よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

65歳記念Fishing At Redington Pier

2012年10月29日 | アメリカ通信
65歳の誕生日記念と意気込んで、いつものフロリダはクリアウォーター近くのレディントン・ピアへ出かけた。

今年はハリケーンの類が少ないのかなと思っていたら、なんとメガ・ストームが発生しているではないか。ハリケーン・サンディだ。だからか、ジョージアからフロリダに入る州境が、いつもなら突然快晴の空になるのに、どんよりしている。しかし、天気は持ちそうだ。一ヶ月前に42ドルでいつものラキンタホテルに予約しているから、今更止めるわけにはいかないのだ。今予約すれが80ドルだから、倍になる。

さて、釣果のほうだが、なかなかアタリが無いのだ。海は一見穏やか。しかし、ドンよりの曇り空で、不安が過ぎる。今日も最初に釣ったのはワイフだ。大き目のスパニッシュ・マッカレル、鰆だ。今回は鰺に鰆を期待していたから、取り敢えずOKだ。これで少なくとも、鰆の刺身と手巻き寿司が可能になった。

しかし、鰺は一尾も掛からない。結局、ワイフが続いて、イワシだと思うのだが、それを一尾釣り上げた。都合4尾で、後の二尾はレッド・グルーパーがその親戚。大きい方をよし坊、小さい方をワイフがゲット。

昼近くなってから、風が強くなり、波も荒くなってきた。アタリもピタッとやんでしまったので、これ以上は望み無しと判断、一路家路についた。

昔は日本食品店に刺身が結構豊富に売っていたが、最近はせいぜいマグロのくらいで、しかも価格も高騰し、手巻きをする気にもならないから、年二回の釣果により、手巻きの内容が決まる我が家のルールになっている。

何はともあれ、久しぶりの刺身三昧となった。来年は5月にイカ釣りに挑戦しよう。昔、福岡で食べた、透き通ったイカの造りが忘れられない。

Don't Turn Your Blind Eye

2012年10月24日 | アメリカ通信
見てみぬ振りをする。厄介なことに巻き込まれたくないからそうする。よくある事だ。しかし、そのツケは大きい。それで人生を台無しにするのがアメリカ。日本では考えにくい事なのだが、文化的社会的な違いがそうしている。端的に言うと、ルールの厳しさに雲泥の差があるということではないか。アメリカでは「見てみぬ振り」は許されない。不正や事件の現場では刑事罰の対象になるから、日本人のように能天気に構えていると地獄に落ちることになる。そんな厳しいアメリカに住むアメリカ人でも、いざとなったら見てみぬ振りをしてしまう。そこが人間の悲しいところ。輝かしい人生の勲章をもぎ取られ、塀の中に消えていくことになる。それだけではない。その組織も大打撃を受ける。
そのお手本ともいえる事件が、前回もトピックスにしたサンダスキー事件である。事件というのは、発生した当初はなかなか全貌も見えないし、真実も見えない。当初見えなかったものは、その後の裁判の進捗によって次第に明るみに出て、真相なるものにより近づく。この事件も捜査が進むにつれて、新しい事実が次々と明らかになり、見てみぬ振りをした為に受けたダメージは大きい。

まず、全米アメフト史上“最高のコーチ”と賞賛されていたジョー・パテルノの輝かしい公式記録は剥奪となった。モレステーションという犯罪行為の報告を受けていながら、何らアクションを取らず“見てみぬ振り”をした為である。彼は、事件のあと、病気が顕在し、あっという間に天国に召された。余程ショックが大きかったのだろう。しかし、生きていたらもっと辛い日々が続いたはずだ。

