よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

フロントヤードが完成(ほぼ)

2016年05月31日 | アメリカ通信
二か月前に家の前の木を業者に切ってもらって以来、根っこの除去に一か月半かかり、地ならしの後、二週間前に芝生を敷いた。

地ならしの際、角に一本金木犀を植えてみたが、すこぶる香が良いので、今回更に二本を植えてみた。金木犀は、いつか植えてみたかったのだが、漸く念願がかなった。これで秋までは何とも言えない良い香りを満喫出来そうだ。

日本の金木犀の花はオレンジ色だが、こちらのは白い花が咲く。日本よりやや薄めの香りというところだ。

ほぼ完成したのだが、最後に金木犀の間にジャパニーズ・ホーリー、ツゲを植えようと思う。それで晴れて100%完成となる。

それにしても大変タフな庭仕事だった。

オー・マイ・リーボック!!

2016年05月22日 | アメリカ通信
よし坊は履物には特別なこだわりがある。会社に入ってからと言うもの、服装はトラッドで決めていたから、当然靴はスリッポンとかオカメを履いていた。当時ではリーガルのスリッポンとか大塚製靴のオカメだ。或る時香港出張の折、現地でハッシュパピーブランドのオカメが靴屋にあった。色はグレー。当時会社でグレー色の靴を履くのは珍しいほうで、グレンチェックのスリーピースにそれを履いて出勤したものだ。そして履物と言えば、もう一つのカテゴリーがスポーツシューズだ。

ナイキが上陸したての頃、当時日本で生産スタートした日ゴム製のナイキを二足買った。これがスポーツシューズへの本格的のめり込みの第一歩となった。この二足はナイキ初期のプロトタイプで、近年復刻版が出たくらい、やはり人気の商品だった。

その後、エアロビクスブームが到来し、華々しく出てきたのがリーボックではなかったろうか。一般消費財で英国発は稀だったから、リーボックの出現は注目度十分だった。何しろ、英国旗にリーボックの文字をあしらったロゴは格別新鮮であった。ナイキの次にリーボックにハマった。しかし、一世を風靡したリーボックも2000年代に入り、苦戦を強いられ、ついにアディダスに買収されてしまった。アディダス傘下のリーボックでは靴のデザインがガラリと変わり、すっかり興味を失くしてしまった。

最近、昔のリーボックデザインを求め、インターネットで調べたら、リーボック・クラシックという懐かしのデザインの靴があるではないか。早速現物を見ようと、周辺のリーボックショップに行ったのだが、いつの間にか無くなっているではないか。他のスポーツ専門店に行っても殆ど置いてない。そこまで市場を失っていたのかと愕然とした。正に、オー・マイ・リーボック!!である。そういえば、ウェッブサイトでも昔のクラシックのカテゴリーがやけに充実していたから、近年のモデルは魅力がなかったのだろう。

よし坊のスポーツシューズは基本がNBでランニング1、ウォーキング2。この基本線以外に他のブランドで一味違うモデルがあれば加えることにしている。アディダスのヌバック・ウォーキングはそのひとつで、今でも履いているが、履きやすい。これにリーボックのクラシックを加えたいのだが。暫くじっくり考えよう。

我が街アトランタ (5) オリンピック開催地

2016年05月11日 | 風と共に去りぬ の アトランタ
日本から見ると、アメリカとはニューヨークでありシカゴでありロスアンゼルスを指し、アメリカ南部などは顔を出さない。それほど遠い存在である。アトランタと聞いても”それ何?”と言われるのがオチで、昔オリンピックをやった所と言うと、”そういえば聞いたことがある”と漸く少し興味を持ってくれる。今から20年前にアメリカの片田舎とも言えるアトランタで華々しくオリンピックは開催された。

オリンピックを開催するということが並大抵でないことは、開催決定のプロセスを見れば分かる。国としてのパワーよりも開催候補都市の実力が試され、決定すれば世界の大都市の仲間入りをすることになる。そして1992年の国際オリンピック委員会東京大会で1996年のアトランタ開催が決定した。

アトランタ開催はジョージア州としての悲願でもあっただろうが、長らくアメリカの”南部”として見下されてきた南部の人たちにとっても悲願であったに違いない。アトランタを擁するジョージアが「南部の旗手」と目されて久しかったが、漸く世界のひのき舞台に登場したとも言える。

英国との独立戦争を勝ち抜いた新生アメリカは、西部開拓で先住民のアメリカン・インディアンを駆逐するとともに、自国テリトリーを保有していたフランスやスペインから土地を奪取又は金銭購入することによって領土拡大を図っていった。働き手はアフリカ大陸から奴隷を調達、広く奴隷制度を確立するのだが、これが南北戦争の火付け役となり、南軍は敗北、アトランタは灰燼に帰した。

