今日は陸軍境界標柱の救出劇をお届けしよう。
最初の写真は、戦跡好きにはご存知の陸軍境界標柱だ。
横に寝てはいるが陸軍の文字が彫ってあるのは読めるだろう。
さて、松戸―京成津田沼間をクネクネと結ぶ新京成線は旧陸軍鉄道第二連隊の軌道敷跡を利用して造られている。
当然軌道敷は陸軍の管轄だった訳だ。調査の結果では、軌道敷の幅は20数メートルだったと考えられる。
軌道の両側10mくらいのところに境界標柱が建てられていたことが分ったからである。
つまり、境界標柱を見つけるためには、新京成線の軌道に沿って調査を進めれば良いことが分る。しかし、現在の軌道が新京成電鉄のオリジナルの場所もあるので事前に調べておかないと無駄骨を折ることになる。
さて、ゆきたんくの友人に新京成線の線路脇に住んでいるやつがいる。
そいつと遊ぶ約束をして向かえに行った時のことだ。
線路脇に花崗岩を見つけたのだ。それも境界標柱よりも随分と太いやつだ。
まあ、標柱にならずに捨てられているのだろうと思い、友人宅へ急いだ。
帰り道のことだ。花崗岩がなんとなく気になったので車を停めて覗いてみた。
おぉ、標柱より太めの石だ。
字が彫られていないかと近づいてみる。
すると、先ほどは気がつかなかった土に埋もれている花崗岩があるではないか。
太めの標柱の右側にもう1本ある。
なんだろうと思いつつ、顔を近づけてみる。
確かにもう1本埋まっているよね。
そして救出劇は始まったである。
手で一生懸命土を掘る。
境界標柱の顔を拝もうというのだ。
もちろん顔には「陸軍」とあることを祈って。
何か字が見えてきた。
この辺りから土が固くなっていたので、木の枝を手にして掘り始める。
確かに陸軍の文字が見える。
ということは、陸軍の文字がある1本と、最初に見つけた太目のやつはもともとは1本つながっていたものだろうということだ。
戦跡仲間の伊謄様に教えていただいたことだが、太めの花崗岩のやつだけが放置されている場合は、途中で折れた標柱の可能性はかなり高いという。
ということで、お気の毒に標柱としての役目を終えられた1本でございました。
丁寧に埋め戻したゆきたんくであります。