もう一人、当初は無傷かと思われた大学の学長。幹部達とのEメールで報告を受けていた事が発覚。これで起訴に追い込まれた。

全米大学体育協会は、不祥事を起こした大学そのものにも厳しい制裁を下した。まず、罰金6000万ドル。約48億円である。これはペン・ステート大学のアメフトの年間収入に匹敵する。更に4年間の試合禁止。最後に各種スポーツの奨学金カット。当初はアメフトチーム解体も論議されたが、それだけは免れた形だが、“真綿でじっくり絞める死刑“みたいなものだと評されている。この他にも、性的暴行を受けた被害者からの集団訴訟を控えており、金銭的な問題だけでなく、失墜した大学イメージを回復させるのは至難の業のようである。

Don’t turn your blind eye. 肝に銘じられるだろうか。

サンダスキー事件とチャイルドモレステーション

2012年10月18日 | アメリカ通信
昨年、全米のスポーツ界を揺るがし、レジェンドとまで言われた高名なフットボールコーチ(監督)を辞任に追いやったサンダスキー事件が結審した。15年以上にわたり10人の児童を性的に虐待してきた罪で、48の罪状に問われ、判決では45の罪状が認められた。最低でも60年の懲役だ。この事件での大きな社会的収穫は、FBIが男性間のレイプを犯罪事件として取り上げる対象に決定した事である。過去社会面を賑わしたケースでは、教会の神父や牧師が男子児童と性的関係をもった事件が何度明るみに出たが、刑事事件にはならず、せいぜい職を辞すればよかった。長らくアメリカでも男性間のレイプは見過ごされてきた。

事件の結審を直前に控え、新たな被害の告白が明らかになった。サンダスキー夫妻が養子にした5人の一人からの告発である。彼は身内にも毒牙を伸ばしていたという事になる。

アメリカはFoster(里子)とかAdoption(養子)が多い。有名セレブがアフリカや東南アジアの子供を養子にする事でメディアにのるが、一般のレベルでも非常に多い。子供が出来ないから養子を取るという選択は十分理解は出来るが、それにしても、かくも多いアメリカの精神構造の根幹は何処にあるのか。宗教なのだろうか。正直のところ良く分からない。

大人の男と弱い立場の女性という図式では、不幸な事件が容易に起こりうる事は想像に難くない。小さな女の子を養子にするケース以外にもこの図式が簡単に起こるケースが再婚である。離婚再婚の多いアメリカだから数も半端ではないだろう。卑近な例では、女優のアシュレイ・ジャッドが母親の再婚によって養父からモレステーションを受けていた。

しかし、サンダスキー事件は、長らく封印されてきた「男対男の闇」の扉をこじ開けると言う歴史的事件となった。

ランス・アームストロングにみる人間の愚かさ

2012年10月11日 | アメリカ通信
最強のサイクリニストと言われ、その輝かしい実績と名声を欲しいままにしたツール・ド・フランスの覇者ランス・アームストリングのドーピングに関する克明な調査結果が公にされ、そこには元チームメート達の証言や、元妻がドラッグディーラーよろしく、せっせとドーピング剤をフォイルに包みランスのチームメート達に配る様が赤裸々に綴られているという。既に言われていたように、彼の輝かしいタイトルは剥奪となり、永久追放となるだろう。

それにしても、ルール違反してまで手に入れたタイトルに何の意味があるのだろうか。人間、他人様を騙せても、自分自身はなかなか騙せない。不正に入手したと言う事は最後まで付き纏い、そこから逃れるのは至難の業だ。よく、捕まらなかった犯罪者が死ぬ間際に本当のことを吐露する心境などは、正に自分を誤魔化せない現れである。

ツール・ド・フランスはチームで争う競技でもある。チームに残りたいと思う限り、ランスのようなカリスマが指図する事に抵抗出来る者は居るまい。最初は抵抗があっても、その名声のおこぼれを味わううちに感覚が麻痺し、それが当然かのような常態に嵌っていくのであろう。

この恐ろしいメカニズムは何もスポーツに限った事ではなく、世の中のあっちこっちで起こる。一端この輪の中に入ってしまうと、なかなか抜け出せない。人間家業の弱さが出る。だから、出るには相当な覚悟が要る。自分を誤魔化して行ける所まで行くのが利巧なのか。しかし、それが白日の下にさらされた時、単に名声を失うだけでなく、自らの人格さえもズタズタにされるのだから、とてもじゃないが耐えられないだろう。静かに抜けるか、それとも世間に告発するか。いずれにせよ、覚悟を決めておさらばするほうがよい。


