よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

ハロウィーンからの脱出

2008年10月31日 | アメリカ通信
ハロウィーンがやって来た。

毎年、この日が来る度に、1992年、ルイジアナ州で間違って射殺されてしまった、日本からの交換留学生 服部君のことを思い出す。
言葉をもっと知っていたら殺されずに済んだのだけれど、交換留学はせいぜい一年程度だろうから、活きた英語をそうたくさん覚えられるわけも無い。日本の教科書では、止まれ、をFreezeなんて教えない。大概、Stopしか習ったことが無いのだ。聞き違えたらPlease、どうぞ、に聞こえてしまう。アメリカに住んで、テレビや映画の警察モノを観つければ、確かに頻繁に出てくる言葉だが、映画、ドラマを見なければそれまでの話。しかし、これを一つの契機として、就任したばかりのクリントンとその政権が、重くのしかかるアメリカの恥部、銃社会に対して規制を加えることになったのは、ひとつの成果だろう。

余談だが、アメリカに来たての頃。ある人と出張で空港に行った。アメリカは何処も身分証明がうるさいから、写真即ち運転免許証の提示を要求される。写真を見せろ、とくるのだが、日本人の感覚は写真=Photoだ。だからPhoto IDを見せろといわれると抵抗が無い。ところが、圧倒的に言ってくるのが、Picture ID。ピクチャーID。これがピッチャーに聞こえる。何でこのオバはん、野球のピッチャーのことなんぞ言いよるんやろ。xxxさん、ピッチャーがどうとか言ってまっせ。ピッチャー? なんのこったい、空港で? と、まあ、漫才のような話となったわけです。言葉は難しい。

さて、毎年、我が家では、そして特にワイフは子供見たさに、ウオールマートで大量のチョコ菓子を買い、夕飯もそこそこに、ドアチャイムが鳴る度にうれしそうに飛び跳ねている。
しかし、だ。さすがに今年はくたびれたのか、いよいよ中止ということに相成った次第。てなわけで、家で息を殺している訳にもいかず、外食することで、ハロウィーン脱出を図るという寸法。結構ご同類が多いかも知れぬ。

日本発、誤訳から生まれた ”FAIL”

2008年10月28日 | アメリカ通信
日本発の言葉、即ち日本語がそのまま英語で使われる言葉が結構ある。昔のShogun(将軍)に始まり、Futon(ふとん)とか、食材の世界では、牛蒡とか大根、かぼちゃ、豆腐なんかがローマ字読みでそのまま表示されている。

日本の漫画なんかが、Anime(アニメ)として世界中を駆け巡っているが、最近ではManga表示も出てきている。それと同じくらい有名なのが日本のゲームソフトで、有名ソフトのシリーズは並んで買う光景がいつも出てくる。そんなゲームソフトから、誤訳乱用の言葉がいつの間にか普通の英語として使われるようになった例がある。

「FAIL」という言葉。辞書を引くと「失敗する」という動詞。Without failで名詞として使われている例はあるが、学校で習うのは動詞としてのFail。
ところが、日本のゲームソフトでFailureと使うべきところを、誤訳したのか、面倒くさかったのか「Fail」で作ってしまったらしい。これが世界中にばら撒かれ、常用されることになった。これが現在使われているFAILの原点らしいのだ。

この「FAIL」、意味は本来の名詞であるFailureとはちょっと違うのだ。それまでは、日陰の言葉として、他人の不幸や失敗を喜ぶ時に、ドイツ語の「Schadenfreude」なる言葉を密かに使っていたらしい。他人が、ちょっとドジったり、恥ずかしい失敗をしでかした時に思う、「アイツ、やっちゃったな、うふっ!」という感じだろう。この「FAIL」がポピュラーになるにつれ、新聞雑誌や普通の会話にどんどん使われ始め、今や、完全に認知されたとの事で、言葉は生き物のようだ。

写真は、どうもブッシュの社会の窓付近でトラブルが発生したようである。FAIL!



