今回の研修については、相棒が絶対にはずせない場所があると言っていた。
それがシュガーローフである。
沖縄戦については、様々な話が残さている。
しかし、この間(かん)の取材で得た情報を確認しながら、それぞれを起点にして正しい情報を手に入れたいという欲求にかられている。
相棒のおかげで、シュガーローフという存在を知った。
本をよく読んでいるご仁ならば、「基本だろ」とおっしゃる方がいらっしゃるだろう。
残念なことに、良い歳をしてその基本をゆきたんくは知らないのである。
この沖縄研修旅行から始めるのだ。
ここは沖縄戦最大の激戦地だという。
車から様々な建物を見ながら、近づいていく。
安里という地名の所に来た。
懐かしさがこみあげてきた。
中学一年生の時に、沖縄から転校してきた安里君という子がいたのだ。
読み方は「あさと」。これで正解だ。
その安里五十二高地で激戦が行われた。
シュガーローフの闘いは昭和20年5月12日から18日まで1週間続いた。
その間に米軍は死傷者2662人、精神疲労者1289人という甚大な被害を出した。
日本人被害者はそれ以上と言われているそうだ。
実に8000人弱の人間が両国で被害に遭っているのだ。
水道タンクへ上る階段である。
飛行機のモニュメントのような展望台。
その脇に、戦いのモニュメント。
モニュメントの奥をみたら、低い所に卒塔婆。
ゆきたんくが見た中で今まで松代大本営に続く、大きな戦争遺跡である。
そこに碑文のようなおおきなものはなく、小さな解説とたまたまあったのだろう。
遺族の方が建てたのか、それとも・・・
「シュガーローフ」としっかり書かれた卒塔婆が祀ってあった。
展望台に上ると給水塔の全容が撮れた。
直径50m近くのか書きな建造物である。
しかし、慶良間チージ(慶良間頂地)いう呼び名の元になった、慶良間諸島が見える丘からは現在慶良間諸島は見えない。
この70年間に大きなホテルや商業施設が建ったからだ。
相棒がここに来たかった意味が分かった。
十分に勉強できていないゆきたんくは、次回の訪問の前に準備をするつもりだ。