よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

多民族国家アメリカの鷹揚さ

2017年08月16日 | アメリカ通信
日常で多民族国家ならではのアメリカの鷹揚さによく出会う。

そのひとつにコインがある。1セントに始まり5、10、25セントと続く。1ドルコインは、ある事はあるが、殆ど流通はしていない。

アメリカの近隣国カナダのみならず、中南米のコインもサイズがアメリカのコインの近いものが多いから、彼らがアメリカに入ってきた時に、ついつい使用してしまうので、そのまま世間に紛れ込む。お釣りを貰って米貨でもないコインが入っていても、そのまま又使い、誰も文句は言わない。日本で韓国の500ウォンコインなどが紛れ込んだら、ちょっとした騒ぎになるのではないだろうか。

コインと言えば、こんなこともある。26ドル4セントの買い物をしたとしよう。たまたま26ドルしかなかったらどうなるか。店の者が「それでいいよ」と言ってくれて、側にプールして置いてある1セント玉の入れ物から4セント取り出し、数合わせしてレジに入れる。27ドル出して、店に96セントの小銭が無かった場合も「26セントでいいよ」と言ってくれる。人によってはいい加減な連中だ、と言う者もいるが、よし坊から見れば、彼らは実に鷹揚な人種である。

似たような話で銀行の話がある。日本の銀行でつとに有名なのが、その人収支が一円でも違っていたら、その原因が特定出来るまで残業してでも突き止めるらしいが、アメリカではそれは無い。もちろん高額の差が出れば対応も違ってくるだろうが、少額であればマネジャー決済でケリがつく。要するに、残業してまで原因探しをする労力をロスと見なす合理性を優先する。

このような銀行の収支不整合のミスには人的ミスと機械ミスがあるが、機械ミスではワイフが日本に居る時、こんな経験をした。

銀行の機械でお金を引き出したのだが出てきた金額は1000円多かった。早速銀行の係に1000円多いと伝えたが、係員曰く「機械ですから間違いはありません。そのままお引き取りいただいて結構です」。ところが夜になって、銀行から電話が来たではないか。支店長が菓子折りを持って引き取りに来たのである。

人のみならず、機械でも100%ではない。

私のHorrible Boss

2017年08月11日 | ビジネス横丁こぼれ話
どんな組織であれ、Horrible Bossを戴いた組織は悩ましいかぎりである。組織もいろいろあるが、最小単位で言えば二人で構成される組織、即ち夫婦であろうか。夫が日ごろから上から目線の高圧的態度を取れば、妻にとっての夫は正しくHorrible Bossとなり、夫が定年になった頃、突然の三下り半となる。

かなり前の事、あるスーパーで買い物をしていると、駐在員らしき夫婦の会話が聞こえてきた。何やら、妻から聞いていない事があったようで、神経質そうな夫曰く「その話、俺は聞いてないよな、そういうことはきちんと報告してくれないと困るんだよ」。妻はいつものセリフが始まったと言わんばかりの顔で、野菜を選びながら「よく言うわ、自分の事は棚に上げて」とボソッと呟いた。その後この夫婦はどうなっただろうか、と時折思い出す。

長い会社生活では一人や二人、嫌な上司に巡り合う。アメリカでは間違いなく転職の契機となるが、日本ではそう簡単ではなく、辛抱することになる。筆者の会社人生でも一人居た。

筆者の上に他部門から新任課長が来た。国立大卒で頭はいいし、仕事も標準以上と見えた。当然部下として当初は全面的にサポートしたのだが。このご仁、酒癖が悪い。酒乱ほどではないが、アルコールが入ると変な行動が始まる。その1。お得意さんとの酒宴の席で相手の担当者に頭から酒を浴びせてしまう。その2。社内の女性も入った飲み会の席。いつの間にか席に居ないので他のテーブルを見てみると、見知らぬ女性だけのグループの席でやたら盛り上がっている課長の姿に唖然。これが身内の飲み会に限らず、お得意さんの席でもやらかすから始末が悪い。ひどい時には姿を消して帰ってこず、翌朝何事もなかったかのように平然と出勤してくる。

さすがに部下としてのサポートも阿保らしくなって止めたが、案の定、この課長氏は課内で浮きはじめ、他部門からも相手にされなくなった。当分辛抱を決め込んで、その後二年ほど課長とは付かず離れずで仕事をしていたら、こうした愚行奇行はやがて組織の上の方の耳に入り、人事異動で全く関係のない関連会社に転出していった。

今、Horrible Bossの格好の研究材料がアメリカ最大の組織で見る事が出来る。合衆国大統領、ドナルド・トランプである。数々の差別発言や気に食わないスタッフを直ぐ辞めさせるところは、オーナー会社のオーナー感覚から脱却できない、 horrible Bossのひとつの典型を見てるようだ。Horrible Bossには仕えたくないが、Horrible Bossになってもいけない。

バージニア州ラビング訴訟ーアメリカの差別と50年の歩み

2017年08月07日 | アメリカ通信
移民の国アメリカは、その故にあらゆる場面で差別が露呈しやすい。それを防ぐために様々な法律やルールが設定され、時代と共に日常生活での露骨な差別は表面的には影を潜めているが、何か事があると途端に顔をのぞかせる。

差別の中で最も根深いのはRACE、主として肌の色による人種差別であろう。国際色豊かな移民国アメリカで、たった50年前までは、南部16州は異人種間(肌の色の違いによる)の結婚を禁止していた。主たる目的は白人と黒人間の結婚禁止にあったのたが、州によってはアジア系やヒスパニック系、最も厳しい州では”all-colored”として白人以外との結婚を禁じていた。 ”世界で最も自由な国”を標榜するアメリカだが、世界的に見れば、当時「アパルトヘイト」で悪名高い南アと肩を並べる禁止国であった。

1958年6月、バージニアに住むリチャード・ラビング(白人)はミルドレッド・ジェッターと結婚するためにD.Cに向かった。地元バージニアでは異人種間結婚禁止により結婚証明書が発行されないからである。ラビング夫妻の行動を察知した州警察は翌月夫妻を逮捕し裁判で一年の刑が下された。「好きな人と一緒に住み、育った場所で子供を育てる。それ以上望むことは無い。それなのに、何故逮捕されなければならないのか。法律があることは知っている。しかし、その法律は間違っている」。素朴にそう考えたラビング夫妻の長い戦いが始まった。

今から50年前、毎年6月12日がLoving Dayとして記念されている1967年のその日、連邦最高裁は歴史的な判決を下した。バージニア州でのLoving v. Virginia訴訟に関連して異人種間結婚禁止の法律を無効としたことにより、同州を含む南部16州の関連法が無効となり、悪名高い「禁止国」からアメリカは脱却した。

それから50年。1967年当時、全米での異人種間の結婚はわずか3%であったが、移民の増加は人種構造を劇的に変え、2015年現在、新婚カップルの6組に一組は異人種間結婚であり、既婚カップルの実に10組に一組が異人種間の婚姻関係である。

今や何処へ行っても、異人種カップルが当たり前の光景となり、差別など薄れているように思えるが、白人がある日突然異人種カップルを刃物で襲う事件を耳にすると、その根深さを感じざるを得ない。事件にならずとも、目に見えない形の差別や嫌がらせがコミュニティや働く職場であると言う。50年目の現実がここにある。