チョッと過激ですが、駄々っ子のすすめ

2008年10月21日 | アメリカ通信
ブッシュも最後の最後に「テロ支援国家指定解除」なんてぇことをしてしまった。このままだとワル大統領の汚名を着たままだからたまらん、と勘違いしたのか。しかし恥の上塗りだろう。

北が核を放棄するなんて誰も信じていない。世界の核をみていると拡散するばかりで、「唯一の被爆国」というお題目を唱え続けている我が日本が戦後「核」問題でどのように世界にアピール出来てきたのか、さっぱり分からない。結局、敗戦を機に、日本はその反動で「去勢」された国へと突っ走ってしまったのかもしれない。

拉致の問題。アメリカ人が拉致されたら、アメリカはどうするか。アメリカと言う国はあらゆる手を尽くして救出にあたるはずだ。国及び国民の尊厳が脅かされた時、アメリカは躊躇無く動く。映画にも良く出てくる「Delta Force」、一年や二年の周到な準備をして実行に移すなんて事も荒唐無稽のこととは思わない。

アメリカが事前に知っていたかどうかは分からぬが、コイズミが日本国民の意表をついて訪朝し、人質を数人連れて帰ったことは、日本外交史では稀有な例で、今後このような政治外交が出てくる予感は今の日本の政治屋連中を見ていると期待できないだろう。恐らく戦後の日本外交史の中で、トップにランクされる事だと思う。この稀有な例を除くと、日本には国家の尊厳を回復しようと言う意思がまるでないようだ。学校と同じで、物事が良く分かっている優等生を演じたい国である。

アメリカが「指定解除」をしたのは、アメリカがポイントを稼ぐ為にしたことであって、他の国の為にしていることではない。国益に沿ってやることをやっているだけで、その時他の国がどうかは二の次である。その「国益」の追求が日本では見えない。人はアメリカにはカードがいっぱいあるから出来ると言う。しかし、日本にそのカードが無かったら作ればよい。恐らく、そのカードは「唯一の被爆国」だろう。ただ、今までの「唯一の被爆国」ではだめだ。その証拠に、「唯一の被爆国」をアピールしても、世界は核の縮小どころか核拡散である。

「去勢」された日本も、12月8日になると「パール・ハーバー」をアメリカ人に思い出させ、「ニッポン人、ちょっと怖い」となる。日本でちょっとでも軍国主義的雰囲気が漂い始めると、アジア諸国、とりわけ中国筋から猛烈な反発キャンペーンが飛び出してくる。「去勢」された日本をなめつつも、牽制球として反対キャンペーンを張ってくる。
日本は優等生を止めて、ここで一度「駄々っ子」をやれば良い。ちょっと怖いと思われている今、日本は正々堂々と、「唯一の被爆国だからこそ、核を持つ」と過激に宣言してみることだ。ここで言う核は、しかし、戦術核である。日本も真面目な話、国防に相当力を入れないといけない。自分の家に強盗が入って、家族が被害に遭いそうな時に、自分がノコノコ現場を離れて警察に助けを求めに行くか、という話なのである。
しかし、この宣言は世界をアッと驚かす。日本が駄々っ子になった瞬間である。これが日本のカードだ。アメリカもロシアも中国も、かつての軍国主義の復活かと驚きおののき、てんやわんや。次々と抗議やら、特使が来日し日本をなだめすかす。「お願いだからそれだけは止めて」とくる。ここから日本の真価が問われるのだが、国際政治小国ニッポンが本当に世界で重要な役割を演じる事が出来る第一歩となるはず。駄々っ子になろう。

よし坊は歳とともに益々右傾化してきた。しかし、ホントは右傾化とはちょっと違うのだ。アメリカにいると、「自分のことは自分で守る」が全ての基本だと痛感する。ただそれだけの事である。

二つの事件ーロス疑惑とOJ シンプソン事件

2008年10月13日 | アメリカ通信
注目していた、ロス疑惑事件の中心人物がロスアンジェルスに移送直後に拘置所で自殺というあっけない幕切れとなった。裁判自体は無罪が確定した事件だったが、事件そのものは、当初から心象真っ黒な事件であり、歯切れというか後味の悪い事件の印象が強い。自殺の真相は本人しか分からぬが、一般シロウトとしては、やはりそうか、と言うことだ。

今から約15年前、OJシンプソン事件というのがあった。事件発生後、容疑者シンプソンと警察とのカーチェイスが真昼間のテレビに映り、どう見ても犯人とか疚しい人物が逃げている図である。99%クロと思われたこの事件、辣腕弁護士が大方の予想を覆し、刑事事件としては無罪を勝ち取るのである。その後の民事では有罪となったのが、法の番人からのせめてものメッセージだったかと思う。