復興にあたって象徴的なのが、アラバマとジョージアである。アラバマは中核都市バーミンガムに本国イギリスとの強力なパイプを駆使し、イギリスの基幹産業である鉄鋼業を導入し、華々しく再生のレールに乗っていった。出遅れたジョージアのアトランタは決め手がないまま模索を始める。何の取柄もなさそうなアトランタで唯一使えそうなのが、当時、現在のアトランタが終着駅を意味する”ターミナス”と呼ばれていたように、全米鉄道網のハブ拠点を成していた事である。ヘンリー・フォードが自動車を作るまで、西部劇に出てくるように、アメリカは幌馬車と川船と鉄道が移動の手段だった。

アトランタは、このロジスティックの優位性を利用し、旧来型の産業にこだわらず、いや、こだわる余裕もなく、様々な産業を呼び入れたり創りだしたりしていった。ロジスティックのハブ機能は物と人を呼び込み、多岐にわたる産業をもたらした。アラバマのバーミンガムの行き方が重厚長大ならば、アトランタは軽薄短小型に突き進んだ。この事がアラバマのバーミンガムを抜いて南部の旗手に躍り出る牽引力となった。常にアラバマがジョージアに対抗意識をむき出しにする理由がここにある。

アトランタは便数でシカゴに次ぐ全米第二位、乗降客では全米一のアトランタ国際空港に支えられ、名だたる世界企業が立ち並び、映画や音楽のエンターテインメント分野の一大拠点に成長した。

アトランタを支えるビジネスでは、デルタ航空、コカ・コーラ、CNNが有名だが、アメリカ人の三大必需品、いや、必需会社のひとつ、ホーム・デポもアトランタの会社である。因みに三大必需会社とは、ハンバーガーのマクドナルド、日用雑貨スーパーのウォルマート、そして日曜大工のホーム・デポ。アメリカ人にとって、この三つは生活の一部で絶対欠かせないのだ。よし坊も今、その日曜大工にハマっているから面白い。アメリカ人並になったという事か。

アトランタに来た翌年にオリンピック。沿道で有森を応援してから20年が経った。


井の中の蛙、のアメリカ

2016年05月01日 | アメリカ通信
世界の警察を自認し、政治経済文化の様々な局面で圧倒的強さを誇るアメリカ。全てがアメリカ中心に動いているとは思いたくないのだが、大方のアメリカ人はそう思っているに違いない。極端な言い方をすれば、アメリカはただ黙って座っているだけで良い。世界中から物を売りつけに来て、必要なものを買い付けていく。主要基軸通貨にして、且つ絶対的基軸通貨と言っても過言ではないドルが日常通貨だから、為替変動も気にならず、世界の主流のメートル法もなんのその、ヤードポンドのアメリカ国内では何の役にも立たない。アメリカ人が注意を払う先はアメリカ国内だけで十分で、”井の中の蛙”たる所以がここにある。

実業界での女性の地位向上は目覚ましく、中堅管理職からトップのCEOレベルまで多くの女性が排出されていることから、アメリカにおける女性の地位は先進国の中でもトップランナーかと錯覚してしまうが、そうではないらしい。
最近、国連の人権委員会のワーキング・グループがアメリかを訪れ、「女性の権利と差別」に関する実態調査を行ったところ、世界のスタンダードから遠くかけ離れていることに驚いたという。”世界のアメリカ”がこのレベルとは、ということであろう。以下はその要点である。

1.賃金格差:欧米先進国中最大ギャップ国のひとつ。殆どが格差20%以下に対し、アメ
  リカは23%(因みに日本26%、韓国37%)。
2.妊娠中絶:未だに妊娠中絶を”人殺し”と嫌悪しているのはアメリカぐらいで、”妊娠
  出産母体保護に関する女性の権利と自由”基準の中で中絶を是とする世界の潮流から
  大きく外れている。
3.働く女性の為の出産育児有給休暇:アメリカは有給で休暇を与えることが義務付け
  られていない唯一の国である。人権に対して人一倍うるさい国が、一大事業とも言える
  女性の出産に関しては冷たい国と言える。
4.会社施設に託児所が圧倒的に少ない:外部の託児所がアメリカのスタンダードだろう
  が、就労先の託児施設が今や世界の潮流。

世界基準から大きく外れているアメリカの実態だが、ワーキング・グループが最も驚いた問題点は、アメリカの男女格差が世界に後れを取っている実態を、アメリカの女性自身が全く自覚をしていないことにある、と報告を締めくくっている。

アメリカは常にNo.1と思い込み、外に目を向けないアメリカ人。正に、”井の中の蛙大海を知らず”である。