々向き合っておられる皆さんには、くれぐれも自らの感染防止や心身の健康に留意しながら、誇りをもってこの大きな困難を乗り越えていかれることを願っております。そして、皆さんを始め、日本の各地で医療に従事されている方々の多大なご尽力にたいし深く感謝いたします。


秋篠宮文仁

秋篠宮家の新型コロナへの取り組みが、ただ進講を受けたり、説明を受けるにとどまらず、非常に科学的な分析をして、説明してくれる方々の話を本当に細かくよくきいていらっしゃることがわかります。

ご自分が総裁を務めている済生会への非常に深いお心、そして各病院の状況や取り組みへの関心度の高さに私達は驚き、また感銘を受けました。

殿下が見ていて下さる、殿下の済生会だからここで負けてはいけないと、きっとみなさん思ったと思います。

一方、天皇のセリフは

今日はお忙しいところ時間をとっていただきありがとうございます。尾身さんが,新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の副座長として,新型コロナウイルス対策に大変尽力されていることに深く敬意と感謝の意を表します。また,これまで,日夜,現場で医療などに携わってこられている多くの関係者のご努力を深く多としています。

現在,世界各地で新型コロナウイルスが猛威をふるっています。我が国でも,人々の努力と協力により,爆発的な感染がなんとか抑えられてきましたが,このところ東京などを中心に感染拡大の速度が速まってきていることなど事態の深刻化が懸念されております。医療提供体制のひっ迫が現れ始めていると聞き,先日は,政府による緊急事態宣言も出されました。

この度の感染症の拡大は,人類にとって大きな試練であり,我が国でも数多くの命が危険にさらされたり,多くの人々が様々な困難に直面したりしていることを深く案じています。今後,私たち皆がなお一層心を一つにして力を合わせながら,この感染症を抑え込み,現在の難しい状況を乗り越えていくことを心から願っています」

 

下手に人類なんて言葉を出されるより、今そこで闘っている人を励まし、誇りを持たせる、それが皇族として一番重要なことなのではありませんか。

グローバルな見方をしているんだからいいのだーーと天皇皇后は思っていそうだけど、どこの国の天皇と皇后なのか今一度、考えて欲しいと思います。

 

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