さて、判決の出る日、アメリカ中が緊張していた。世間では、この裁判を人種差別問題にする黒人も多く、会社でも黒人の多くは無罪派、白人は有罪派が多かったと記憶する。そして、無罪判決。黒人の多くは、大いに喜んだが、アメリカ判決史上、最大の汚点のひとつと言う心ある黒人も少なからずいた。同感である。

その後のシンプソン、悪行を重ね、塀の中に入るのである。やはり、そういう人物だったと言うことである。
ロス疑惑の中心人物は、アッサリこの世をおさらばしたが、こちらのシンプソン、貪欲に生き続ける。その貪欲さは、どこからくるのか。

選挙戦、日本とアメリカ

2008年10月06日 | アメリカ通信
アメリカの大統領選もいよいよ佳境に入った。あっちこっちの家々に、オレはオバマだ、私はマケインだ、の支持候補者の看板が前庭に立ち始める。殆どの家が自分の支持を明確に意思表示するのがアメリカである。

街行く人にインタビューをすると、皆が概ねキチンとした自分の意見を持っていて、それを堂々と延べ、だからxxxxを支持すると言い切る。

日本のニュースでの街頭インタビューを見ると、意見は持っているのだろうが、総じてよく分からないリアクションが多い。何となく自民党、何となく民主党。昔からアメリカ人を筆頭とする外国人が日本人と話しても、日本人は何を考えているか良く分からない人種だ、と思う片鱗がこういうところにも出ている気がする。それを彼らは「だから日本人は、気持ちが悪い」と表現する。

日本は投票が休みの日だから、皆仕事の憂い無く投票に行けるのに、いつも投票率は低調とくる。その辺をインタビューすると、若者などが「どうせ政治は変わらないから」などと言い放つ。怠慢もいいとこだ。アメリカは基本的に普通の日に投票をするので、仕事中に投票に行くルールがキチンとある。皆、自分の投票が何かを変えるパワーになると信じている。

日本はもったいない。今は、自民と民主という大きな二つの勢力があるのに、何故国民はこれを利用としないのか、よく分からぬ。昔の自民党社会党の所謂2大政党時代であれば、右と左の戦いだから、政権が左に行くのは一寸待てよ、となるが、今の自民と民主は路線はさして変わらない。国民が期待するのは、まずは、浄化の作業である。政治家の不祥事、伏魔殿のような役人組織の浄化であって、他はその次だろう。大きな路線を変えずに浄化作用を起こすには、今の自民と民主の構図以外に考えられないのだ。民主に政権をとらせ、駄目なら又自民へ戻したらいい。その繰り返しを4~5回すれば、政治行政の構造が相当変わるはず。

個々の自民の政策、民主の政策は重要だし、政党がそれを訴えることは必要なことだが、その前に兎に角交代させることだろう。生半可な事をしていたら、一票を貰えない事を政党に分からせないと、日本は変わりようが無い。


アトランタ・ビート

2008年10月01日 | サッカー
2001年から2004年は我が家は大いに沸いた。我が家と言ってもよし坊だけだったのかも知れぬが。

2001年、女子プロサッカーリーグが旗揚げされたのだ。そして、わが地元アトランタにもチームが誕生。その名も『アトランタ・ビート」。更にうれしいことに、何と日本人プレーヤーがいた。あの澤穂稀 8番だ。

特にサッカーは初お目見えで勝利の初ゴールは相当効く。アウェイの緒戦ボストンでいきなりのチーム初ゴール。これはコタエラレマセン。実力があり、光る選手と言うのは、”見せてくれる”のである。これはスタープレーヤーとなる必須条件だろう。

以来、ホームの試合は殆ど欠かさず応援に行ったものだ。当時のアトランタ・ビートはカナディアンナショナルのフーパー、中国のスーパースターである、スン・ウェン等を擁し、優勝は逃したものの、決勝戦まで進出した。
来年発足の新リーグで、澤がワシントンにドラフト指名されたが、是非とも来て欲しいもの。更に勝手を言わせて貰えば、2010年アトランタの参入で、魔法の手を使ってアトランタへの移籍が実現すれば、言うことは無い。ま、夢のような話だが。

アトランタにある女子のアトランタ・シルバーバックス、かなり強いのだ。恐らくこのチームが母体となって2010年の参入に繋がるのだろうが、強さのベースはかつてのアトランタ・ビートの遺産だろう。