11月に入ると、私の勤務している茨城県常陸大宮市の山間地あたりは寒さがましてくる。13年前、東京から赴任したときには、この寒さはキツイものがあったが、すぐに慣れ、今ではこの茨城西北部で秋から冬の季節感が気に入っている。
カナダからこちらに移住してきた或るカナダ人もこの地域は冬が一番好きだといっているが、雪の降らない山野は、簡潔にして明快な美しさがあり、人間の意志を凛としてものにするのだろう。
私が赴任した当時、山野草の好きな人が何人もいて、秋ごろになると「そろそろカンワラビが出てくる季節だ」と盛んに口にしていた。カンワラビとは、冬のハナワラビのことで、そのため「寒蕨」というのだそうだ。背丈は20~30センチほどの蕨だが、寒くなると胞子葉が膨らむ。それが何か工芸品のように金色に輝き美しい。日本各地の野山で見られるものだが、鉢植えで観賞用となること、僕はこちらで初めて知った。茨城県北部をドライブすると山野草を売るスタンドを見ることがあるが、鉢植えのカンワラビが高額な札を付け並んでいる。
私の勤める会社の事務所の裏手に、秋から冬にかけ、このカンワラビがポツポツとあらわれる。裏地に出て様子をうかがう。美しい株をみつけると心がほっとする。そのとき、カンワラビを語っていた山野草好きの諸先輩たちの笑顔を思い出すのである。
11月7日 岩下賢治