RAIZO - ある殺し屋

2012年10月08日 | 映画
仕掛針で始末する。言わずと知れた殺し屋、藤枝梅安のトレードマークである。時代劇の定番のひとつで、あのテレビの人気シリーズ「必殺」も始まりは梅安だった。

時代小説の時代劇、池波正太郎の手になるこの闇のヒーロー藤枝梅安は、それ以降も何人もの俳優によってドラマ化されてきたが、ちょっと待て。池波正太郎のちょっと前に、既に藤原審爾の手によって、現代劇の世界で針を使った闇の仕掛人を世に送り出している。発想という点からみても価値のある題材だし、その原作を基にした「ある殺し屋」と「ある殺し屋の鍵」も映像の世界では価値のある作品、エポックメイキングな作品ではないかと思う。

前作では料理屋の主人、後作では踊りの師匠と、なんの変哲も無い正業を営む。そして、現代劇では何の変哲も無さそうな雷蔵、その雷蔵がファンにはたまらなくよいのだ。

女優陣では、野川由美子が、歯切れのよい、オキャンな役どころで良い。この女優にはこういう役が良く似合う。久しぶりに昔の佐藤友美に出会えるのもいいもんだ。

二作とも良いが、どちらがより好きかと言われると、二作目の「鍵」の方だろうか。特に最後のシーン、コインロッカーの金を取り損ねるシーンだ。カメラの望遠レンズで、人ごみの向こうのコインロッカー50番を見る。警官が扉を開け、大金を確認する。「こんな事もあるか。次がまたあるさ」とでもいう顔で、鍵を放り、フェイドアウトする雷蔵。


ガレージセールをやってみた

2012年10月01日 | アメリカ通信
アメリカで17年、一昨日の29日、初めてのガレージセールをやってみた。

二週間前、ポストの脇にフライヤー(ちらし)が挟まっていた。近所の住人がガレージセールをやるので参加しないかというもの。過去住んでいるサブディビジョン(コミュニティ)で一度だけ全体でのガレージセールがあったのだが、その時はチャンスを逸してしまい、さりとて一軒だけでやるにはリスクが高い。なにせ地元の新聞広告を出すのに最低でも30ドルくらいかかる。

点数にして100余点。よし坊とワイフは勝手に、これは売れそうだ、これは売れないだろうな。獲らぬ狸の皮算用、となった。決め手は日本人とばかり、日本食料品店に張り紙を出す。

さて、当日だが、店開きは9時からだが、早くも8時半ごろからアメリカ人がやってきた。一通り眺めて、やおら日本製のビジネスソックス6足全部買っていった。予想外である。結局11時頃までがピークで、その後はちらほら。全体に客数が少ない。来たアメリカ人も今日は少ないと言っていた。見込み違いは日本人。一人しか現れず。要らない本の処分には欠かせないお客なのだが、一人ではどうしようもない。それでも7冊のお買い上げ。毎度おおきに、である。

意外なものが売れる。捨ててもいい体重計。今時デジタルだが、これは昔ながらの針を読む体重計で、相当くたびれている。これを若い女性がきて、ひょいっと二ドルで買っていった。

ワイフと二人、ようあんなもの買っていったな。しかし、よし坊にも覚えがある。車のジャッキを失くしてしまい、さりとて悔しいから新品は買いたくない。ガレージセールで何とかならぬかと物色していたら、あるところにはあるもので、車の型にあったジャッキが二ドルで売っていた。あの女性も、新品では買いたくはなかったのだろう。置いてあった体重計に乗って動くと分かったら躊躇無くお札を出していた。

売り上げ40ドル弱は悪くは無い。次回がいつになるか分からないが、ワイフもよし坊も今から意欲は満々である。